法律Q&A

分類:

パート従業員の昇格・昇給について使用者側に裁量権の濫用があったとしてなされた未払賃金請求の可否

弁護士 中村 博(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007.05

問題

私は牛丼チェーン店のある店舗に期間雇用のパートタイマーとして働いておりましたが、概ね3ヶ月の期間雇用の更新を繰り返し、約2年間勤務して先日退職しました。この店舗においては、作業能力、実際の作業、店長の評価により資格に応じた賃金(時給)が支払われる仕組みになっていましたが、私は勤務していた期間において、そのような評価の対象となることが一切なく、不当な取り扱いを受けました。そこで、不当に昇格・昇給を受けることができなかったことを理由として、本来なら得ることができたと思われる賃金と実際の賃金の差額分を未払賃金として請求したいと思いますが、このような請求は認められるのでしょうか?

回答

 本件においての唯一の争点は、期間雇用のパート労働者に対して昇格・昇給させることにつき、使用者側に裁量権の濫用があったか否かというところですが、労働者の賃金の昇給は、原則として使用者の裁量的な行為であり、使用者の昇給の意思表示がなき限り、当該労働者の賃金額が増加することはなく、労働者は、昇給分の賃金請求権を有しないのが原則であります。ただし、就業規則(賃金規程)、労働協約ないし労使慣行等により、一定の要件がある者には裁量の余地なく昇給させることが定められている場合には、使用者の意思表示がなくとも一定の要件を満たす労働者には昇給分の賃金請求権が発生する余地はあります。
解説
1 パート従業員の昇格・昇給
 労働者の昇格・昇給については、その対象が正規社員だろうが非正規社員だろうが、就業規則(賃金規程)、労働協約ないし労使慣行等により、一定の要件がある者には裁量の余地なく昇給させることが定められている場合を除き、原則として使用者側の人事権行使の際の裁量判断に任されており、使用者の昇格・昇給の意思表示がなき限り、当該労働者の賃金額が増加することなどないのが原則である。そして、それらに対する法規制は、一定事由による差別の禁止にとどまっており(労基法3条・均等法6条・労組法7条等)、それら差別の救済を裁判所に求める場合は、差別禁止規定から直接あるべき昇格・昇給の請求を行うことまでは認められないのが一般的であり(例外はあるが)、そのような差別を違法として損害賠償請求が認められるにすぎない。
2 裁判例
 この点判例は、本件と類似の事案が問題となった例で、「被告においては、パート、アルバイト従業員について会社の一員として自覚と責任を醸成し、業務への精励を期して一定の評価制度を設定していたことからすると、単に仕事のスキルや担当業務のみではなく、個々の従業員の意欲や自覚など総合評価のうえにたった店長による評価対象者の把握を予定していると考えられ、店長の評価を得ずに自動的に昇格・昇給が行われるとはいえないし、原告は順を追って昇給してきており、原告と同様のパートタイマーの地位にある職種の者が昇給・昇格していくのに、原告の自給だけが不当に長時間据え置かれたなどの平等に反する取り扱いを受けていたとも認められないし、経費を不当に抑制する意図から昇格・昇給について濫用に当たる実態があったと認めることもできない」として、原告の請求を棄却している(松屋フーズ事件・東地平17.12.28・労判910号36頁)。また、これに先立つ「トーコロ事件」(東地平16.3.1・労判885号75頁)において、「賃金額は労働契約により定まるものであり、昇給は原則として使用者の裁量的な行為であるから、使用者の昇給の意思表示ない以上、当該労働者の賃金が増加することはなく、労働者は昇給分の賃金請求権を有しないのが原則である。但し、ただし、就業規則(賃金規程)、労働協約ないし労使慣行等により、一定の要件がある者には裁量の余地なく昇給させることが定められている場合には、使用者の意思表示がなくとも一定の要件を満たす労働者には昇給分の賃金請求権が発生するものとするのが相当である。」と判断しております。
3 留意点
 以上のことから、設問の場合は、昇格・昇給につきパート従業員に適用される就業規則(賃金規程)、労働協約ないし労使慣行等があり、それらにより、一定の要件を満たせば使用者の意思表示なくして当然に昇格・昇給するという制度になっていない限り、未払賃金請求は認められません。昇格・昇給は、パート従業員であろうが正規社員であろうが、使用者の裁量判断に任されているのが原則ですから、あまりこれらに関する細かな取り決めをしておかないほうが、むしろ経営者としては都合がよいですが、一方で、その裁量判断の基準くらいは社内でルール化しておき、昇格・昇給に関するトラブルを未然に防ぐ必要はありそうです。

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