法律Q&A

分類:

じん肺に罹患したことによる安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の除斥期間の消滅時効の起算点

弁護士 中村 博(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2006.09

問題

私は炭坑の従業員として働いておりましたが、じん肺に罹患してしまい退職せざるを得なくなりました。労災であることは間違いないと思っているので、治療費や慰謝料を国に請求したいのですが、安全配慮義務に基づく損害賠償請求権には消滅時効という制度があると聞きました。私としては、退職から20年以上が経過しているので、この制度により請求できないのではないかと不安ですが、どのように考えることができますか?また、じん肺により死亡した場合、その相続人が被相続人の死亡に基づく損害賠償請求をする場合はどうでしょうか?

回答

 本件においての争点は、第1に炭鉱労働者自身がじん肺に罹患したことにより、国に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権を行使する際の除斥期間の起算点をいつとすべきかという点であり、第2にこの結論が炭鉱労働者自身がじん肺により死亡して相続人が相続した炭鉱労働者自身の死亡に基づく損害賠償請求権を行使する場合で異なるかという点です。
解説
1 不法行為による損害賠償請求権の除斥期間制度
 不法行為に基づく損害賠償請求権は、民法724条前段により、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間これを行使しないときは、時効により消滅するとされていますが、多くのじん肺に関する裁判で争われているのは、この消滅時効に基づく権利の消滅ではなく、同条後段で「不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする」と規定されている部分です。このような規定を除斥期間制度といい、たとえ問題となっている権利が時効消滅していない場合でも、不法行為の時から20年を経過している場合は、権利が消滅してしまうという制度で、被害者が損害及び加害者を知らない場合に権利が時効消滅しない不都合を回避するために認められているものです。消滅時効と異なり中断制度がありませんので、起算点である不法行為時さえ決まれば、権利が消滅する時期が明確になります。
2 除斥期間の起算点
 この点については、条文上は「不法行為の時」からと規定されておりますので、これを本件の炭鉱労働者のじん肺への罹患にあてはめますと、国による炭鉱労働者に対する各々の加害行為時であることになりますが、じん肺被害は、国の規制権限不行使という不作為から発生するものであることから、国の加害行為を特定することは困難ですし、加えてじん肺は加害行為が終了してから相当の期間を経過した後に損害が発生する場合が多く、このような場合に、除斥期間の起算点を加害行為時と考えることは、被害者にとって著しく酷であり適切ではありません。
3 裁判例
 この点判例は、「じん肺は、肺細胞内に取り込まれた粉じんが、長期間にわたり線維増殖性変化を進行させ、じん肺結節等の病変を生じさせるものであって、粉じんへの暴露が終わった後、相当長期間経過後に発症することも少なくない」から、このような場合は「当該損害が発生した時」をもって起算点とすべきものとしております(筑豊炭田事件平成16.4.27最高裁三小判 労判872号5頁)。より具体的にいえば、労働者がじん肺法所定の管理区分についての最終の行政上の決定を受けた時からそれぞれの除斥期間が進行するというべきです。
4 労働者が死亡して相続人が請求する場合
 それでは、このような場合も、労働者がじん肺法所定の管理区分についての最終の行政上の決定を受けた時からそれぞれの除斥期間が進行するというべきでしょうか。思うに、行政上の決定時点では、じん肺を原因として死亡する蓋然性を前提とする損害賠償請求は不可能ですし、じん肺を原因とする死亡に基づく損害は、管理二、管理三、管理四の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害とは、質的に異なるものですので、このあたりを判例は考慮した上で、じん肺による死亡に基づく損害賠償請求権の除斥期間は「死亡の時」から進行するとしております(筑豊炭田事件平成16.4.27最高裁三小判 労判872号13 頁)。
5 留意点
 以上のことから、設問の前段については、炭鉱労働者が退職した日からではなく、じん肺法所定の管理区分についての最終の行政上の決定を受けた日から起算して20年を経過していなければ、労働者自身が国に対して損害賠償請求権を行使できることになります。一方、後段につきましては、被相続人が死亡してから20年を経過していなければ、相続人が国に対して損害賠償請求権を行使できることになります。なお、本件に絡み実務的に押さえておかねばならないこととして、平成18年2月3日に「石綿による健康被害の救済に関する法律」が成立し、平成19年3月から救済申請の受付開始が予定されております。地域住民や従業員の家族ら労災補償対象外の被害者に対して医療費などを支給するものですが、政府と地方公共団体、事業主が資金を拠出して「石綿健康被害救済基金」を設け、救済の費用にあてるものですが、今後の制度の活用を注目すべきでしょう。

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