法律Q&A

分類:

賃金の差額支給と保険給付

弁護士 中村 博(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2004.02

問題

甲は、現在、労災保険の休業補償給付を受けていますが、その金額が賃金額に及ばないのでその差額につき会社側にその旨を支払ってもらえないか交渉したところ、会社は「そのようなことをしたら保険金がもらえなくなりますよ。」と言って応じてくれません。本当なのでしょうか?もし、これが、健康保険の傷病手当金であった場合はどうでしょうか?

回答

 労災保険の休業補償給付を受けている場合に、使用者が休業補償と賃金相当額との差額を支給したからといって、労働者が保険給付を受ける権利を失うものではありませんが、健康保険の傷病手当金を受けている場合であれば、差額支給の趣旨であっても実質的に賃金に相当するものが給付されていると労働者は保険給付を受けられなくなります。従って、会社側の主張は健康保険の傷病手当金の場合に該当するに過ぎず、本件のような労災保険の休業補償給付の場合には当てはまらず誤っています。
解説
1.労災保険の休業補償給付の場合
 労災保険給付は、業務上の災害について使用者が補償責任を負うことを前提(労基法75~77、79、80条)として、その補償責任の履行確保手段として定められておりますので、労働者が労災保険給付を受けたときには、使用者は補償責任を免れますが、使用者がそれ以上の給付を労働者にするかしないかは使用者の判断に任されております。昭和40年の労災保険法の改正によって、労災保険制度は労基法から独立した制度になったといわれておりますが、この制度趣旨には変更はないと考えられております。従って、労働者が全部労働不能期間中、平均賃金の100分の60に相当する額の支払を受けていれば、使用者は休業補償を行う事由はなくなり、労災保険給付もされなくなりますが、それが 100分の60未満の時は、労基法上の休業補償を行う事由がまだ存在しておりますので、労災保険の休業補償給付は支給されることとなります。
2.健康保険の傷病手当金の場合
 健康保険の傷病手当金とは、その性質は労災保険の休業補償給付に該当するものですが、その支給の趣旨が休業補償給付とは異なります。つまり、健康保険法においては、労働者が業務外の疾病や出産の為「労務に服することができず」賃金を支払われない時に、その間の生活保障として、傷病手当金や出産手当金が支給されるのです。従いまして、差額支給の趣旨であっても、実質的に賃金に相当するものが労働者に支給されているにもかかわらずこれに加えて保険給付をするということは、生活保障という制度趣旨に反することとなるのです。ただ、支給されている額が傷病手当金に満たない場合は、その差額分だけが支給されます(健保法58条)。また、賃金に相当するものが支給されることとなっているにかかわらず、使用者がこれを支払わない場合は、実質的に賃金が支払われていないのですから、この場合には、使用者は傷病手当金に相当する額を後日社会保険庁から徴収されることとなります。
3.結論
 以上のことから、本件の場合、甲が休業補償給付と実質的な賃金相当額との差額支給を会社から受けたとしても、原則としては、休業補償給付を受ける権利を甲が失うものではないのです。ただ、その差額支給分が実質的な賃金相当額の100分の60以上になる場合は、労基法上の休業補償がなされているものとみなされますので、休業補償給付が打ち切られこととなります。一方、これが健康保険の傷病手当金の場合ですが、差額支給分が傷病手当金相当額を超える限り給付されませんし、それを超えない場合でも、その差額分の保険給付しか得られなくなります。

関連タグ

身近にあるさまざまな問題を法令と判例・裁判例に基づいてをQ&A形式でわかりやすく配信!

キーワードで探す
クイック検索
カテゴリーで探す
新規ご相談予約専用ダイヤル
0120-68-3118
ご相談予約 オンラインご相談予約 メルマガ登録はこちら