
弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2010.12.13
1 雇用環境の悪化の恒常化
我が国の失業率は、平成20年秋以降の世界同時不況の影響もあり、依然高止まりで、しかも、その内実は、非典型雇用の大量失業の発生と典型雇用の一時帰休等の中での数字である。同様の現象・傾向は、いわゆる求人倍率においてはより深刻に見られ、典型雇用/正規社員の雇用情勢の悪化が就労構造の変化(非典型雇用労働者へのシフト等)により恒常化したことが裏付けられている。
2 労働事件数の急増とリストラの進行
これらの雇用環境の悪化は、裁判所に提起された労働事件の新受件数においても顕著に反映され、訴訟事件数のみで見ても、平成3年でにわずか662件であったのが、平成21年度では、最多の3,468件、平成18年4月から施行されている労働審は急増し、この傾向は益々継続して行くことが予想されている(別添の判タ記事参照)。
厚労省HP:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000006ken.html
(1)立法経緯
前述の個別労働関係民事紛争の急増に対応して、裁判官と労働関係に関する専門的な知識経験を有する者が、事件を審理し、調停による解決の見込みがある場合にはこれを試み、その解決に至らない場合には、権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な解決案(労働審判)を定める手続(労働審判手続)を設け、併せて、これと訴訟手続とを連携させることにより、紛争の実情に即した迅速、適正かつ実効的な解決を図ることを目的とする労働審判法(以下、法ともいう)が平成16年5月12成立し(最高裁HPより、下記手続の概要図参照)、同法は平成18年4月1日から施行されている(手続の詳細については、菅野724頁以下、菅野他・労働審判52頁以下、書式等のついては東弁・実務477頁以下、裁判所の運用実態については山口他・審理163頁以下、東京地裁労働部・東京弁護士会他「労働審判制度に関する協議会」判タ1266号30頁以下等参照。なお、労働審判制度については、各地裁と地方単位弁護士会との間で様々な創造的な試みがなされており、同制度の運用の定着までには今後の推移に留意すべきは当然であるが、以下では比較的に開示された資料が多く、指導的な動向と予想されるため、東京地裁労働部の例を中心として論じておく)。
(2)利用状況
労働審判の申立件数の増加が労働事件数の急増をもたらしていることは前述のとおりであるが、最高裁判所事務総局の平成20年6月30日付け発表の「労働審判法の施行状況について」によれば、平成18年4月にスタートした労働審判制度の利用状況(平成20年年4月末現在)では、各地方裁判所への労働審判事件の申立件数は2,520件で、このうち2,520件で審理が終了。調停の成立による解決が1,749件で、労働審判によるものは489件だった。事件の種類別に見ると、地位確認(解雇等)が1216件、賃金・退職金が908件となっている。申立から審理終了までの平均日数は74.8日で、期日は2回目までに約54%以上が解決している。
この数字は、直近の平成19年12月末現在の数字においても、件数の増加が継続し艇ル中で、概ね、調停での解決率70%台、労働審判への移行が17%台(その内の40%前後が確定、残りの60%前後が異議申立により訴訟に移行)、その他が取下げや後述の労働審判法24条による終了などとなっている。
最近の主な傾向としては、労働審判事件の急増に裁判所の対応が遅れ、東京地裁や横浜地裁などでは、受付窓口は渋滞し、第1回に限らず期日が入りにくくなり、解決までの日数が増加傾向にあること、しかし、労働審判の申立て件数が前年同月より減少した月は今のところまだ一度もないという状況で、急増の傾向を継続し、審判が出た場合の異議の申立てについても、審判の確定率が増え、異議が出る割合が下がっていることなどを指摘できる。
<配布の東京地裁の現状報告資料参照>
(3)制度の特色
上記のように、労働関係の専門的知識経験を有する者が関与すること、紛争の実情に即した解決が図られること、迅速・適正・実効的な解決を図ることがポイントとなる。注目すべきは、「労働審判」を「個別労働関係民事紛争について当事者間の権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な審判をいう」と定義していることである。通常の民事訴訟の判決は、要件事実が立証できるか否かにより、請求認容か棄却かというAll or Nothingの判断がなされることになるが、労働審判の場合には、「権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な」判断を柔軟な行うことができるので、たとえば、合理的理由なき解雇について、解雇無効の確認を理由中で示して金銭の支払いによる解決というような和解的な審判をすることが可能と解されている。
(4)解雇の金銭解決の許容
しかも東京地裁労働部と弁護士との座談会等によれば(労働訴訟協議会座談会「労働審判制度」判タ1194号4頁以下)、解雇無効事件で、裁判所が解雇無効の判断をした場合にも金銭解決による解決を、当事者が望んでいない場合にも可能との判断を開示している。これは、労働審判法の立法者(創設関与者)意思に反し(菅野他・労働審判98頁は「当事者の真の意思を推認し、当事者にとって不意打ちにならないと判断されるとき」に限っている)、実質的には、立法的に解雇の金銭解決制度が、前述の労働契約の立法審議の過程で議論され、平成20年の立法には盛り込まれなかったが、立法を先取りする形で進行されようとしていることになり、注目すべきである(当面、当事者が反対していても金銭解決が望ましいとして想定されている事案は、①解雇が無効と判断された場合でも原職復帰ではなく金銭解決という場合と、②解雇が有効であっても金銭を支払うという場合と2つあるうち、②は比較的受け入れやすいが、解雇が有効といっても完全に有効というわけでもなく、どちらかというと有効であるというような場合も多く、このようなケースでは、使用者側から一定の金銭を支払うというのがよいと思われる場合にはそういう判断をされ、①の解雇が無効の場合も、解雇理由の強弱ということがあり、どうしても復帰したいという労働者についても、会社の規模が大きくなく、既に後任が決まっている場合や、能力的には他社で働くことも十分可能という場合は、金銭解決がよいという判断をしたり、特異な例としては、会社がほとんど機能していない場合や、既に他社に勤務している場合は、元の職場に戻れるかどうかということとの相関関係もあるが、金銭解決の方がよいのではないかと指摘されている。(中西茂裁判官インタビュー「労働審判制度」東京弁護士会会報リブラ37号6頁参照)。中小企業では特に留意されたい。
(1)労働審判委員会の構成
労働審判手続は、裁判官である労働審判官1名、労働関係に関する専門的な知識経験を有する労働審判員2名で組織する労働審判委員会で行う。労働審判員は、事件毎に指定されることになる(法10条)。
(2)労働審判員の特徴
なお、労働関係に関する専門的な知識経験を有する労働審判員2名は、実際には、労使団体の推薦者の中から選任されるが、労働審判の進行にあたっては、労働審判委員会3人でそろって調停の勧告をし、調停について詳細な説明をする。つまり、労働委員会の労使委員とはまったく異なり、労働審判員が労使に分かれて、使用者側の審判員が使用者側に対して説明をしたり説得をしたりするなどということはない。そもそも、労働審判員2人のうち、どちらが使用者側でどちらが労働者側かということも明らかにされないようになっている。労働審判員は、労働者側とか使用者側とかいう立場ではなく、公正中立な労働審判員とされている点である。
(1) 個別労働関係紛争と審判に利用されやすい紛争類型
(ア)運用開始後の適用範囲の拡大
労使間の紛争であれば何でも対象になるというわけではなく、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」が対象となる(法1条)。具体的には、解雇の効力を争う紛争や給料・退職金の支払いを求める紛争などが該当する。前記座談会などで裁判官からは、利用される典型例として書式の対応まで示されているのは、解雇無効による地位確認・賃金請求事件、退職金請求事件、解雇予告手当請求事件、簡単な配転・出向命令無効確認請求などで、逆に、差別、人事評価、就業規則不利益変更、時間外手当請求、整理解雇などには消極的なようであるが、実際の運用では、これらの案件も取り扱われている。
なお、過労死等の労災死亡事故の遺族のよる損害賠償請求が対象となるかという問題については、死亡した労働者の生存中に事業主との間に「労働契約...に関する事項について...生じた民事に関する紛争」として対象とされている(菅野他・労働審判57頁)。
同様の問題は、企業再編で、合併,吸収分割の場合や、事業譲渡でも包括承継が認められる場合の合併先や譲受先事業主との間にも起こり、この場合、それらの事業主との間に承継された個別紛争も対象となる(菅野他・労働審判57頁)。
(イ)使用者側申立ての効用
さらに、通常の場合は、申立人は、被解雇者等の労働者が多いであろうが、逆に、使用者側からも、割増賃金債務不存在確認、セクハラ、パワハラの損害額の確定を求める、債務不存在確認や一定額を超える損害債務の不存在確認、執拗に職場復帰を迫る相手への雇用関係不存在確認、異動先での就労義務存在確認の他、過労による心身の障害、健康被害や、その他の労災民事賠償事件でも、過重労働が容易に認められるような場合で、主たる争点が過失相殺等の損害論等の調整を図るためであれば審判の利用も検討されるべきであろう。
<労働審判の利用-使用者側からの申立事例の紹介
(1) 原則として本庁のみの管轄・一部支部での取扱の開始
労働審判の申立ては、相手方の住所・居所・営業所・事務所所在地を管轄する地方裁判所のほか、紛争が生じた労働関係に基づいて当該労働者が現に就業し、もしくは最後に就業した事業所所在地を管轄する地方裁判所に申し立てることができる(なお、合意により管轄を決めることもできる。法2条)。
なお、今までは、各地方裁判所の本庁のみこれを取り扱うことになってきたが、労使の要望を受け、平成22年5月から、東京地裁立川支部、福岡地裁八王子支部などの一部の支部での取扱が開始されている。
(2) 申立書・答弁書等
(ア)記載内容の原則
申立ての書式は労働審判法および同施行規則を踏まえて、「申立ての趣旨」、「申立ての理由」、「予想される争点及び争点に関連する重要な事実」、「申立てに至る経緯の概要」等の記載が求められている(法5条2項、労審則9条1項)。この際、実務的には、交渉経緯等を踏まえて争点整理するためには、解雇事件の場合、労働基準法22条の解雇理由書またはこれに代わる書類は事実上不可欠とされている(中西 ・前掲インタビュー・リブラ371号5頁)。なお、提出書面の数は、労働審判員数である3通が申立書、答弁書には求められ、答弁書は相手方へは直送される(労審則14条。書式例については東弁・実務484頁以下、詳細な記載上、利用上のポイントについては、東京弁護士会労働法制特別委員会編集『ケーススタディ 労働審判』[法律情報出版・平20]参照)。
(イ)記載における実務的留意点-申立書や答弁書の記載の充実と時系列表
(A) 申立書や答弁書の記載の充実
労働審判制度の運用開始当初は,A4版4頁程度の申立書や答弁書と後述の陳述書の利用と審尋での処理が想定されていた。しかし、現在の運用では、申立書や答弁書の記載の充実が必要である。まず後述の通り、裁判所により運用の差異はあるが、東京地裁では、証拠は労働審判員には事前にも事後にも送付されないため、同委員らの心証形成がまずこれらの書面でなされる可能性の高さがある。また、労働審判官も含めて、通常訴訟に訴状にも言えることであるが、先ず、申立書や答弁書の記載内容が大きく心証形成に影響することが前掲・労働審判協議会等でも裁判所から明言されている。
また、申立書や答弁書の記載を、ですます調に変えただけの陳述書などでは実際上、労働審判委員会の心証形成には寄与せず、むしろ、それらは不要で、そこで述べるべき内容を、申立書や答弁書の内容として記載し、就業規則や労働条件通知書、解雇通知書、交換書面、電子メール、議事録等の関係書証を利用する場合も、必要な内容を引用すべきである。一言で言えば、良い結果を得ようとするなら、証拠を網羅した最終準備書面を作成する感覚で作成することが不可欠である。
(B) 時系列表の添付
あらゆる事実関係(5W1Hで関連する、全ての行為、文書の作成等一切の事象を時系列で整理記載したもの)の時系列表は、通常の訴訟における事実認定でも使われているが(労働局のあっせんでも作成を指導されている)、労働審判員もこれを重視して自ら作成などしている。そこで、法令では求められていないが、彼らの作業を先取りして、申立書や答弁書にこれを添付しておくことが、良い結果を得ようとするなら不可欠な作業となっている。
(3) 代理人
法律上は(法4条)、労働審判手続については、法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ代理人となることができない。ただし、裁判所は、当事者の権利利益の保護および労働審判手続の円滑な進行のために必要かつ相当と認めるときは、弁護士でない者を代理人とすることを許可することができる、とされている。労働審判制度開始前には、当面、裁判所は弁護士以外の代理人を認めない方針を表明し、将来的課題として、労働審判員経験者などから代理人の許可を得る者が出ることなども議論されていた。しかし、現実には、本人申立てが少なくないことにも関係するようであるが、前掲「労働審判法の施行状況について」によれば、極めて例外的とはいえ、会社人事・総務担当者等などの代理人が認められている。しかし、同施行状況にも明らかなように、弁護士の代理人が双方に付いた場合の方が、解決率の高さや解決までの時間が短縮されるなどの優位性をもっているようである。代理人となった弁護士の役割は大きいと言わざるを得ない。
(4)複数名による労働審判の共同申立て
複数名による働審判の共同申立てについては、裁判所は、前掲・労働審判協議会等では、労働審判が「個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」(1条)を解決すべく設けられた制度趣旨と、3回の回数制限との関係からの迅速な処理を困難とさせるとの配慮から、原則として、これを認めない立場を貫いている。しかし、法令上、かかる申立てを不受理とすることができず、後述の労働審判法24条による終了ができるだけである。
そこで、筆者を含めて、実際には、例外的とは言え、整理解雇や同様の理由による雇止めの案件などで、複数名による労働審判の共同申立てが受理され、調停により、迅速かつ妥当な解決例が続出している。当事者双方が、複数名による労働審判の共同審理に異議がない場合には積極的に共同申立てと共同審理が認められるべきである。
(1) 第1回期日の調整
もっとも当事者、特に代理人弁護士を困惑させるのは、第1回期日が、申立て後40日以内に指定され、その期日の変更が原則不能ということである(労審則13条)。この点は、労働訴訟協議会等を経て、期日指定後1週間以内程度の間であれば、裁判所の資料のとおり(裁判所が配布している「相手方代理人となられた皆様へ」等参照)、原則40日の範囲内で調整が可能となったが準備の大変な点は変わっていない。
人事労務関係の報道等でも、この点は十分に理解されておらず、裁判所からのパンフレット等でも指摘されていながら、企業において安易に通常の訴訟と同じ気持ちで弁護士事務所に駆け込んでも、十分な対応ができず裁判所に不利益な心証を形成される危険がある。もちろん、不満な審判には異議を申し立てて通常訴訟に移行できるが、本案段階から受任した筆者の経験から、不利益な審判が出たダメージを回復するのは容易ではない、と指摘したい。裁判官との前掲・協議会でも、訴訟に移行しても裁判所が審判の結果を覆すことは稀であることを認めている。
(2) 進行の原則
労働審判手続は、地方裁判所において行うものとし、当事者から労働審判手続の申立てがあった場合には、相手方の意向にかかわらず手続を進行させ、原則として、調停により解決しまたは労働審判を行う。
審理の特徴は、第1回期日までに双方から提出された申立書、証拠、証拠説明書、答弁書等の証拠以外は、口頭主義が貫徹され、原則として、準備書面等の利用は認められず、制度上は存在する補充書面も(法17条1項)、ほとんど利用できないことが当初想定されていた。しかし、現実の運用では、この点はややルーズになっている感がある。しかし、原則として、即座の回答等の対応によって、審判委員会の心証が形成されていくことを念頭に置いた対応が必要なことには変化はない。
(1) 口頭主義と職権主義
(ア)職権的な審尋中心の審理
労働審判手続においては、特別の事情がある場合を除き、3回以内の期日で審理を終結され、迅速な審理を要求している。原則として、3回で審理が終了しなければならないところから(法15条2項)、労使双方の当事者も相応の準備をする必要がある。審理の進行は、労働審判官(裁判官)が担当し、審判手続は訴訟とは異なり、原則として非公開で行われる。証拠調べについては、労働審判委員会は、職権で自ら事実の調査ができ、当事者の申立てまたは職権で、必要な証拠調べができるとされているが(法17条1項)、実際の運用は、審判員会による第1回目からの口頭での審尋が中心となっている。
審尋の進め方は、通常の民事訴訟とはまったく様相を異にし、後述の労働仮処分の審尋とほぼ同様の審理がなされている。即ち、証拠としてのVTR、テープなども、決定的なセクハラ、パワハラシーンなどの場合には、検証を上申しても採用されることはあり得るが、あまり期待できない。陳述書の役割は相対的に下がっているが、利用する場合には、その内容を申立書や答弁書に記載すべきである。
(イ)審理進行の実態
審理進行の実態も、概ね、審尋時間で、1回目約2~3時間、2回目1~1.5時間、3回目1~1.5時間で進行され、一定の心証を取った段階で随時、1回目からも調停が試みらている。
(2) 記録は残らない
なお、審尋の際の特に必要がある場合を除き、期日の内容を調書等の記録に残すことは想定も実施もされておらず(労審則25条2項で審判内容を調書化するのは裁判官が命じた場合に限られている)、当事者が自分でテープをとったりすることも禁じられる。なぜなら、口頭で主張しあるいは審尋をして、労働審判委員会はその場で判断をして調停案を出し、その場で審判をするという制度として構想され、書類を残しておいてそれを後でじっくり読んで判断ということは考えられておらず、労働審判自体が1つの完結した手続として理解され、同手続で何か証拠を残して後の訴訟のために活用するという手続ではない、と解されているからである(中西・前掲インタビュー・リブラ371号6頁参照)。
労働審判手続中に、調停の成立による解決の見込みがある場合には、調停を試みることになっている(法1条)。事案に即して、第1回からも、審理を進めたり、あるいは調停を試みることができるのが、この制度の特徴といえ、前述6(1)(イ)( 頁)のように実施されている。調停が成立した場合には、裁判上の和解と同一の効力が与えられる(法29条、民事調停法16条)。
労働審判委員会は、調停による解決に至らなかったときは、当事者間の権利関係および労働審判手続の経過を踏まえて労働審判を行う(法1条)。労働審判に不服のある当事者は、2週間以内に書面にて異議の申立てをすることができ(法21条1項、労審則31条1項)、その場合には、労働審判はその効力を失う(法同条2項)。異議の申立てがないときは、労働審判は、裁判上の和解と同一の効力を有するものとする(同条4項)。なお、通常、審判は、口頭で告知され(法20条6項)、この場合、審判調書は後にできることになり(同条7項)、異議が出されて訴訟となる場合、手続上は、申立書のみが本案事件の裁判官のところに行くことになる(実際には、申立書に先の審判事件の記録に本案事件記録の雑書類として綴られることになる)。
なお、労働審判委員会は、事案の性質上、労働審判手続を行うことが紛争の迅速かつ適正な解決のために適当でないと認めるときは、労働審判を行うことなく労働審判事件を終了させることができる(法24条1項)。しかし同条の適用はかなり制限的で、一応は受理され進行の中で判断されていくものとされている。
労働審判は、審判期日でなされる場合を除き、いつでも裁判所への取下げ書の提出をもって終了する(労審則11条)。この取下げは、労働審判の確定または後述10(ア)による訴えの提起があったとみなされるときまで可能であり、相手方の同意は不要と解されている。もちろん、訴訟に移行した後に、民訴法261条による規制を受けることになる(菅野他・労働審判170頁)。
(1) 訴訟への移行
(ア)審判後の異議による移行
労働審判に対して異議の申立てがあった場合には、労働審判手続の申立てに係る請求については、労働審判手続の申立ての時に、労働審判がなされた地方裁判所に訴えの提起があったものとみなされる(法22条1項)。労働審判を行うことなく労働審判事件が終了した場合についても同様とするとされるが(法24条3項)、この運用については(イ)で後述する。
なお、このみなし扱いの関係で、労基法114条の付加金の取扱の問題があるが、前述の通り、ただし、裁判所と弁護士会での前掲・協議会での裁判所からの意見表明では,付加金は付帯請求である関係から、訴訟が提起されていればこの除斥期間の対象とはしないとされている。しかし、未だ、確定した判例である訳ではなく、今後の動向に留意すべきである。
(イ)労働審判法24条による終了
労働審判委員会は、事案の性質上、労働審判手続を行うことが紛争の迅速かつ適正な解決のために適当でないと認めるときは、労働審判を行うことなく労働審判事件を終了させることができるが(労働審判法24条)、その適用は例外的とされる。実際の運用において、答弁書で、労働審判法24条による終了がいわば本案前の抗弁として主張されることも少なくないが、前述の利用状況のようにその適用は限定的である。
(2) 訴訟への移行時の実務的諸問題
(ア)訴訟手数料の追納
これらの場合における訴えの提起の手数料については、労働審判手続の申立てについて納めた手数料の額を控除した額の手数料を納めれば足りる(印紙は調停の場合と同様とされているが、ちなみに解雇事件の場合、東京地裁では本案事件では1年分の給料を訴額とされおり、審判の場合は3カ月分で計算した額を訴額にし、本案になった場合は、1年分の訴額から既に支払われたものを差し引いた不足分を追納することとされている)。
(イ)訴状に代わる準備書面・答弁書・証拠等の提出
(A)答弁書・証拠・証拠説明書等の再提出
訴訟に移行した場合、被告は答弁書を新たに出さなければならない。即ち、労働審判の記録で裁判で使用されるのは、申立書のみで答弁書も証拠も移らないため、原告においも、審判書(通常は審判に代わる調書。審判則30条)も証拠に使う際には新たに提出することになる。なお、答弁書の対象と時期については、(B)で後述する訴状に代わる準備書面が求められる裁判所であればそれを踏まえたものが必要となる。
証拠関係は、原告・被告ともに、労働審判で提出済の証拠も、訴訟で提出する場合には、改めて提出が求められる。省エネや訴訟経済上の観点からも立法的な解決がなされるべきである。
(B) 訴状に代わる準備書面とこれに対する答弁書作成と留意点
法令では求められていないが、東京地裁等では、原告には、申立書のみでは足らず、労働審判での審理内容を踏まえ、原則として、争点整理と反論、必要ある場合は補充主張を加えた、詳細な訴状に代わる準備書面の提出をまって第1回期日を入れる運用をしている。
これを受けて、被告においても、同様の整理された訴状に代わる準備書面への答弁書の提出が求められる。即ち、当事者双方が、第1回口頭弁論期日に最終準備書面を出し合うイメージで臨む必要があるということである。
もちろん、労働審判の制度と運用上の限界から利用できなかった、いわゆる査定差別訴訟等で不可欠な文書提出命令等を利用する場合や、まったく新たな証拠が入手できた場合などには、最終準備書面は無理であるが、労働審判の審理内容を整理したものの提出が求められることには変わりは無い。その努力を怠れば、裁判所からの不利な心証形成を甘受せざるを得ない。
(ウ)労働審判官の訴訟担当の可能性
なお、訴訟に移行した場合、記録上は審判申立書のみしか移行しないが、実際には審判に携わった裁判官には心証が残っているということになるが、理論的には、訴訟になっても審判の場合と裁判官が同じということはありうる。同様の問題は、労働仮処分担当裁判官が本案事件を担当することが禁じられていないことと同じである。東京地裁の場合には、運用としては同じ裁判官になることを避けており、労働審判の場合も避けることになると指摘されているが(中西・前掲インタビュー・リブラ371号7頁参照)、仮処分と同様、運用のみに任せず、立法的な検討を要する問題との感を否めない。
(1)各種制度の特徴を踏まえた手続選択の必要
個別的労働関係紛争の当事者または代理人となった場合、以上の労働審判の特色 ・長短を踏まえ、前述の様々なADR等の裁判外手続と後述のその他の裁判手続をどのように使い分けるか、あるいは段階的に利用するかは、各事案ごとに判断せねばならない。一般には、従来、紛争調整委員会や民事調停等において解決が志向されていた相当部分が労働審判で対応できることが期待されている。しかし、現実には、前述のように、労働審判は予想通りの活況を呈しているが、個別紛争法のあっせん制度等は、依然としてその利用件数を急増させており、あっせんから労働審判の利用への移行というよりも(実際には、労働審判に持ち込まれた内の相当数で、審判申立前にあっせんが試されてはいるが)、双方の制度が併存して、住み分けている、といった感覚を覚える。
(2)労働審判と仮処分等との使い分けの基準
仮処分と労働審判との使い分けの基準につき、前述の東京地裁労働部裁判官と東京3弁護士会との協議会での小林譲二弁護士等の発言では、基本的には労働審判法1条の趣旨に従って,同法20条の相当な審判ができる場合,同法24条終了にならない場合が一つの基準になる。具体的には、①調停が成立する見込みが高いかどうかという点である、仮に,事案としては比較的複雑な事件,あるいは法律上の争点も結構あって,あるいは事実関係も結構複雑であっても、労使双方が何とか金銭解決したいと考えているような事案であれば、まずは、労働審判が試されることになる。②仮に調停としては成立しないとしても,審判が下されて,それによって事案の解決が早くなると見込まれる場合も選択されている。事案が比較的簡明で,論点もそれほど多くなく,しかし審判委員会のほうで審判を出しやすい事例である。
逆に、労働審判が選択されないのは、上記①②の基準を満たさない場合ということになる。①調停の成立が到底見込みがない場合、労使関係の対立が非常に激しくて,仮に審判が出たとしても,本訴にいくのが必至な場合には、労働審判が無意味で、最初から本訴で,短期決戦で目指すこともある。例えば不当労働行為に基づく懲戒解雇,あるいは普通解雇の事例の場合などで、事実関係が非常に複雑で、法律上の争点も多く、3回の審理では到底解決が無理であり、仮にそれらをクリアしたとしても,会社側がその懲戒解雇した労働者を現職復帰させないというのが非常にはっきりしている場合などではも最初から本訴や仮処分が選択される。
・社労士の活躍の場の拡大へのチャンス
・債務整理型事務所の残業代請求事件へのシフトが始まっている。
・裁判所での残業代請求事件用ソフトの検討と公開の予定
・労働調停制度への注目