法律Q&A

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第14回 HIVに関する判例

石居 茜(弁護士・ロア・ユナイテッド法律事務所)
1 HIV感染を理由に採用をしないことができるか
 会社は、従業員の採用の自由を有し、採用基準としては、従業員の健康・体力も要素となっていると考えられるので、応募者の健康状態を理由に採用を拒んでもそれ自体違法の問題は生じないはずである。

最高裁判例では、思想・良心による採用拒否さえ違法といえないとしたものがあるくらいである(三菱樹脂事件・最大判昭和48.12.12)。しかしながら、HIV感染を理由に会社が従業員の採用を拒もうとする場合、判例の動向からすると、数々の問題を含んでくることになる。

2 警視庁事件
 東京地裁が平成15年5月28日に出した判決では、採用後に従業員の同意なくHIV検査をすること自体、及び検査の結果が陽性であったことをもって退職勧奨をしたことが違法と判断され、440万円の損害賠償が認められた。 平成15年5月29日の朝日新聞に掲載された記事によると、判決は、[1]血液検査の際にHIV検査をすることを本人に明示していなかったと認定し、事前に HIV検査をすることを明示して、本人の同意を得ないHIV検査の実施はそれ自体違法であると判示し、[2]警察官の職務はストレスが高く、警察学校で厳しい訓練があるとしても、HIV感染者が当然に不適とはいえないとして検査の必要性も認められないと判断し、[3]HIV検査の結果陽性であったことをもって退職勧奨したため、自由な意思を抑制して辞職させたと判示し、[4]これまで、後述するように、民間企業からHIVを理由に解雇された従業員の無断検査が違法と認められたケースはあったが、民間企業だけでなく、官公庁でも同様に違法となることを示した。
 3 HIV感染に関する個人情報の保護
 警視庁事件と同様、民間企業に対しても、従業員の同意なくHIV検査を行ったことは当該従業員のプライバシーを侵害するとした判例がある(T工業事件・千葉地裁平成12.6.12判決・労判785-10)。同判決は、HIV感染を実質的な理由とする解雇は正当な理由を欠き、解雇権の濫用として違法となるとしている(同様の判断をした判例としてHIV感染者解雇事件判決〔東京地裁平成7.3.30判決・労判667-14〕がある。)。

  HIV感染者解雇事件判決は、派遣先企業で労働者のHIV感染の事実が発覚し、派遣先企業が派遣元企業へ、派遣労働者の感染事実を連絡した結果、労働者が解雇された事案で、HIV感染に関する情報は、感染者に対する社会的偏見と差別があることから、極めて秘密性の高い情報に属するものとして、感染事実の連絡は、違法な漏洩に当たると判断している。また、同判決は、会社が従業員に対し、HIVに感染した事実を告知したことについても、HIV感染ほどの難病の場合には、被告知者の受ける衝撃の大きさ等に十分配慮しなければならないとし、告知するのに相応なのは感染者の治療に携わった医療者に限られるとして、感染者本人への告知が人権侵害の不法行為を構成するとも示している。

 採用時のHIV検査 採用時に本人の同意を得て、HIV検査をすることができるであろうか。旧労働省の平成12年7月14日「健康情報に係るプライバシー保護に関する検討会中間取りまとめ」(以下、中間報告という)によれば、労働者の真に自発的な同意を得られたか問題が残ることから、例えば特定の国における就労に際し、渡航先からHIV感染症等の特定の感染症情報を要求される場合などでも、労働者本人が任意で処理すべきだとしており、旧労働省における「労働者の個人情報保護に関する行動指針」(平成12.12.20)においては、検査の実施を禁止している。 これまでの判例は同意の得ない検査を違法と判断しただけであり、中間報告を見ても検査自体を禁止していないので、検査の必要性を十分に説明した上で本人の同意を得ていれば検査を直ちに違法とまではいえないであろう。 ただ、HIVは、日常生活上の接触では感染しないことが明らかになっており、警視庁事件判決が、警察官であっても、HIV感染者が特に不適とはいえず、検査の必要性は認められないと判示したことからすると、採用時にHIV検査をする合理的必要性が認められる場合はなかなか存在しないのではないかと思われる。

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