法律Q&A

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契約締結上の過失

弁護士 中村 博 1997年4月:掲載
弁護士 結城 優 2016年9月:補正

土地の売買契約書を取り交わす直前に、相手方から一方的に取引を中止された場合の対応としては、どうすればよいですか。

甲社は乙社との間で土地売買の交渉を継続してきましたが、売買代金をはじめ約定すべき事項についてはほとんど了解に達しており契約締結日まで取り決めがされていたにも拘わらず、乙社が突然土地を第三者に売却してしまいました。甲社が被った損害を乙社に賠償してもらえるのでしょうか。

甲社は、乙社の契約破棄理由を問いただし、それが正当事由といえるものでない限り、少なくとも契約締結費用については乙社に損害賠償請求できるでしょう。

1. 契約準備段階への信義則の適用
 近代私法の基本原理である契約自由の原則には、契約を締結するか否かの自由も含まれますから、交渉当事者は、いつでも任意に契約を打ち切ることができるのが原則です。しかし、交渉当事者が、単なる接触の段階を超えて具体的な商談の段階に入り相互間に特別の信頼関係が生じた後は、信義誠実の原則に支配され、信義則上要求される注意義務に違反して交渉を打ち切ったものは損害賠償の責任を負うというべきでしょう(東京高判昭和62.3.17判時1232.110等)。このように契約成立前の契約当事者の一方による一方的な交渉中止行為の法的責任を基礎付ける理論を「契約締結上の過失」といいます。
 交渉の不当破棄に関する代表的な判例として、最判昭和59・9・18判時1137号51頁があります。これは、建築中のマンションの販売業者が、購入を検討していた歯科医の問い合わせを受け、設計変更等をし、歯科医もこれに特段異議を述べず、見積書の作成依頼等もしていたのに、結局、毎月の支払額が多額であることなどを理由に歯科医が買い取りを拒絶したという事案において、契約の成立は認められないとしつつ、歯科医に対し「契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任」を肯定した原審の判断を支持し、損害賠償を命じたものです。
2. 注意義務の発生時期とその内容
(1)第1段階
 当事者の接触はあるが、具体的商談は始まっていない段階

 →この段階では、一般不法行為上の注意義務を除き、特段の義務は生じません。

(2)第2段階
 具体的な商談に入った段階(契約締結準備段階の開始)で「将来当事者となるべきものが、自らもしくは履行補助者により、契約の申込又は申込の誘引をなし、相手方がこれに基づきこれを受容して契約締結を指向した行為を始め、いわゆる商談が開始された」時(大阪高判昭和59.3.26判タ526.168)。

 →この段階では、信義則が支配し、交渉当事者には、「配慮義務」「開示義務(説明義務)」等の注意義務が課されます。「配慮義務」とは、「相手方の人格、財産等を害しないよう配慮すべき信義則上の注意義務、相手に損害を与えないように配慮すべき信義則上の注意義務」をいい(大阪高判平成元.6.29判時1329.155)、「開示義務(説明義務)」とは、「契約締結を妨げる事情を開示・説明し、適切な情報提供・報告をなし、専門的事項につき、調査・解明し相手方の誤信に対し警告・注意をなす等各場合に応じ相互信頼を裏切らない行為をなすべき信義則上の注意義務」をいいます。開示義務(説明義務)については、裁判例上、金融取引や保険、不動産取引、医療に関する事案で認められることが多いようです。最高裁判例としては、変額保険の募集における生命保険会社の説明義務違反を認めたもの(最判平成8・10・28金法1469号49頁)、建築基準法上の問題のある建築等の計画について建築会社及び有志銀行の説明義務違反を認めたもの(最判平成18・6・12判時1941号94頁)等があります。


(3)第3段階

 代金等を含む契約内容についてほぼ合意に達し、正式契約の締結日が定められるに至った段階(契約締結交渉が締結直前にまで至った段階)

 →この段階では、信義則が支配し、交渉当事者には、「配慮義務」「開示義務」等の注意義務のほか「誠実に契約の成立に努めるべき信義則上の義務」(「誠実交渉義務」)が付加されます。そして、このように契約締結交渉が締結直前にまで至っている場合は、最終的な契約締結を拒絶する行為は、原則として「誠実に契約の成立に努めるべき信義則上の義務」(「誠実交渉義務」)違反となり、拒絶者に責任を生じさせると考えられます。ただし、正式契約を締結させることが公平の見地から見て不合理である事情がある等の特段の事情(正当事由)がある場合には、例外的に責任を生じさせないとされています(東京高判昭和61.3.17)。特段の事情(正当事由)がある場合の例としては、【1】契約締結交渉を打ち切った理由が相手方の開示義務違反に基づき、もし、相手方が交渉当初から事実関係を開示していれば、契約締結交渉を打ち切った者は、初期の段階で契約締結を差し控えただろうとみられる場合(東京地判昭和57.2.17)、【2】契約締結を妨げた原因が当事者の責めに帰すべからざる事由による場合(東京地判昭和61.2.20)、【3】相手方(買受希望者)の資力に不安が生ずる等契約が成立しても相手方の債務の履行が困難であることが予想され、他方に契約締結を強いることが不公平と見られる場合などが挙げられます。

3. 損害の範囲について
 損害の範囲については一般に信頼利益と履行利益を区別できますが、契約が成立していない段階では、契約の成立を信頼して支出した費用等の信頼利益の賠償だけが認められるに過ぎないのです。現在では、履行利益の賠償を認める見解も有力で、そもそも信頼利益と履行利益を区別する実益に乏しいとの問題提起も盛んですが、判例は、依然信頼利益の賠償に限定していると解されます。そして信頼利益のうち、相当因果関係がある損害について賠償が認められるのです(民法416条)。信頼利益の具体的内容としては、契約締結準備費用、履行準備費用がこれに当たり、転売利益、値上益、目的物の利用による利益などは履行利益であって信頼利益に含まれないと考えるのが一般です。しかし具体的事例において、相当因果関係の範囲とも絡まり、その認定は必ずしも明確ではありません。判例に表れた信頼利益の例を挙げれば、【1】土地の売買に関し、買受予定者が代金の支払いのため融資を受けた金員の利益額【2】土地の売買に関し、買受予定者が代金支払いのための融資を受ける際に金融機関に差し入れた約束手形の印紙代【3】第3者に対し、契約締結交渉等を委託していた場合の第3者に対する報酬義務負担額【4】契約締結交渉に要した交通費・宿泊費・通信費・人件費(取引上通常必要とされる物であり、相当因果関係がある)と弁護士費用等があります。
4. 責任の性質について
 「契約締結上の過失」により損害賠償責任を負う場合の、その責任の性質については、大きく不法行為責任説と契約責任説に分かれています。両説の具体的な相違は、時効期間(不法行為であれば3年、債務不履行であれば10年)や補助者の過失による本人の責任(使用者責任か履行補助者責任か)にあります。
 この点、最判平成23・4・22民集65巻3号は、契約の一方当事者が、当該契約の締結に先立ち、信義則上の説明義務に違反して、「当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及びすべき情報」を相手方に提供しなかった事案において、相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき、不法行為責任はともかく、当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないと判断しました。その理由としては、締結された契約は説明義務違反の結果と位置づけられるのであり、同義務をその契約に基いて生じた義務ということは、「一種の背理」であるというものです。ただし、上記判例の千葉裁判官による補足意見をみるに、「契約の締結に向けられた情報提供義務」と「契約の履行に向けられた情報提供義務」との区別をしているようであり、「契約の履行に向けられた情報提供義務」違反の場合には、債務不履行責任を認める余地を残しているといえます。

対応策

本設問の場合、契約締結日まで取り決められていたというのですから、既に前述の第3段階に至っているというべきでしょう。これに類似した判例として、最判昭和58.4.19判時報1082号47頁は、土地売買契約の締結交渉に関し、売買代金をはじめ約定すべき事項について諒解に達し、一旦、契約を締結すべき予定日まで取り決めがなされましたが、被告は契約締結の延期を申し入れるとともに、建物取壊し費用の負担について、原告に不利益に変更する旨の申し入れをして、原告からその承諾を得た後、再度契約締結日を相互で取り決め、かつ被告は原告の求めに応じて契約条項の確認を目的とした土地付建物売買契約書と題する書面の売主名欄に、その記名用ゴム印を押捺したばかりでなく、被告自らも特約事項を記載した書面を作成して原告に交付したという事案について、土地を他に売却して原告とのそれまでの契約締結交渉を無にした売主である被告に右義務違反を認めた高裁(東京高判昭和54.11.7判時報951号50頁)判断を維持しました。。従って、特段の事情なき限り、甲社は、乙社に対して、信義則違反を理由とする損害賠償請求が可能です。その具体的内容は、契約準備にかかった諸費用(融資の際の利息、印紙代、第3者に交渉を委託していた場合の報酬金、交渉に要した人件費、交通費、宿泊費、通信費、弁護士費用等)となります。転売を前提とした損害は、これに含まれませんので、注意して下さい。

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