法律Q&A

分類:

専務取締役の労働者性

弁護士 村林 俊行(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2004.07

問題

甲は、A社の専務取締役であったが、実際上その担当する業務は専務取締役に就任する前と同様に営業であり、自身のみで業務に関する決裁を行うことはなかった。その甲が、A社の指示に従って顧客の新規獲得をするために自動車で目的地へ向かっている途中で、対向車両がセンターラインを越えて走行してきたために正面衝突をし、即死するに至った。このような場合に、甲の遺族は、遺族補償給付等の受給はできるのでしょうか。

なお、A社では、取締役会は通常開催されてはおらず、定款・内規上、取締役に業務執行権限を認める規定もなかったし、他の従業員と同様に社長から叱責を受けることもあった。

回答

 遺族補償給付等の労災保険給付を受けるためには、被災者が労災保険法上の「労働者」といえなければならない。この点、本件における甲は、専務取締役としての地位を有するが、実際上その担当する業務は専務取締役に就任する前と同様に営業であり、自身のみで業務に関する決裁を行うことができないこと等の諸般の事情を総合考慮するならば、A社との間に使用従属関係を見出すことができるから、労災保険法上の「労働者」といえる可能性が強い。従って、甲の遺族は遺族補償給付等の労災保険給付を受けることができる可能性が強い。
解説
1.労災認定の要件
 労災認定がなされるためには、被災者が労災保険法上の「労働者」といえなければなりません。そして、労災保険法が労基法の「災害補償」に定める各規定の使用者の労災補償義務を補填する制度として制定されたことに鑑みて、労災保険法上の「労働者」は労基法上の「労働者」と同一のものと解釈されています。そして、被災した者が労災保険法上の「労働者」といえるためには、雇用、請負等の法形式にかかわらず、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしいものであるかどうかによって判断されることになります。
2.専務取締役と労働者性について
 専務取締役においては、取締役会を通して会社の業務意思決定に関与すること等から、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価できるかどうかにつき問題となります。

 しかし、取締役といえども、商法が本来予定しているような取締役会で代表取締役の業務執行を監視する取締役から、実際上会社における業務意思決定に関与せず、かつ、会社の指揮命令に服するような従業員としての立場を兼務する取締役までその実態は様々です。従って、専務取締役という一事で「労働者」性を否定することはできず、その実態を事例ごとに個別・具体的に検証する必要があります。具体的には、[1]会社の指示が業務の性質上当然に必要とされる指示にとどまっているか、[2]時間的・場所的な拘束の程度も一般の従業員と比較して遥かに緩やかであり会社との間に指揮監督関係を見出すことが困難であるといえるか、 [3]報酬の支払いに当たって所得税の源泉徴収や社会保険及び雇用保険の保険料を控除していないか等の諸般の事情を総合考慮する必要があります。

 この点、近時の判例は、専務取締役の労働者性につき、本件と類似するような諸般の事情を総合的に考慮して「労働者」にあたるか否かを判断した上で、労働者にあたると判断しています(大阪中央労基署長(おかざき)事件・大阪地判平15・10・29 労判866号58頁以下)。

3.本設問の場合について
 本設問においては、[1]甲は、実際上その担当する業務は専務取締役に就任する前と同様に営業であり、自身のみで業務に関する決裁を行うことはなかったこと、 [2]A社では、取締役会は通常開催されてはおらず、定款・内規上、取締役に業務執行権限を認める規定もなかったこと、[3]甲は、他の従業員と同様に社長から叱責を受けることもあったこと等を総合考慮するならば、甲のA社に対する関係は、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価できる可能性が強いものといえます。従って、甲の遺族は、遺族補償給付等の労災保険給付を受けることができる可能性が強いものといえます。

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