法律Q&A

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従業員の裏リベート

弁護士 中村 博(ロア・ユナイテッド法律事務所)
1997年4月:掲載

従業員が、取引先と共謀して水増し請求書をかかせた上で、その水増し分を着服したら?

建設会社である甲社の事業部長Aが、下請け会社乙社に工事を発注した際に、乙社に5%を水増しして工事代金を見積もるように指示し、その5%の見積もり分約1000万円を着服した場合は、甲社としてどのような対応をすべきでしょうか。

判例に照らしてみても、就業規則違反による懲戒解雇が許容されるものと思われます。

1.Aの刑事責任
 設問の場合、Aが甲社の金員について支払権限がないのであれば、Aは、乙社と共謀して甲社に対して、真実は5%高いものだと偽って甲社を騙し、甲社から余分の金1000万円を騙し取ったことになりますので、Aの行為は刑法246条1項の詐欺罪(懲役10年以下)に該当するということになります。もしAが甲社の金について支払権限を持っているならば、Aは自分の利益を図るためにその権限を濫用し、甲社のために誠実に事務処理をすべき任務を違背して甲社に水増しした分だけ余分に代金を支払わせたということになりますので、Aの行為は刑法247条の背任罪(懲役5年以下)に該当するということになります。もっとも設問のように工事金額の水増し請求というような場合には、そもそも工事代金額が一律に決まっているかという根本問題がありますし、また水増し請求の額の特定も問題となり得ましょう。しかし、Aが乙社から1000万円を受領する理由が他にはないというのであれば、結局水増し請求分をAが乙社を経由して受領したということにならざるをえず、その分甲社に損害を与えたことは明白でありますから、理論上は詐欺罪又は背任罪に該当するといって差し支えないと思われます。
2.Aの懲戒解雇の可否
 判例は、本件と類似する事例において以下のように判断して、従業員に大変厳しい結果となっています。

(1)ラジオ関東事件
 会社に雇用されていた自動車運転手が、事故の担当する自動車の修理先や自動車部品の購入先をして、会社に対して架空の代金請求をさせ、右修理先や購入先からその代金の返戻をうけたという事案です。これについて裁判所は、就業規則に定める懲役解雇事由の「業務に関し、不当に金品を授受し、又は私利を図った場合」に該当するものとしてこの自動車運転手に対する懲役解雇を有効と判示しました。なお、運転手側は、かかる代金の返戻は業界で慣習的に行われていたものであると主張したのですが、裁判所はそのような慣習は公序良俗に反する慣習以外の何物でもないと一蹴しております。

(2)後楽園スタジアム事件
 人工芝敷設工事の発注先の決定について職務上関与する立場にないものであったとしても、発注先決定後その謝礼として発注先から1400万円を受領した場合は、発注元の支払う請け負い代金額がその謝礼金額分減額され得たものであるから、賞罰規程に定める懲戒解雇事由の「故意に重大な損害を会社に与えた」場合に該当するとして、同人に対する懲戒解雇を有効としました。

(3)ナショナルシューズ事件
 会社の商品部長が、靴小売店を経営したことが、就業規則の懲戒解雇事由である「会社の承認を得ないで在職中に他企業へ就職したとき」に準する程度の不都合な行為に該当し、又会社の取引先である商品納入会社にリベートを要求して約7ヶ月にわたり毎月金15万円を収受したことが、就業規則の懲戒解雇事由である「業務に関連し私利を図り又は不当に金品その他を収受するなどの行為があったとき」に該当するとして、同商品部長に対する懲戒解雇が有効とされました。

(4)松下電器産業事件
 出向先の部長として取引先3社から自分が関係する別会社をして多額のバックリベートを徴させたことは、出向元の就業規則所定の懲戒解雇事由「故意又は重大な損害会社に与えたとき」、「職務を利用して不当な金品をもらったり要求したり、もしくは餐食を受けたりして不正義を行ったとき」、「会社又は会社内の個人の名誉信用を著しく毀損したとき」に該当するとして、同部長に対する懲戒解雇が有効とされました。

対応策

 設問の場合も下請け業者に対して工事金額を水増しして見積もりさせ、その水増し分を自分に支払わせたというのですから、通常の就業規則に定められている懲戒解雇事由の「業務に関し、不当に金品を要求したり、これを収受したり、又は私利を図った場合」に該当することは明白であり、Aに対する懲戒解雇は有効なものと考えられます。なお、Aの不満として「他の営業所でも同じようなことは多いときいていた」ということが考えられますが、仮にそのようなことが多いとしてもそれは悪習というべきで、決してAの行為の責任を減殺する事情などにはなり得ないでしょう。またAは、「もらった金の一部は現場の職人の飲み代や近隣への補償など表に出しがたいいろいろな工作費に使っていた」というような言い訳をするかもしれませんが、それば弁明にはならないというべきでしょう。
懲戒解雇が有効である以上、甲社とすれば1000万円の損害賠償請求あるいは刑事告訴をなすことも十分考えられます。被害金額の大きさと犯罪行為の動機・態様等から考えても、積極的に行う方向にで検討してやむをえない事例ではないかとか思われます。

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