退職や懲戒解雇、労災申請のご相談はロア・ユナイテッド法律事務所にお任せください。

english
標準拡大

ビジネスQ&A

IV.会社の人材管理IV.会社の人材管理一覧へ

【第9編 リストラ・経営効率に欠かせない人材の確保と管理】 - 第2章 賃金・退職金 -

固定残業代

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2012年3月掲載
2017年10月補正

従業員が固定残業代としての営業手当を支払っているのに残業手当を支払って欲しいと言って来たら?

 A社では、外回りやお客さんの都合で、所定労働時間内では仕事が終らず、残業が避けられませんでした。又、残業の時間管理も繁雑なため、営業職の従業員に対して、2年前から、就業規則や賃金規程を改正して、従来の営業職の平均的な残業手当の支給実績を参考にして、一律の固定残業代として営業手当を支払い、実際の残業時間がこの手当でカバーされている残業時間(約40時間)を超さない限りは残業手当を支払わっていません。ところが、最近入った従業員Bは、そのような固定残業制度は無効だと主張し、A社に対して、営業手当を含んだ賃金全体(基本給+営業手当)について、一切の残業時間に応じた25%割増の残業手当を請求して来ました。A社はBの要求通り、残業手当を支払う必要があるのでしょうか。

固定残業代であることが明確にされていれば、営業手当でカバーされている残業時間を超えない限り残業手当を支払う必要はありません。

Ⅰ 労基法の求める割増賃金
 労基法は、原則として1日8時間、週40時間を超える時間外労働や午後10時から午前5時までの深夜労働と週1日の休日労働に対しては35%の割増賃金を支払うことを求めています(37条1項)。
Ⅱ 一律支給のみなし残業手当
 しかし、労基法は、上記の方法により算出された割増賃金を下回らない限り、25%(休日35%)の割増賃金に換えて、設問のような固定残業代のような一定額のみなし残業・深夜・休日労働手当(以下、これらを一括し固定残業代という)を支払うことを禁じてはいません。裁判所もこのようなみなし手当に関して、同様の判断をしています(残業に関する判示だが、国際自動車事件・最三小判平成29・2・28労判1152号5頁、医療社団法人Y事件・最二小判最判平成29・7・7最高裁HP、深夜割増に関するとぶき事件(最二小判平成21・12・18労判1000号5頁)。実際にも、多くの会社で、A社のように一律支給のみなし手当として営業手当等の名目の割増賃金が支払われています(詳細は、岩出誠「労働法実務大系」〔民事法研究会・平成27年〕273頁以下参照)。
Ⅲ みなし手当が違法とされる場合
1 かつての無効論 
 かつて、従来から支払われていた固定給を基本給と営業手当に分けて名目だけみなし手当としたような場合は勿論、営業手当を新設しても、その代わり基本給を減額したりした場合、には、それらは割増賃金の実質なしとされ、割増賃金を免れるための脱法行為として、そのような規定は無効とされる例がありました(駒姫交通事件・神戸地判昭和62・2・13労判496号77頁)。

2 就業規則の不利益変更
 しかし、少なくとも現在の、固定残業代をめぐる上記判例法理に照らすならば、上記のように、従来から支払われていた固定給を基本給と職務手当に分けて、みなし手当としたような場合や、固定残業代の性格を持つ職務手当を新設して、その代わり基本給を減額したりした場合、いずれも、次の3の固定残業代の許容要件・要素を充足している場合(詳細は、岩出・前掲275頁以下参照)、これを直ちに脱法行為、無効とするのは早計に過ぎます。例えば、もし就業規則の変更として行われるのであれば労契法10条の問題として、労働協約の改訂で行われるのであればその効力の問題として、たとえば、変更の事情・経緯、不利益該当性、就業規則等の改正への同意の有無、不利益変更の合理性の有無、労契法10条の5要素、組合内意思形成手続の瑕疵の有無・程度、一部の者への著しい不利益の発生、社会的相当性等を総合的に考慮して、その有効性が判断されるべきものです(たとえば、山本デザイン事務所事件・東京地判平成19・6・15労判944号42頁等。詳細は、岩出・前掲大系281頁以下参照)。

3 固定残業代の許容要素
 そこで、従前の判例法理における、固定残業代の許容要件・要素を概観しておきます。実は、つい最近まで、テックジャパン事件・最一小判平成24・3・8労判1060号5頁の補足意見に影響されて、許容要件・要素につき、①割増賃金の内払的性格の明示と②内払い超過分の算定可能性に加えて、③みなし手当でカバーされた時間を超えた割増賃金の支払いに関する超過分支払合意またはその支払い実績の全てを許容要件・要素を求める裁判例が増えていました(イーライフ事件・東京地判平25・2・28労判1074号47頁等。詳細は、岩出・前掲大系278頁以下参照)
 これを受け、平成29年改正職安法5条の3の労働条件明示義務について、同旨が明文化されました(職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条 件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示等に関 して適切に対処するための指針の一部改正により、「一定時間分の時間 外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金を定額で支払うこととする労働契約を締 結する仕組みを採用する場合は、名称のいかんにかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金(以下このハにおいて「固定残業代」という。)に係る計算方法(固定残業代の算定の基礎として設定する労働時間数( 以下このハにおいて「固定残業時間」という。)及び金額を明らかにするものに限る。) 、固定残業代を除外した基本給の額、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深 夜労働分についての割増賃金を追加で支払うこと等を明示すること」が求められています)。
 しかし、最新の最高裁判例によれば(国際自動車事件・最三小判平成29・2・28労判1152号5頁、医療社団法人Y事件・最二小判最判平成29・7・7最高裁HP)、上記③の要件にはまったく言及されず、上記①と②の要件についてのみ言及し、これらの性格付けと判別・算定可能性のみを満たしていれば、実際の固定残業手当でカバーされてなかった超過分の支払い義務を負う旨を判示しています(医療社団法人Y事件・前掲では、「労働契約における基本給等の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり...,上記割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,使用者がその差額を労働者に支払う義務を負う」と判示しています)。
 いずれにしても、若者雇用促進法や上記改正職安法に基づく指針に示されている固定残業手当についての固定残業時間数の明示に関しては、所轄官庁が違うとは言え、労基署への影響も懸念され、例えば、残業時間だけでなく、深夜、休日割増も含んだ固定残業代を利用している場合には、「固定残業手当(残業のみの場合は○○時間相当額)」などの表示が、就業規則でなくても、労基則5条に基づく文書による個別の労働条件明示事項には記載することが望まれます。  
Ⅳ みなし手当支払いの場合の割増賃金の算定基礎
 以上のような固定残業代を支払っている場合に、現実の残業等の時間が固定残業代カバーされている労働時間を超えた場合には、毎月の賃金支払において超過した時間に対応する割増賃金が支払われていなければなりません。その場合の割増賃金の基礎となる賃金について、みなし手当をどう扱うかが問題となります。労基法37条2項による割増賃金の基礎となる賃金から除外される賃金については、明文上、家族手当、通勤手当、住宅手当(平成11年10月1日から、労基法37条4項に基づく同法改正施行規則21条により割増賃金算定の基礎から、住宅手当を対象外とすることが認められています)等に限定されていることから問題となるのです。しかし、この除外賃金に当るかどうかは実質によるとされているので、仮に営業手当の名目が使われていたとしても、その実質が、固定残業代としての割増賃金であることが賃金規程等で明確になっていれば、当然この固定残業代を算定基礎に入れてしまっては二重の割増となってしまうため、この固定残業代は除外して算出すべきこととなります。 なお、関連して、ある会社で割増賃金の算定基礎から労基法37条2項の除外賃金以外の資格手当等も除外していた場合にも、その代わりに、割増率を25%より高くして、結果的に、算定された割増手当が労基法所定の算定方法により算定された割増賃金を上回っていれば法律上は問題ないとされています(昭和24.1.28基発)。
対応策
 そこで設問を検討しますと、A社で、固定残業代を導入する際に、従来の営業社員の残業実績を基準として、固定残業代としての営業手当を新設したことなどからしますと、賃金規程上も営業手当が固定残業代としての実質を持つものであることが明記され、算定基礎と実際の残業代が算定可能なもののと言えるでしょう。そうであれば、少くともBの残業時間が営業手当でカバーされる時間の範囲内に収まっているときは、Bの残業手当の支払い要求に応ずる必要はありません。しかし、Bの残業時間が営業手当でカバーされる範囲を超えれば、超えた部分についての残業手当を支払う必要があります。但し、この場合に支払うべき残業手当の計算に当たっては、Bの要求するのとは異なり、割増賃金算定の基礎として営業手当を除いた賃金につき割増賃金を算定して支払えばよいことになります。
 なお、以上検討してきたことは、残業や休日労働に関しては、いずれも労基法36条の労働時間に関するいわゆる三六協定の締結を前提として議論したのですが、三六協定を結んでいなかったとしても、割増賃金の計算そのものについては変りはありません。
予防策
 固定残業代に関するトラブルの大半は、それが労基法上の時間外・休日労働や深夜労働に対する割増賃金であることを明示していない上、その導入に当たっても従来の賃金と比較して割増賃金を加算していることが明文化されていないことや、固定残業代の額が現実の残業等の実績との関係につき曖昧であったり、固定残業代に頼り過ぎて労働時間管理がルーズとなり、実際に、固定残業代がカバーしている時間を超えて残業や休日労働があってもその支払いがなされていないことに由来するものです。従って、トラブル回避のための予防策としては、以上のような原因を除くために賃金規程の整備・導入過程の記録の保存(例えば、労使交渉記録の保存)と導入後の運用についての労働時間管理のルーズ化防止策(管理職による時間管理の徹底)ということになります。
 なお固定残業代の基礎となる基準賃金が最低賃金法を下回ることになってはならないことに留意下さい(詳細は、岩出・前掲282頁)。

(C)2017 Makoto Iwade,Japan

ビジネスQ&Aトップへ

〒105-0001
東京都港区虎ノ門1-1-23
虎ノ門東宝ビル9階
受付時間 9:30-18:30
法律相談時間10:00-18:00
(土日、祝日、臨時休業日を除く)
平成29年11月24日(金)は臨時休業とさせて頂きます