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学校法人における人事処遇制度改革における法律実務

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000.07.25
はじめに
 少子化に伴う学生の急減を迎え、国立大学においてさえ独立行政法人化というリストラの渦中に置かれる今日、まして私学・学校法人においては、一層、従前のぬるま湯的経営体質を改善し、効率的経営の追求が必要であることは、文部省が私大倒産防止対策に乗り出すことを決めたことや(平成12年1月10日付読売新聞記事等)、既に、本誌においても再三取り上げられてきたところからも明らかである(例えば、西井泰彦「経営困難の判定指標と自己分析」本誌260- 26以下等)。その改革の大きな柱が、私学経営における最大の支出項目である人件費(西井・前掲28参照)の削減乃至人材の有効活用であることは論をまたないところであり、この人件費の削減等のためには、人事処遇制度の改革を避けて通ることはできない。そして、この改革における方向性は、その目的と現下の社会・経済の動向と労働者意識の変化等に照らしても、現在多くの民間企業で実施され、公務員にも適用されようとしている、いわゆる個別的人事管理、能力主義・成果主義に基づく人事諸制度となるであろう。然るに、従前、私学・学校法人においては、一種特殊な労使関係・労使慣行や制度が残り、それらが改革を阻害しているようである。特に、労働組合が未だに旧態然たるややイデオロギッシュな活動を継続し、今や、労働者の側(とりわけ若年層の労働者)からも悪平等・不公正な人事制度として批判さることが多い(やや古いが連合総研の実施した、1996年3月発表の「21世紀に向けた人事・評価システムの新潮流に関する調査研究」、1997年8月発表の「会社とサラリーマンの新しい関係に関する調査研究」等参照)、文字通りの完全年功序列的な賃金・昇進制度を維持しているところさえ残っているようである。このため、前述の改革は、旧制度に安住し、そこに利益を見出している者達から、「既得権の侵害」、「労働条件の不利益変更」などとの批難や抵抗を招くことが少なくない。そのため、前述の改革の必要性は認識しながらも、二の足を踏む経営陣も少なくないようである。

 そこで、本稿は、従前の裁判例等を参考として、いわゆる個別的人事管理、能力主義・成果主義の限界を探りつつ、私学・民間学校法人における人事処遇制度改革導入を念頭において、紙幅の許す限りで、その制度自体の問題、導入時の問題等改革における法律実務を検討しようとするものである(以下は、拙著「社内トラブル『もしものとき』の救急事典」(明日香出版)、「労働事件実務マニュアル」(ぎょうせい)の他、主に、菅野和夫「労働法」第5版405頁以下、土田道夫「能力主義と労働契約」季労185-6以下、野田進「能力・成果主義賃金と労働者の救済」季労185-65以下等による)。

 なお、以下の検討においては、特に、教員と事務職員を区別して論じていないが、各個所での検討は、基本的には、その両者に適用あることを前提としている。強いて、両者の差異を挙げるとすると、通常は、教員と事務職員は異職種別採用の下にあり、両者間の異動は、昇進や降格においてもないこと(後述の解雇回避義務の履行としての配転先としてもかかる異種間の異動義務まではない)、非常勤講師等(特に外国人)については、判例は、一般的な期間雇用労働者の場合に比して、更新が反覆継続されても、更新拒絶の有効性を容易に認める傾向にあること等であろう(1年契約を1回更新した後に雇い止めされた高校の非常勤講師につき、解雇法理の類推適用を否定した学校法人履正社事件・大阪地決平7・11・28労経速1590-100等参照)。

第1章 個別的人事管理における能力・成果主義
I 伝統的人事制度-日本型雇用制度・年功型賃金制度の動揺
 従前のいわゆる日本的経営の三本柱とされて来た、終身雇用制(正確には長期雇用制)は、中高年ホワイトカラーへの雇用調整・リストラにより、年功賃金制も年俸制等を典型例とする能力・成果主義賃金制度の拡大により、又、企業内労働組合に至っては毎年組合組織率の最低記録を更新し、いずれも崩壊の危機に、少なくとも大きく揺らいでいる状況である。
II 能力・成果主義 
 いわゆる能力・成果主義とは、通常、上記の年功的人事制度への対抗概念として用いられる概念である。もっとも、従前の「職能資格制度」も能力主義賃金制度として提唱されていたのであるが、多くの場合、相対的に「保有能力の重視」に傾き、制度・運用両面で、実際上、「資格在籍年数の進級要件化」や「年齢給との併用」により、年功的賃金制度と評されるものに成っていた。これに対して、多くの企業が、平成複合不況下での国際競争力の維持、グローバルスタンダード(米国基準)への対応を迫られる中で、従前の保有能力・潜在的能力重視から能力顕在化による成果重視への急激な動きを示し、これが、「能力・成果主義」と呼ばれることが多くなった。但し、同じ能力・成果主義賃金体系といいながら、実際の制度・運用には多用な現れがあり、現下の主流は、過渡期の現象としてか、あるいは従前の年功制度の捨て難い長所(ロイヤリティーの維持)への執着からか、「年齢給との併用」による、年功的要素と併存する場合が多いようである。しかし、新聞紙上に散見されるように、完全な「成果主義」を標榜する企業も増加しており、成果主義に基づく賃金割合を拡大する制度改正を含めると、能力・成果主義人事体系・運用への雪崩現象ともいい得る人事制度上の大変革が起こっていることは否めない。
第2章 人事評価・考課における裁量と責任
I 従前の裁判例における評価・人事考課の裁量性の承認
 従前の多くの裁判例においては、原則として、使用者の人事評価・考課における査定権者・査定項目の決定、査定の幅・基準とその運用等における企業の裁量権を大幅に認め、例外的に、労基法3条の均等待遇、同法4条の男女同一賃金、均等法6条の処遇についての男女均等取扱い禁止(例えば、男女差別賃金の差額賠償等を認めた芝信用金庫事件・東京地判平8・11・27労判 704-21、塩野義製薬事件・大阪地判平成11・7・28労判770-81等参照)、労組法 7条の不当労働行為等による規制と著しい裁量権の濫用の場合のみ規制を加えるのみであった。例えば、ダイエー事件・横浜地判平成2・5・29労判579- 35では、上司が個人的感情や報復目的など不当な目的をもって低い査定をしたときは裁量権の乱用となり、損害が発生した場合には不法行為となるとしたが、結論的には、裁量権の濫用を否定し、安田信託銀行事件・東京地判昭和60・3・14労判451-27では、人事考課は、その性質上企業の「広範な裁量に委ねられている」から、考課上「標準者」と評定せず、協約所定の賃金額を支給しなかったからといって債務不履行には該当せず、当該考課における人事考課の基準、評定方法に特段の不合理はなく、考課、昇格のないことは、勤務態度に基づくもので、不法行為に当たらないとされ、光洋精工事件・大坂高判平成9・ 11・25労判729-39では、「人事考課をするに当たり、評価の前提となった事実について誤認があったとか、動機において不当なものがあったとか、重要視すべき事項を殊更に無視し、それほど重要でもない事項を強調するとか等により、評価が合理性を欠き、社会通念上著しく妥当を欠くと認められない限り、これを違法とすることはできない」として、濫用なしとされ、堺市農協事件・大阪地判平成10・1・30労判734-20でも、昇給するか否かは使用者の決定に委ねられているとして、昇給前提の賃金請求を棄却し、全国商工会連合会事件・東京地判平成10・6・2労判746-22では、昇格・昇給をさせなかったのは、勤務成績不良によるもので、相当とされている。
II 能力・成果主義の隆盛化による人事考課における企業の責任・考課裁量権の限界への検討の必要の発生
1 人事考課裁量権濫用、公正評価義務をめぐる学説の展開とその実務的意義

 以上の裁判例における使用者の人事考課等に対する大幅な裁量権の承認に対して、学説は、以下の通り、使用者の裁量権に対して、裁判例の言及する、例外的な裁量権濫用の基準をより明確にし、その根拠として使用者の公正評価義務を措定し、使用者の人事考課権の裁量権に一定の限界を設ける等の作業を試みている(以下、土田・前掲季労185-6以下、及び同論文の紹介する文献参照)。しかし、未だこれらの学説そのものを採用したと見られる裁判例は現れてはおらず、実務的には、念の為、かかる学説を踏まえた請求・主張等が労働者側からなされ得ることを踏まえた対応を準備しておけば足りるであろう。まして、これらの学説が呈示する以下の基準は、一部の要件(後述2(4)の苦情処理制度等)を除いて、概ね、後述(2)の多面的評価制度や360度評価制度等、整備・洗練された先進的成果主義賃金体系の実態の後追い的なものとなっている感を否めない。かかる意味で、学説は、それらのモデル的評価制度を標準化、オーソライズする機能を持っているとも評し得るもので、使用者に過度の負担を強いるものとはなっていないようである。

2 学説の呈示する人事考課権濫用の法理の概要

(1)人事評価プロセス全体における公正さ確保の整備義務-公正評価の内容
  先ず、学説は、公正な評価の内容として、以下の三つの基準をクリアした場合に、人事評価プロセス全体における公正さ確保の整備義務が充たされるとしている。即ち、[1]公正かつ客観的評価制度の整備・開示、[2]それに基づく公正な評価の実施、[3]評価結果開示・説明義務の三つである。以下、少し説明しておく。

(2)公正かつ客観的評価制度の整備・開示の具体的内容
 先ず、「公正かつ客観的評価制度の整備・開示」の具体的内容として、[1]目標管理制度等の双方向的制度の整備、[2]透明性・具体性ある評価基準の整備と開示、 [3]評価の納得性・客観性確保への評価方法の整備(多面的評価等の導入)、[4]評価対応処遇への明確なルールの整備が指摘されている。

(3)公正な評価実施の具体的内容
  次に、「公正な評価実施」の具体的内容として、[1]評価基準に即した評価の有無、[2]労働者の能力即応の目標設定の適切性、[3]能力発揮の環境整備の有無(職務付与の適切性、能力開発の機会の提供)、[4]評価者の評価能力が問題とされる。

(4)評価結果開示・説明義務の具体的内容
 更に、「評価結果開示・説明義務」の具体的内容として、人事考課をめぐる、個々の労働者の裁判等の困難を踏まえて、人事考課をめぐる「苦情処理・紛争処理制度の整備」が指摘されている。前述のようにこの要件は、前述の裁判例などはまったく指摘していないものである。しかし、例えば、いわゆるセクハラ指針(「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上配慮すべき事項についての指針」平成10.3.1労働省告示)においても苦情処理制度に言及しているように、かかる制度を設置しておくことが、当該使用者の人事考課制度の公正さを担保しているものと評価されることは、あり得るところであろう。なお、米国では、雇用関係の成立時、あるいは、一定の昇進の際に、人員考課やセクハラ問題等の個別的労使紛争は、労使双方が合意した(実際には会社指定の仲裁機関となることも多いようであるが)、弁護士会等の仲裁・斡旋制度の利用により、非公然に、早期・低廉に解決することも工夫されており、我国においても、かかる仲裁センターの紛争解決事例の増加に伴い、緊急に同様の制度の設置・制度化を検討する必要があるであろう。

(5)人事評価プロセス全体における公正さ確保措置整備の法的意義
 かかる人事評価プロセス全体における公正さ確保措置整備の法的意義としては、先ず、訴訟等の係争において、[1]前述の要件を満たす人事考課制度においては、人事評価の公正さが事実上推定され、労働者の側が不公正さを立証する必要を生じる、とされる。逆に、[2]前記要件を満たさないような評価制度の整備が不充分な場合には、評価の不公正さが推定され、使用者の側で個別の考課につき、評価基準・結果の開示の上、その公正さ、適切性、裁量権の濫用の不存在を証明する必要が生じる、とされている。

(6)人事評価権濫用の効果-不法行為 
 以上の要件の主張・立証に照らし、人事評価権の濫用が認められた場合の法的効果としては、先ず、不法行為としての、[1]効果標準者との差額(逸失利益)損害賠償義務が認められる。この際、[2]何をもって個別管理下での「標準」というかとの問題を生じる。実際には、当該部門・職種での標準昇給率等を考慮せざるを得ない。裁判例においても、三庵堂事件・大阪地判平成10・2・9労判733-67では、会社が賞与を支給しなかったことに合理的理由なしとして、同等の作業に従事する他の従業員と同等の賞与の支払が命じられ、藤沢医科工業事件・横浜地判平成11・2・16労判759-21では、全額が人事考課により決定される一時金につき、賃金の後払い的性格を有するとしても能力的色彩が強く、功労報償的性質も有するとして、使用者による人事考課査定(実際には勤怠管理のみ)が一時金請求権の発生要件になるとした上で、使用者による査定がなかったとして一時金請求権が認められなかったが、結論としては、使用者が正当な理由なく人事考課査定をせず一時金を支給しなかったことが違法であり、一時金の支給を受けるべき労働者の期待権を侵害したとして、その損害額として一時金相当額(従前の月額給与を年間の査定期間に按分した額)が認められた。

(7)公正評価義務の債務不履行の場合の昇格請求権の有無
 次に、以上の人事評価権の濫用が認められた場合の法的効果として、その濫用が使用者の労働者に対する公正評価義務の債務不履行と法的構成され、昇格請求権の有無が問われる場合がある。裁判例としては、男女差別に関するものではあるが、同期入職の男性が昇格したと同じ資格は認めたが昇進した地位は否定された芝信用金庫事件・東京地判平成8年11月27日前掲がある。
 ここでは、原告ら女性職員23人は、「昇格・昇進で女性差別がある」として芝信金(信金)に対して、課長職の資格と職位にあることの確認と差額賃金・慰謝料等総額約2億2000万円の支払を求めていた。これに対して、判決は、一人を除く全員について、[1]女性らが、同期の男性のほぼすべてが副参事又は課長職に昇格した時期での課長職への昇格(男性と同じ課長職の地位にあることの確認)と[2]過去の差額分約一億円及び[3]将来の賃金差額の支払を、信金に命じた。判決の第一のポイントは、[1]の課長職への昇格とその地位にあることの確認を認めた点である。判決は、次のように判断した。本来、昇格・昇進は信金の決定によるものであるが、労働契約、就業規則、労使慣行などによって昇格が制度的に保障されている場合は、要件に該当する職員は当然に昇格したことになる。信金では、課長職への昇格を試験と考課の二本立てとしているが、昇格制度の実際の運用によると、男性はほぼ全員が年功で昇格していて、この運用は長期間継続して行われることにより労使慣行として確立されている。この慣行を女性に適用しないことは、性別等にかかわらない労働条件の均等待遇を保障した信金の就業規則や現行法秩序の上からも許されない、として昇格を認めた。昇格性差別自体を認めた裁判例は、今までにも出ていたが(社会保険診療報酬支払基金事件・東京地判平成2・7・4労民41-4-513は慰謝料の支払を認めたに止まっていた)、正面から昇格を認めたのはこの判決が初めてである。但し、同判決も、賃金と対応する資格である昇格は認めたが、具体的な課長の職位への昇進については、適材適所の配置を決める信金の専決事項として請求を認めなかった。

第3章 年俸制をめぐる問題
I 年俸制の意義
  最近我国で年俸制が新しい人事制度として一つのブームとなっている。一般的な定義としては、「賃金の全部または相当部分を労働者の業績等に関する目標達成度を評価して年単位に設定する制度」などとされる(菅野・前掲214)。現在までの一般的な実態は、プロ野球選手のように、成績に応じて毎年大きく上下する形ではなく、いわゆる目標管理の手法を用いて、能力給・業績給の比率を高めた賃金制度のようである。つまり年俸制の対象者に毎年の年間目標を設定し、年度末にその達成度を評価して、翌年の目標と年間給与を定めるというものである。これにより、日本的経営の大きな柱の一つであるとされる年功制賃金がともすれば悪平等といわれる程横並びになりがちで、モラール(士気)の低下を招き易いため、従業員の活性化対策として、又、能力・成果主義による人材登用のため注目されている。
II 割増賃金抑制の方法としての利用への誤解 
  従って本来残業や休日労働の問題と年俸制とは直接には関係ない筈である。しかし、経営者の側では、ともすれば能力のない従業員の方が残業が長くなり、結果的に収入が多くなるといった矛盾を常々感じているため、この年俸制の導入により、残業手当等のいわゆる基準外賃金を抑制し、実力に応じた年俸による格差を設けるための方策として、この年俸制に期待している向きもあるようである。
III  管理職の場合は 
1 管理職の年俸制による基準外賃金の抑制やその不払い
 しかし、年俸制による基準外賃金の抑制やその不払いは、そう簡単ではない。先ず、少くとも労基法上の管理・監督者には、同法37条による午後10時から午前5時までの深夜勤務手当を除いて、残業手当や休日出勤手当の割増賃金を支払う必要はないということになっている(41条1項2号)。又、深夜勤務手当についても管理職手当の中に一部含まれていると解釈することも可能な場合も多いであろう。但し、この労基法上の管理・監督者として労基署の考えている範囲は一般の会社の考えている管理職のすべてではないことに注意がいる。

2 労基法41条2号の管理・監督者

 労基法41条2号は、管理・監督者に対して労働時間、休憩及び休日の規制を適用除外している。その理由は、彼らは自らの時間管理については裁量権を与えられており、これらの労働条件に関しては法律による保護にはなじまないと考えられたためである。しかし、課長、係長あるいは主任など中間管理職については、管理・監督者に該当するかどうかが争われる例が少なくない。そこで、行政解釈や裁判所の判断に基き、実務上の判断基準と取扱をみておく。

3  管理・監督者の判断基準は

 先ず、管理・監督者とは、[1]労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者とされ、[2]これに該当するかどうかは、名称にとらわれず、実質的に管理・監督者としての権限と地位を与えられ、[3]出社退社等労働時間について厳格な制限を受けず、[4]このような地位にふさわしい賃金面での処遇が基本給や手当、賞与等の面でなされているかどうかなどの点を実態に即し総合的に判断する、とされている(昭和63・3・14基発150)。[4]の処遇面ではたまたま管理職に支払っている賃金が、平社員より少なくてもそれは直ちに管理職としての処遇をしていないことにはならない。

4  裁判所での判断は

 裁判例においては、例えば、通常の就業時間に拘束されて出退勤の自由がなく、また部下の人事や考課に関与したり銀行の機密事項に関与することもなく、経営者と一体となって銀行経営を左右する仕事に携わるということもない銀行の支店長代理は、管理・監督者に該当しないとされ(静岡銀行事件・静岡地判昭和 53・3・28労民29-3-273)、ファミリー・レストランの店長も出退勤時間を管理されているなどの場合にはこれに該当しないとされ(レストラン「ビュッフェ」事件・大阪地判昭和61・7・30労判481-51)、紙幣偽造鑑別機の製造販売会社の「営業主任」が「営業部の従業員を統括する立場にあったとはいえ」「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」と言えずこれに当たらないとされている(日本アイティーアイ事件・東京地判平成9・7・28労判724-30)。

5 スタッフ職の取扱は

  なお、最近では本社の企画調査等の部門にスタッフ職が多くみられ、これらの者に対する処遇の程度により、時間規制を適用除外としてもとくに労働者の保護に欠けるおそれがないと考えられる場合には、管理・監督者に含めた取扱が許されている(前記基発)。

6 現実に即した判断基準は

 ところで、今日、労働省の通達の言うような時間的拘束の無い管理職などと言う概念は実際上あり得ない。この現実に照らしても、又、専門職・スタッフ職にも処遇の面を重視して同号の適用を認める前記通達の趣旨からしても、「出退社について厳格な制限を受けていないといった時代離れした解釈基準を捨てて、管理職や専門職の高度な職務内容、高い責任に相応するだけの待遇=手当が支払われているかどうかを要件とすべき」だろう(平岩新吾「管理職・専門職」季刊労働法別冊9号47頁)。そうすると管理職への時間管理の存在は一つの判断要素に過ぎず、それのみでは労基法41条2号の適用を否定することにはならないこととなる。

7 管理職のタイム・カード利用の意味は

 又、管理職において、タイム・カードへの刻印がなされていても、これにより厳格な時間管理がなされていたことには必ずしもならない。その場合は、出勤そのものの確認・管理のためであり、時間管理のためではないとされることがある。裁判例でも、管理職に対してタイム・カードによる打刻等がなされていても、それは、単に給与計算上の便宜上からなされているに過ぎず、それをもって管理職に該当しないものとは判断されてはいない(徳州会事件・大阪地判昭和62・ 3・31労判497-65、日本プレジデントクラブ事件・東京地判昭和63・4・27労判517-18)。

8 深夜勤務手当の取扱は

 注意が要るのは、仮に労基法41条2号の管理・監督者に該当すると判断されたとしても、適用除外となるのは、[1]労働時間、[2]休憩、[3]休日に関する規定だけということである。従って、深夜労働に関する割増賃金、あるいは年次有給休暇については適用除外がないので、管理・監督者もこれらの請求権を持っている。しかし、現実の会社で管理職に深夜勤務手当を支払っているというのは稀だろう。これは労基法の誤解ということもあるが、一つには、管理職手当の中に一定の深夜勤務時間に関するみなし深夜勤務手当が含まれていると善解されているためと考えられる。

IV  平社員の場合は
 次に、管理職以外の平社員の場合には、法定時間外労働や法定休日労働となる場合は、いずれもいわゆる労基法36条の三六協定が締結されていることを前提にして、一定の基準外賃金相当のみなし手当が支払われている場合に、そのみなし手当でカバーされる範囲内の残業や休日労働・深夜勤務については問題ないが、これを超えた休日労働等がなされた場合には、超えた部分に対応して、各々の基準外賃金を支払わねばならない。みなし手当がない場合は原則通りである。
Ⅴ  事業場外労働・裁量労働の利用も
 但し平社員でも時間外労働については次の二つの例外措置がある。それは、時間外労働について、労基法38条の2の第1項の事業場外労働における超過労働時間に関する協定を結んだ場合と、同条第4項のいわゆる専門職型裁量労働の場合、及び平成12年4月1日施行の同条の4の企画業務型裁量労働制の場合で、労使協定に法定労働時間を超えて労働する時間数が協定されている場合の三つである。これらの場合には、実際の時間外労働が各協定時間を超えたとしても時間外労働に対する割増賃金支払の問題は発生しない。しかしこの三つの場合は労使協定が必要(企画業務型裁量労働制では、更に、労使委員会での所定の事項についての全員一致の決議と本人の同意が必要)なため従業員の協力が得られないことにはこの方法は取れない。又、それらの適用を受ける従業員の労働実態が事業場外労働や裁量労働の要件を満たすことが必要である。特に裁量労働については、新制度でも対象業務等の制限があることに要注意である。
VI 年俸制導入の要件-就業規則の改正とその改正の合理性の必要
 就業規則の改正による年俸制の導入は、その内容により、労働条件の不利益変更に当たる可能性がある。就業規則の不利益変更の効力については、後述するが(第4章II)、一般的に、判例は、就業規則の改正に合理性の存否でその効力の有無が決まるとしている。従って、年俸制の導入に際しては、この合理性の存否・程度の吟味を経た上でなされなければならない。
VII 目標達成度評価に関する合意(年俸合意)不成立の場合
 目標達成度評価に関する合意(年俸合意)不成立の場合の処理としては、判例における企業の解雇権への大幅な制限下では(後述第6章IIの通り、裁判所は、従前から、解雇一般について、次のような、いわゆる解雇の法理を確立して、企業の解雇について厳しい制限を加えてきた。即ち、「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には権利の濫用として無効になり」日本食塩製造事件・最二小判昭和50・ 4・25民集29-4-456、「普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になる」高知放送事件・最二小判昭和52・1・31労判268-17、との判断を示している)、バランス上、企業に評価決定権があると解されている(菅野・前掲214以下)。この点、裁判例は、傍論ながら、「年俸額に関する合意未了の労働者は、...たかだか当該年度において当該契約当事者双方に対して適用ある最低賃金の額の限度内での賃金債権を有するに過ぎない」とする。
  これらの学説・判例の状況に照らし、使用者としては、前記公正評価システムや合意不成立の場合に備えた規程の整備とその実施が必要であろう。
第4章 能力・成果主義の下での賃金の引下げ

次に、能力・成果主義の賃金体系に伴って発生することが予想される賃金切り下げの方法とその法的課題について検討しておく。

I  役員や管理職を中心とした合意による引下げ
 賃金切下げの方法として、先ず、報酬・賃金の一部放棄または一時的な引下げの合意による方法がある。勿論その合意には、明示又は黙示の方法を問わない。判例としても、朝日火災海上保険会社事件・最二小判平成9・3・25労判713-37は、改正後の賃金の異議をとどめない受領をもって、退職金の積算に昇給分を入れない旨の改正につき黙示の合意を認め、野本商店事件・東京地判平成9・3・25労判718-44も、昇給停止につき黙示の合意を認め、ティーエム事件・大坂地判平成9・5・28労経速1641-22は、所長12%、一般社員5%の賃金減額につき、会議での異議の申し出なく、減額案の作成、会社への提出等により、合意ありとした。
II 就業規則・労働協約の不利益変更による引き下げ
 就業規則の不利益変更の効力については、一般的に、判例は、就業規則の改正に合理性があるかどうかでその効力の有無が決まるとしている(秋北バス事件・最大判昭和43・12・25民集22-13-3459等)。そして、その合理性とは、就業規則の改正の「必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性」とされている(大曲農協事件・最三小判昭和63・2・16労経速1314-3等)。そして、その合理性の有無の判断は、変更の内容(不利益の程度・内容)と、変更の必要性との比較を基本として、不利益に対する代償措置の有無・内容・程度、労働組合との交渉経過、他の従業員の態度、変更の社会的相当性などを総合的に考慮してなされることになる(但し、最近下級審によるゆり戻しの動きがあり、注目される。即ち、羽後銀行事件・仙台高秋田支判平成9・5・28労判716-21、函館信金事件・札幌高判平成9・9・4労判722-35では、完全週休2日制導入に伴い1日の時間を延長したことが無効とされた)。以下、裁判例を紹介しておく。

1 役職定年制による高年齢層の賃金の引き下げ

  これが認められた例として、みちのく銀行事件・仙台高判平成8・4・24労判693-22があるが、そこでは、労使の十分な協議と制度改革の必要性を踏まえて就業規則改正の合理性が認められている。

2 職能資格・等級の見直しによる引き下げ

 この方法も見られるが、現下の裁判例は、事案の特殊性にもよるが、結論として、切下げを認めていない。例えば、チェ―ス・マンハッタン銀行事件・東京地判平成6.9.14労判656-17は昇給規定の拡大解釈による一方的引き下げは無効とし、アーク証券事件・東京地判平成8・12・11判時1591- 118は、資格等級見直しによる降格・降給(職能資格・等級の引き下げ)には、労働者の合意により契約内容を変更する場合以外は、就業規則の明確な根拠と相当の理由を必要とし、就業規則の改正による場合も、不利益変更の高度の必要性を要するとされ、当該規則改正は合理的理由なしとして、減額を違法とした。

3 全従業員について賃金原資を一定割合での一律減額

 これが認められた例である、第四銀行事件・最二小判平成9・2・ 28判時1597-7は、定年延長(58歳から60歳へ)に伴い従前の制度下で期待することができた労働条件に実質的に不利益(年収の30%以上の減額で2年の延長も生涯賃金ではほとんど増加なし)を及ぼす就業規則の変更を有効とした。なお、この判決は、激変緩和措置としてのいわゆる経過措置採用の要否につき、「労働条件の集合的処理を建前とする就業規則の性質からして、原則的に、ある程度一律の定めとすることが要請され、また、本件就業規則の変更による不利益が、合理的な期待を損なうにとどまるものであり、法的には、既得権を奪うものと評価することまではできないことなどを考え合わせると、...このような経過措置がないからといって」合理性を失うものではないとしている。なお、その他の不利益変更許容例として、独自の年金制度の廃止を認めた名古屋学院事件・名古屋高判平成7・7・19労判700-95、専任職制度の創設を有効とした、みちのく銀行事件・仙台高判平成8・4・24労判693-22等がある。

III 労働協約又は組合との合意によるによる引き下げ
 この方法の例として、第四銀行事件・最二小判平成9・2・28前掲、退職金の減額を認めた幸福銀行事件・大阪地判平成10・4・13労判744-54の他、労働協約を破棄して就業規則の改正による給与規定の改正を認めた朝日生命保険事件・東京地判平成9・6・12労判720-31、定年年齢、退職金支給率の引き下げ等を内容とする協約が、一部の組合員をことさら不利益に取り扱うことを目的として締結されたものとはいえず、有効とした朝日火災海上保険会社事件・最二小判平成9・3・27労判713-27等がある。なお、朝日火災海上保険会社事件・最三小判平成8・3・26民集50-4-1008は、定年年齢の引き下げと退職金支給基準の変更を内容とする労働協約の非組合員への拡張適用について、労働協約の基準が非組合員の基準より不利益な場合にも、そのことのゆえに、規範的効力が及ばないのではないとしたが、非組合員は組合の意思決定に関与しないこと等から、協約の不利益の程度、非組合員の組合員資格の有無等に照らし、拡張適用が著しく不合理であると認められる特段の事情のある時は規範的効力は及ばないとした上で、定年年齢を63歳から57歳に引き下げ、すでに57歳に達している特別社員(非組合員)の退職金を大幅に引き下げることは、退職金がそれまでの労働の対償である賃金の後払的な性格をも有すること等を理由として、一定限度で合理性なしとしている。
IV 年俸制労働者の引き下げ
この問題にかんしては前述した通りである(第3章)。
Ⅴ 変更解約告知による切り下げ
 企業の経営上必要な労働条件変更(切下げ)による新たな雇用契約の締結に応じない従業員の解雇を認める「変更解約告知」(以下、告知という)の法理を採用したのは、スカンジナビア航空事件・東京地決平成7・4・13判時1526-35である(以下、ス航空事件決定という)。しかし、この決定は、変更解約告知を認める条件として、[1]労働条件変更が企業の運営上必要不可欠であり、[2]その必要性が変更による従業員の不利益を上回り、変更後の新契約に応じない従業員の解雇を正当化する程度のやむを得ないものであることを求めた上、学説以上に条件を厳しくして、[3]解雇回避努力義務の実行を求めている。しかも、決定では、この告知ではなく単なる整理解雇をされた従業員7名に対する解雇も有効と認められているため、第6章IIIで後述するいわゆる整理解雇基準(さしあたり拙稿「判例に見る業績悪化による整理」ビジネスガイド537-30参照)との実際上の相違については今後の判例の集積にまつとしか言えない。

 その後ス航空事件決定に対しては、一審で申請を却下され解雇が有効とされた 16人の内7人が東京高裁に即時抗告したところ、平成7年2月8日東京高裁でこの7人と会社との間で和解が成立した。労働側は、和解により7人が職場復帰したことをもって、「実質的な勝利」で、ス航空事件決定の「変更解約告知」の法理が判例として通用しなくなった意味は大きいなどとして、東京高裁がこの法理に否定的だったかのような見解を表明している。しかし報道された和解内容による限り、切り下げの範囲・程度について、会社の「変更解約告知」の内容より緩和されているが、基本的には会社のリストラの意図が(少なくとも名目上は)相当な範囲で貫徹されているとの評価も可能である。

 従って、この事件での「実質的な勝利者」が労使いずれであるかも即断はできず、東京高裁の同種の事件での今後の対応すらもこの和解内容からのみでは予測できない。まして、「変更解約告知」の法理が一般的に高裁レベルでどう判断され、定着されるかについては、正確には今後の他の事件での判例の集積を待つ外ない。しかし和解内容の分析や、その後の研究者の間でのこの法理の適用範囲や適用要件についての精緻化からしても、少なくともこの和解によって「変更解約告知」の法理が葬り去られたと見るのは早計だろう。
VI 配転による業務の変更を理由とする減給
  この方法による場合、業務・職種等に伴う賃金・処遇の差異が明確に規定されていることが前提であるが、その場合においても、配転命令自体が無効とされる場合には、この方法による減額も困難となる。例えば、ヤマトセキュリティ事件・東京地判平成9・6・10労判720-55では、配転(秘書から警備業務)が無効として、業務変更を理由とする調整手当て(語学手当て)の削減が無効とされた。又、デイエフアイ西友事件・東京地判平成9・1・24前掲も、配転による減額を認めなかった。
第5章 昇進・昇格・降格
I 昇進
1「昇進」の意義
  昇進とは、企業組織における管理監督権限や指揮命令権の上下関係における役職(いわゆる管理職)の上昇を意味する場合と、役職を含めた企業内の職務遂行上の地位(役位)の上昇を意味する場合がある(菅野・前掲407)。

2 昇進の法規制

 従前の多くの裁判例においては、原則として、昇進についても、使用者の人事評価・考課におけると同様、昇進者の決定、昇進基準とその運用等における企業の裁量権を大幅に認め、例外的に、労基法3条の均等待遇、同法4条の男女同一賃金、均等法6条の処遇についての男女均等取扱い禁止、労組法7条の不当労働行為等による規制と著しい裁量権の濫用の場合のみ規制を加えるのみであった。例えば、昇格・賃金の男女差別を認めた芝信用金庫事件・東京地判平成8・11・ 27前掲も、賃金と対応する資格である昇格は認めたが、具体的な課長の職位への昇進については、適材適所の配置を決める信金の専決事項として請求を認めなかった。

II 昇格
1 資格制度と「昇格」、「昇級」

 多くの企業に採用されているいわゆる職能資格制度においては、その企業における職務遂行能力が、先ず職掌として大きく種類分けされ、各職掌の中で様々な資格に類型化され、更にその資格の中で等級化されている。この資格等に応じて基本給の全部又は一部が決められる(職能給制度)。このような制度下での資格の上昇が「昇格」、級の上昇が「昇級」(以下、一括して、昇格等という)と呼ばれ、夫々が昇格試験や人事考課に基づき決定される。昇格等は、月例の職務給のみならず、賞与、退職金に反映されるばかりでなく、一定の資格が前述の昇進の前提条件となっている(以上、菅野・前掲408~9参照)。

2 昇格の法規制

 従前の多くの裁判例においては、原則として、昇格等についても、使用者の人事考課におけると同様、昇格等の決定、その基準とその運用等における企業の裁量権を大幅に認め、例外的に、労基法3条の均等待遇、同法4条の男女同一賃金、均等法6条の処遇についての男女均等取扱い禁止、労組法7条の不当労働行為等による規制と著しい裁量権の濫用の場合のみ規制を加えるのみであった(前述第2章Iで紹介した光洋精工事件・大阪高判平9・11・25前掲、社会保険診療報酬支払基金事件・東京地判平2・7・4前掲等)。但し、前述Iの昇進の場合と異なり、芝信用金庫事件・東京地判平8・11・27前掲は、前述のように、差額賠償のみならず、課長職への昇格とその地位にあることの確認を認めた。しかし、昇格請求権が認められ得るのは、就業規則や慣行上、勤続年数や試験への合格などの客観的要件の充足のみによって昇格が行われる制度の場合である。芝信用金庫事件前掲の結論も、前述のように(第2章II2(7))、男性に対して、実質的に一律年功的な昇格制度を実施していたためであり、前述(第2章II)の公正な成果主義人事制度が実施された場合には、異なった結論となったであろう。

III 降格
1 降格の意義・態様

 降格については、職位を引き下げるもの(昇進の反対措置)と、資格を低下させるもの(昇格の反対措置)とがある。又、降格には、懲戒処分としてなされるもの(降格、降職等と呼称される)と、人事異動(配転)としてなされる場合がある(菅野・前掲 410参照)。裁判例は、以下のように、降格につき、それが一般的には権限や賃金の低下等の労働条件の改悪となることが多いことから、慎重な判断を示している。

2 懲戒処分としての降格

 懲戒処分としての降格については、相当性の原則等の一般的な懲戒処分の有効要件が問われることになる(ダイハツ工業事件・最二小判昭和58・9・16判時 1093-135は、使用者の懲戒権の行使が客観的に合理的な理由を欠き、又は社会通念上相当として是認し得ない場合には懲戒権の濫用として無効とされる、としている。菅野・前掲403以下参照)。例えば、倉田学園事件・高松地判平元・5・25労判555-81は、懲戒処分としての降職につき、労働契約の枠内での処分の可否という限界を示す事例であるが、満60歳に達するまでの終身雇用が予定されている私立高等学校・中学校の教諭らに対して、懲戒権の行使として、雇用期間を1年の常勤又は非常勤講師への降格処分が、その処分前後の雇用形態の差異に照らし、労働契約内容の変更に留まるものとみることは困難として、許されないとされた(判旨は、就業規則に定められた事項のうち労働契約を規律する事項は、労働契約によって定めうる事項、すなわち労働契約の内容となりうる事項に限られるというべきところ、使用者は、懲戒権を行使する等一定の場合に、雇用の同一性を失わない範囲内で労働者の職務内容を一方的に変更しうることを就業規則に規定することは可能であるが、それをこえて当該労働契約を社会通念上全く別個のものに変更しうるということを就業規則に定めたとしても、そのような事項は、新たな契約の締結とみるほかなく、当該労働契約の内容となりえないものであるから労働契約を規律するものとはなりえないというべきである、としている)。

3 人事権による役職・職位の降格

 これに対して配転としての降格については、裁判例は、一般論としては、人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められない限り、違法とは言えないとし( 医療法人財団東京厚生会事件・東京地判平9・11・18労判728-36)、その裁量判断を逸脱しているか否かを判断するに当たっては、使用者側における業務上の必要性の有無及びその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無及びその程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度、当該企業における昇進・降格の運用状況等の事情を総合考慮する、としている(同判決)。
 例えば、これにより、降格が有効とされた例として、エクイタブル生命保険事件・東京地決平2・4・27労判565-79では、営業所長に対する営業所の成績不振を理由とする営業社員への降格と懲戒解雇が有効とされ、星電社事件・神戸地判平3・3・14労判584-61では、降格処分は、使用者の人事権に基づく裁量的行為であり、就業規則等に根拠を有する懲戒処分には当らないとした上で、勤務成績不良(飲酒運転による免許停止、商品事故の報告怠慢、酒気を帯びて就労したこと等)を理由とした部長の一般職への降格が有効とされた。
 しかし、裁判例は、その具体的判断においては、以下のように、降格が労働条件の改悪となることが多いことから、慎重な判断を示すものも少なくない。例えば、バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件・東京地判平7・12・4労判685-17では、課長職から降格した事例で、課長職から課長補佐職相当職への降格は、使用者の人事権の濫用とは言えないが、この降格後の総務課(受付業務担当)への配転は違法とされ(この降格は、勤続33年に及び課長まで経験した者に相応しい職務であるとは到底いえず、元管理職をこのような職務に就かせ、働きがいを失わせるとともに、行内外の人々の衆目にさらし、違和感を抱かせ、職場で孤立させ、勤労意欲を失わせ、やがて退職に追いやる意図をもってなされたもので、不法行為に当たるとして、慰謝料100万円が認められた)、デイエフアイ西友事件・東京地判平9・1・24前掲では、バイヤーからアシスタントバイヤーへの降格に関する事例で、職種が一定のレベルのものに限定された労働者を不適格性を理由により低いレベルのものに引き下げる降格はできないとされ、医療法人財団東京厚生会事件・東京地判平9・11・18労判728-36では、婦長から平看護婦への二段階の降格につき、業務上の必要性があるとは言えず、降格がその裁量の範囲を逸脱した違法・無効なものとした(なお、この判決は、使用者が違法な降格をしたことによって労務の受領を拒絶した場合でも、労働者は賃金請求権の前提として、少なくとも労務の提供の準備をすることを要するとしている)。

4 職能資格の引き下げ措置としての降格

  なお、アーク証券事件・東京地決平8・12・11前掲では、前述第4章II2の通り、職務内容につき変更がないにもかかわらず実施された職能資格・等級の見直しに伴う給与の号俸等の格下げ措置につき、右措置の実施のためには就業規則等に基づく明確な根拠を必要とされるところ、会社にはそれらがなく、また、減給を定めた新就業規則上の規定の拘束力については不利益変更の高度の必要性が要求されるが、被告会社によるその点に関する主張・疎明がないとして、降格・減給措置は効力がないとした。

第6章 解雇と能力・成果主義
I 労基法等による規制
 現行法上、解雇に関しては、例えば、労基法における、産前産後、業務災害の場合の解雇制限(労基19)、解雇予告(労基20、21)、差別的取扱いの禁止(労基3)の他、育児・介護休業法(10、16)、 労働安全衛生法(97)、雇用機会均等法(8)、労働者派遣法(49の3)、労組法(7)等様々な規制がなされている。しかし、実際の多くの解雇をめぐる係争で争点となるのは、以下の判例法上の解雇の法理に基づく解雇に関する合理的理由の存否である。
II 解雇権濫用法理による規制-判例上確立された一般的な解雇の法理
 そこで、解雇と能力・成果主義との関係について触れる前に、先ず、この解雇の法理を概観しておく。

 即ち、裁判所は、従前から、解雇一般について、次のような、いわゆる解雇の法理を確立して、企業の解雇について厳しい制限を加えてきた。即ち、「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には権利の濫用として無効になり」(日本食塩製造事件・最二小判昭和50・4・25民集29-4-456)、「普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になる」(高知放送事件・最二小判昭和52・1・31労判268-17)、との判断を示していた。そして、その具体的運用においては、労働力の流動化を阻害しているとの経済界等からの批難を招く程やや硬直的な感も否めない厳格な判断がなされている。例えば、最近でも、脳卒中で倒れて右半身不随となり、入院治療を受けた私立高校の保健体育の教諭に対する「業務に堪えない」としてなされた解雇が、障害を有する教師の懸命な姿を生徒に示すことに教育的効果も期待できるなどとして無効とされたことがある(小樽双葉女子学園事件・札幌地裁小樽支判平成10・3・24労判738-26。しかし、同事件は控訴審で逆転し、業務に絶えられないとして、解雇が有効とされた。札幌高判平成11・7・9労判764-17)。又、私傷病での長期欠勤後に、身体虚弱、休日出勤拒否等を理由とした解雇が、業務に堪えられないとは言えないとして、無効とされた例がある(黒川乳業事件・大阪地判平成10・5・13労判740- 25)。
III  解雇の法理の具体的適用としての判例上の整理解雇の法理-整理解雇の法理の概観
  解雇には合理的理由を必要とするという上記解雇の法理(高知放送事件・最二小判昭和52・1・31前掲等)の具体的適用として、とくに整理解雇については、労働者自身には何ら落ち度が無いにも拘わらず解雇を余儀なくされるものであるところから、裁判所は、整理解雇の効力の判断に当り、雇用調整の実態(雇用調整は終身雇用の建前もあり、大企業においてはほぼ同様の手順、つまり、昇給・賞与の削減、管理職手当や役員報酬のカット、残業規制、中途・新規採用停止・削減、配転、出向、臨時雇・パートタイマーの雇止、下請・派遣労働契約の解約、一時休業、希望退職の募集、退職勧奨などの措置-最近では更に、早期退職者優遇制度・再就職支援・起業支援制度・セカンド・キャリア・サポート・プログラム等の導入とその適用対象の拡大・低年齢化などとして洗練されているが-をいくつかを踏み、これらの余剰人員の吸収のための経営努力を相当程度尽くし、整理解雇は最後の手段としてできる限り回避される傾向)を考慮に入れて、多くの場合、次の4点の全部又は一部を判断要素として挙げている。

 つまり、[1]人員削減の経営上の必要性の存否、[2]整理解雇回避努力義務の実行の有無、[3]合理的な整理解雇基準の設定とその公正な適用の存否、[4]労使間での協議義務の実行の存否である。例えば、東洋酸素事件・東京高判昭和54・10・19労民30-5-1002は、企業の1部門の閉鎖に伴う当該部門の従業員の整理解雇について、ここでの、いわゆる整理解雇の4要件に沿って整理解雇の有効性の存否を判断している(最近、この基準の適用により解雇が無効とされた例として日証事件・大阪地判平成11・3・31労判765-57、有効とされた例としてレブロン事件・静岡地浜松支決平成10・5・20労経速1687- 3 等参照)。これらは、本来、各々が解雇権の濫用に当たるかどうかの判断要素の一つとして総合的に考慮されるべきものだが(これらの4要件を総合的に検討考慮すべきことを明言する例として、ミザール事件・大阪地決昭和62・10・21労判506-41参照。整理解雇については、菅野・前掲450頁以下、拙稿・前掲ビジネスガイド537-30等参照)。ここで、[3]の選定基準として、前述の人事考課の結果が合理的基準として用いられることがある。
IV 能力・成果主義と解雇・有期雇用との関係 
1 解雇法理への影響

  能力・成果主義の下では、従前の解雇の法理の適用が緩和され、解雇の正当性が拡大する可能性がある(土田・前掲季労185-19)。
 特に、スカウトした管理職が能力不足の場合については、以前から同様の配慮が判例にも見られた。即ち、裁判所は、特定の職種や専門・高度の管理能力などを期待されて、それを前提としていわゆるキャリア採用(中途採用)した従業員がその期待された能力を持っていなかった場合の解雇については、年功制の下で、昇進の結果これらの地位に付いた従業員に対するのとは違った対応をしているようである。
 例えば、[1]持田製薬事件・東京地判昭和62・8・24判時1251-133は、勤務状況から、部長は、「マーケティング部を設立した会社の期待に「著しく反し、雇用契約の趣旨に従った履行をしていない」とし、更に「マーケティング部の責任者」として雇用されたので、解雇の場合も、終身雇用の下で昇進してきた従業員の場合に通常求められる解雇回避措置(下位の職位への配置換え等)義務まではないとした。又、[2]フォード自動車事件・東京地判昭和57・2・ 25 労判382-25も、人事本部長として採用された者に対して適格性を欠くことを理由として、次のように比較的緩やかに解雇を認めた。つまり、ここでの採用は「人事本部長という職務上の地位を特定し」「特段の能力の存在を期待して中途採用した」雇用契約であるから、会社としては下位の職位への配置転換等による解雇回避措置義務まではなく、また適格性の判断も「人事本部長という地位に要求された業務の履行又は能率がどうかという基準でその適格性を検討すれば足りる」とした。同様の傾向は、高度な語学力などを要求される上級幹部として採用された従業員の本採用拒否を有効と認めた例である、[3]EC委員会事件・東京地判昭和57・5・31労判388-42や[4]同控訴事件・東京高判昭和58・12・14労民34-5=6-922でも現れている。
 しかし、[4]津軽三年味噌販売事件・東京地判昭和61・1・27労判468-6では、常務取締役・東京営業所長に対して、営業成績拡大の条件付きの採用であり条件が満たされなかったとしてなされた降格・賃金減額について、次のように、そのような特約がないとされて、元の地位に戻ることの確認が認められている。つまり、所長は、会社に役員(常務取締役、東京営業所長)としてだけ迎え入れられたものではなく、むしろ主としては会社の従業員としてその東京首都圏での販売成績を上げることを目的に雇用されたもので、役員としての右肩書や地位は右の従業員としての業績向上に役立たせる程度の副次的なもので、所長に毎月支給される金員は役員報酬ではなく賃金であり、所長の雇用に際しては、会社の東京首都圏における販売成績の上らないことがその重要な動機であるので、会社社長から所長に対しその間の事情が十分に説明され、所長もこれを了承して販売成績を上げることを約束して会社に雇用されたものであるが、その販売成績が具体的、確定的数字等で示され、これに達しない場合は会社が一方的に所長の労働条件等を不利益に変更することができるというほど具体的なものではなく、仮にそれほど重大事であれば、その旨を会社社長の作成した所長の労働条件等を記載した書面に具体的に記載すべきであるがそれが記載されていないので、右の通り所長と会社社長との合意は単に抽象的に会社の東京首都圏での販売成績を向上させるべく所長が努力することを約束した程度のものであった、とされた。

2 有期雇用の取扱い

  能力主義の下、客観的・公正な人事考課がなされれば、中途解約(民法628の「やむをえない事由」)や更新の拒絶の正当事由が拡大される可能性もある(土田・前掲20)。

むすびにかえて
 以上、従前の裁判例等を参考として、いわゆる個別的人事管理、能力主義・成果主義の限界を探りつつ、私学・民間学校法人における人事処遇制度改革導入を念頭において、紙幅の許す限りで、その制度自体の問題等改革における法律実務を検討してきた。しかし、実際には、同改革の導入時における既存の労働組合や、改革への抵抗として新設又は外部への個人加入によ労働組合(全国一般等のいわゆる合同労組)等との団体交渉をめぐる問題等への対処も不可避であるが、これらの問題の検討については、他日を期したい(さしあたりは、拙著「社内トラブル『もしものとき』の救急事典」(明日香出版)288以下、同「労働事件実務マニュアル」(ぎょうせい)159以下参照)。

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