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改正高齢者雇用安定法への企業の対応

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2004.06.19
はじめに
 平成16年度通常国会において、平成16年6月5日、年金制度改革関連法案と合わせて、厚生年金の支給開始年齢引上げに伴う措置として高齢者雇用安定法改正案も可決、成立しました(以下、改正法といいます)。厚生年金の定額部分の支給開始年齢は段階的に引き上げられており、平成25年度以降は65歳からとなります。現行法で定められている60歳定年では、退職してから65歳になるまで給与も年金もない無収入状態になってしまうことから、定年を延長する改正法が必要になっていました。そこで、年金の支給開始時期の繰り延べに伴う無収入期間をなくすことが目的として今回の改正となりました。しかし、企業側からの反発は強く、猶予期間の設定など激変緩和措置などが設けられています。
 改正点は、定年の段階的引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保、求職活動支援書の作成・交付、募集及び採用についての年齢制限理由の提示、シルバー人材センターが行う一般労働者派遣事業の特例(解禁)など、多岐にわたりますが、ここでは、もっとも企業経営に重大な影響を与えるものと予想される定年延長・継続雇用制度に関する部分を中心に主要な改正の内容、実務対応上の注意点等を検討してみます。
 というのは、改正法は、後述するように、一見、当面は就業規則で雇用する高齢者を定めることができること、すでになんらかの雇用延長措置を取っている企業が多いこと、猶予期間があり、特に中小企業には長期の猶予期間の設定など規制回避策があること、罰則のないことなどから、抜け道の多い改正との指摘もあり、当面それほどの実務上の問題点および事業主への影響がないものと思われているようです。しかし、実際には、後述のとおり、猶予処置たる規制回避策たる就業規則利用の前提条件である労使の協議の程度等をはじめとして、様々な実務上の難問をかかえている改正となっています。
 ただし、本稿の脱稿時では、未だ、改正法の成立・公布のみでした。しがって、以下に公布された改正法や厚労省労政審議での検討資料等から予想される施行規則や通達等の方向性について、問題点の指摘と私見を述べていますが、実務的には、今後、改正法の成立を受けて、公布・告示される政省令・通達等の動向に注目していく必要があります。筆者としても、必要に応じ、追加の報告ができればと考えています。
I 通常国会における改正案の上程に至る経緯

1 職業安定分科会雇用対策基本問題部会報告の問題意識
 厚労省の報告によれば(平成16年1月20日付労働政策審議会職業安定分科会雇用対策基本問題部会<分科会長諏訪康雄法政大学教授>「今後の高齢者雇用対策について」<以下、報告という>参照)、少子高齢化の急速な進展により、2015年までに生産年齢人口は約840万人減少し、これに伴って労働力人口も、高齢者や女性の労働力率が相当程度上昇することを見込んでも、若年層及び壮年層の大幅な減少により約90万人減少する見通しとなっていいます。また、今後2007年から2009年にかけて、いわゆる団塊の世代が 60歳に到達することとなります。また、諸外国と比較しても我が国の高齢者の就労意欲は非常に高く、実態としても、60歳代前半の男性の労働力率は70%を超えています。
 これに対し、現行の高年者雇用安定法(以下、現行法という)では法定定年年齢は60歳とされ、定年の引上げ、継続雇用制度の導入・改善等による65歳までの雇用確保措置の実施が事業主の努力義務とされていますが、実態としては、少なくとも65歳まで働ける場を確保する企集の割合は全体の約70%、原則として希望者全点が65歳まで働ける場を確保する企業は全体の約30%にとどまっています。一方、現在の厳しい雇用失業情勢の下、中高年齢者は一旦離職するとその再就職は困難な状況にあります。
 このような中で、高い就労意欲を有する高齢者が長年培ってきた知識と経験を活かし、社会の支え手として生き生きと活躍し続けることを可能とし、もって我が国経済社会の活力の維持を図るためには、高齢者が意欲と能力のある限り活躍し続けることができる環境を社会全体で築き上げていくことが必要となっています。
 厚労省においては、このような問題意識の下に、平成15年7月の「今後の高齢者雇用対策研究会」報告を踏まえて、労政審議会にて、[1]65歳までの雇用の確保策、[2]中高年齢者の再就職の促進策、[3]高齢者の多様な働き方に応じた就職機会の確保策について検討を行い、その結果が前述の報告による立法措置への建議となっています。

2 報告による提言内容
 報告は以下のような建議をしました。ここでの議論は、審議会での議論も加えて、後述の改正法の内容を把握する際の重要な資料となりますので紹介しておきます。

(1)65歳までの雇用の確保策の必要
 高齢者雇用を進めるには、年齢にかかわりなく意欲と能力のある限り働き続けることを可能とする環境の整備が必要であるが、厳しい雇用失業情勢の中では中高年齢者は一旦離職すると再就職は困難であり、また、未だ円滑な企業間の労働移動も可能とはなっていません。
 これまで、65歳までの雇用確保措置の導入については労使による自主的な努力がなされてきたところですが、厳しい経済情勢もあって、近年においてはその実施状況が必ずしも進んでいないことや、既に年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられつつあること等も踏まえると、高齢者のそれまでの豊富な職業経験や知識を最大限活かす上でも、今後各企業において、労使の工夫を凝らしながら、意欲と能力のある限り少なくとも65歳までは働き続けることが可能となる取組をさらに求めていくこととすべきです。そして、その際の検討事項として次の点を指摘しています。

[1]意欲と能力のある限り年能にかかわりなく働くことができる社会の実現を目指すという観点に立てば、本来は定年制も含め年齢による雇用管理を全面的に禁止すること(年齢差別禁止)も考えられますが、定年制をはじめ年齢という要素が未だ大きな役割を担っており、年齢に代わる基準が確立されていない我が国の雇用管理の実態にかんがみれば、直ちに年齢差別禁止という手法をとることば、労働市場の混乱を招くおそれがあり困難であること。

[2]年金の支給開始年齢を念頭に、法定定年年齢(60歳)を65歳に引き上げることも方策の1つとして考えられますが、経済社会の構造変化等が進む中で厳しい状況が続く企業の経営環境等を考慮すれば、 65歳までの雇用確保の方法については個々の企業の実情に応じた対応が取れるようにするべきであり、直ちに法定定年年齢を65歳に引き上げることは困難であること。

[3]したがって、我が国の雇用管理の実態や企業の経営環境等も踏まえた上で、意欲と能力のある限り65歳までは働き続けることが可能となる取組をさらに求めるためには、法定定年年齢60歳は維持した上で、定年の定めをしている事業主は、65歳までの雇用の確保に資するよう、当該企業の定年年齢の引上げ又は継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう)の導入を行わなければならないこととすることが適当である。
 この場合、各企業の実情に応じて職種等の別に定年年齢を定めるなどの工夫を行うことも有効であると考えられる。
 継続雇用制度についても、一律の法制化では各企業の経営やその労使関係に応じた適切な対応が取れないとの意見もあることから、各企業の実情に応じ労使のエ夫による柔軟な対応が取れるよう、労使協定により継続雇用制度の対象となる労働者に係る基準を定めたときは、当該基準に該当する労働者を対象とする制度を導入することもできるようにすることが適当であること。
 なお,事業主が労使協定をするため努力をしたにもかかわらず協議が不調に終わった場合には、高齢者雇用に係る継続雇用制度の対象となる労働者に係る基準を作成し就業規則等に定めたときは、当該基準に該当する労働者を対象とする制度を導入することを施行から一定の期間認めることが適当としています。その期間については高年齢者の雇用確保の状況、社会経済情勢の変化等を考慮して政令で定めることとし(具体的には当面施行から3年間、中小企業は5年間)、その後の上記の状況の変化、特に中小企業の実情等を踏まえ、当部会の意見を聴いて見直すこととされています。
 また、各企業が5年、10年先を見据えて計画的に取り組むことも可能となるよう、定年又は維続雇用制度の対象年齢については直ちに65歳雇でとするのではなく、年金(定額部分)支給開始年齢に合わせて2013年(平成25年)までに段階的に引き上げていくこととすべきとしています。
 なお、労働者代表委員から、継続雇用制度の対象となる労働者の基準を就業規則で定めることについては、事業主が一方的かつ恣意的に対象者を選別することを可能とするおそれがあり、その点について懸念があるとの意見がありました。また、雇用主代表委員から、経営への影響が大きいこと、年金支給開始年齢までを雇用でつなげることは、社会的なコスト負担を企業に転嫁するものであること、持続的な経営のためには若年層の雇用とのバランスを保つことが必要であること、中小企業の場合、高齢者向けの地域拡大等には制約があることなどから総統雇用制度の一律義務化ではなく、企集の実態に合わせた自主的な取組に委ねるべきとの意見がありました。

(2)その他の建議と改正法の成立
 報告は、前述の改正法の他の改正点についても建議していますが、ここでは割愛します。

II 改正法の改正内容の概要と施行時期

1 改正法による改正点の概要
 前述のように、改正法の概要は、[1]定年の段階的引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保、[2]求職活動支援書の作成・交付、[3]募集及び採用についての年齢制限理由の提示、[4]シルバー人材センターが行う一般労働者派遣事業の特例(解禁)など、多岐にわたりますが、ここでは、以下で、もっとも企業経営に深刻かつ重大な影響を与えるものと予想される[1]の定年延長・継続雇用制度に関する部分を中心に主要な改正の内容、実務対応上の注意点等を検討してみます。

2 改正法の施行予定時期
 改正法の施行時期は、1の[2][3]4については、改正法成立後6ヶ月を超えない範囲で施行と定められていますので、平成16年12月初旬までに、1の[1]については平成18年4月1日からの施行が予定されています。
 以下、報告と改正法に従い、改正法のうち、定年の段階的引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保に関する改正点の具体的内容とその影響とこれに対して想定される実務的対応上のポイントを解説します。

III 定年の段階的引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保

1 従来の取扱い
 現行法9条では、「定年の引上げ、継続雇用制度の導入等の措置」については、「定年(六十五歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主は、当該定年の引上げ、継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入又は改善その他の当該高年齢者の六十五歳までの安定した雇用の確保を図るために必要な措置(以下「高年齢者雇用確保措置」という。)を講ずるように努めなければならない。」との努力義務規定に留まり、これらの「諸条件の整備に関する」行政の関与も職業安定所の「勧告」のみが規定されています(同10条)。
 そのため、その運用の実態と結果においては、少なくとも65歳まで働ける場を確保する企集の割合は全体の約70%にのぼりますが、原則として希望者全点が65歳まで働ける場を確保する企業は全体の約30%にとどまっています。

2 改正の内容

(1)改正の概要
 そこで、改正法では、以下の高年齢者の雇用確保のための措置の強化がなされるとともに、報告の指摘にしたがい、各企業の実情に適合した雇用確保措置を選択できるようにし、従業員の過半数代表者との労使協定による個別的対応の道を作り、さらに、激変緩和措置として、一定の猶予期間中は、就業規則をもって労使協定に代替できることにしました。なお、これらの措置への違反については、従前の職業安定所の勧告に代わり、厚労省大臣による指導・助言・勧告の制度が設けられました。

(2)原則的高年齢者の雇用確保のための措置の強化
まず原則的高年齢者の雇用確保のための措置が、次のように定め(条文への下線は筆者によります。以下、同様です)、努力義務から実施義務ある制度に強化されました(改正法9条1項「 定年(六十五歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の六十五歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下「高年齢者雇用確保措置」という。)のいずれかを講じなければならない。

一 当該定年の引上げ
二 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは 、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう 。以下同じ。)の導入
三 当該定年の定めの廃止」)。

(3)労使協定による継続雇用制度対象者の限定等の許容
 つぎに、報告の指摘する、各企業の実情に応じた対応を認めるため、従業員の過半数代表との労使協定により、継続雇用制度の対象となる高年齢者に関する基準につき、希望者全員を対象としない制度も可能とされています(改正法9条2項「2事業主は、当該事業所に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め、当該基準に基づく制度を導入したときは、前項第二号に掲げる措置を講じたものとみなす。」)。

(4)定年の段階的引上げ
 高年齢者雇用確保措置に係る年齢(実際には定年)についても、報告にしたがい、企業の実情を考慮し、以下の通り、段階的に引上げ、平成25年度までに65歳にすることとなっています(改正法附則4条)

平成18年4月~平成19年3月:62歳
平成19年4月~平成22年3月:63歳
平成22年4月~平成25年3月:64歳
平成25年4月~ :65歳

(5)適用猶予期間中の労使協定への就業規則による代替の許容
 さらに、改正法による企業の大きな負担への激変緩和措置として、改正法の施行より政令で定める日までの間、当面大企業は3年間、中小企業(今までの厚労省の立法例からすると、従業員規模300人以下の事業所になるものと推測される)は5年間は(改正附則5条2項)、労使協定ではなく就業規則等に当該基準を定めることを可能とされています(改正法附則5条1 項)。即ち、改正法附則5条1項は、「高年齢者雇用確保措置を講ずるために必要な準備期間として、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律‥附則第一条第二号に掲げる規定の施行の日から起算して三年を経過する日以後の日で政令で定める日までの間、事業主は、第九条第二項に規定する協定をするため努力したにもかかわらず協議が調わないときは、就業規則その他これに準ずるものにより、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め、当該基準に基づく制度を導入することができる。この場合には、当該基準に基づく制度を導入した事業主は、第九条第一項第二号に掲げる措置を講じたものとみなす。/2中小企業の事業主(その常時雇用する労働者の数が政令で定める数以下である事業主をいう。)に係る前項の規定の適用については、前項中「三年」とあるのは「五年」とする。」)。

(6)厚労大臣による指導、助言及び勧告
 さらに、以上の猶予措置等を含めて、高年齢者雇用確保措に関して、従前の職業安定所の勧告のみに対して、より高いレベルでのきめ細かい行政指導等が可能なように、厚労大臣による指導、助言及び勧告権が設けられました(改正法10条「第十条厚生労働大臣は、前条第一項の規定に違反している事業主に対し、必要な指導及び助言をすることができる。2厚生労働大臣は、前項の規定による指導又は助言をした場合において、その事業主がなお前条第一項の規定に違反していると認めるときは、当該事業主に対し、高年齢者雇用確保措置を講ずべきことを勧告することができる。」)。

IV 改正法への企業の実務対応上の留意点

1 罰則の適用はない
 改正法による高年齢者雇用確保措置に関しては、前述の厚労大臣による指導、助言及び勧告はなされますが、それ以上の罰則や違反企業の公表制度のようなものはありません。この点が、労働側からは、改正法の実効性を確保できないものとして批判されています。

2 行政指導等の運用について
 ここでの、行政指導等の運用についても、特に中小企業の負担を考慮し、労政審議会での厚労省の見解では、使用者側委員の「特に小規模事業主については、現状でも努力をしてきたわけですが、まだまだ導入率が低いものですから、義務をかけられてすぐにできないような場合には、‥ただちに勧告とか、企業名の公表とか、そういった厳しいようなことをやられますと、皆さんもう嫌気がさしてしまいますものですから、‥違反している事業主に対する、様々な行政側の動きについては、経済情勢も踏まえて、温かいご指導を賜るということを、もう一度確認をしておきたい。」との質問に対して、「部会におきましても、田勢委員から中小企業の厳しい状況というのを度々お伺いしておりますので、私どもそれも踏まえまして、この法律の運用に当たりましては、中小企業に円滑にこの制度の仕組みが導入できるように、最大限の支援を行ってまいりたいと思っております。また違反している事業主に対しても、助言指導等についても、中小企業の実情を踏まえて、適正な運用に努めてまいりたいと考えております。」として、柔軟に対応をする旨を表明しています(平成16年1月23日第25回職業安定分科会議事録)。
 さらに、報告でも、「労使が真摯に協議した結果として直ちに制度を実施しないことを合意しているケースや、企業経営上の極めて困難な状況に直面しているケースなどについては、企業の実情を十分に考慮した助言等に止めるなどその施行に当たっての配慮が必要」とされていることも斟酌されるでしょう。

3 法施行前からの高年齢者雇用確保措置の効力
 つぎに、改正法の施行前から現行法上の努力義務の一環として、就業規則で採用されている再雇用制度等の高年齢者雇用確保措置等が、改正法施行後の同法附則5条1項の適用をそのまま受けることができるのか、それとも新たに協議を経たうえでの就業規則の必要があるかの議論があります。
 この点は、追って通達等で明らかにされると考えられますが、平成15年改正労基法の企画業務型裁量労働制の拡大に際し、従来の制度において企画業務型裁量労働制の対象事業場に該当しない事業場に設置された労使による委員会において、改正労基法の施行日前に法第38条の4に定める決議事項を決議した瘍合、当該事業場は対象事業場の要件を満たしていないため、当該決議によっては、みなし労働時間の効力は生じない旨の通達(「労働基準法の一部を改正する法律の施行について」平成15.10.22基発第1022001号)が出ていることを参考とすると、労使協定への例外的な適用用猶予措置としての就業規則による代替の性格からすると、新たな協議を経た上での策定が必要と解される可能性があります。しかし、かかる硬直的な態度は改正法の前述の趣旨から好ましくなく、施行日からの速やかな履行を期待する意味でも、施行前の協議が後述4の十分な協議を経ていることを条件に、改正法施行日前の規則の有効性を認めるように、厚労省には柔軟な解釈が期待されます。
 厚労省が硬直的解釈を示す場合には、結局、競技の事前準備・事務折衝等は施行日前に行っても良いでしょうが、協議そのものは、平成18年4月1日以降でなければなりません。

4 就業規則「その他これに準ずるもの」とは
 改正法附則5条1項でいうところの「就業規則その他これに準ずるもの」のうちの、「その他これに準ずるもの」とは何でしょうか。同様の表現は、例えば労働基準法32条の3等にも表われますが、通常は、就業規則作成・届出義務のない使用者において作成する定めをさしており(昭22.9.13発其17)、ここでも同様に解されます。

5 就業規則代替要件としての協議の程度

(1)協議をめぐる諸問題
 さらに、前述のとおり、改正附則5条1項は、少なくとも条文上は、無条件に就業規則による労使協定への代替を認めておらず、「協定をするため努力したにもかかわらず協議が調わないとき」に限定しています。そこで、協議が整わなかった場合とはどのように判断され、どの時点で就業規則により代替できるのかが問題となります。

(2)就業規則制定・改正時の意見聴取との相違
 この点、文理上も、労働基準法の就業規則の制定・改正の場合の従業員過半数代表からの意見聴取とは異なり(90条)、単なる諮問にとどまらないものと解されます。

(3)協議内容
 まず、協議の内容に関しては、報告によれば、65歳までの雇用確保に当たって、「今後の労働力供給動向を踏まえた人材の確保、雇用・就職ニーズの多様化や厳しい経営環境の中での総コスト管理の観点からも、労使間で賃金、労働時間、働き方などについて十分に話し合い、賃金・労働時間・人事処遇制度の見直し」などを総合的に協議して、高年齢者雇用確保措置等の内容、適用対象、対象者の処遇、対象基準の適用をめぐる苦情処理手続等が想定されます。

(4)協議の程度
 つぎに、協議の程度についてですが、参考になるのが、会社分割の際の労使協議義務です(会社分割に関する法律附則5条1項)。そこでの議論を援用すると(拙著「実務労働法講義」554頁以下参照)、労働組合法上の誠実団交応諾義務(例えば、オリエンタルモータース事件・東京高判平成2.11.21労判 583号27頁等参照)と同等の義務まではないものと解されます。
 結論は、今後の通達や判例の集積にまたざるを得ませんが、私見では、当面、以下の通り処理されるものと解されます。
 すなわち、先ず、労働組合が関与する場合には、前述の団交義務と重なるため独自の議論をする実益はなくなるものと解されます。そこで、労働組合が関与しない従業員過半数代表者との事前協議義務に限定して検討すると、ここでの事前協議義務は、判例が、労働契約上の信義則上の配慮義務の一環として想定している、a.整理解雇の場合や(例えば、東洋酸素事件・東京高判昭和54.10.29労判330号71頁、労民30巻5号1002頁等が指摘するいわゆる整理解雇4要件、(1)人員削減の経営上の必要性の存否、(2)整理解雇回避努力義務の実行の有無、(3)合理的な整理解雇基準の設定とその公正な適用の存否、(4)労使間での協議義務の実行の存否の内の(4)の義務)、b.就業規則の不利益変更の場合に認める労働者との協議義務(例えば、みちのく銀行事件・最一判平成12.9.7労判787号6頁等の判例が言及する「労働組合等との交渉の経緯」等)に近いもので、理論的には、a.における協議義務に近い内容・程度として理解して良いのではないかと解されます。労組法上の団交義務と異なり、この事前協議義務の現行法上の実質的根拠を信義則に求めることは、改正法においても整合性を持って適用し得る法的構成と考えます。従って、この事前協議義務違反の有無・程度を判断する際に、a.、b.に関する判例を斟酌することが理論的にも、実務的にも妥当と解されます。

(5)協議義務違反の効果
 協議義務違反の効果について、会社分割法に対する厚労省の指針(「分割会社及び設立会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」労働省告示平成12年127号)は、「協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合における会社の分割については、分割無効の原因となり得る」としていることが参考になる。即ち、単なる意見聴取にとどまり、「協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合」における就業規則による高年齢者雇用確保措置ついては無効となり得る、と解されます。無効とされる場合、猶予措置の適用なく、その時点までの段階的定年延長の効果があるものと解されます。企業としては、十分な協議を尽くした証拠の準備を忘れてはならないでしょう。

6 労使協定・就業規則等による高年齢者雇用確保措置対象基準の許容範囲

(1)対象基準対象者をめぐる問題
 また、原則的な労使協定のよると、猶予措置としての就業規則等によるとを問わず、高年齢者雇用確保措置対象基準の許容範囲が問題とされます。例えば、再雇用制度が労働者全員を対象としたものなのか否か、対象を限定しているものの場合、もしくは新たに規定するものが対象を限定している場、対象を限定した結果、当面は該当者がいないようなことになってもかまわないのか、などが問題となります。
 結論的には、前述の厚労省の見解では、報告にあるように、「労使が真摯に協議した結果として直ちに制度を実施しないことを合意しているケースや、企業経営上の極めて困難な状況に直面しているケースなどについては、企業の実情を十分に考慮した助言等に止めるなどその施行に当たっての配慮が必要」とされ、少なくとも違法とはされない趣旨と解されます(労政審議会での厚労省の「採用すること自体、どういう人を採用するかというのは、それは当然経営者のご判断に関することと考えております。ただ継続雇用制度をどういう基準を作って、どういうふうに運営をしていくかというのも、基準自体は労使協定という形で基準を作っていくというのがルールですので、そういったものに照らしてご判断をして、その運用をしていただくということになるのではないかと思います。」との発言もこれを裏付けています。平成16年1月23日第25回職業安定分科会議事録)。
 逆に、雇用機会均等法、労働組合法等における採用差別禁止に抵触しない限り、例えば、再雇用制度の適用対象を、勤続年数や考課の成績優秀者、一定の管理職・研究職等に限定することなどは、労使自治に任されている、ということです。したがって、紙幅の関係や、基準の設定が自由のため、規定の仕方も千差万別で、規定例の紹介は割愛しますが、少なくとも、規定の仕方によって、適用除外等の利益を企業が受ける点は、育児介護休業法における適用免除協定に似ています(同6条1項、12 条2項参照)。

(2)高年齢者雇用確保措置の内容の許容範囲
 さらに、再雇用制度等の高年齢者雇用確保措置の内容が、週1回のアルバイトや在宅勤務などでもかまわないか、という問題があります。
 これも結論的には、最賃法等の強行規定を遵守する限り、いかなる処遇での再雇用とするか、賃金水準・雇用期間、雇用形態、労働時間・日数等はすべて労使自治に任されている、ということです。厚労省の審議会での「継続雇用制度自体は、どういう人を継続雇用制度の対象にするかというのは、それぞれの基準に照らして判断をいただくということになるかと思います。その制度、まさに継続雇用制度の内容というのは、対象者だけではなくて、その働き方というものも含まれてまいります。あるいは賃金とか、人事処遇制度等もあります。そういったものも工夫をしながら、考えていただくということになるのではないかと思います。」との発言もこれを裏付けています(平成16年1月23日第25回職業安定分科会議事録)。

 ただし、週1日など、再雇用の名に値しない場合には、前述の全員再雇用しないことが違法とは言えないとしても、指導を受けることがあるような対応は予想されます。

7 法律自体の見直し
 なお、改正法施行から3年後に法律そのものを見直すことが予定されています。この結果、前記猶予期間自体が見直し・延長となる可能性も十分考えられます。

8 高年齢者雇用確保措置導入理由の全体的賃下げの可否
 なお、65歳定年義務化は経済界からは、「経済実態無視」(日本経団連 奥田会長)などの批判を受け、現実にも、年金の支給開始時期の繰り延べという国の施策の補填に民間企業がコストを負担するという構造的な問題をかかえています。改正法と同時改正された年金改革でも鮮明になっているように、企業が負担している雇用にかかるコストには大きなものがあります。このため将来的には、定年延長にかかる雇用については、企業側の厚生年金保険料負担や健康保険料負担の免除をするなどの措置の必要も指摘されていますが未だその目安はたっていません。

  そこで、高年齢者雇用確保措置導入理由の全体的賃下げの可否という問題が起こりえます。しかし、この問題は、一般の賃下げに関する就業規則の不利益変更の問題の応用で処理されるであうことのみを指摘しておきます(拙著・前掲書36頁以下参照)。

結びに代えて
 「はじめに」でも前述した通り、今後、策定される各政省令・通達等の動向にも注目していく必要があります。従って、読者の皆様も、新聞報道や厚労省のホームペ-ジなどに注意して下さい。筆者としても、機会があれば、追加の報告をさせていただければと考えています。

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