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従業員が管理職への昇進を拒否したら?

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007年2月補正:掲載

従業員が管理職への昇進を拒否したら?

A社は、四大卒で幹部候補として採用した従業員Bが、能力も充分にあると判断し、Bに対して課長への昇進を内示したところ、Bは「今の仕事は好きだが、昇進して先輩の管理職の人のように忙しくて責任が重くなるのはイヤだ。今のまま家族との時間を持てる状態を続けたい」と言って昇進を断ってきました。この内示の件はA社としてはまだB以外には伝えていないが、どうしたら良いでしょうか。

異動に関する就業規則などの定めがあれば、原則として解雇などでの対応もできます。

1.従業員の意識の変化
 「生活大国」を目指し、「生活へのゆとり」を求める動きは、労働時間短縮を大きな柱とする政府の音頭取りもあり、今後益々強まることでしょう。このような中で今まで余り考えられなかった設問のBのような態度を示す従業員も現れています。会社として一番困るのは、一方でそのような優秀な人材について、昇格を拒否したからと言って解雇するのは人材の喪失ともなるし、懲戒処分などでやる気を失わされても困ることと、他方では、配転に関する設問9-4-1で触れたようにBのような個人的な事情による人事を認めては、企業経営の合理性・公平性が失われ、その後の人事管理上の支障となる、というジレンマに陥る事です。しかしこの判断は各々の会社と昇格させたい従業員の実情に応じ千差万別となるため、ここでは法的な問題点を中心とした説明にならざるを得ません。
2.「昇進」の意義
 昇進とは、企業組織における管理監督権限や指揮命令権の上下関係における役職(いわゆる管理職)の上昇を意味する場合と、役職を含めた企業内の職務遂行上の地位(役位)の上昇を意味する場合があります(菅野和夫「労働法」第5版補正版407)。
3.昇進の法規制
 従前の多くの裁判例においては、原則として、昇進についても、使用者の人事評価・考課におけると同様、昇進者の決定、昇進基準とその運用等における企業の裁量権を大幅に認め、例外的に、労基法3条の均等待遇、同法4条の男女同一賃金、均等法6条の処遇についての男女均等取扱い禁止、労組法7条の不当労働行為等による規制と著しい裁量権の濫用の場合のみ規制を加えるのみでありました。例えば、昇格・賃金の男女差別を認めた芝信用金庫事件・東京地判平成8・ 11・27労判704-21も、賃金と対応する資格である昇格は認めましたが、具体的な課長の職位への昇進については、適材適所の配置を決める信金の専決事項として請求を認めませんでした。
4.資格制度と「昇格」、「昇級」
 多くの企業に採用されているいわゆる職能資格制度においては、その企業における職務遂行能力が、先ず職掌として大きく種類分けされ、各職掌の中で様々な資格に類型化され、更にその資格の中で等級化されています。この資格等に応じて基本給の全部又は一部が決められます(職能給制度)。このような制度下での資格の上昇が「昇格」、級の上昇が「昇級」(以下、一括して、昇格等という)と呼ばれ、夫々が昇格試験や人事考課に基づき決定されます。昇格等は、月例の職務給のみならず、賞与、退職金に反映されるばかりでなく、一定の資格が前述の昇進の前提条件となっています(以上、菅野・前掲408~9参照)。
5.通常有利な労働条件の変更としての昇進
 しかしここでの問題は、昇進差別ではなく、従業員側の昇進拒否の可否です。前述の昇進に関する企業の裁量権の範囲内であれば良いのですが、厳密には、昇進も配転と同じく労働条件の変更であり、労働契約上これを認める就業規則の定めなどや同意がないと会社が一方的にできることではないと理解する方が無難です。つまり、明らかに不利益変更である降格と異なり、昇進が賃金の上昇や権限の拡大、時間的拘束の相対的な減少などから、通常有利な労働条件の変更として、前述の企業の裁量権の範囲内とされ、法的に問題とはなり難いに過ぎません。まして昇進は、実際には従業員について有利なものばかりとは限りません。Bも言っているように重い責任や残業手当などが付かないことや労働組合の保護が受けられなくなること(労組法2条1号参照)などから必ずしも簡単には言えないからです。
6.企業の裁量としての昇進
 しかし、前述の昇進に関する企業の裁量権で触れた通り、必ず従業員の個別の同意がなければ昇進させられないものではありません。既に触れた配転・出向と同じように就業規則などの定めがあり、採用時においても、特にいわゆる総合職などのように幹部候補の従業員として、将来の管理職への昇進が明示又は黙示に前提とされている場合であれば、会社は業務上の必要性に基づく裁量により従業員の昇進を命じることができ、従業員はこれに応じなければならない、ということになります。そして、配転でも問題とされたように昇進が労働組合幹部への切り崩しとして不当労働行為とされるような場合は別として(労組法7条3号参照)、従業員の側でこれを受け入れられないような特別の事情のない限り、昇進命令が権利の濫用として無効とされることは少ないでしょう。具体的には、健康状態から高度のストレスを伴う業務への従事禁止を医師からを申し渡されているようなまれなケースだけでしょう。

対応策

設問の場合、A社は昇進について不当な意思もなくBにも昇進を拒否できる特別な事情がない以上、少なくともBへの昇進命令に法的な問題はありません。従って、最三に亘る説得やBの都合を考慮しての業務量や責任軽減への協議などを経てもBが飽くまで昇進の内示を拒否し、正式に発令してもこれを拒否した場合は、Bに対する解雇や懲戒解雇を含めた措置が可能となります。

予防策

しかし、前に述べました通り、これらの措置をとってしまっては、人材を失うか、その士気(モラール)を低下させることになり、本末転倒となるため、人事管理上の細心の注意が必要です。つまり、このような昇進人事に当っては、昇進候補者の能力・実績と共に、本人の上昇志向、昇進への意欲を把握しておき、固辞されるような発令はしないことです。上昇志向のない者に、昇進させたいのであれば、普段からその従業員の考え方を変えるように導いた上で実行しなければなりません。又、実際の発令に当っても、内示の前の内々示の方法なども工夫し、仮に固辞されて発令を控えざるを得ない場合の会社の権威へのダメージを極小化する工夫が必要です。又、配転に対するのと同様に、一定の昇進に関しても人事ローテーションや登用資格制度などを用い、一定の資格を持ち、能力のある者には率先して会社を支える管理職に昇進して貰い、全従業員を引っ張って行って貰うこととし、部下も良く管理職を盛り立てて管理職の負担を軽減するという社内の体制と雰囲気・企業風土を形成しておくことが必要です。そしてそれらのインフラの上に会社の昇進に関する人事権とこれに応ずべき義務を就業規則上も明文化しておくことは昇進命令の説得性を高めるためにも必要です。

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