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【第10編 労務管理の問題解決】 - 第4章 労働契約と従業員の義務 -

取引先に対する従業員の訴訟提起

弁護士 岩野 高明 2018年3月:掲載

従業員が取引先の役職員に対して訴訟を提起したら?

従業員が、取引先の役員からセクハラ被害を受けたとして、当該役員を被告として訴訟を提起しようとしています。
セクハラ被害が事実なのかどうかは定かではありません。
このような場合、訴訟提起を取り止めるよう命令することはできるでしょうか。
また、命令に従わない場合、この従業員を懲戒することは可能ですか。

セクハラ被害が虚偽であることが明らかだというような場合でなければ、訴訟提起を取り止めるよう命令することは、違法の疑いが強いです。
また、訴訟提起を強行したことを理由に懲戒処分をすべきではありません。

従業員が取引先に対して損害賠償請求訴訟を提起するという事態は、頻繁に起きるものではありませんが、たとえば、派遣社員が派遣先の職員からセクハラ被害を受けたと主張して、加害者を被告として訴えを提起することは、あり得ないことではありません。派遣元としては、派遣先との関係が悪化することを危惧するでしょう。

セクハラ以外にも、パワハラや暴行などが訴訟提起の理由になり得ますし、場合によっては、取引先の役職員だけでなく、取引先の会社自体も被告とされるかもしれません。

このような場合、取引先との関係の悪化が懸念されるところですが、従業員にも裁判を受ける権利(憲法第32条)がありますので、訴訟提起を見合わせるよう穏便に働きかけるのであればともかく、これを超えて訴訟提起を禁止したり、提起した訴訟を取り下げるよう命令したりすることは、違法の疑いが強いといわざるを得ません。訴訟提起を理由とする懲戒処分も同様です。

当該従業員から事情を聴取したうえ、取引先にも調査を要請し、調査結果を踏まえて話し合いでの解決を図るというのが現実的な対応でしょう。それでも訴訟提起がされれば、取引先に十分な説明をし、理解を得られるよう努めるべきです。

なお、訴訟の判決でセクハラ等の事実が認定されなかった場合でも、これをもって虚偽申告だと安易に断じることはできません。証拠からは原告の主張事実が認定できなかったというだけであり、裁判所が「虚偽の申告である」と認定したわけではないからです。

以上は被害申告の真偽が不明な場合の話ですが、これとは異なり、被害申告が虚偽であることが客観的に明らかであるような場合には、業務命令として訴訟提起を禁止することも許されますし、これに違反したら重度の懲戒処分をすることも正当化されます。

ところで、「訴訟提起が虚偽の事実に基づくものか否か」という観点ではなく、別の観点から、私的な訴訟提起を理由とする懲戒解雇の効力について争われた裁判があります。
モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド事件がそれです。
この事件は、仮処分、本案訴訟一審、本案訴訟控訴審でそれぞれ結論が異なり、従業員の裁判を受ける権利と企業秩序との間の微妙な関係を示す例として注目に値します。

事案は次のとおりです。

Xは、外資系金融機関Yのエグゼクティブ・ディレクターとして金融商品の販売業務に従事していたのですが、Xが販売していた商品について、日本公認会計士協会が「会計処理上は投機目的と考える必要がある」旨の指摘をしたことにより、Xの顧客が減少するという事態が起きます。

ここでXは、上記協会の指摘の不当性を主張して、雑誌に論文を掲載したり、協会に対して指摘を撤回するよう求めたりしましたが、協会がこれに応じなかったために、「協会の不当な指摘によって、自身の営業活動が阻害された」として、協会に対して損害賠償請求訴訟を提起します。
また、Xは、訴訟を提起したことを、顧客やマスメディア等に通知しました。

Yは、Xの行為がYの利益に反すると考え、Xに対して訴訟を取り下げるよう業務命令を出しましたが、Xはこれに応じませんでした。
そこでYは、Xの行為は企業秩序を乱すものであり、かつYの社会的な信用を毀損するものであるとして、Xを懲戒解雇(後に予備的に普通解雇も)しました。

仮処分決定(東京地決H16.8.26労判881-56)は、Xの訴訟提起はYの企業秩序を乱すものではないとして、懲戒解雇を無効としました。
これに対し、本案訴訟一審判決(東京地判H17.4.15労判895-42)は、Xの訴訟提起はYの利益を害することが明白とはいえないとして、懲戒解雇は無効としたものの、その他の種々の非違行為の蓄積によって労使間の信頼関係が破壊されたとして、普通解雇を有効としました。
しかしながら、本案訴訟控訴審判決(東京高判H17.11.30労判919-83)は、一転して懲戒解雇を有効としました。

その理由は、おおむね次のとおりです。

・従業員にも裁判を受ける権利や表現の自由があるとしても、取扱商品の評価や位置づけ等の事項に関しては、個々の従業員が、使用者の方針を離れて、自らの判断により訴訟を提起するなどの行動に出ることは許されない
・使用者は、このような行動をとった従業員に対し、業務命令として訴訟の取下げを命じることができる

この控訴審判決に対しては、Xから上告および上告受理申立てがされましたが、上告棄却・上告不受理で同判決は確定しました。

組織に属している以上、業務に関する事項については使用者の方針に従う必要があることは当然であり、この事案では控訴審判決の判断が妥当だと思われます。

ただし、使用者の方針が違法なものであったり、(不正の隠蔽など)不当な目的に基づくものであったり、(セクハラ被害の回復など)従業員の正当な権利行使を阻害するものであったりした場合には、当該方針に基づいて訴訟の取下げを命じることはできないと解されます。

(C)2018 Makoto Iwade,Japan

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