契約締結後、契約の相手方が夜逃げして行方をくらました場合はどうすればよいのでしょうか?
電気製品の卸売業を営むA社は、小売商のBに電気冷蔵庫5台を売る契約を締結しました。ところが、Aが約束通り冷蔵庫を納入しようとBの店舗に赴くと、Bは夜逃げをした後で行方が分かりません。こうした場合Aはどうしたらよいのでしょうか。また、Aが冷蔵庫を納入した後、Bが代金を支払う前に行方をくらました場合には、Aはどうしたらよいのでしょうか。
相手方が夜逃げしてしまった場合、いかにして代金を回収するかではなく、いかにして被害を最小限にとどめるかという発想で迅速に臨機応変に対応することが必要です。
- 1.Aの契約上の義務
- Aの本件契約上の義務は、冷蔵庫5台をBに納入するというものです。これはBが受け取ってはじめてその義務の履行を完了したことになるのですから、Bが受け取らない限りは、Aは自分の義務を履行したことにはなりません。したがって、冷蔵庫5台をBの店の前に置いて帰ってきたとしても、Aはその義務を免れることはできません。
- 2.履行の提供・受領遅滞
- しかしながら、Aとしては、出来ることは全てしているのであり、冷蔵庫を受け取らなかったのは、Bの責任なのですから、これ以降もこれまでと同様の責任を負わなければならないというのは余りにも不合理です。そこで民法は、契約上物の引渡しの債務を負うものが、「履行の提供」、すなわち、約束の物を引渡しの約束の場所に用意し、後は相手方の受領があればよいという状態を作ったにもからわらず、相手方が受領しない場合には、相手方の受領遅滞として、以降は、債務の履行の完了が遅れたことについて生じた責任を負わない旨定めています(民法第413条・492条)。従って、Aは、今後、Bから冷蔵庫の納入が遅れたことを理由として損害賠償の請求をされることはありません。
逆に、Aは、冷蔵庫の保管のための増加費用につきBに請求できることになります。
対応策
(1)契約の解除
もっとも、Aは、このままでは、履行遅滞の責任を負わないというだけであり、依然として冷蔵庫の納入義務を免れることはできません。冷蔵庫の納入義務を免れるためには、契約の解除をすることが必要となります。それではどのような理由で契約を解除したらよいでしょうか。この点判例は、受領遅滞を理由として契約を解除することは、特段の事由のない限り、許されないとしているため(最判昭和40.12.3民集19-9-2090)、受領しなかったというだけでは契約を解除することはできなせん。そこで、原則としては、Bの代金の支払期日に再び「履行の提供」をした上で、代金の支払を催告し、代金の支払がないことを理由として解除するという方法をとることになります(民法541条)。但し、Bが依然として行方不明で、Bが冷蔵庫を受領しないことが明らかな場合には、「履行の提供」は、Aは、Bが取りに来ればいつでも引き渡すことができる形で用意しておけば十分です(民法493条)。なお、Bが行方不明ということは、右催告・解除の意思表示をBに直接郵便ですることはほとんど不可能ですから、裁判所を通じて公示によるほかありません(民法97条の2)。
(2)商品の供託・競売
なお、商法は、商人間の売買においては、買主が商品の受領を拒み、または受領できないときは、その商品を供託するか、相当の期間を定めて催告した後、その商品を競売できる旨規定しています(商法524条)。これらの場合には売主は、納入義務を履行したことになりますし、競売の代価から代金に充当することができます。しかしながら、買主から代金を回収できないおそれが強いのに供託することは相当でありませんし(最後まで買主が現れなかった場合には、供託した商品を取り戻すことになりますが、取り戻すためには保管料を支払わなければ取り戻せないことになり(供託法7条)その分余計に損をしてしまいます。)、競売によればその代価は市場価格より下がるのが通常ですから、いずれの制度も実際的ではありません。
(3)商品の回収 以上は、冷蔵庫を納入する前の話ですが、冷蔵庫納入後、代金支払い前に夜逃げをしてしまった場合はどうしたらよいのでしょうか。何か担保があり、その担保により代金を回収できるのであれば、契約を解除する必要はなく、その担保から回収すればよいですが、何も担保がないがみ問題です。こうした場合には、契約を解除して、納入した冷蔵庫を引き揚げることが被害を最小限に押さえる現実的な対応です。最もこうした場合は、Bの他の債権者との早い者勝ちとなるので、迅速な対応が必要不可欠となります。
予防策
取引の相手方が夜逃げして行方不明になるなど、できれば避けたい事態ですから、当然のことながら、取引を開始するにあたっては、相手のことを十分に調査する必要があります。特に現金決済ではなく、掛けで取引をする場合には尚更でしょう。
それでも相手方の夜逃げといった事態が生じてしまうのは避けられません。その場合に備えて、契約書で予め、「相手方が所在不明となった場合は契約は当然解除される」等の規定を設けておけば、迅速に対応することが可能となるでしょう。