

【第11編 労災・健康管理の問題解決】 - 第3章 健康管理 -
受動喫煙
村林俊之(弁護士・ロア・ユナイテッド法律事務所パートナー、青山学院大学大学院ビジネス法務専攻講師)
執務室においては、自席での喫煙が許されていたため、職員甲は、配属時より他人の喫煙により目やのどの痛みを感じていた。そのため、甲は、上司に対して、禁煙もしくは分煙措置をとるように要望していたが、早急な措置をとってもらえなかった。その後甲は、上司に対して、「受動喫煙による急性障害が疑われる」との医師の診断書を提示して善処を求めたが、会社において特段の処置を講ずることはなかった。この場合に、甲の会社に対する受動喫煙による損害に対する損害賠償請求が認められるのでしょうか。
認められる可能性強いです。
- 1 安全配慮義務について
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労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定し、使用者の労働者に対する安全配慮義務を明文化しています。判例も、労働契約法制定以前の昭和50年代より、安全配慮義務につき、「ある法律関係に基づいて特別の社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随的義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであ」ると判示していました(自衛隊車両整備工場事件・最三小判昭50・02・25 民集29巻2号143頁参照)。
- 2 受動喫煙に対する安全配慮義務
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我が国においては、従前においては、喫煙は個人の嗜好に強くかかわるものとして喫煙に対する寛容な社会認識が存在していました。
しかし、現代においては、非喫煙者を継続的に受動喫煙の状況に置くことにより、眼症状(かゆみ、痛み等)や鼻症状(くしゃみ、かゆみ等)、頭痛、せき等の急性的な影響をもたらすだけではなく、ひいては慢性的な影響として肺がんを発生させる危険性もあることが多くの国で危惧されるに至っています。
また、平成15年5月より施行されている健康増進法第25条においては、「学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない」と規定しています。しかも、近時の厚労省の有識者検討会においても、労働者は拘束時間が長いことを踏まえ、事業者には健康障害防止の安全配慮義務があるとの考えから、全面禁煙導入や煙が漏れない喫煙室設置等の対策を事業者に義務付けるとの提言を大筋でまとめ、厚労省はこの提言を受けて、労働安全衛生法の改正などを検討しています。
これらの時代の流れからも、今後の判例においては、事業者に従業員の生命及び健康を受動喫煙の害から保護すべき一般的な安全配慮義務が認められる可能性が強いものと解されます。
この点本設問と同種の事案に関する判例は、地方公共団体の職員に対する受動喫煙に対する安全配慮義務について、地方公共団体は職員の生命及び健康を受動喫煙の害から保護すべき一般的な安全配慮義務を負っていると判断しています(江戸川区(受動喫煙損害賠償)事件・東京地判平16・7・12労判878号5頁)。この判例は、職場における受動喫煙による健康被害に対して、使用者に対する安全配慮義務違反による損害賠償請求が認められた初めての事案です。
- 3 受動喫煙に対する安全配慮義務の内容
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問題は安全配慮義務の内容ですが、上記判例は、喫煙に対する社会的認識等を斟酌して、受動喫煙の危険性の態様、程度、被害結果の状況等に応じて、管理者側の時宜に応じた分煙対策の状況によって具体的に決せられるものとしています。その上で、職員は、当初の配属先においては、職員が自席で喫煙することが許されていたことから、日頃から受動喫煙に悩まされ、目やのどの痛みを感じていたので、上司に対して、目やのどの痛みが受動喫煙による影響であること等が記載された診断書を示して分煙措置を講ずるように要望していました。そのため、区とすれば、この診断書により受動喫煙により職員の健康状態に異変が起こっていることを認識できたのであるから、職員の健康に配慮して、自席での喫煙を禁止したり、職員を喫煙場所から遠ざけたりすることも可能であったにもかかわらず、特段の措置を講じなかったことから、安全配慮義務違反を認め、職員が被った精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料請求を認めました。
また、神奈中ハイヤー(受動喫煙)事件の高裁判決においては、会社が安全配慮義務違反又は不法行為に基づく損害賠償義務を負うといえるためには、受動喫煙の被害を受けた従業員において、会社に対して、その業務の遂行における受動喫煙による体調の変化を具体的に訴え、会社がその健康診断により、当該従業員に受動喫煙による健康への悪影響が生じていることを認識し得たにもかかわらず、これを漫然と放置したために、当該従業員に受動喫煙による健康被害が生じたものと認めることができる場合であることを要すると判示していることが参考となります(東京高判平18・10・11労判943号79頁)。
- 4 本設問へのあてはめ
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本設問においても、受動喫煙の被害を受けた甲において、「受動喫煙による急性障害が疑われる」等と記載された医師の診断書を提示して善処を求めたことに鑑みれば、これにより、上司において甲について執務室内において「受動喫煙環境下に置かれる可能性」があることを認識し得たものと認められ、その後必要な措置を講じなかったことをもって、会社の甲に対する安全配慮義務違反を認定しやすいものといえるので、甲の会社に対する損害賠償請求が認められる可能性が強いものと解されます。
- 対応策
- 以上に言及した判例からすれば、会社においては、受動喫煙の被害を受けた従業員より会社に対して、その業務の遂行における受動喫煙による体調の変化を具体的に訴え、会社がその健康診断により、当該従業員に受動喫煙による健康への悪影響が生じていることを認識し得た場合には、これを放置することなく、全面禁煙導入や煙が漏れない喫煙室設置、少なくとも喫煙場所の設置等の対策を講ずる必要があります。
- 予防策
- 受動喫煙については、平成23年には労働安全衛生法の改正案にその規制が盛り込まれる予定で、厚生労働省での立法作業は進んでおり(平成21年2月17日付朝日新聞等報道参照)、今後、益々、この面での配慮義務のレベルが上がることが予想され、これらの動向にも注目しなければならないでしょう。
(C)2010 Makoto Iwade,Japan
