契約書は必ず作らなければならないのですか。もし作成するとすれば、その際の注意点を教えてください。
甲社は、乙社と契約を締結しようとしていますが、乙社から契約書の作成を要求されています。乙社の窓口となっているAさんは、どうも乙社の代理権限を持っているわけではなさそうだし、乙社は個人経営の小さな小売店のようです。契約書を作成しなければならないとしてその際にどのような点に注意すべきでしょうか。
円滑な取引関係の維持と後日の紛争発生の防止のために契約書は作成要領に従い、作成しましょう。
- 1.契約書作成の意義
- 我が国の民法は、契約書の作成を契約の成立あるいは有効要件とはしておらず、契約書は民法上では作成が義務づけられてはいません。
しかし、いくら優秀なビジネスマンであっても、当初の契約内容を全て記憶しているわけではありませんし、景気の変動が大きく競争の激しい現代社会にでは、口約束だけの取引では危険性が大きいことは容易にお分かり頂けると思います。
そこで、過去にどのような契約が結ばれたか、現在どんな契約を履行中であるかということは、将来においてより有利で安全な契約を結ぶために明確に文書化して保存管理しておく必要があります。
更に、契約の履行方法について双方の主張が対立し、水掛け論に終始しても何らの紛争解決に資するわけではなく、双方で主張を証拠で裏付けをする必要があります。その際に、契約締結を担当した担当者や立会人などに証言してもらってもよいのですが、過去のことを人間がどれだけ正確に記憶しているかということを考えてみれば、その証言がいかにあてにならないかということはご理解いただけると思います。そこで、契約内容を文書化しておけば、契約内容は一目瞭然に明らかになりそれを基にした人間の記憶も整理されて信用性が高まると言えるのです。
まとめると、契約書は、企業活動の合理的な処理と将来紛争が生じた場合に自己に有利に解決するための証拠保全の為に作成が求められるものということが出来ます。
- 2.契約書作成上の注意点
- まず、本設問においては、相手方が小さな個人経営の小売店のようですので、契約当事者の表示について考えなければなりません。
個人の場合だと氏名の表示が戸籍上の氏名でなく、通称・芸名・ペンネームであっても、その人を特定して表示している限り必ずしも広く世間に通用していなくともかまいません(印鑑証明書添付の場合を除きます)が、会社の場合だと【1】商号【2】代表資格【3】代表者の三点表示があってはじめて、会社としての契約書に署名、記名捺印したことになります。なお、署名とは、自分自身で自らの氏名を手書きすることで、他人が本人の氏名を書いて預かってきた判を押すことを署名の代行と申しますが、正確には署名とはいえず、記名ですので捺印が必要となります。一方、記名とは、氏名を彫ったゴム印やワープロ、印刷などで氏名を記すことで、署名の場合と異なり必ず捺印が伴わないと効力が生じません。署名するか記名の場合は捺印がなければ不十分という認識は、広く一般取引上の文書にもあてはまるのです。このようなことから、調印にあたっては、特に相手方の署名又は捺印に細心の注意を払う必要があるのです。
使用する印鑑については、実印(住民票のある役所に印鑑登録してある印鑑)や登録印(会社が設立時に代表者の印鑑として届け出た印鑑)でなければ効力を生じないというわけではなく、本人がその意思に基づいて捺印したものであればどんな印鑑でもかまいません。ただ、後日の紛争を回避するためには、記名と認印(個人の実印以外の印鑑で、三文判とも呼ばれます)での表示は出来るだけ避けて、認印での捺印をする時には出来るだけ自署を求めるべきでしょう。重要な取引の場合などには、相手方に実印又は登録印により捺印してもらい、印鑑証明書を添付してもらうようにしましょう。相手方の印鑑による捺印ということを容易に確定し文書の証拠としての働きを高めるという実益があるからです。
契約書の条項に調印の際に訂正を施す場合には、訂正個所を二線で消した上で訂正された文言を書き込んで該当する行の上部に訂正印を押します。その際に何字削除何字加入と明示しておきます。訂正印には、当事者全部が調印に使用した印で訂正します。訂正印を押す紛らわしさを省くために捨印(訂正があることを予想してあらかじめ欄外に調印に使用した印を押すもの)をあらかじめ求められる場合がありますが、捨印を押すということは「どうぞご自由に訂正してください」と相手にげたを預けるのと同じですので、相手の信用性をよく見極めた上で慎重に行うべきです。更に、契約書が数頁になる時には、契印(割印)を押します。これは、頁の差替えなどによる変造を防ぐために頁と頁の間に押すもので、同じく調印に使用した印を使います。
最後に作成枚数ですが、契約書は当事者の数だけ作成しそれぞれが署名(記名)捺印して各自が持ち合うのが一般的慣行です。当事者の他に(連帯)保証人や立会人が加わって当事者と連署捺印した場合は、その加わった人数分も含めて作成しその人たちも保有するのが普通です。
- 3.協定書・覚書・念書との違い
- 協定書とか覚書というのは、多少示談書的な感じで作られたり、契約書はあくまで基本的な事項のみ定めた上でその細目を協定書とか覚書という形にすることが多いですが、あくまでネーミングの問題ですからそれほど気にする必要はないでしょう。覚書は、後日契約内容を変更したり補充したりする場合に作られることもあります。更に念書は、一方が他方に義務を負う場合に差し入れることが多いですが、当事者の立場に優劣がある場合には、双方が義務を負う場合でも優位する側に差し入れることもあります。
対応策
甲社としては、後日の紛争の発生を防止し乙社との良好な取引関係を維持していくためには、契約書の作成に応じるべきでしょう。
契約書の作成にあたっては、乙社の実態を商業登記簿等を使って調べた上で、Aの乙社における具体的な地位を調査しください。なお、登記がされていた場合でもそれだけで安心は出来ません。つまり、同一市町村内においては、会社の目的が別であれば同一商号でも登記することが出来ますので(商法19条参照)くれぐれも注意が必要です。
乙社が会社形態をとっていたのなら、乙社の正式な代理権限をAが有しているかを調査して当事者の表示を正しいものにするように注意してください。もし、Aが乙社の関係者ではないが代理人である場合は、会社あるいは個人経営の場合は経営者個人の委任状を要求すべきでしょう。乙社が個人経営である場合は、個人(屋号として店の名前を付するのはかまわないでしょう)としての当事者の表示方法に従い正しい表示とするように心がけてください。
その他の細かな注意事項については、解説部分を参考にしてください。
(C)2002 Makoto Iwade,Japan