法律豆知識

過労自殺等に関する業務災害認定の新基準

「心理的負荷による精神傷害等に係る業務上外の判断指針 - 労働省 - 」により企業が求められる実務的対応

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000.01.20

はじめに
1 自殺と労災申請・賠償請求の急増
 自殺は、昨年1年間で31,344人に及び、実に対前年比35%の増加を示している(厚生省人口動態統計)。又、いわゆるバブル崩壊以降の失業率と自殺数の増加率は極めて酷似した上昇傾向を示しており、いわゆるリストラ等による職場のストレスがその大きな一因となっていることは否めない。この急増する自殺に対して、過労による自殺、いわゆる過労自殺としての労災認定申請(労基署の認定例として平成11・8・25神戸東労基署長認定等、判例上の認定例として大町労基署長事件判決・長野地判・平成11・3・12労判764-43等)、企業に対する賠償責任を求める動き(責任を認めた電通事件・東京高判平成9・9・26労判724・13、東加古川幼児園事件・大阪高判平成10・8・27労判744-17等)が加速している。
2 過労自殺の労災認定新基準の公表
 そのような中で、労働省が、平成11年7月29日付の「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」報告書(以下、報告書という)を受け同年9月14日過労自殺を含むストレスによる精神障害等の労災認定に関する新認定基準を公表した(平成11年9月14日基発第554号・心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針。以下、新基準という)。そこで、以下、新基準の概要を紹介しつつ、過労自殺をめぐる労災認定と、企業に対する損害賠償請求事件に関する企業の対応策における実務上の留意点につき検討してみる(文献・判例、新基準発表に至る経緯等については拙稿・基礎講座「業務上災害」第4回本誌3421 -参照)。
I いわゆる過労自殺の業務上外認定
1 従前の自殺の労災認定基準
 自殺の労災認定については、従前、自殺という行為が、労災保険給付の支給制限を定める労災保険法12条の2第1項「故意に負傷...若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたとき」に当るとされ、労災認定が否定されることが多かった。労働省は、先ず、業務上の傷病により療養中の労働者がその疾病の苦痛・増悪等を理由にうつ病になり自殺する類型(業務上傷病原因型)の労災認定について、「自殺が業務上の負傷又は疾病に発した精神異常のためかつ心神喪失の状態において行われ、しかもその状態が当該負傷又は疾病に原因しているときのみを業務上の死亡」とする旨の通達を示していた(昭和23・5・11 基発1391号。旧基準)。そして、つい最近まで、労働省は、過労自殺型の場合についても、旧基準を堅持して、極めて例外的にしか労災認定をしなかった(昭和59・2・14基収330号)。しかし、前述の通り、最近に至り、過労自殺につき、新基準をいわば先取りした形で労災を認める、労基署での認定例や裁判例が現れてきた。
2 新基準の公表
 このような流れを受け、労働省も、前述の通り、報告書を受け、概ね、以下のような新基準を公表した。

[1]対象疾病

1)分類の国際基準化
 先ず、労災認定の対象となる精神障害(以下、対象疾病と言う)につき、従前の慣用的診断名である、うつ病や重度ストレス反応等の分類によることなく、原則として、原則として国際疾病分類第10回修正(以下「ICD-10」という。)第V章「精神および行動の障害」に分類される精神障害とした(ICD- 10の詳細につき後記「第V章精神および行動の障害」、慣用的診断名との関係につき「対照表」各後記参照)。

2)業務起因性ある対象疾病の拡大
 対象疾病の内、主として業務に関連して発病する可能性のある精神障害は、ICD-10のFOからF4に分類される精神障害とされる。これは、旧基準及び従前の労災認定の実態がうつ病等(F4の分類)に限定されていたことからすると認定対象を拡大したものと評価されるが、いわゆる心身症は対象疾病には含まれない。

[2]判断要件について

 精神傷害の労災認定に当たっては、次の1)、2)及び3)の要件のいずれをも満たすことが必要とされ、その際の心理的負荷の強度の評価については、労災保険制度の性格上、本人がその心理的負荷の原因となった出来事をどのように受け止めたかではなく、多くの人々が一般的にはどう受け止めるかという客観的な基準によって評価される、としている。即ち、1)対象疾病に該当する精神障害を発病していること、2)対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること、3)業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないこと、の3要件である。

[3]各種要因の総合的評価

 [2]の1)により精神障害の発病が明らかになった場合には、同2)、3)との各事項について各々検討し、その上でこれらと当該精神障害の発病との関係について総合判断する。

[4]自殺の取扱い

1)精神障害による自殺
 更に、自殺につき、ICD-10のFOからF4に分類される多くの精神障害では、精神障害の病態としての自殺念慮が出現する蓋然性が高いと医学的に認められることから、業務による心理的負荷によってこれらの精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定し、原則として業務起因性が認められる、とした。

2)遺書等の取扱い
 遺書等の存在について、それ自体で正常な認識、行為選択能力が著しく阻害されていなかったと判断することは必ずしも妥当ではなく、遺書等の表現、内容、作成時の状況等を把握の上、自殺に至る経緯に係る一資料として評価する、とされた。
II 企業の対応上の実務上のポイント
1 過労自殺の労災認定申請への対応上の注意
 過労自殺の労災認定の場合は、直接的には遺族と労基署との労災認定をめぐる争いの問題なのだが、結局、前述の通り、過労死した従業員の勤務状態、新基準の「職場における心理的負荷」の有無・程度が問題とされ、企業に対して遺族と労基署の双方から当時の勤務状態の証拠調べに協力を求められることになる。特に遺族の側からは企業に対して、勤務状況に関する証明等の依頼がなされることになる。しかし、前述の如き過労自殺に対する企業に対する損害賠償請求の多発化の中では、企業としては、従前以上に慎重な対応を迫られることになった。 害賠償請求の多発化の中では、企業としては、従前以上に慎重な対応を迫られることになった。 
2 労災認定への協力以外の免責確認書の取得等
 そこで、当該過労死等の遺族との交渉において、一定の見舞金の支払いを前提として、遺族が企業に対して損害賠償を求めないことを文書で約束して貰った上で勤務状況報告書を出すことを提案する方法がある。実際の大手企業の過労死事案でも、数千万円の慰藉料相当の見舞金を支払い、民事賠償事件を示談で解決した上で、過労死の労災認定を受けるのに企業も協力する約束をしたことなどが少なからず伝えられている。

労政時報第3428号(00.1.21)掲載

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