法律Q&A

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たびたび盗難被害に遭った社有社宅の管理責任

弁護士 中村 博(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2003.09.02

当社の社有社宅で、数人の入居社員の部屋が昨年2回、今年1回、ピッキングによる盗難被害に遭いました。社宅の管理組合がカギの交換等を各戸に呼び掛けていましたが、会社としては特段対策を講じていませんでした。
このような場合、こうした状況を放置したとして、会社が何らかの責任を負うことになるのでしょうか。

場合によれば、会社が雇用契約に付随する使用者の安全配慮義務違反を追及されて民事責任としての損害賠償責任を被害に遭った社員に対して負うことになる可能性がありますが、そうでなければ、通常の一般の賃貸借契約や使用貸借契約と同様となり、会社は民事責任としての損害賠償責任を被害に遭った社員に対して負うことになる可能性が残る程度でしょう。
刑事責任としては、労基法96条違反により罰則が科される可能性があります。

1 社宅の種類とその法律関係
 社宅とは、法律上の概念ではなく通俗的用語ですが、簡単に定義すれば、「使用者が従業員に貸与する住宅」というべきもので、それを設置目的や趣旨といった点から考えれば、企業組織の必要的な構成部分として直接に企業経営の目的に資する住宅としての「業務社宅」と従業員に生活の根拠を与え従業員の福利の向上を図り、その間接的な効果として作業能率の増進或いは労働力募集の円滑化を期待して設けられる住居としての「通常の社宅」に分けられます。

 そして、通説・判例は、社宅の法律関係につき一般論として「会社とその従業員との間における有料社宅の使用関係が賃貸借であるか、その他の契約関係であるかは、画一的に決定しうるものではなく、各場合における契約の趣旨いかんによって定まるものと言わねばならない」(最判昭29.11.26民集8- 11.2047)と判断し、業務社宅については、建物の使用関係は、労働契約に吸収されこれへの入居が労働条件の一つとされ労働契約と当然に運命を共にすると解されております一方で、通常の社宅については、有償性(使用料が賃貸借契約の賃料と評価できるか)と特殊性(社宅の使用関係が従業員という身分を前提に成り立っていること)に応じて、特殊な無名契約・賃貸借契約・使用貸借契約のどれかに位置付けているようです(千葉地判平6.3.28判タ 853.227・東京地判昭33.6.17判時157.23・千葉地判昭46.1.21労判121.71・東京地判昭47.4.25判時679.33)。

2 業務社宅の場合
 雇用契約上の会社の労働者に対する付随義務として、社宅において労働者が安心して生活できるように配慮しなければならない義務を認め、この義務違反を原因として会社に損害賠償責任を認めることが可能となります。

 工場独身寮における若年労働者の病死に関し、会社側に看護上の配慮義務を認めた判例があります(日産独身寮病死事件 東京地判昭51.4.19 判時822.3)。

 ピッキング被害が社会問題化しその凶悪化にも拍車がかかってきている現在の状況に鑑みれば、会社側に本事例のような場合に労働者に対する安全配慮義務を認める余地は否定できないと考えます。

3 通常の社宅の場合
 通説・判例は、業務社宅に該当しない場合は、使用料の多寡に注目して有償性を判断し、通常の賃貸借料程度であれば賃貸借契約とし、そうでない低廉な場合は使用貸借とすることが多いようですが、かならずしも、そのように割り切っているものでもなく、特殊性の観点をも加味しながら、その中間的な特殊契約と位置付けることもあるようです。

 賃貸借契約と位置付けられる場合は、ピッキングの被害に遭うようなカギしか取り付けていなかったことが「瑕疵」(いわゆる欠陥)にあたるのであれば、会社は賃貸人として瑕疵担保責任として瑕疵修穂や損害賠償責任を負うことがありますが、使用貸借契約と位置付けられる場合は、会社は原則としてこの責任を負いません。

 ただ、現段階では、ピッキングの被害に遭うようなカギしか取り付けていなかったことが「瑕疵」(いわゆる欠陥)にあたるとの評価には少し無理があるでしょう。

 むしろ、社宅の場所がピッキングに遭いやすい場所であったりこれまでのピッキング被害の程度の頻繁さ等によっては、会社に対して、契約(その名称如何にかかわらず)の不完全履行を理由としてカギの交換を要求し、これに応じない会社に行為を債務不履行として契約解除、損害賠償等により、会社の責任を追及する余地があるでしょう。

4 事業附属寄宿舎について
 労基法は、事業附属寄宿舎については、労基法94~96条の3で規定を設け労働者の保護を図っており、ここで、事業に附属するとは、「事業経営の必要上その一部として設置せられ、それを廃止することによって事業の経営が不可能または著しく困難となるような事業との必然的な関連をもつこと」とされ、更に寄宿性については、「寄宿舎とは、常態として相当人数の労働者が宿泊し、共同生活の実態を備えるもの」とされており(昭23.3.30基発508号)、典型的には、大病院の看護婦寮等はこれに該当し、業務社宅の中にはこれに該当するものがあり得ます。

 従って、本事例の当該社宅がこれらの要件を満たせば、ピッキング対策を施さなかった会社の不作為が、労基法96条による寄宿舎の設備及び安全衛生の為に講ずべき措置を行わなかったと評価され、罰則の対象になる可能性は否定できないことには気をつけましょう。

5 結論
 以上を踏まえますと、会社の雇用契約上の安全配慮義務違反、あるいは、使用契約上の債務不履行を追及して、会社側にピッキング防止対策を怠った法的責任を追及していくことが可能ですし、社宅が労基法上の事業附属寄宿舎に該当する場合は、会社側の労基法96条違反を主張して、罰則を適用させることも可能となり得るのです。

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