法律Q&A

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最近の労働判例の動向と労務対策マニュアル

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000.10.01
第1 最近の雇用環境と判例の動向
1 雇用環境の悪化
 我国の失業率は、本年、遂に戦後最悪の記録を更新し(平成12年8月でも失業率は総務庁調査で、改善したとはいえ依然として高止まりの4.6%)、平成 10年12月以来、米国の失業率(98年12月発表の米雇用統計で4.3%以来連続)を上回り、その状態を今なお継続しているという異常な事態に陥っている。雇用者数の中で増加の見られるものもあるが、その内実は、多くの場合、女性労働者を中心とする、パート等のいわゆる非正規雇用の拡大に過ぎない。
2 労働事件数の急増とリストラの進行
 これらの雇用環境の悪化は、裁判所に提起された労働事件の新件数においても顕著に反映され、今まで平均2,000件前後で推移していたのが、特に平成4年以降急激に増加し始め、平成8年度における新件の受理件数は、4,067件に及び(最高裁判所事務総局「平成8年度労働関係民事・行政事件の概況」法曹時報47.7.126以下)、一昨年は、昭和36年以降最多事件数となっている(平成12.8.20日経新聞参照)。そして、現在の景気の動向と経営側の対応(平成12年も雇用過剰感は多く、リストラが継続している)を見るに、この傾向は今後も継続し強まることが予想される。
3 急激な労働立法の変容
 特に、既に高齢者雇用安定法による平成10年4月1日からの60歳定年制の義務化に始まり、昨年平成11年4月1日以降、裁量労働の適用拡大(施行は平成12年4月1日)、女性への深夜・時間外の規制の撤廃等についての改正労働基準法の施行、採用・昇進等での差別禁止の強化、セクハラ規定等についての改正雇用機会均等法の施行、育児・介護休業法による介護休暇の義務化に加えて、派遣労働や紹介対象の原則自由化を認める改正労働者派遣法や改正職業安定法の平成11年12月1日施行、平成12年5月24日「会社分割に伴う労働契約等の承継に関する法律」(以下、労働契約承継法)の成立など、労働法全体が大きく変容し、それらが以上の傾向をより加速させることも想像するに難くない。
4 個別紛争の多発化と合同労組等個人加盟の企業外組合活動の活発化
 他方、このような事件の急激な多発化という量的変化は、労働事件の質的変化をも生み出してしている。即ち、最近の労働事件は、労働組合の組織率が毎年最低記録を更新し続けることもあり(平成11年の組織率は労働省の推定で22.2%)、一般的には、従前のような産別単位や企業単位の大争議や企業別全体の組合活動に関連して発生するといったものが減少している。これに代わって、企業別労働組合らが関与しない、個人ベースや、個人加盟の企業外の一般労組・合同労組等の単位での紛争が増加し、訴訟も一個人や個人加盟組合の支援の下での個人の訴訟や団交要求として提起されることが増えて来ている。例えば、昨年の全国の労働委員会での労働争議調整事件の約 60%は個人加入組合の申し立てによることにもこの傾向は現れている(平成12年9月3日朝日新聞記事参照)。典型的なものが、企業別労働組合が改正を認めた就業規則改正の効力を争う管理職の改正前の規定による退職金請求事件や(後述のみちのく事件等)、過労死・過労自殺損害賠償請求事件やセクハラ事件などの多発化である(なお、以下については、岩出・藤倉編「労働事件実務マニュアル」159以下、菅野「労働法」第5版補正版等参照)。
5 最近の労働判例の新しい動き
以上の経済環境を踏まえ、最近の労働判例には、一方で、一部とは言え、整理解雇等の判断において、グローバライゼーションやメガ・コンペティションへの対応を迫られる企業の実態を踏まえた胎動がある。しかし、他方で判例は、その競争の激化の中で、過労自殺に典型的に見られるように、現実に健康を害してまでの労働を強いられる労働者への配慮や、国際的にもgender equality(男女平等)の理念の下、DV(ドメスティック・ヴァイオレンス)等の女性への人権侵害につき重大な関心が高まっている状況をセクハラ事件での損害賠償額の高額化などにおいて敏感に反応するなど、時代を反映した多用な判断を示している。
6 本稿の検討対象・目的
とりわけ、コンプライアンス(法令遵守)経営が問われる昨今、労働事件は、企業にとって、一つには、争議や損害賠償、裁判費用等の解決に要する経済的損失が甚大になりかねないのみならず、より大きな問題は、セクハラ事件に典型的に見られるように、そのような問題を起こした企業の社会的イメージの失墜、信頼の喪失等の危険が大きいことであろう。そこで、以下、企業のリスク・マネジメントの観点から、最近の労働判例の動向を紹介・分析し、そこから企業がトラブル回避のために留意すべきポイントと、紛争になった場合の対応策・解決手段を検討しようとするものである。
第2 解雇権拡大の萌芽があるか
1 従前の解雇の法理の概観
(1)判例上確立された一般的な解雇の法理 

裁判所は、従前から、解雇一般について、次のような、いわゆる解雇の法理を確立して、企業の解雇について厳しい制限を加えてきた。即ち、「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には権利の濫用として無効になり」(日本食塩製造事件・最二小判昭和50.4.25民集29.4.456)、「普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になる」(高知放送事件・最二小判昭和52,1.31労判268-17)、との判断を示していた。

(2)解雇の法理の具体的適用としての判例上の整理解雇の法理 

解雇には合理的理由を必要とするという上記解雇の法理(高知放送事件・前掲等)の具体的適用として、とくに整理解雇については、労働者自身には何ら落ち度が無いにも拘わらず解雇を余儀なくされるものであるところから、裁判所は、整理解雇の効力の判断に当り、できる限り解雇を最終措置として解雇を回避してきた雇用調整の実態を考慮に入れて、多くの場合、次の4点の全部又は一部を判断要素として挙げている。
 つまり、[1]人員削減の経営上の必要性の存否、[2]整理解雇回避努力義務の実行の有無、[3]合理的な整理解雇基準の設定とその公正な適用の存否、[4]労使間での協議義務の実行の存否である。例えば、東洋酸素事件・東京高判昭和54.10.19労民30.5.1002は、企業の1部門の閉鎖に伴う当該部門の従業員の整理解雇について、ここでの、いわゆる整理解雇の4要件に沿って整理解雇の有効性の存否を判断している(4条件の分析につき菅野・前掲450頁以下等参照。同旨を示すものとして、高田鉄鋼所事件・大阪高判昭和57.9.30労判398-38、名村造船所事件・大阪高判昭和60.7.31労判457-9等参照。比較的最近、この基準の適用により解雇が無効とされた例として日証事件・大阪地判平成11.3.31労判765-57、有効とされた例としてレブロン事件・静岡地浜松支決平成10.5.20労経速1687-3等参照)。しかし、これらは、本来は、各々が解雇権の濫用に当たるかどうかの判断要素の一つとして総合的に考慮されるべきものである(4要件を総合的に検討考慮すべきことを明言する例として、ミザール事件・大阪地決昭和62・10・21労判 506-41参照。拙稿「判例に見る業績悪化による整理解雇」ビジネスガイド537号30頁以下参照)。

2 解雇権拡大を示唆する判例の出現
ところが、最近、以上の判断枠組み自体を変えようとしたり、あるいは基本的にはそれを踏襲しているが、実質的に企業の解雇権を拡大しているとも解され得る一連の裁判例が、東京地裁労働部に現れている。

(1) 整理解雇4条件の機械的適用の否定例

 もっとも注目されているのが、従前、ややもすると当然とされてきた、整理解雇4条件の枠組みの機械的適用を否定したうえで整理解雇を有効とした、ナショナルウェストミンスター銀行事件・東京地決平成12.1.21労判782.23である。判旨は、整理解雇における解雇権濫用の有無の判断は、本来事案ごとの個別的具体的な事情を総合判断して行うべきものとして、上記のような4条件の機械的適当を排除し、本件事業部門の閉鎖に伴う整理解雇が、「雇用契約解消には合理的な理由があり」、労働者の「当面の生活維持及び再就職の便宜のために相応の配慮を行い、かつ、雇用契約を解消せざるを得ない理由についても」労働者に「繰り返し説明するなど、誠意をもった対応をしていること」等を総合考慮して解雇を有効とした。続く廣川書店事件・東京地決平成12.2.29労判 784.50でも整理解雇4条件を適用することなく、古典的解雇の自由をうたった上で、出版社の分室閉鎖に伴う解雇が有効とされている。

 実は、同様の変化は、昨年の角川文化振興財団事件・東京地決平成11.11.29労判780.67においても既に見られていた。本件では、親企業からの委託契約の解消に伴う部門閉鎖に伴う元期間雇用の臨時労働者の解雇につき、黙示の更新による期間の定め無き労働契約への転換を認めながら、委託解消に伴う部門閉鎖を当然の措置とし、同部門に従事する目的で雇用されていた労働者の解雇に当たり、整理解雇に当たらないとして、希望退職の募集等の解雇回避努力義務を尽くさず、労働者への協議・説明をしていなかったとしても解雇権の濫用に当たらないとしたものである。

(2)解雇権濫用の労働者側の証明責任の明示例
更に、理論的には当然としても、前述のように解雇に合理的理由を要するとの最高裁判例の確立の下、実際の訴訟実務の大勢においては企業側に解雇の合理的理由の主張・立証の必要が有る中で(労基法22条1項の退職時の使用証明において、労働者から求められた場合に解雇理由の明示の必要があることについては、拙著「改正労働法への対応と就業規則改訂の実務」75頁以下、菅野・前傾 444頁以下参照)、強いて古典的な解雇の自由を強調して、使用者は単に解雇の意思表示をしたことを疎明すれば足り、解雇を争う労働者側に解雇権濫用を基礎づける事実については主張・疎明責任があると判示するものも現れた(角川分化振興財団事件・前掲)。

(3) 実質的に企業の解雇権を拡大していると解される判例 
 他方、従前の解雇の法理を踏襲しつつも、実質的に企業の解雇権を拡大していると解される裁判例も現れている。
 例えば、ナカミチ事件・東京地八王子支決平成11.7.23労判775.71は、解雇回避努力義務が裁量の幅のある弾力的なものであることを明示して解雇を有効とした。又、明治書院事件・東京地決平成12.1.12労判779.27は、総合的判断の基準として整理解雇4条件を使いながらも、人員削減の必要性を従前の裁判例に比較すると極めて緩やかに認め、9名中8名の解雇を認めた。即ち、役員の増員、役員報酬の支払い、解雇前後の派遣社員の採用、株式配当や会社所有物件の無担保による借りれ余力の存在等はこの必要性を否定する事情にはならないとしたものである。

 又、いわゆる反覆更新してきた期間雇用労働者の雇い止めに関しても、一般には、ごく短期で更新も一定範囲でしか予定されていない臨時性の強いアルバイトやパートタイマーを除いて、更新拒絶するには一定の合理的な理由を必要としているが(東芝柳町工場事件・最判昭49.7.22民集28.5.92、拙著「社内トラブル救急事典」 278頁以下参照)、カンタス航空事件・東京地決平成12.3.30労判784.18では、東芝柳町工場事件・前傾を引用しつつ、事案においても、10回前後の更新を経て、準社員的地位にあった期間雇用の航空会社の客室乗務員について更新拒絶を有効と認めた。

3 解雇権の拡大への過大な期待は危険
 以上の裁判例の分析によれば、一見すると、少なくとも、東京地裁労働部において、従前に比すると解雇権を拡大する胎動が感じられることは事実であろう。しかし、それらは、理論的な変化ではなく事案の相違によって説明可能な部分も少なくなく、他方で、例えば、期間雇用の更新拒絶につき、丸子警報機事件・東京高裁平11.3.31労判758.7や、ヘルスケアセンター事件・横浜地決平成 11.9.30労判779.61は、いずれも更新拒絶を合理的な理由なしとして無効としている。従って、未だ、高裁段階でのこの動きへの追認の例も見出せない状況下で解雇権拡大の動きに過大な期待をかけるのは危険である。少なくとも紛争の回避・拡大防止の観点からは、企業における解雇権の発動に当たって、当面は、従前の判例法理を踏まえた慎重な解雇理由の整理・立証準備を怠ってはならない。

 ちなみに、最近平成12年9月11日労働省労働基準局監督課発表の「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」(座長・山川隆一筑波大学社会科学系大学院教授)は、期間雇用労働者の更新拒絶問題につき従前の裁判例を分析し、期間雇用労働者の類型化を試み、「<1> 業務内容や契約上の地位が臨時的であること又は正社員と業務内容や契約上の地位が明確に相違していること、<2> 契約当事者が有期契約であることを明確に認識していると認められる事情が存在すること、<3> 更新の手続が厳格に行われていること、<4> 同様の地位にある労働者について過去に雇止めの例があること、といった状況が全て認められる有期労働契約は、純粋有期契約タイプに該当する可能性が高いということがいえる。逆に言えば、<1>~<4>のいずれかを満たしていない有期労働契約であれば、純粋有期契約タイプに必ずしも該当しないこととなり、したがって、期間満了のみを理由とした雇止めは認められず、上記のように別途その適否を判断すべきことが原則となる。」と指摘していることは、期間雇用労働者への更新拒絶に当たっての参考となろう。
第3 就業規則等の改正による労働条件の不利益変更における判例の動向への対応
1 就業規則の不利益変更の効力をめぐる従前の判例
 一般的に、就業規則の不利益変更の効力について、判例は、就業規則の改正に合理性があるかどうかでその効力の有無が決まるとしている(秋北バス事件・最大判昭和43.12.25民集22.13.3459等)。そして、その合理性とは、就業規則の改正の「必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性」とされている(大曲農協事件・最判昭和63.2.16労経速1314.3等)。そして、その合理性の有無の判断は、変更の内容(不利益の程度・内容)と、変更の必要性との比較を基本として、不利益に対する代償措置の有無・内容・程度、労働組合との交渉経過、他の従業員の態度、変更の社会的相当性などを総合的に考慮してなされることになる。

 しかし、実際の裁判例を分析すると、相互に矛盾するのではないかと思われるものもあり、これを整合的に理解する解釈として、有力学説においては、概ね、就業規則の不利益変更に当たり、当該企業の内実を熟知している従業員の過半数代表との十分な協議の上での賛成乃至異議なき場合には、不利益変更の合理性の存在を推定し、そのような要件が満たされない場合には、合理性の存否が慎重に吟味されることになる旨解されていた(菅野・前掲117頁以下参照)。そのような観点から、過半数代表が賛成している、定年延長に伴う55歳以上の給与と賞与の削減を有効とする判例(第四銀行事件・最判平成9.2.28民集 51.2.705等)を是認していた。
2 過半数労働者の賛成ある場合での不利益変更の否定例の出現
しかし、最近、最高裁は、みちのく(羽後)銀行事件・最判平成12.9.8裁判所時報1275.410最高裁HP掲載において、従業員の四分の三以上を組織する組合の賛成の下に実施された高年層の行員に対する賃金面の不利益変更を全面的に無効とする判断を示した。判旨は、中高年労働者の「賃金の減額幅は、五五歳に到達した年度、従来の役職、賃金の内容等によって異なるが、経過措置が適用されなくなる平成四年度以降は、得べかりし標準賃金額に比べておおむね四十数パーセント程度から五十数パーセント程度に達することとなる」ことを認定し、「本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も前示のように大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がないものというほかはない。本件の経過措置は、前示の内容、程度に照らし、本件就業規則等変更の当時既に五五歳に近づいていた行員にとっては、救済ないし緩和措置としての効果が十分ではなく、上告人らは、右経過措置の適用にもかかわらず依然前記のような大幅な賃金の減額をされているものである。したがって、このような経過措置の下においては、上告人らとの関係で賃金面における本件就業規則等変更の内容の相当性を肯定することはできないものといわざるを得ない。」とし、更に前述の組合の賛成についても、中高年労働者の「被る前示の不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないというべきである。」とされ、結論的に、「本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響の面からみれば、上告人らのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない上告人らに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。したがって、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、上告人らにその効力を及ぼすことができないというべきである。」とされた。
3 その後の最高裁の判断
しかし、その後、最高裁は、概ね、次のように判示し、従業員の過半数以上を組織する組合の賛成の下に、少数組合の反対を押し切って実施された、週休二日制導入に伴う平日の労働時間の延長に関する就業規則の改正に合理性があるとして、労働者らの旧規則に従った割増賃金の請求を認めた高裁判断を相次いで覆し、その請求を斥けている(羽後銀行事件・最判平成12.9.12裁判所時報1275.423、函館信用金庫事件・最判平成12.9.22最高裁HP)。即ち、「本件就業規則変更により被上告人らに生ずる不利益は、これを全体的、実質的にみた場合に必ずしも大きいものということはできず、他方、...銀行としては、完全週休二日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する必要性があり、変更後の内容も相当性があるということができるので、従組がこれに強く反対していることや...銀行における従組の立場等を勘案しても、本件就業規則変更は、右不利益を被上告人らに法的に受忍させることもやむを得ない程度の必要性のある合理的内容のものであると認めるのが相当である。」、と。
4 労働条件の急激な低下には過半数労働者の賛成だけでは足りない
 結局、最高裁は、労働条件の急激な低下には、過半数労働者の賛成だけでは足りるとは考えず、「当該企業の存続自体が危ぶまれたり、経営危機による雇用調整が予想されるなどといった状況」というまでの厳格な要件を求めており、そのような要件の立証に努めるべきであり、そのような条件がない場合には、みちのく銀行事件判決も指摘する通り、一般的な合理性判断枠組みに沿った代償措置、経過措置等に配慮した上での実施に努めるべきである。

 このような裁判所の態度は、理論的には労組法16条の規範的効力との関係等で問題があるが、労働協約による労働条件の急激な低下措置(53歳以上の従業員の月額給与の20%減額)の場合にも示されており(中根製作所事件・東京地判平成11.8.20労判769.29)、この場合も同様の配慮が必要となる。
第4 過労死・過労自殺に対する判例の動向への対応
1 過労死・過労自殺に伴う損害賠償請求裁判例の多発
(1) 自殺の急増と 最近の警察庁の集計によれば、昨年の自殺者は既に最悪の33,048人に及び、この数は、交通事故の死者の約3.7倍に上り、特に70%を男性が占め、4,50代が全体の40%に達している。いわゆるバブル崩壊以降の失業率と自殺数の増加率は極めて酷似した上昇傾向を示しており、リストラ等による職場のストレスがその大きな一因となっていることは否めない。なお、自殺の中には、リストラへの抗議の自殺で有名な平成11年3月23日のブリジストン本社割腹事件や、最近でも、意に反した昇進人事であった出向に恨みをもって起こした、平成12年4月のサントリー子会社ハーゲンダッツ・ジャパンの上司夫婦殺傷・自殺事件などの悲惨なケースもある。

(2) 労災申請・賠償請求の急増と電通事件最高裁判決 この急増し、深刻化する自殺に対して、過労による自殺、いわゆる過労自殺としての労災認定申請にとどまらず、企業に対する賠償責任を求める動きが加速し、平成12年3月24日には電通事件について、最高裁にて、高裁の判断以上に企業に厳しい判断が示されるに至っている(労判779-13等参照)。

2 過労死・過労自殺に対する損害賠償請求事件裁判例の動向-電通事件最高裁判決への判例の流れと同判決の今後への影響
1 過労死損害賠償請求事件の増加と認容例の相次ぐ出現

 当初、労災認定に限られていた過労死問題は、企業の健康配慮義務の高度化とあいまって(拙稿「従業員の健康管理をめぐる法的諸問題」日本労働研究雑誌 444-12以下参照)、今や、ほぼ確実に過労死を招いた企業の健康配慮義務違反を理由とする損害賠償請求を不可避とする事態に陥っていると言って過言ではない。即ち、緩和されたとは言え、相変わらず過労死に対する労災認定の遅れ等もあり、過労死損害賠償請求が増え、健康診断の結果等に応じた労働環境の整備・業務の軽減ないし免除などの健康配慮義務違反による賠償責任を認める判決も少なからず出ている(最近の例として、例えば、従業員が長時間労働により増悪した高血圧症を原因とする脳出血により死亡したことにつき、会社に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が認められた、システムコンサルタント事件・東京地判平成10.3.19判時1641-5、同控訴事件・東京高判平成11.7.28判時1702-88等参照)。

2 過労自殺賠償問題

(1) 賠償認容判例の続出

[1]電通事件及び下級審の裁判例
 過労死自殺についても、企業に対して安全配慮義務違反を理由として損害賠償を認めた判決が増えている。その先例は、前述の、マスコミでも大きく話題となった電通事件・東京地裁平成8.3.28労判692-13、であるが(入社1年5ケ月の24歳の大手広告代理店の従業員Aの自宅での自殺について、[1]常軌を逸した長時間労働により心身共に疲弊してうつ病になったことによるもので、[2]雇主として長時間労働と従業員の健康状態の悪化を知っていて自殺に至ることも予測可能だったのに、[3]雇主が労働時間を軽減するなどの具体的な措置をとらなかった点に安全配慮義務違反の過失があるとして、[4]遅延損害金を含めるとAの両親に対して総額約1億5000万円以上の支払を雇主に命じたもの)、その後も、常軌を逸した長時間労働によってうつ病に陥り、そのために自殺したとして、長時間労働とうつ病の間、およびうつ病と自殺による死亡との間にいずれも相当因果関係あるとされた川崎製鉄事件・岡山地倉敷支判平成 10.2.23労判733-13、あるいは、平成11年9月14日基発第554号・心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針(以下、新基準という)の認めていない、過労による心身症と自殺の因果関係を認めた東加古川幼児園事件・大阪高判平成 10.8.27労判744-17(同事件地裁判決・大阪地判平成9.5.26労判77-22では請求棄却だったが、高裁判決では、被控訴人保育所を退職して1ヶ月後、うつ病で自殺した保母の死亡と園の過酷な勤務条件との間に相当因果関係があると認め、園に安全配慮義務違反があるとして賠償責任が肯定された)、出向先の過労自殺損害賠償責任が認められた協成建設事件・札幌地判平成10.7.16労判744-29(ここでは、出向労働者の自殺が、工事責任者として、工事の遅れや工事量の大幅な減少に責任を感じ、かつ時間外労働の急激な増加などにより心身ともに極度に疲労したことが原因となって、発作的になされたものと判断され、出向先会社は、工事請負会社として工事の進捗状況のチェックや工事の遅れに対する手当、(出向)労働者の健康状態への留意義務などがあるとされ、Aの死亡(自殺)につき過失(安全配慮義務違反)があったとされたが、出向元会社は、出向会社に対しても施工方法等について指導する余地はなかったとして、出向元会社の自殺に対する使用者責任が否定された)などが続発した。

 注目すべきは、これらの過労自殺損害賠償請求事件では、前述の通り、反応性うつ病罹患の有無や、うつ病と業務との因果関係などを厳格に認定判断することもなく(例えば、協成建設事件・前掲では、「私病が原因で自殺をするとは考え難いことなどの事実を考慮すると、太郎は、本件工事の責任者として、本件工事が遅れ、本件工事を大幅に減少せざるを得なくなったことに責任を感じ、時間外勤務が急激に増加するなどして心身とも極度に疲労したことが原因となって、発作的に自殺をしたものと認められる。」と認定するのみで精神障害の診断名の推定すら判示していない)、労災認定の場合以上に緩やかに、業務の過重性の存否のみにより、事実上、自殺と業務との因果関係、そして企業の健康配慮義務の違反による損害賠償責任を認める傾向があり、実務的には、企業は、そのような下級審判例の動きへの対応の準備をしなければならない。

[2]電通事件最高裁判決
 そして、電通事件最高裁判決・前掲では、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである」にもかかわらず、労働者の上司は、労働者が「恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失がある」として、同事件高裁判決(東京高判平成9.9.26労判724 -13)が支持され、企業の責任が認められた。

(2)過失相殺等の減額事由をめぐる攻防の重要性-電通事件最高裁判決前の判例状況

[1] 電通事件高裁判決における過失相殺の類推適用
 なお、注目すべきは、自殺における本人の生活態度、素因等を理由とする過失相殺等による損害額の減額の点であるが、従来、交通事故後の被害者の自殺の例などでは、自殺と事故との因果関係を認めても、事故による負傷と自殺との関係の度合や死亡への本人の関与、性格等の素因などを考慮して、過失相殺などの理由で、一定の減額がなされることが多かったこととの関係である。

 電通事件地裁判決・前掲は、このような観点からの減額を一切していなかった。会社が減額について主張していなかったことや、Aの異常な労働時間が重視されたためとも考えられるが、電通事件高裁判決・前掲では、概ね、a「自殺者本人の性格...等」と、b「家族の健康管理義務懈怠」、c実質裁量労働的な労働態様、d精神科等での受診・治療の可能性等の事実も掲げられて3割の過失相殺を認めて8900万円に減額した。

[2]電通事件高裁以後の裁判例における過失相殺
 その後の川崎製鉄事件・前掲も、管理職の長時間労働による過労死自殺について、会社に対して、5200万円の損害賠償を認めているが、睡眠時間の少ないのは飲酒も原因しているなどとして、労働者の自己健康管理義務違反が問題とされ、電通事件高裁判決の上記過失相殺論をほぼ援用し、過失相殺により5割の減額をした。

 なお、過労死損害賠償事件であるが、従業員が長時間労働により増悪した高血圧症を原因とする脳出血により死亡したことにつき、会社に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が認められた、システムコンサルタント事件・東京地判前掲では、ほぼ同様に飲酒等を過失相殺の理由としていたが、同控訴事件・東京高判前掲では、結論的に地裁同様の50%の過失相殺を認めたが、特別に多量な飲酒や肥満はないとして、それらの事情は考慮事由から除かれ、過失相殺の事情としては、毎年会社から「健康診断の通知を受けており、自らが高血圧であって治療が必要であったことを知っていた上」会社から「精密検査を受けるよう指示されていたにもかかわらず、全く精密検査を受診したり、あるいは医師の治療を受けることをしなかったこと」、会社の「業務は極めて多忙だった」が、「数年間にわたって1日ないし半日の休暇すら取ることができない程多忙であったとまではいえ」ず、「自らの健康の保持について、何ら配慮を行なっていない」として、自己健康管理義務の問題が強調されている(なお、付加的に入社時からの境界域高血圧も考慮されている)。

 同様に、東加古川幼児園事件・前掲控訴審判決でも、「もっとも、自殺は、通常は本人の自由意思に基づいてなされるものであり、月子のような仕事の重圧に苦しむ者であっても、その全員あるいはその多くの者がうつ状態に陥って自殺に追い込まれるものではないことはいうまでもなく、本件のような場合においても自殺する以外に解決の方法もあったと考えられ...、月子がうつ状態に陥って自殺するに至ったのは、多分に月子の性格や心因的要素によるところが大きいものと考えられるところであり、これらの事情に照らすと、月子の死亡による損害については、その8割を減額し、被控訴人園に対してはその2割を賠償するように命じるのが相当である」として、80%の過失相殺が認められている。

(3)過失相殺等の減額事由をめぐる電通事件最高裁判決の留意点とこれへの対応

[1] 電通事件最高裁判決の特徴
 以上の下級審裁判例の流れの中で、電通事件最高裁判決・前掲は、民法722条2項の規定を適用又は類推適用して、弁護士費用以外の損害額のうち3割を減じた高裁判決の判断を違法とし、この部分の遺族の上告を認め、原審に差し戻しを命じた。これは、少なくとも、過労死や過労自殺の損害賠償請求事件における安易な過失相殺への歯止めをかけたものとして、実務的には企業にとって極めて厳しい内容となっている。

[2] 電通事件最高裁判決における過失相殺判断への疑問と差し戻し審での和解の成立と今後の企業の対応
 電通事件・前掲最高裁判決は、高裁が認めた過失相殺の適用乃至類推適用につき、a「自殺者本人の性格...等を理由とする減額」と、b「家族の健康管理義務懈怠による減額」を否定した。しかし、前述の通り、同事件・前掲高裁判決は、30%の減額を認める事由としてこのabのみを指摘した訳ではなく、c実質裁量労働的な労働態様、d精神科等での受診・治療の可能性等の事実をも掲げており、前述の川崎製鉄事件・前掲や、システムコンサルタント事件・前掲高裁判決等におけると同様、これらの事実、とりわけ、自己健康管理義務の違反も問題となりうるものと考えられる。

 従って、会社側の主張・立証の如何によっては、過労死に関する瑞鳳小学校事件・最判平成8.3.5労判689-16の推移と同様な再逆転の展開も予想することもできた。筆者としては、本件では、むしろ、最高裁は、減額事由を圧縮・限定して過失相殺割合を調整の上、破棄自判し、本件の早期決着を図るべきだったのではないかと考えていた。 

 しかし、電通が、東京高裁にて、平成12年6月23日、地裁判決をベースとした約金1億6800万円の賠償金支払と謝罪・同様な事故の再発防止の誓約を含む和解に応じ、同事件は終了した(日経同日夕刊)。従って、企業の過労自殺損害賠償事件での実務的対応に当たっては、電通事件・前掲高裁判決の指摘した上記a、bの事情は減額事由になり難くなったことは否めないので(aの性格・素因が本件における以上に病的な段階であれば、当然減額事由となり得ることは当然である)、その他のc、 d等の事情への調査、主張・立証が必要となったということである。

(4)電通事件最高裁判決の影響

 しかし、24歳の食品工場労働者の過労自殺(昼休みに製造現場で首つり自殺)についての損害賠償請求事件で、電通事件最高裁判決後に、企業の賠償責任(約1億3700万円)を認めた、オタフクソース・イシモト食品事件・広島地判平12.5.18労判783-15によれば、本人の自己健康管理義務違反を理由とする過失相殺は否定されている(事件は控訴取下げで確定)。なお、同事件で特徴的なのは、転籍出向中の過労自殺につき、協成建設事件・前掲と異なり、転籍出向先だけでなく、転籍出向元の責任も認められている点である。但し、この事件では転籍元のオタフクソース自体が、「実質的な指揮命令関係を有する者として...安全配慮義務を負っていること」を自認しているため今後の同種事案の行方についての先例性は弱いと考えられる。

3 過労死乃至過労自殺への対応上の実務上のポイント
(1)過労死乃至過労自殺の労災認定申請への企業の対応―勤務状況報告書等の要請への対応

 過労死乃至過労自殺(以下、過労死等という)の労災認定の場合は、直接的には遺族と労基署との労災認定をめぐる争いの問題であるが、結局、前述の通り、過労死等した従業員の勤務状態、「過重負荷」の有無が問題とされ、企業に対して遺族と労基署の双方から当時の勤務状態の証拠調べに協力を求められることになる。特に遺族の側からは企業に対して、勤務状況報告書などに関する証明の依頼が求められることになる。そこで安全配慮義務違反の賠償請求が絡んで来る。過労死等への損害賠償請求事件が増える前までは、企業としては、労災認定により過労死等を出したことによる企業イメージの悪化の問題は別として、直接遺族に対する損害賠償による経済的負担の問題がなかったため、積極的に勤務状況に関する報告や証明書への協力もできた。しかし、前述のようなこの種の裁判の多発化の流れの中では、企業としては、従前以上に慎重な対応を取らざるを得ない。

(2)労災認定への協力以外の免責による確認書取得等への工夫

 そこで、企業においても、当該過労死等の遺族との交渉において、一定の見舞金の支払いを前提として、遺族が損害賠償を求めないことを文書で約束した上で勤務状況報告書を提出することを提案する方法がある。大手企業の過労死のケースでも、裁判で損害賠償を求められると、敗訴の場合に労災保険に入っていながら、判例が、慰謝料は勿論(青木鉛鉄事件・最判昭和 62.7.10労判507-6)、特別支給金も(コック食品事件・最判平成8.2.23労判695-13)、更には、大きな将来の年金給付を損害金から控除することを認めていないため、莫大な損害賠償を求められる可能性があることを踏まえ(三共自動車事件・最判昭和52.10.25民集31-6-836、最大判平成5.3.24民集47-4- 2039)、数千万円の慰藉料相当の見舞金を支払い、会社との間の民事賠償事件を示談で解決した上で、過労死等の労災認定を受けるのに会社も協力する約束をしたことなどが少なからず伝えられていることが参考となろう。

(3)災害補償規程の整備と上積み保険への加入

 以上のような示談の成立のためには、災害補償規程の整備やこれを裏付ける損害保険会社の上積み労災保険である労働災害総合保険などへの加入の必要がある。特に、過労死等のように、労災認定が微妙な死傷病に対しては、労災認定が受けられない場合には右総合保険ではカバーされないことや、その場合にも遺族からの被害感情が企業に強く向けられることを予想して、別個の傷害保険や生命保険などへ加入することが必要だ。

第5 セクハラに対する判例の動向と企業の対応
1 無視できない企業リスクとしてのセクハラ問題
 職場におけるセクシュアルハラスメント(セクハラ)問題は、現在、人事担当の現場では、相当深刻な問題になっている。特に、平成12年4月1日以降、セクハラ防止配慮義務を定めた雇用機会均等法(21条)の施行もあり、行政的にも労働省の労働省のセクハラ防止指針・平成10労告19号(指針)に基づく雇用均等室による企業への指導も強化されている。

 セクハラは、女性労働者の個人としての尊厳を不当に傷つける人権問題であるとともに、女性労働者の就業環境を悪化させ、能力の発揮を阻害するものであるが、それにとどまらず、企業にとっては、職場秩序や円滑な業務の遂行を阻害し、社会的評価・企業イメージに深刻なダメージを与え、更には、損害賠償訴訟への対応などにより直接的な経済的負担をも迫る意味で、今や重大な企業リスクの一つとして対応を迫られている問題である。
2 急増する係争と賠償額の高額化
 実際、労政事務所、雇用均等室等に持ち込まれるセクハラ相談は急増している。そのような背景を受けセクハラに関する企業への損害賠償請求の要求・交渉、労政事務所・雇用均等室等からの是正指導も急増している。そのような状況を反映し、セクハラ訴訟数も同様の傾向を示すとともに、判例でのセクハラ賠償額が、一昨年までは最高でも300万円台に留まっていたのが(セントラルファイナンス事件での平成9年12月11日宇都宮地裁にての加害上司と会社が被害者に300万円を支払う実質的に女性勝訴の和解例、M商事セクハラ事件・東京地判平成11・3・12労判760.23で、女性が上司からセクハラを受け、両者間に示談が成立後、上司と社内で紛争を起こしたことを理由とする女性への退職勧奨が違法な解雇に当たり、会社が本件セクハラの本質を看過し、「個人的」争いで社内秩序を乱したものとして処理したこと等が不法行為とされ、合計311万円の賠償が認められた例等)、昨年末近くに至り、700~1100万円台まで認める判例の相次ぐ出現もあり(東北生活文化大事件・仙台地判平成11.6.3で元職員に対して700万円が認容され、西の京高校事件・奈良地判平成 11・12.1で高校教師の演劇部活動を通じた、女性部員4名への暴行、身体を触るなどのセクハラ行為等につき、加害教師の職務についてなされたものして国賠法に基づき、合計1100万円の賠償責任が奈良県に課され、大阪府知事事件・大阪地判平成11.12.13では知事の選挙カー中のわいせつ行為に 200万円、その後の記者会見等による名誉毀損に800万円、弁護士費用等合計1100万円の損害賠償が認められた等)、レイプまがいの露骨ないわゆる対価型・地位利用型のケースに限らず、判断が難しい環境型のケースも、今後、女性の権利意識・問題意識の高揚に伴い、益々企業を巻き込んだ事件として増加することが予想され、実際、セクハラ記事が新聞に載らない日がない感すらある。
3 セクシャル・ハラスメントの判断基準
 セクハラに当たるか否かは、言動、回数、性格、意識、場所、抗議後の対応と態様、相互の職場での地位等の総合的相関関係で決まる。判例によれば、「職場において、男性の上司が部下の女性に対し、その地位を利用して、女性の意に反する性的言動に出た場合、これがすべて違法と評価されるものではなく、その行為の態様、行為者である男性の職務上の地位、年齢、婚姻歴の有無、両者のそれまでの関係、当該言動の行なわれた場所、その言動の反復・継続性、被害女性の対応等を総合的にみて、それらが社会的見地から不相当とされる程度のものである場合には、性的自由ないし性的自己決定権等の人格権を侵害するものとして、違法となる」とされている(金沢セクシュアル・ハラスメント控訴事件・名古屋高金沢支判平成8・10・30労判707-37、最高裁でも金沢セクシュアル・ハラスメント上告事件・最決平成11・7・16労判767-14、16で結論が支持された)。

  しかし、たとえ1回目の嫌がらせの行為でも重大な違反の場合は違法とされ得る。又、指針自体に違反しなくとも、損害賠償や次の懲戒処分・解雇もあり得る。
4 社内的制裁-人事・労務管理上の責任
 セクハラは、社内制裁としての懲戒処分や解雇の問題にもつながっており、又、ここでの適切・厳正な処分の遂行が次の企業のセクハラ問題からの免責とも関連してくる。処分のレベルが問題になった事案として、福岡セクシュアル・ハラスメント事件・福岡地判平成4・4・16労判607.6では、三日間の自宅謹慎(賞与から5万円の減俸もあった)を命じたに止まったのが職場環境調整義務違反の一要素とされた。

 なお、その懲戒処分が加害者側から争われるリスクも当然ある。例えば、コンピューター・メンテナンス・サービス事件・東京地判平成10.12.7労判 751-18では、派遣社員に対する強制わいせつ的行為が悪質としてなされた懲戒解雇の効力が争われたが、有効とされている。なお、最近、労働省が、セクハラに対しては、解雇をもって臨むことを就業規則で明文化することを指導する旨が報じられている(平成12.6.10読売新聞記事)。

 勿論事案の程度・内容によるが、裁判所がセクハラ理由の解雇において、加害者に厳しい態度を取ることは、判例が企業にセクハラ加害者への厳しい処断を求めていることとの社会通念上のバランス、論理的整合性からも容易に予想されるところだろう。
5 セクハラ賠償事件における企業の抗弁―いかなる場合に企業は免責されるか
(1) 選任監督上の注意義務の履行の抗弁は困難

 セクハラ賠償事件における企業側の抗弁としては、単に、選任監督に当たっての注意義務を履行したこと(民法715条但書)を主張・立証しても免責されないことは同条の判例上明らかである(かかる免責を否定した、兵庫セクシュアル・ハラスメント事件・神戸地判平成9.7.29労判726.100)。

(2)セクハラ防止指針遵守の場合は免責されるか

 そこで、米国判例等において、使用者がセクシャル・ハラスメントを明確に禁止し、苦情処理体制を整えたうえ、事件が起きた場合に、適切な措置をとっていれば使用者の責任が免責されることを踏まえ、それらの措置(例えば、指針の事前・事後の遵守、セクハラ防止措置と発覚後の適切な対応等)がなされたことを主張・立証することとなる。例えば、前述の通り、福岡セクシュアル・ハラスメント事件・前掲も、加害者への企業の処分が三日間の自宅謹慎(賞与から5万円の減俸もあった)を命じたに止まったのを職場環境調整義務違反認定の一要素としている。しかし、判例は、これらのセクハラの防止措置の形式的な履行のみによっては容易に免責を認めない(例えば、厚生農協連合会事件・津地判平成 9.11.5労判729.54 は、企業側の職員研修等によるセクハラ防止措置の履行による免責の主張を認めなかった)。

 未だ指針のような事前防止措置及び事後措置が完全に履行されている企業に関する判例は出ていないので、予断は許されないが、それらの事情がある場合には企業の免責の余地は大きいものと考えられる(菅野・前掲168頁は、「事業主は、指針に沿った雇用管理上の対応を十分にしていれば使用者責任...を免れることになろう。」と指摘している)。

(3)損害拡大防止やセコンドセクハラ防止のためにも指針の遵守が必要

 しかし、少なくとも、現在の段階でも、指針に沿った措置を取ることは、共同不法行為を免れたり、責任の寄与率上有利な判決を得たり、過失相殺の主張が認められたり、あるいは、直接の加害者との求償請求で責任割合上有利な解決が図られるなどの効果は期待でき、企業にとって無視できない効用があり、指針に沿った対応は最低限の努力として望まれる。

 特に、最近、いわゆるセコンドセクハラとして、セクハラ発生後の企業や周囲の対応自体が新たなセクハラとして損害賠償(M商事セクハラ事件・前掲はその一つの例であろう)や雇用均等室からの指導対象になることも見られ、事後対応にも十分な留意が必要である。

この点、人事院規則10-10(平成10年11月13日)に基づく「セクシャル・ハラスメントに関する苦情相談に対応するに当たり留意すべき事項についての指針」は、次の引用部分に限らず、民間レベルでの運用指針としても十分参考とすることが必要であろう。

第1 基本的な心権え
職員からの苦情相談に対応するに当たっては、相談員は次の事項に留意する必要がある。

  1. 被害者を含む当事者にとって適切かつ効果的な対応は何かという視点を常に持つこと。
  2. 事態を悪化させないために、迅速な対応を心がけること。
  3. 関係者のプライバシーや名誉その他の人権を尊重するとともに、知り得た秘密を厳守すること。

第2 苦情相談の事務の進め方

1 苦情相談を受ける際の相談員の体制等
一 苦情相談を受ける際には、原則として2人の相談員で対応すること。
二 苦情相談を受けるに当たっては、同性の相談員が同席するよう努めること。
三 相談員は、苦情相談に適切に対応するために、相互に連携し、協力すること。
四 実際に苦情相談を受けるに当たっては、その内容を相談員以外の者に見聞されないよう局りから遮断した場所で行うこと。(以下略)

2 加害者とされる職員からの事実関係等の聴取
一 原則として加害者とされる職員から事実関係等を聴取する必要がある。ただし、セクシュアル・ハラスメントが職場内で行われ比較的軽微なものであり、対応に時問的な余裕がある場合などは、監督者の観察、指導による対応が適当な場合も考えられるので、その都度適切な方法を選択して対応する。
二 加害者とされる者から事実関係等を聴取する場合には、加害者とされる者に対して十分な弁明の機会を与える。
三 加害者とされる者から事実関係等を聴取するに当たっては、その主張しに真摯に耳を傾け丁寧に話を聴くなど、相談者から事実関係等を聴取する際の留意事項を参考にし、適切に対応する。

(以下略)」等である。

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