法律Q&A

分類:

労災の法定外補償による支給額を損害賠償請求に代えることができるか

弁護士 筒井 剛(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2003.09.05

問題

労災の法定外補償制度に関してお尋ねします。当社でも導入を検討していますが、安全配慮義務違反など当社に落ち度があった災害の場合、法定外補償制度に基づく支給金額を被災労働者またはその遺族に支給する損害賠償の支払いに代えることはできるのでしょうか?

回答

 原則として損害額と法定外補償金及び労災保険によって給付される金額の合計額との差額を支払う必要がある。
解説
1. 法定外補償制度とは
 法定外補償制度とは、労基法上の災害補償や労災法上の災害補償給付とは別に、業務上災害や通勤災害に対して、使用者独自の立場において給付を行う制度のことをいいます。法定外補償制度は、法定の労災補償に補償の上積みを図る制度であることが多いようですが、法定給付のない場合に支給されるものもあります。
2. 制度内容等の設定は企業の自由
 法定外補償制度は使用者独自の制度であり任意の制度ですから、この制度を設けるか否かは各企業の自由です。そして、この制度を設ける場合にも、その補償金支給の要件、支給の金額、支給対象事由及び支給対象者等は公序良俗に反しない限り自由に設定できます。

 したがって、制度内容等を労働協約、就業規則等において明確に定めておくことが重要です。

3. 法定外補償制度があっても損害賠償責任は生じる
 もっとも、法定外補償は使用者の損害賠償責任を発生させない効果を生じさせるものではありません。使用者側に安全配慮義務違反等があれば、当該労働者やその遺族は使用者に対して損害賠償請求権を持つこととなります。
4. 法定外補償をもって労働者に対する支払いに代えることはできるか
 では、設問のように、会社側に安全配慮義務違反などがあった場合に、法定外補償制度に基づく支給金額を被災労働者またはその遺族に支給する損害賠償請求の支払いに代えることはできるでしょうか。

 まず、算定された客観的損害額が、法定外補償金と労災保険によって給付される金額の合計額よりも少額である場合には、当該支給をもって、被災労働者に支給する損害賠償請求の支払いに代えることはできるでしょう。

 これに対して、算定された客観的損害額が、法定外補償金と労災保険によって給付される金額の合計額よりも多額である場合には、使用者は損害賠償額をその支給額の限度におい控除され、その差額分のみの損害賠償責任を負うこととなります。白根工業事件判決(東京地判昭48・9・14労判186号)においても、法定外補償制度に基づく給付は原則として、被災者の損害を填補する性質を有するものと解されるため、その性質を有する以上、給付金額分だけ損害賠償義務が減縮するものと解されるのである旨述べています。

 但し、生活扶助のみを目的とし損害の填補を目的としない旨明言してある場合には控除は困難と考えられますし、精神的苦痛に対する慰謝のみを的とする上積制度(労災保険が精神的苦痛に対す慰謝の性格を有していないため、それを補うため上制度を設定することも考えられます)の場合には、損害賠償請求額のうち慰謝料部分からしか控除することはできないこととなるでしょう。

5. 控除の対象となる者の範囲
 この場合においても、上記のように控除されるのは、その給付金を受領した者についてのみか、あるいは遺族全体かという問題があります。

 裁判例においては、現実に受領した者に限って控除されるとするもの(畠山鉄工事件・東京地決昭46.8.7)と受給資格のある遺族全体の損害賠償請求金額から控除されるとするもの(丸登運送事件・名古屋地決昭47.5.31)があり、その判断が分かれています。

 前者の見解が多数説のようでありますが、使用者としては、遺族の1人に法定外補償金を支給しても、他の遺族からの請求については控除がなされないとされるのは不本意でしょう。

 そこで、法定外補償制度はその内容を使用者において自由に設定できることを重視して、当該補償は遺族全体に支給する者である旨を明確に定めておくべきといえます。具体的には、法定外補償は相続人である遺族全体に給付する旨規定し、受領者はそのうちの1名、例えば妻等を遺族の代理人又は代表者に対して、保証金を支払うことを明記しておくべきでしょう。

6. 法定外補償制度と示談
 もっとも、使用者としては、補償金を支払い、さらに差額の損害金を賠償しなくてはならないということになると、企業の立場からすれば労災事故発生後に法定外補償を行うことによって円満に紛争を解決しようとする意図が損われることになってしまいます。そこで、「本規定による補償は、別紙条項による示談契約書を締結したときに限り支給する」旨の規定を設けることも一つの方法と言えるでしょう。その際、当該労働者又はその遺族がその趣旨を理解していれば、原則的には法定外補償制度及びそれに基づく示談によって、労働者側からの損害賠償請求がなされるのを防止することができます(改定新版労災・通災ハンドブック・産労総合研究所編126頁以下参照・経営書院)。

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