
弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2002.05.20
(1)行政庁の過労死等の認定基準
(イ)従前の基準
厚生労働省は、過労死の認定基準につき、平成7・2・1基発第38号(以下、旧過労死認定基準といいます)を、過労自殺については、平成11・9・14基発第554号・心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針(以下、過労自殺認定基準という)を示し、各々、詳細な基準を示していました。
(ロ)新認定基準とその概要
しかし、過労死につき、次の(2)で紹介する横浜南労基署長事件(最一小判平成 12.7.17後掲)を受け、最近、新たな通達(「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」平成13年12月 12日基発第1063号。以下、過労死新認定基準といいます)を示しました。
過労死新認定基準の主な改正点は、a脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として、長期間にわたる疲労の蓄積についても考慮すべきであるとし、b長期間の蓄積の評価期間をおおむね 6ヶ月し、c長期の業務の過重性評価における労働時間の目安を示し、d業務の過重性評価の具体的負荷要因として、労働時間、不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交替制勤務、深夜勤務、作業環境(温度環境、騒音、時差)、精神的緊張(心理的緊張)を伴う業務等やそれらの負荷の程度を評価する視点を示しました。
特に注目すべきは、bにおける過重性判断における労働時間に関し、「発症前1か月ないし6か月にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが...発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務との関連性が強い」と具体的な基準(以下、労働時間基準といいます)が示されている点です。
なお、過労死新認定基準においても、「業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し、脳・心臓疾患が発症する場合があり、そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患は、その発症に当たって、 業務が相対的に有力な原因である と判断し、業務に起因することの明らかな疾病として取り扱うものである」として、いわゆる相対的有力原因説は維持されています。
(2)裁判例による過労死等の労災認定基準の緩和
最高裁判例は、従前、行政庁の上記基準と下級審裁判所の多数が採用していた、いわゆる相対的有力原因説(地公災基金宮崎県支部長事件・福岡高宮崎支判平成 10.6.19労判746-14等)などの基準によることなく、「労災保険法に基づく労災保険給付の支給要件としての業務起因性が認められるためには、業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化として死傷病等が発生したと評価されることにより両者の間に相当因果関係が認められること」で足りるとしたり(町田高校事件・最三小判平成8.1.23労判687-16等)、過重業務が基礎疾病を自然的経過を超えて急激に増悪させる関係にある場合に業務起因性ありとしたりし(大館労基署長事件・最三小判平成9.4.25労判722-13等)、結論的には、過重業務(通常に比較して精神的・肉体的に過激な業務)の存否の判断から、直接、業務と発症との相当因果関係の有無を認定する傾向が読み取れます(労災新認定基準に大きな影響を与えた横浜南労基署長事件・最一小判平成12.7.17労判785-6も同様です)。
(1)過重性の認定期間
先ず、労災認定の観点からは、過労死新認定基準は、旧過労死認定基準で1週間を超えて拡大された筈の過重労働の認定期間を、最高裁判例における長期の認定・判断を受け、過労自殺認定基準と同様の6ヶ月を基本としています。しかし、既に、旧基準に対して触れたように(拙稿・ジュリ1069-54)、判例は、6ヶ月をはるかに超える長期の期間を超えて、労働者の蓄積疲労の存否を判断しており、今後も、少なくとも訴訟における過重性の判断傾向には変化はないものと考えられます。
(2)過労自殺認定基準との関係
又、労働時間基準は、過労自殺認定基準における精神的負担の加重要因としての、「出来事の発生以前から続く恒常的な長時間労働」等の具体的内容として援用されることが予想されます。
(3)労働時間基準と安全配慮義務との関係
次に、法理論には労働時間基準と安全配慮義務違反の成否は直接関係が無い筈です。しかし、実際には、影響を免れないものと考えます。なぜなら、過労死新認定基準によれば、労働時間基準を超えるような長期の過重労働を放置しておくことが、業務上の脳血管疾患及び虚血性心疾患を招来する蓋然性が前提とされています。他方、労働時間は、原則として、企業の支配下でコントロール可能な筈です。そうすると、企業は労働者に対して、労働時間基準を超えるような労働をさせてはない健康配慮義務を負担し、これに違反すれば、前述の通り、労災認定の問題に留まらず、損害賠償責任責任を免れない危険が増大します。これに対して企業は、責任を回避乃至過失相殺を受けるべく、過労死新認定基準では、「総合的判断」の中に包含されている、当該労働者の素因等の業務外の要因(平成13 年11月15日付「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」<座長和田攻>は、「脳・心臓疾患の発症には、高血圧、高脂血症、喫煙等のリスクファクターが関与し、多重のリスクファクターを有する者は、発症のリスクが高いことから、労働者の健康状態を十分把握し、基礎疾患等の程度や業務の過重性を十分検討し、これらと当該労働者に発症した脳・心臓疾患との関連性について総合的に判断する必要がある」と指摘している)や当該労働者の自己健康管理義務違反を反証する必要があります。
以上
(C)2001 Makoto Iwade,Japan