法律Q&A

分類:

安全配慮義務と過失相殺

弁護士 石居 茜(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2005.06

問題

当社の従業員が、ガス管溶接作業中に脳梗塞を発症し、これが原因で死亡しました。当社に従業員が業務遂行により健康を害さないように配慮すべき義務(安全配慮義務)違反があったことは認めざるを得ないのですが、この従業員は、予防検診で心房細動等により治療を必要とするとの医師の所見を受けていたのに治療を行わず、更に、業務中にその後の労務提供に支障を生ずるような事故に遭ったのにこれを当社に報告せずに放置していた事実が明らかとなりました。このような事実を前提とすれば、当社としては、損害賠償責任を免れるかもしくは損害額の減額を主張できないでしょうか?

回答

 本件においては、労働者が脳梗塞に罹患して死亡したことによる損害をすべて使用者に賠償させることは、労使関係の非対等性を十分に考慮しても、なお、損害の公平な分担という法の趣旨に鑑み相当といえません。そこで、民法418条を適用ないし類推適用して損害賠償責任を否定ないしは損害額を減じることが可能となります。
解説
1.安全配慮義務と過失相殺
 使用者は、労働者に対して、安全配慮義務を負っており、労働者の健康状態を把握した上で、同人が業務遂行によって健康を害さないように配慮すべき第一次責任を負っています(自衛隊車両整備工場事件 最3小判昭50・2・25 民集 29-2-143)。従って、使用者が、労働者の身体的な素因等それ自体を過失相殺等の減額事由とすることは一般的には許されるものではありません。
2.労働者自身の健康保持義務
 一方で、健康の保持に関しては、業務を離れた労働者個人の私的生活領域においても実現されるべきものであるから、使用者が負う安全配慮義務という弟一次的責任とは別に、労働者自身も日々の生活において可能な限り健康保持に努めることは当然の義務であります。従って、被災労働者が、被災前に検診等で治療を要する所見を医師から示されていたにもかかわらずこれを無視して治療を受けていなかった場合で、治療を受けていなければ労災に被災しなかったと言える可能性が相当程度ある場合には、労働者の健康保持義務違反を賠償額の減額事由とするのが公平だと思われます。
3.判例の動向
 本件事例と同様な事案に関し、判例は、「死亡した労働者は、予防検診で、心房細動等により治療を要するとの所見を医師から示されており、それ以前から、心房細動同様に胸内苦悶や不整脈といった心由来の疾病に罹患した経験を有していたのであるから、上記検診で指示された治療等を受けるべきであったにもかかわらず、労働者は、本件脳梗塞が発症するまで心房細動等の治療を受けなかったものであり、労働者が上記治療を受けていれば、本件脳梗塞の発症を回避し得た可能性が相当程度ある」「使用者が安全配慮義務を十分に履行するためには、その前提として、労働者が使用者に対して、発生した自己の内容や自己の症状に関する報告をし、使用者側でこれを十分に認識する必要があるので、労働者は、業務中に事故に遭いその後の労務提供等に支障が生じた場合、使用者に対して、報告することが困難である等の特段の事情がなき限り、事故の内容を報告すべきである」「死亡した労働者が使用者に対し、事故に逢ったことや事故に起因する症状等についての報告を直ちに行っていれば、使用者において、労働者の業務担当やその後の安静等についてより迅速かつ適切な措置をとることが期待でき、本件脳梗塞の発症を回避できた可能性が高かった」等と判断し、民法418条を適用ないし類推適用して損害額を 4割減じています(榎並工務店事件 大高平15・ 5・29 労判858-93)。最近の判例の主流は、このような労働者の健康保持義務違反を一定の要件の下で過失相殺の対象とすることを認めています(川崎市事件 東高平15・3・25 労判852-73、南大阪マイホームサービス事件 大地堺支平15・4・4 労判854-64)。
4.留意点
 以上のことから、本件の場合は損害額を減じることは可能となりますが、免じることは、まさに労働者が健康保持義務を果たしていれば被災することがなかったことが立証されない限り厳しいと思います。また、注意すべきは、労働者に健康保持義務違反事実があっただけでストレートに過失相殺が認められるわけではなく、その義務を果たしていれば、被災を避けられた可能性が相当程度必要とされている点です。この判断は医学的見地も含まれ難しい面があるとは思いますが、医者の意見を参考して慎重になす必要がありそうです。

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