法律Q&A

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海外出張中の十二指腸潰瘍が労災となるか

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2005.03

問題

十二指腸潰瘍の既往歴がある貿易会社に勤務していた男性X(52歳)が、国内外の重要会議で出張が重なり、睡眠不足でいたところ、海外出張中に、せん孔性十二指腸潰瘍を発症したのですが、このような既往歴もある内臓疾患でも労災保険の給付は受けられるのでしょうか?

回答

出張業務の過重性如何で業務上災害として処理されることがあります。
解説
1.消化器系疾患の過労に基づく労災認定
従来、ほとんど消化器系疾患を過労に基づく労災と認定した例はなかったのですが、最近、東神戸労基署長事件・最三小判平16.9.7労判880-42(以下、判決という)は、設問のような事案で初めて、ヘリコバクター・ピロリ菌感染という基礎疾患及び慢性十二指腸かいようの既往症を有する貿易会社の営業員が海外出張中に発症したせん孔性十二指腸かいようが業務上の疾病に当たると認めました。
2.過労死新認定基準より緩和された認定か
さらに注目すべきは、判決は、業務と疾患の相当因果関係を認める前提となった過重労働(「特に過重な業務」)の存在につき、いわゆる過労死新認定基準(平 13.12.12基発1063号)における時間基準(「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務との関連性が強い」)を充たしていない事案においても、国内外の連続した各出張により「Xには通常の勤務状況に照らして異例に強い精神的及び肉体的な負担が掛かっていた」ことを強調することにより、業務起因性を認めている点です。過労死新認定基準でも、重大なストレス要因として出張は掲げられていましたが、時間基準に照らして主要な要素とまではいえませんでした。しかし判決は、過重性の認定につき、今後、裁判所が、過労死新認定基準の時間基準以外の様々な要因にも充分に配慮し、より柔軟に労災認定して行くことを示唆しているとも解されます。
3.過重性と因果関係ある疾患と業務の因果関係認定における立証の必要性
さらに、注目すべきは、判決が今まで脳・心臓疾患による過労死や精神疾患による過労自殺(以下、過労死等という)の労災認定に用いてきた「本件疾病について,他に確たる発症因子があったことはうかがわれない」限り同疾病と業務との因果関係を推定する手法を、脳・心臓疾患や精神疾患以外においても用いていることです。そうすると、今後、少なくとも、業務上の心身の疲労等をもたらす過重業務と医学的因果関係のありえる疾患が発症し、その疾患発症の素因や既往歴があっても、その急激な増悪につき、業務以外の特別な要因の反証がなされない場合、業務と疾患の因果関係を認める手法が、過労死等以外の疾患にも同様に用いられ、その判断が前述2のように緩和されていくことが予想されるということです。この点は、今後の判例の推移をさらに継続して注目すべきです。しかし、リスクマネジメントの観点からは、企業にとっては、過労死等において起こっているように、事実上、過重業務理由の労災認定が企業への健康配慮義務違反に基づく損害賠償責任を導き易くなるところから(拙著「社員の健康管理と使用者責任」137頁以下参照)、今後、このような方向への判例の展開がありえることを前提とした対応に着手すべきでしょう。なお、このような損害賠償事件が発生した場合、原審の高裁判決が指摘していた「Xが前回の疾病後に十二指腸かいようの治療を怠っていたこと」は自己健康管理義務違反として企業の賠償額を軽減する過失相殺の重要な要素となるでしょう。

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