法律Q&A

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役員、経営者の休業補償

弁護士 菊地 健治
2000年10月:掲載(校正・木原 康雄(ロア・ユナイテッド法律事務所)2007年11月)

会社の役員、経営者が交通事故で負傷して入、通院した期間について、休業補償は請求できないと言われたら?

私は社員10人の小さな会社の取締役をしておりますが、自ら営業で外によく出て仕事をしております。ところが、その営業中に交通事故に遭ってしまい、入院を1か月、その後も3か月通院しておりました。その入院、通院期間の休業補償を加害者に請求しようとしたら、私のような取締役は、会社の役員であって、給与をもらう立場ではないから、収入の減少がないとして休業補償には応じられないといわれました。しかし、私は他の従業員としている仕事は一緒ですし、私だけが休業補償を請求できないというのは納得がいきません。休業補償を請求することは出来ないのでしょうか。また、もし、私がこの事故に関して労災申請をしたら労災保険を受け取ることはできないのでしょうか。

役員としての仕事が従業員と異ならなければ休業補償は請求できます。

1.
 確かに、あなたのような会社の取締役は、会社から雇用されている人ではなく、人を雇う側にある人ですから、会社から給与等の賃金を受け取るのではなく、役員報酬を受けることになります。
 すなわち、会社に対して労働力を提供する立場の人ではありませんから、このような事故に巻き込まれても役員報酬を無関係にもらうことができる関係にあり、したがって、事故による休業損害はない、とも思われます。
 しかし、取締役等の会社役員や、経営者といっても、役員とは名ばかりで、実際の仕事内容は、会社の授業員と全く異ならない仕事をしている人もかなりあると思われます。中小企業においては、むしろそのほうが普通かもしれません。
2.
 このような会社役員、経営者の加害者に対する休業補償に関する判例は、役員報酬を労務提供の対価部分と利益配当の実質をもつ部分に分け、役員報酬が労務提供の対価の性質を有する部分は、損害と認定し、利益配当の性質を持つ部分は損害と認定しない傾向にあります。
 例えば、建物解体業者の代表者の休業について、代表者の職務内容に肉体労働が多いこと等を理由として、役員報酬全額を労務提供の対価として休業損害を認めた例(千葉地判平成6年2月22日交民27巻1号212頁)、会社役員の80%の仕事が現場での仕事で、税務上も所得が給与所得として処理されているときに、所得の金額が労務提供の対価であるとして給与全額を休業損害の算定の基礎に認めた例(名古屋地判平成2年8月10日交民23巻4号994頁)などがあります。
 言うまでもなく、労災(労働者災害)保険は、原則として労働者が対象になっています。労災法では「労働者」の定義を設けていませんが、判例学説ともに労災法上の「労働者」は、労働基準法上の「労働者」と同一であると解しています。
 つまり、労働者とは、労働基準法8条に規定する事業または事務所で賃金を支払われている者を指します(労基法9条)。
とすれば、賃金を得ていない法人の役員等は事業主の立場にありますから、労働者にはあたらないといえます。
しかし、判例も厚生労働省も、形式論よりも実質に着目しており、法人役員等であっても、法令、定款等の規定に基づいて業務執行権を有すると認められる者以外の者であって、事実上、業務執行権を有する取締役などの指揮、監督を受けて労働に従事し、その対償として賃金を得ている者については労災保険法上の「労働者」と認めています(昭和34年1月26日基発48号)。

対応策

1.
 したがって、これらの判例の流れからしますと、あなたが休業損害を請求できるかどうかは、あなたの役員報酬が労務提供の対価といえるかどうかによって結論が異なると思われます。
あなたの場合には、他の従業員と同様の仕事や営業を行っているということですから、役員報酬全額を基礎にして休業損害が認められる可能性があるものと思われます。

2.
 また、労災保険の申請においても、あなたが、前述の労災保険法上の「労働者」の要件に該当する人であれば、労災保険法による補償金の請求をすることができます。ではあなたが例えば会社の社長などで、全く誰の指揮も受けない立場の人であった場合には、労災保険の請求が全くできないのでしょうか。

3.
 労災保険法33条以下では、法人の代表者が労災に加入できる場合を特別に規定していますので、その要件を説明します。まず、中小企業の社長であることです。中小企業とは、常時300人以下の労働者を使用している事業を指しますが、卸売業では100人以下、金融業、保険業、不動産業、小売業、サービス業を主とする事業では50人以下となっています。なお、建設業等一部の業種については労働者を一人も使用していなくても、加入できる場合があります。次に労災保険関係の事務を労働保険事務組合に委託していることです。全国の商工会で労働保険事務組合の認可を受けているものが多数ありますので相談してみるのもよいでしょう。また、この加入は政府の承認が必要ですので、所定の申請書を所轄の労働基準監督署長に提出する必要があります。
なお、労災保険によってこのような加入者が受け取れる額は厚生労働大臣が定めるものとなっています(労災法34条1項3号)。詳細は所轄の労働基準監督署に相談するとよいかと思います。

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