法律Q&A

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不動産取引と破産

弁護士 中村 博(ロア・ユナイテッド法律事務所)
1997年4月:掲載

破産するのではないかと思われている会社から不動産を買い受ける際の注意点は?

甲社は、建設業者である乙社からマンションを売りたいとの申入れを受けてそのマンションと乙社を調査したところ、乙社は最近信用不安で近々破産するのではないかと噂されていることが判明しました。甲社としてそれにもかかわらずマンションを買取りたい場合、どのような点に注意すればよいですか。

後日予想される乙社の破産手続で否認権の対象とならない(有償性と不当性)ように気をつけるべきでしょう。

1.破産手続の開始
 財産状態が悪化し消極財産が積極財産を上回るようになりこれを放置したままにしておくと、その当事者は経済活動を行うことが困難あるいは不可能となり、また、その当事者の取引先等の関係者にも損害が拡大する恐れが生じてきますので、一旦その当事者の財産状態を整理して再出発を促すと同時に、関係者の損害を最小限にとどめる必要が出てきます。そのための手段としては、当事者及び関係者の協力、合意によって進められる法律外の手続である私的整理がありますが、破産手続によれば法律上の整理手続の一般法としてより強力に手続を進めることが可能となります。破産手続は、債務者自身か債権者の申立に基づいて破産手続開始決定(破産法30条1項)がなされた時から開始され、その時から、破産者は開始決定時に存在する自己の財産の管理処分権を失ってしまいます。そこで破産者に代って財産を管理し破産手続を進める者として破産管財人が裁判所から選任されます。
2.否認権とは?
破産管財人は単に破産者の財産の減少を防止するだけではなく、開始決定前に不当に減少された財産の回復も図ります。すなわち、開始決定を受けるような危険な財産状態になると、債務者が資金調達のため財産を不当に安い値で売却したり、将来の生活を考慮して財産を他人名義にしたりすることが容易に予想できます。
  ところが、破産手続が開始される前の行為だからといってこれら破産者の行為に破産管財人が何らの手段も講じ得ないとすることは、債権者に対する弁済の基礎を危うくすることになります。そこで、このように不当に減少された破産者の財産を回復するために、その法的効果を失わせ減少した財産を取戻す必要があり、そのための法的手段として破産管財人に認められているのが破産法に定める否認権です。
  否認権の対象となる行為としては2種類のものがあり、1つは、不当な廉価での財産処分のような債権者全体に対する責任財産を絶対的に減少させる行為で詐害行為と呼ばれるもので、もう1つは、特定の債権者のみに対する弁済のような債権者平等に反する行為で偏頗行為といわれるものです。さらに、旧法では故意否認危機否認という類型が定められていましたが、適用関係が不明確であるとの批判から、現行法では、先述の通り、詐害行為否認(破産法160条)と偏頗行為否認(同法162条)に類型化されています。
  否認権は問題となる法律行為の効果を失効させてしまうという強い効力を持つので、その行為の相手方の取引に対する信頼を損なわないようにする必要があります。そこで、否認権を行使することが出来るのはいずれも相手方が否認の対象となる行為によって債権者を害することになることを認識している場合(すなわち、悪意の場合)のみに限られています。そして、破産管財人によって否認権を行使された法律行為は、取り消されたことになり原状に回復されることになります。そこで、本設問の場合には、甲社のマンション買取行為が将来的に乙社の破産手続における否認権の行使の対象とならないかが問題となります。
3.不動産の売却と否認権
 破産者の所有していた不動産の売買が不当に低い価格でなされた場合にそれが詐害行為として否認の対象になる(破産法160条1項)ことは明らかです。これに対して適正価格での売買の場合には不動産が現金に変わっただけですから、直ちに債権者を害する行為とはいえず、旧法下ではこれを否認できるか否かが問題となりました。この点について判例は、不動産を売却して金銭となった場合にはこれを費消したり、あるいは隠匿したりしやすくなるため、その価格がいくらであるかに関わらず、債権者を害する行為として否認の対象となるとしています。つまり、金銭化されると費消するなどの詐害行為がなされる危険が増大しますが、それを待って否認権を行使しても実効性が欠けるところから、その換価行為自体を否認しようとするのが判例の考え方でした。これを受けて現行法は、原則として適正価格による処分は詐害行為に該当しないとしつつも、①不動産の金銭への換価等により破産者において、隠匿等の処分をするおそれを現に生じさせること、②破産者が行為の当時隠匿等の処分をする意思を有していたこと、③処分の相手方が破産者の意思を知っていたことの3要素を満たす限りにおいて、否認の対象となることとしています(破産法160条1項)。そして、破産者と親密な関係にある者は③の要件については推定されるため(同条2項)、否認を免れるため立証が必要となります。
 では、不動産の売却は常に否認されるのでしょうか。思うに、不動産の売却によって債務者の責任財産に変動がない、即ち、有害性がない場合には否認の対象とならないといえます。たとえば、目的不動産に担保権を有する債権者に適正価格で売却し、代金と被担保債権を相殺する場合には、当該不動産は元々一般債権者のための責任財産になっていなかったのですから、この売買を否認する事は出来ないとされています。また、不当性がない場合、つまり、当該売却行為が社会的に必要かつ正当と認められ、破産財団が減少し不公正が生じても破産債権者はそれを受認しなければならない場合にも否認できないとされています。このような場合としては、経営の立直しを図るために緊急に資金調達をする手立てとしてその所有する不動産を売却して得た売買代金を運用するケースが挙げられています。近年、裁判所は、事案を比較的詳細に検討して不当性を判断しているといえ、本設問に見られるような事案において、その売買が少しでも金利の負担を軽くする目的でなされ、実際、代金のほとんどが当該建物に担保権を有する債権者に対するケースで、それ自体有害性を欠くものといえるうえに、さらに売買代金が原価を回収することが出来る価格であったこと、当該売買契約が不動産業者間の転売目的のもので特に特定の債権者を優遇する意図がなかったこと、目的建物の買手を探すのが困難であったこと、破産者が広告を出して売り出すとすれば広告費だけで300万円を要すること等を考慮して、売買契約が不当性を欠くと判断したものがあります。
 ただ注意すべきは、売買行為自体が否認の対象とならなかった場合でも、それに続く登記移転行為が否認される場合があることです。つまり、売買がされても移転登記がなされていない以上、債権者としてはその財産が弁済の原資となると期待できるのに、支払停止があったり、破産申立がなされたりした後いきなり移転登記がなされては債権者の信頼を害することになります。そこで、破産法164条において、いわゆる形式的危機時期にいたって原因行為から15日を過ぎて対抗要件が備えられた場合で、相手方が悪意の時には、一律にその対抗要件具備行為を否認することが出来ると定められています。この規定によって対抗要件具備行為、つまり、不動産売買の場合であれば、所有権移転登記を否認された場合には、破産管財人は差押債権者同様対抗要件なくしては対抗できない第三者となりますので、結局不動産の買主は当該売買の効果を破産管財人に対して主張できなくなってしまいます。もっとも、これは危機否認の一種と解されていますので、当該対抗要件具備行為が破産宣告よりも1年以上前になされた場合には、否認できないとされています(破産法166条)。
4.売買契約の解除
 以上のような否認の制度とは別に、売買契約がなされた後その決済までの間に破産宣告がなされた場合には、破産管財人は、その判断により契約を解除することが出来ます。これは否認権とは別の問題です、たとえば、代金が相場より安い場合には、破産管財人は契約を解除して新たに不動産を高く他に売却する途を選択することになります。

予防策

以上のことから、甲社とすれば、財産状態が危機的状態にあることがわかっているものを相手として不動産の買受け等財産価値を減少せしめる行為をすることになりますので、その相手方が破産宣告を受けた時に当該売買が否認の対象とならないような有害性あるいは不当性を欠くといえる特別の事情があるか、よく確認してから売買に応ずる必要があります。そして、いったん売買契約を結ぶことになった場合には、速やかに登記手続を経ておくことが大切です。ちなみに、債権を有している相手方から弁済に代えて不動産を買い受けることとしその売買代金債務と債権とを相殺することは世上よく見受けられます。このようなケースでは債務者(破産者)としてはとくに世話になっている債権者に対する行為として行われることが多いでしょうが、当事者双方が他の債権者を害することを認識している以上、その売買価格が適正なものであったとしても偏頗行為として否認の対象となる(破産法160条)ことは避けられませんので注意を要します。なお、これまでは破産手続が開始された場合を前提に検討してきましたが、破産手続に入らない場合でも、財産を減少するような行為がなされた場合には、他の債権者から詐害行為取消権(民法424条)等に基づいて当該行為の効果が否定される場合があります。この場合は破産法上の詐害行為否認の場合と同様に考えることが出来ます。

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