法律Q&A

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入社前教育に参加する内定者に通勤中の事故への災害補償は適用されるか。

弁護士 筒井 剛(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2003.09.05

問題

当社では採用内定者に入社前教育を実施しています。先日、それへの参加のために採用内定者は当社に赴く途中、交通事故に遭い、右足を骨折してしまいました。このような場合、以下の3点につき教えてください。

 [1]労基法上の災害補償と労災保険は適用されるか
 [2]就業規則上の企業内補償を適用すべきか
 [3]実務上の留意点

回答

 労働者といえれば、労災保険の適用はある。企業内補償は原則不要であるが、保険に加入しておくことが望ましい。
解説
1. 労働者といえるかがポイント
 この場合、当該内定者が労基法9条に規定する「労働者」に該当していれば、労災保険が適用されます。

 「労働者」に該当するか否かは、(1)「使用従属性」に関する基準と(2)労働者性の判断を補強する基準ととから判断されます(労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」(昭60.12.19))。具体的には、[1]業務の指示に対して諾否の自由があるか(諾否の自由がなければ労働者性がある)、[2]事業上の指揮監督を受けているか否か、[3]労働時間・業場所の拘束性があるか否か、[4]代替性があるか否か、[5]報酬が賃金であるか否か、[6]他社の業務への従事が制度上または事実上制約されているか等から判断されます。

 もっとも、労働省は入社前研修中の事故についての態度は厳格のようです。入社前研修中の手当を賃金といえるかについて「厳密に判断する必要がある」とされ、自由参加のマナー研修等の一般研修の場合は、その手当は恩恵的なものであり、賃金ではないとも解釈できるとされています。結局、例外的に入社研修前に労災保険の適用を認め得るのは、「研修という名目のもとに、入社前からアルバイトの形で実際に業務を手掛けている場合」、例えば、製造業などで実際に工場に出て作業している最中に発生した事故の場合とされています。

 このような労働省の態度に鑑みれば、労災適用が認められる「労働者」といえるためには、結局、[1]内定者に支払われる賃金が一般の労働者並みの賃金であり、少なくとも最賃法の規定を上回っていること、[2]実際の研修内容が、本来業務の遂行を含む研修期間中であり、[3]それらが使用者の指揮命令の下に契約上の義務として支払われているものであること、の三つの事実が必要であると思われます。もっとも、これでは本採用された労働者に対する判断との比較では厳格に過ぎて整合性を欠くものと思わざるを得ませんが、実務的対応としては労働省の態度に留意すべきです。

 本件では、詳細は不明ですが、上記の判断基準から労働者と認定できれば、労災保険が適用されるといえます。

2. 就業規則上の企業内補償を適用すべきか
 次に、就業規則上の企業内補償を適用すべきかについてですが、通勤途上災害について使用者の賠償責任が問題となるのは、本採用後の場合でも、その交通機関が使用者の提供したバスなどの場合に限られ、そのような事情にない限り、会社の責任はありません。したがって、原則として、就業規則上の企業内補償の適用は不要といえます。

 もっとも、この場合も会社は福利厚生的観点からの見舞金などの対応は求められるでしょう。

 なお、法定外補償については、労政時報3574号86頁をご参照下さい。

3. 実務上の注意点
 入社前研修を実施する会社としては、事故の可能性(リスク)を考慮して、どの程度の研修を実施すべきかを決定しなければなりません。完全にリスクを回避したいのであれば、研修をしないか、文字通り一般研修にとどめるべきでしょう。しかし、4月からの即戦力を期待したり、本採用前の選別のための主要な方法として位置付ける場合は、積極的にアルバイト労働契約書を結び、賃金を支払って、労災保険の適用を求め(雇用者数の中に入れ保険料も納付)、更に、上積補償に対するための損害保険による対応をなすべきです。特に労災の認定が得られない場合に備えて過労死対策におけると同様に、労災認定の有無に拘らず支給される損害保険会社の傷害保険や生命保険などへの加入が検討されるべきでしょう。

 加えて、労働安全衛生についても、注意すべきです。内定者が、労働者に該当する場合には、労働安全衛生規則35条1項に規定している次の事項について安全衛生教育をして、労働災害の発生を予防することが必要となります。具体的には以下の点を注意すべきです。

  1. 機械、器具その他の設備、原材料等の危険性または有害性およびこれらの取扱方法に関すること
  2. 安全装置、局所排気装置等の有害物抑制装置または保護具の性能およびこれらの取扱い方法に関すること
  3. 作業手順に関すること
  4. 作業開始時の点検に関すること
  5. 実習する業務に関して発生する恐れのある疾病の原因および予防に関すること
  6. 整理、整頓および清潔の保持に関すること
  7. 事故時等における応急措置および退避に関すること
  8. 以上のほか安全または衛生のために必要な事項

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