法律Q&A

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手形の無権限振出

弁護士 中村 博(ロア・ユナイテッド法律事務所)
1997年4月:掲載

取締役が、権限もないのに勝手に自社名義の手形を振出してしまった場合はどうなりますか。

甲社は建築会社ですが、この度甲社の大阪営業所の所長代理Aが手形を振出すには所長の了解が必要であるにもかかわらず、重要取引である乙社の社長に「資金繰りのための見せ手形として使わせてもらうだけで、数日後には返還するから」と懇願されてこれを信用し所長の了解を取らないで甲社名義の手形を振出してしまいました。しかしながら、この手形は結局のところ高利貸の丙社に回ってしまい、その高利貸から甲社宛に取立てにまわす旨の連絡が入りました。甲社とすれば、どのような対応を取るべきでしょうか。

手形交換所の異議申立と、丙社の示談交渉、Aの懲戒処分および民事・刑事責任の追及の是非を検討すべきでしょう。

1.手形交換所に対する異議申立
 手形が取り立てに回された場合、支払銀行としては、その手形に押捺された印影と届け出の印鑑とを照合し、これが一致するものと認められれば支払いに応ずることになります。このことを当座勘定規程16条1項は、「手形、小切手又は諸届け書類に使用された印影又は署名を、届け出の印影又は署名鑑と相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取り扱いましたうえはその手形、小切手または諸届書類につき、偽造、変造その他の事故があっても、そのために生じた損害については当行は責任を負いません」と定めております。
 甲社としては、放っておけば手形が支払われてしまいますので、これを避けるためには、支払銀行に対して、手形が偽造であることを申し出て、手形交換所に対して異議の申立をしてもらう必要があります。支払銀行が手形交換所に対して異議申立てをするには、原則として異議申立提供金が必要とされますので、その異議申立提供金にあてるために甲社は手形金額と同額の資金を用意して、支払銀行に預託しなければなりませんが、偽造の場合には異議申立提供金の免除という特例措置があり、証明資料をそろえて手形交換所の不渡り手形審査専門委員会で承認されれば、異議申立提供金は不要となり、従って、甲社としても支払銀行に対して手形金額を預託しないですすむこととなります(手形交換所規則66条)。
2.表見代理と使用者責任
(1)表見代理
 設問の手形が権限のないAの振り出した偽造手形だとしても、そのことだけで甲社は責任を免れるわけにはいきません。判例は、手形の偽造とされる場合でも、無権代理と同類と見て、表見代理(民法109・110・112条)の規程を類推適用することにしておりますので、Aに「甲社大阪営業所長」なる手形を振り出す権限があったものと第3者が信ずることができるような事情があったといえるならば、甲社は、設問の手形の支払い義務を免れることはできないことになります。ただし、表見代理が成立するかどうかは、その手形取引の相手方もその要件が充たされているかどうかで判断されており、設問での相手方は甲社の重要取引先であり、「見せ手形として手形を貸してほしい」とAに頼んだというのですから、相手方には、Aに手形振り出しの権限のなかったことがわかっていた可能性があります。もしそうであれば、仮に甲社がかかる事情を知らなかったとしても、表見代理は成立しないことになります。

(2)使用者責任
 表見代理が成立しない場合でも、手形を偽造した者(設問ではA)が被偽造者(設問では甲社)の被用者である場合には、民法715条の使用者責任が問題となります。設問では、Aは甲社の営業所長の権限内の業務を代行して行ってきたというのですから、A社の被用者であると解されます。又判例は、民法715条の「事業の執行につき」という要件について、行為の外形からにて客観的に被用者の職務の範囲内に属するものと認められる場合には、「事情の執行につき」なされたものとみておりますので、被用者が手形に関連する職務に従事していたような場合には、被用者の手形偽造行為は外形上職務の範囲内の行為とみなされ、被偽造者は使用者責任を負わなければならないことが有り得ることになります。設問においてAは、所長の業務を通常代行していたのであればCの手形偽造行為は、行為の外形から見るとCの職務の範囲内であり、事情の執行につきなされたものと認められる可能性が大きいでしょう。ただし、相手方に悪意または重過失があった場合には、その相手方は、使用者責任を追及することができません。

3.Aへの責任追及
(1)懲戒解雇について
 たしかにAは手形を振り出す権限を有していなかったというのですから、営業所長に無断で手形を振り出したことが手形偽造行為に該当するということは否定できません。しかしAにしてみれば、重要取引先である乙社の社長から強く頼まれた結果、手形を振り出してしまったというのですから、同情すべき余地がありそうです。また懲戒解雇の処分を受ける前に弁明の機会は与えられたのでしょうか。もしいきなり懲戒解雇されたというのでしたら手続き的にも問題が残ります。そもそも懲戒解雇というのは、従業員にとって極刑というべき処分ですので、他の懲戒処分をすることでは足りない場合に許されるものというべきで、設問でいきなり、懲戒処分というのはひどすぎる気もします。

(2)損害賠償請求について
 Aは甲社から損害賠償請求されるでしょう。その根拠は民法709条の不法行為あるいは労働契約上の債務不履行責任に基づくものと思われます。また甲社が丙社に対して使用者責任に基づく損害賠償金を支払った場合には、甲社はAに対して求償権を取得することになります(民法715条3項)。しかし、Aの本件手形の振り出しは、軽率ではあったかもしれませんが、決して自己の利得を図るためではなく、むしろ甲社のためその重要な取引先を維持したいとの考えから行ったということですので、甲社の損害の全てをAに負担させるのは公平ではないように思われます。会社の従業員が起こした交通事故についての判例ですが、信義則上会社は被った損害の4分の1の部分に限って従業員に請求し得るとした例があります。

(3)刑事問題
 甲社は、Aを刑事告訴するべきでしょうか。Aは権限なく手形を会社名義で振り出したのですから、有価証券偽造罪(刑法162条)が成立します。甲社は取引先銀行に手形交換所に対する異議申立提供金を免除してもらうためにその条件としてこの手段を取りたいと思うでしょう。しかし、設問では、Aは手形の振り出し権限こそ与えられておりませんが、所長の権限内の業務を代行してきたというのですから、大阪営業所長代行としての職務権限の範囲はかなり広かったものと推察されます。従って、有価証券偽造罪が成立するにしても、Aの情状酌量の余地は大きそうで告訴も慎重に行うべきでしょう。

対応策

甲社はとりあえず、支払銀行に対して、手形が偽造であることを申し出て、手形交換所に対して、異議申立てをしてもらいましょう。偽造の場合は、提供金は、不安ですので迅速にできるはずです。次に、丙社に対しては、表見代理あるいは使用者責任を根拠として、ある程度の金額を支払わざるをえない可能性があり、丙社と示談を試みるべきでしょう。最後に、Aに対しては、まず懲戒処分のうちでどれが妥当か検討しましょう。Aにも相当事情がありそうなので、Aの日頃の勤務態度にもよりますが、懲戒解雇はちょっと酷な感じがします。民事賠償については、甲社が丙社に対して、何らかの形で金員を支払ったのであればその分をAに求償できますが、全額できるとは限らないことは解説で述べた通りです。刑事告訴については、懲戒解雇までできそうもない本設問で、告訴まで必要かは疑問があります。

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