法律Q&A

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どんな場合に従業員の賃金を切下げすることができるのですか?

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007年1月補正:掲載
特定社会保険労務士 前村 久美子 補正
2009年2月 補正:掲載

どんな場合に従業員の賃金を切下げすることができるのですか?

A社では、リストラのために賃金減額をしたいと考えていますが、どんな場合に、どんな方法でできるのでしょうか?

賃下げの方法としては、1.報酬・賃金の一部放棄または一時的な引下げの合意による方法、2.就業規則の不利益変更による引き下げ、3. 労働協約又は組合との合意による引き下げ、4.年俸制労働者の引き下げ、5.変更解約告知による切り下げ、6.配転による業務の変更を理由とする減給 など種々の方法があります。しかし、裁判例は賃下げにつき、それが労働条件中最も重要な賃金の低下という労働条件の改悪を意味するところから、とくに大幅かつ中高年労働者等の特定階層への狙い打ち的な急激な賃下げに対しては、黙示の合意を否定したり、賃下げを招く降格・降級、就業規則の変更や労働協約の締結などを無効とするなど慎重な判断を示しています。従って、賃下げを実施する際には、そもそも、それがいかなる措置としてなされるのが最も適当かを吟味した上で、その根拠規定の整備の有無を点検し、未整備の場合は適正な整備の上、当該賃下げにおいて、その賃下げ規定の適用要件の証明は十分かなどの慎重な準備の上にこれを実施することが必要です。

1.役員や管理職を中心とした合意による引下げ
 賃金切下げの方法として、先ず、報酬・賃金の一部放棄または一時的な引下げの合意による方法があります。勿論その合意には、明示又は黙示の合意を問いません。判例としても、朝日火災海上保険事件・最二小判平成9・3・25労判 713-37は、改正後の賃金の異議をとどめない受領をもって、退職金の積算に昇給分を入れない旨の改正につき黙示の合意を認め、野本商店事件・東京地判平成9・3・25労判718-44も、昇給停止につき黙示の合意を認め、ティーエム事件・大坂地判平成9・5・28労経速1641-22は、所長12%、一般社員5%の賃金減額につき、会議での異議の申し出なく、減額案の作成、会社への提出等により、合意ありとしました。近時でも、光和商事事件(大阪地判平成14・7・9労判833-22)が、営業社員への歩合給制度導入による貸金減額支給への異議なき受領をもって黙示の承認を認めています。
もっとも、使用者が労働者の賃金を引き下げるに当たっては、労働者がその自由な意思に基づきこれに同意し、かつ、この同意が労働者の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することを要するとして、賃金切下げの企業の決定・実施に労働者が明示の異議を述べなかったことをもって、この黙示の合意と解することを否定した例もあり(アーク証券事件・東京地判平成12・1・31時 1718-137、トピック事件・東京地判平成14・10・29労経速1824-16等)、賃金の異議なき受領による黙示の合意に過大な期待をかけてはなりません。又、配転に応じ職務の変更に同意したことをもって賃金の受領の黙示の合意があるとは言えないとされた例として西東社事件・東京地決平成14・ 6・21労判835-60)がある。さらに、最近、同意したというためには、ただ異議を述べなかったというだけでは必ずしも十分でなく、積極的なこれを承認する行為が必要と見られるというべきであるとして減額合意を否定した例として、ゲートウェイ21事件(東京地判平20.9.30労経速2020-3)があります。なお、以上の同意、個別同意に基づく場合に、実務上留意すべきは、労働契約法12条のいわゆる就業規則の最低基準効の存在です。同意等があっても、それが就業規則に抵触すれば、無効とされることに注意が必要です。(岩出誠編者「論点・争点 現代労働法」改訂増補版〔岩出 執筆部分、民事法研究会、平成20〕705頁以下)。したがって、実務的には、賃下げのための配転対応に賃金規定は整備が必要とされることとなります(但し、渡島信用金庫事件・函館地判平成14・9・26労判841-58は、降格に伴う減給に関して明確な規定がない場合につき、昇格に伴う漸増的な昇給規定を.類推適用して降格の場合の減給幅を抑制し、一部の差額請求を認めています)。
2.就業規則の不利益変更による引き下げ
 就業規則の不利益変更の効力については一般的に、最高裁判例における就業規則の不利益変更に関する労働契約法10条およびその前提となった判例法理、即ち、就業規則の改正に合理性があるかどうかでその効力の有無が決まるとされています。要するに、使用者による一方的不利益変更は原則として許されないが、変更に合理性が認められれば反対労働者をも拘束するとした秋北バス事件(最大判昭和43・12・25民集22-13-3459等)が出され、それ以降は、この処理基準をより精緻なものにする方向で判例法理が発展してきたもので、この判例法理を体系的な立法規定に結実させたのが労働契約法であるとされます(菅野和夫「労働法」第8版〔弘文堂・平20〕113頁)。そして、その合理性とは、就業規則の改正の「必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性」とされています(大曲農協事件・最三小判昭和63・2・16労経速1314-3等)。さらに、その合理性の有無の判断は、これまでに集積された判例から、「使用者側の変更の必要性」と「労働者の受ける不利益性」との総合判断であるとされ、その要素としては、①就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、②使用者側の変更の必要性の内容・程度、③変更後の就業規則の内容自体の相当性、④代償措置その他関連する他の労働条約の改善状況、⑤労働組合との交渉の経過、⑥他の労働組合または他の従業員の対応、⑦同種事項に関するわが国社会における一般的状況、があげられ(第四銀行事件・最二小判平成9.2.28民集51.2.705)、これを整理したとされる労働契約法10条では①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況、⑤その他の就業規則の変更に係る事情として圧縮されており、このような点を考慮して「合理性」の有無を判断することとなります。
 しかし、実際の裁判例を分析すると、相互に矛盾するのではないかと思われるものもあり、これを整合的に理解する解釈として、有力学説においては、概ね、就業規則の不利益変更に当たり、当該企業の内実を熟知している従業員の過半数代表との十分な協議の上での賛成乃至異議なき場合には、不利益変更の合理性の存在を推定し、そのような要件が満たされない場合には、合理性の存否が慎重に吟味されることになる旨解されていました(菅野和夫「労働法」第7版補正二版 109頁以下参照)。そのような観点から、過半数代表が賛成している、定年延長に伴う55歳以上の給与と賞与の大幅な削減を有効とする判例(第四銀行事件・最判平成9・2・28民集51-2-705等)を是認していました。(しかし、菅野・同書第8版117頁以下においては、従前の同教授の学説は立法的に採用されなかたことを認めつつも、提言または解釈として、労使による真剣で公正な交渉が行われたといえる場合には、変更による不利益の程度、変更内容の相当性、変更の必要性、等の法定要素の全体にわたった判断はもちろん必要であるが、代表的組合との交渉による集団的利益調整を十分考慮に入れて合理性の総合判断を行うべきとしています)。
 以下、裁判例を少し紹介しておきます。

(1)役職定年制による高年齢層の賃金の引き下げ
 これが認められた例として、みちのく銀行事件高裁判決・仙台高判平8・ 4・24労判693-22があり、そこでは、前述の有力学説の指摘の通り、労使の十分な協議と制度改革の必要性を踏まえて就業規則改正の合理性が認められていましたが、この事件は、以下のように最高裁で差し戻されました。
 即ち、みちのく銀行事件最高裁判決・最判平成12・9・7労判 787-6は、従業員の4分の3以上を組織する組合の賛成の下に実施された高年層の行員に対する賃金面の不利益変更を全面的に無効とする判断を示しました。判旨は、中高年労働者の「賃金の減額幅は、55歳に到達した年度、従来の役職、賃金の内容等によって異なるが、経過措置が適用されなくなる平成4年度以降は、得べかりし標準賃金額に比べておおむね四十数パーセント程度から五十数パーセント程度に達することとなる」ことを認定し、前述の組合の賛成についても、中高年労働者の「被る前示の不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないというべきである。」とされ、結論的に、「本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響の面からみれば、上告人らのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない上告人らに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。」とされました。 他方で、その後、最高裁は、完全週休二日制の導入に伴って延長された労働時間に対して旧規定に基づき残業手当が請求された事案で、次のように判示し、従業員の過半数以上を組織する組合の賛成の下に、少数組合の反対を押し切って実施された、週休二日制導入に伴う平日の労働時間の延長に関する就業規則の改正に合理性があるとして、労働者らの旧規則に従った割増賃金の請求を認めた高裁判断を相次いで覆し、その請求を斥けています(羽後銀行事件・最判平成12・ 9・12労判788-23、函館信用金庫事件・最判平成12・9・22労判788-17)。即ち、「本件就業規則変更により被上告人らに生ずる不利益は、これを全体的、実質的にみた場合に必ずしも大きいものということはできず、他方、...銀行としては、完全週休二日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する必要性があり、変更後の内容も相当性があるということができるので、従組がこれに強く反対していることや...銀行における従組の立場等を勘案しても、本件就業規則変更は、右不利益を被上告人らに法的に受忍させることもやむを得ない程度の必要性のある合理的内容のものであると認めるのが相当である。」、と。
 結局、最高裁は、中高年等の一部の労働者に対しての狙い打ち的な労働条件の大幅かつ急激な低下については、単純に過半数労働者の賛成だけでは足りるとは考えず、「当該企業の存続自体が危ぶまれたり、経営危機による雇用調整が予想されるなどといった状況」というまでの厳格な要件を求めており、そのような要件の立証に努めるべきであり、そのような条件が満たされない場合には、みちのく銀行事件最高裁判決も指摘する通り、一般的な合理性判断の枠組みに沿った代償措置、激変緩和の代償または経過措置等に配慮した上での実施に努めるべきであります(岩出誠「実務労働法講義」改訂増補版上巻 54頁以下参照)。

(2)職能資格・等級の導入や同制度適用による等級等の見直しによる引き下げ
 この方法も賃下げに利用され得ますが、現下の裁判例は、事案に応じ判断が分かれています。結論として、切下げを認めていない例として、例えば、チェ―ス・マンハッタン銀行事件・東京地判平成6・9・14労判656-17は昇給規定の拡大解釈による一方的引き下げは無効とし、アーク証券事件・東京地決平成8・12・11判時1591-118、アーク証券本訴事件・東京地判平成12・131判時 1718-137は、労働者の資格等級見直しによる降格・降給(職能資格・等級の引き下げ)には、労働者の合意により契約内容を変更する場合以外は、就業規則に基づく明確な根拠と相当の理由を必要としています。また、就業規則自体の不利益変更には高度の必要性を要するとされ、当該規則改正は合理的理由なしとして、減額を違法としました。
 他方、ハクスイテック事件・大阪地判平成12・2・28労判781-43では、年功序列賃金から能力主義・成果主義への賃金制度の改定、給与規定の変更は、低評価者には不利益となるが、普通程度の評価者の場合は補償制度もあり、その不利益の程度は小さく、8割程度の従業員の給与が増額していること、企業が赤字経営となり、収支改善のため労働生産性を向上させる必要があったこと、組合とも合意に至らないまでも10数回に及ぶ団交を尽くしていること等から高度な必要性に基づいた合理性があるとして、変更による減額前の給与規定の有効確認が棄却されています。一方、成果主義賃金体系への変更に際して、経過措置の不十分さを理由に変更の合理性が否定されたものや(日本交通事業社事件・東京地判平成11・12・17労判778-28)、また、労使協議の不十分さを理由に合理性が否定されたものもあります(キョーイクソフト事件・東京高判平成15・4・24労判851-48)。
 そうすると、就業規則による成果主義賃金制度の導入については、裁判所では慎重な判断がなされていること(高度の必要性、代償措置、内容の相当性、組合との交渉などから合理性を肯定した県南交通事件・東京高判平成15・2・6労判849-107、一部従業員層へのしわ寄せを理由に合理性を否定したキョーイクソフト事件・前掲)、さらに、成果主義制度への移行について、最近のノイズ研究所事件・東京高判平18・6・22労判920-5では、給与規定等の変更(年功序列型から成果主義への変更)は就業規則51条および52条(従業員に対する制裁に関する規定)に違反して無効であるとする披控訴人らの主張を斥けられましたが、その理由として、会社が控訴人ら組合員との団体交渉を正当な理由なく拒否して給与所得等の変更を強行したということはできず、また、会社に労働協約違反があるということもできず、給与所得等の変更による賃金制度の変更は、不利益性があり、現実に採られた経過措置が2年間に限って賃金減額の一部を補填するにとどまるものであっていささか性急で柔軟性に欠けるきらいがないとはいえない点を考慮しても、なお、不利益を法的に受任させることもやむをえない程度の、高度の必要性にもとづいた合理的な内容のもので、披控訴人らに対して効力を生ずるとされ、会社が披控訴人らに対して行った人事評価について裁量権の逸脱濫用したことを認めることはできないとしたうえで、披控訴人らの請求を一部認容した原判決を不当であるとして、原判決のうち控訴人敗訴部分を取消し、非控訴人らの請求をいずれも棄却しており、注目されます。
 これらによれば、実際の職能資格・等級の引き上げにあたっては、労働者との合意により契約内容を変更する場合以外は、能力以上に格付けされている者の資格を低下させる降格を一方的に実施するには、職能資格制度の下においても、一旦達成された職務遂行能力の表象としての職能資格や等級も、見直しによる引き下げがあり得ることを就業規則等に明記する等の方法により、同制度を整備しておくことが実務的には必要となるでしょう。ただし、マッキャンエリクソン事件(東京地判平18・10・25労判928号5頁)は、新賃金制度導入に伴い、人事考課による降格制度が導入されていても、その開示された運用基準が抽象的な場合は「著しい能力の低下・減退」があったか否かによって判断するのが相当としたもので、人事考課の裁量性を認めてきた裁判例の中で、しかも1等級の降格につき否定された点で注目されます。したがって、上記制度の導入や見直しには、具体的運用基準であることにも留意する必要があるでしょう。

(3)全従業員について賃金原資を一定割合での一律減額
 前掲・みちのく銀行事件・最判平成12・9・7が傍論ながら言及していたように、「企業経営上、賃金水準切下げの差し迫った必要性があるのであれば、各層の行員に応分の負担を負わせるのが通常である」とされ、全従業員について賃金原資を一定割合での一律減額する場合の方が合理性は認められ易いと言えるでしょう。
 なお、その他の不利益変更許容例として、独自の年金制度の廃止を認めた名古屋学院事件・名古屋高判平成7・7・19労判700-95)、定年延長に伴う基本給の3割減額が認められた大阪第一信用金庫事件・大阪地判平成15・7・16労判857-13等や、2年間限定の10%程度の基準賃金の減額が合理性ありとした住友重機械工業事件(東京地判平成19・2・14労判938-39)がありますが、同事件では、社員の98%超を占める住重労組ほかの労働組合も同意していること等をも踏まえ合理性を有し有効とされている点に留意する必要があります。また、退職金等を半額とした就業規則の改正が有効とされた中谷倉庫事件(大阪地判平19・4・19労判948-50)でも、退職金支給額を半額とする旨の就業規則不利益変更有効性を、過半数組合の賛成と、会社の窮状から有効とした例で、同様の日刊工業新聞社事件(東京高判平20・2・13労経速1996-29、労判956-85)でも、会社は、いわゆるバブル崩壊後の購読者の減少等による売上高の大幅な減少等により財務状況が著しく悪化し、銀行の了承を得られる再建計画を早急に提示しない限り、決済期日に手形の不渡りを出して倒産に至ることが不可避的な窮状に至っていたものと認められるとしている点が重要です。
 ただし、前掲・みちのく銀行最高裁判決が出てからは同判決の基準に従い、合理性否定例が増えている印象があります。例えば、金融再生法適用下の銀行における退職年金支給打ち切りが無効とされた、幸福銀行事件・大阪地判平12・12・20 労判801-21、就業規則上の責任者手当に関する規定の改正による正社員と契約社員の賃金減額が無効とされた杉本石油ガス事件・東京地決平14・7・ 31労判835-25、定年延長に伴う55歳調達時の給与の3~4割減額が無効とされた全国信用不動産事件・東京地判平成15・5・7労経速1852- 3。ただし、ここでは、55歳到達者への賞与を55歳未満の従業員より低い支給率で算定しても不当ではないとされている)等がその例です。
 しかし、新潟鐡工所管財人事件・東京地判平16・3・9労経速1867-16では、会社更生法の適用下の会社に勤務した従業員への退職金支給率を80%削減した就業規則の変更を、変更は倒産回避のための高度の必要性に基づいた合理的な内容であって有効としています。ここでは、会社更生法の適用下で、従業員 70%を組織する労組との労働協約を締結した上で行った大幅カットが有効とされた事案で、同種の事案の参考となる事例です。

3.労働協約又は組合との合意による引き下げ
(1)有効とされた事例
 この方法の例として、第四銀行事件・最二小判平成9・2・28前掲、退職金の減額を認めた幸福銀行事件・大阪地判平成10・4・13労判744-54の他、労働協約を破棄して就業規則の改正による給与規定の改正を認めた東京地判平成9.6.12 朝日生命保険事件 労判720-31、定年年齢、退職金支給率の引き下げ等を内容とする協約が、一部の組合員をことさら不利益に取り扱うことを目的として締結されたものとはいえず、有効とした朝日火災海上保険(石堂・本訴)事件・最一小判平成9・3・27労判713-27等があります。同判決では、一部の組合員をことさら不利益に取り扱うことを目的として締結されたか否かの判断にあたっては、①同協約締結の経緯、②会社の経営状態、③当該協約で定めた基準の全体としての合理性を考慮すべきであるとしています。

(2)非組合員への適用
 朝日火災海上保険会社事件・最三小判平成8・3・26民集50-4-1008は、定年年齢の引き下げと退職金支給基準の変更を内容とする労働協約の非組合員への拡張適用について、労働協約の基準が非組合員の基準より不利益な場合にも、そのことのゆえに、規範的効力が及ばないのではないとしましたが、非組合員は組合の意思決定に関与しないこと等から、協約の不利益の程度、非組合員の組合員資格の有無等に照らし、拡張適用が著しく不合理であると認められる特段の事情のある時は規範的効力は及ばないとした上で、定年年齢を63歳から57歳に引き下げ、すでに57歳に達している特別社員(非組合員)の退職金を大幅に引き下げることは、退職金がそれまでの労働の対償である賃金の後払的な性格をも有すること等を理由として、一定限度で合理性なしとしています。

(3)中高年者等の一部の労働者の労働条件の急激な低下について
 とくに、中高年者等の一部の労働者の労働条件の急激な低下については、単純に過半数労働者の賛成だけでは足りるとは考えず、「当該企業の存続自体が危ぶまれたり、経営危機による雇用調整が予想されるなどといった状況」というまでの厳格な要件を求め、そのような要件がない場合には、みちのく銀行事件最高裁判決も指摘する通り、一般的な合理性判断枠組みに沿った代償措置、経過措置等に配慮した上での実施に努めるべきという裁判所の態度は、理論的には労組法16 条で定める労働協約の規範的効力は、労働者に不利益な事項についても有効と解されることとの関係等で問題があります。同様の判断は、労働協約による労働条件の急激な低下措置(53歳以上の従業員の月額給与の20%減額)の場合にも示されており(東京地判平成11.8.20 中根製作所事件・東京高判平成 12・7・26労判769-29、 同控訴事件・労判789-6)、この場合も同様の配慮が必要とされています。但しここでは、組合内の手続き上の違反が形式上は主たる理由とはされています。
 近時も、鞆鉄道事件・広島地福山支判平14・2・15労判825-66が、希望退職に応じなかった56歳以上の従業員の基本給を30%減額する労働協約が、特定の者に著しい不利益を与えるもので、組合内の組合大会開催等の手続的正当性にも問題があるとして無効とされています(労働協約による労働条件の不利益変更については道幸哲也「労働協約による労働条件の不利益変更と公正代表義務」労判851 -5以下参照)。
 さらに、東洋通運事件・名古屋地判平15・12・26労判872-79では、賃金の減額を趣旨とする期間の定めのある暫定協定について、その期間内に合意に至ればそれに移行するが、合意に達しない場合には本件暫定協定の効果は終了し、当該期間が経過した後は、当然に従前の賃金体系が適用になるべきと解するのが相当とされ、労働協約の締結ないし就業規則の変更の手段をとらずに暫定賃金体系を適用、またさらなる賃金大幅減額を一方的に実施したことにつき、事情変更の法理が適用される特段の事情がある場合に該当するものとは到底認められないとし、当該期間経過後の従前賃金額との差額賃金請求が認容されています。労働協約の暫定協定による一時的な賃金減額の効果が期間満了後否定されたもので、同種協定が多い中で実務的な参考となる事例です。
 ところが、最近、上記のように、労働協約の改定による労働条件の不利益変更の効力が否定されることは多かった中で、日本郵便逓送(協約改訂)事件・大阪地判平17・9・21労判906-36)は、日本郵政公社との業務請負に基づいて郵便輸送等を行う被告会社と補助参加人組合が締結した、原告ら日逓部門組合員の賃金減額を内容とする労働協約の改訂が有効であるとされ、被告会社は原告らに対して、本件改訂による賃金差額を支払う義務はないとされました。ここでは、労働条件の不利益変更を認める労働協約の効力を、組合内の意思決定手続きにつき、組合自治を認め、瑕疵もないとして有効とし、同様に、箱根登山鉄道事件・東京高判平17・9・29労判903-17)も、労働協約の規範的効力に関する合理性判断基準(朝日火災海上保険(石堂・本訴)事件・前提によれば、本件会社再建計画にかかる本件労働協約は、特定のまたは一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、控訴人らとの関係においても、その規範的効力を有するとして、全体に、労働条件の不利益変更を認める労働協約の効力や就業規則、賃金支給規則、退職等を、組合内の意思決定手続きにつき、瑕疵も長期認められてきた範囲内であるなどとして有効とし、中央建設国民健康保険組合事件(東京高判平20・4・23労判960-25)も労働協約による一部の者への不利益変更認容例を追加しています。

4.年俸制労働者の引き下げ
 年俸制度による賃下げに関しては、具体的には、目標達成度評価に関する合意(年俸合意)不成立の場合に問題となリます。その処理としては、判例における企業の解雇権への大幅な制限下では(裁判所は、従前から、解雇一般について、いわゆる解雇権濫用法理を確立して、企業の解雇について厳しい制限を加えてきました)、バランス上、企業に評価決定権があると解されています(菅野和夫「労働法」第8版222頁、裁判例として、中山書店事件・東京地判平19・3・28労判943-41)。この点、裁判例は(デイエフアイ西友事件・東京地判平9・1・24判時1592-137)、傍論ながら、「年俸額に関する合意未了の労働者は、...たかだか当該年度において当該契約当事者双方に対して適用ある最低賃金の額の限度内での賃金債権を有するに過ぎない」としています。
 これらの学説・判例の状況に照らし、使用者としては、年俸制利用による賃下げについては、公正な評価システム、すなわち、就業規則当での年俸の減額を含んだ根拠と基準の設定と運用におけるいわゆる公正評価義務の遵守や合意不成立の場合に備えた規程の整備とその実施が必要でしょう。
 なお、年俸額を合意で確定した場合には、使用者が当該年度の途中でそれを一方的に引き下げることは許されません(シーエーアイ事件・東京地判平12・2.8労判787-58 )。

 近時の裁判例でも、減額合意が不成立で減額の根拠規定もなく、その経営上の緊急性もない場合には減額を認めず従前の賃金の支払いを認めていますが(明治ドレスナー・アセットマネジメント事件・東京地判平18.9.29労判930号56頁、日本システム開発研究所事件・東京地判平18.10.6労判934号69頁。但し、同控訴事件・平成20・4・9労判959号6号頁は、人事評価低下による手当ての減額を有効として一審を一部変更しています)、最近、有力学説に近い立場で年俸制の下での合意なき場合の会社の判断を有効とした例も現れています(中山書店事件・東京地判平19・3・28前掲、)。

 結局、この問題は、人事考課の問題とも絡んでいますが、学説や裁判例も指摘する、就業規則等での年俸の減額を含んだ根拠と基準に関する、いわゆる公正評価義務の遵守状況と、これらがない場合には、倒産回避のための高度の経営上の緊急性等の存否によって判断されることになるものと解されます。
5.変更解約告知による切り下げ
 なお、理論的には、企業の経営上必要な労働条件変更(切下げ)による新たな雇用契約の締結に応じない従業員の解雇を認める「変更解約告知」の法理が認められれば、この告知により、例えば、契約社員への変更に応じない者を解雇することにより、事実上強制的に賃下げをすることができます。しかし、この理論は、これを正面から認めた裁判例もありますが(スカンジナビア航空事件・東京地判平7・4・13判時1526-35)、大阪労働衛生センター第一病院事件(大阪地判平10・8・31労判751号38頁)は、ドイツ法と異なって明文のない我が国においては、労働条件の変更ないし解雇に変更解約告知という独立の類型を設けることは相当でないとし、整理解雇と同様の厳格な要件を適用しています(同判決は高裁・大阪高判平11・9・1労判862号94頁、最高裁・最二小決平14・11・8労旬1548号36頁で維持されています)。また、近時、関西金属工業事件(大阪地判平18・9・6労判929号36頁)も整理解雇の場合と同様の人員整理の必要性の存在を必要としています。

 したがって、同法理は、仮に採用された場合も、その要件が裁判例上も学説上も極めて厳しく、実際の適用には困難を伴うでしょう。
6.配転による業務の変更を理由とする減給
 この方法による場合、業務・職種等に伴う賃金・処遇の差異が明確に規定されていることが前提ですが、その場合においても、配転命令自体が無効とされる場合には、この方法による減額も困難となります。例えば、ヤマトセキュリティ事件・東京地判平成9・6・10労判720-55では、配転(秘書から警備業務)が無効として、業務変更を理由とする調整手当て(語学手当て)の削減が無効とされました。又、デイエフアイ西友事件・東京地判平9・1・ 24前掲)も、配転による減額を認めていません。

 近時のドナルドソン青梅工場事件(東京地八王子支判平15・10・30労判866号20頁)も厳しい判断を示しています。ここでは、就業規則に異動に伴う賃金の減額措置が定められていても、配転に伴う給与の減額が有効となるためには、配転による仕事の内容の変化と給与の減額の程度とが、合理的な関連性を有していなければならないとし、実質的な配転を伴わずに実施された、従前の賃金の半分程度に減額する給与辞令を、その前提となる評価が恣意的であって、無効であるとしたものです。これは、就業規則の規定そのものではなく、異動に伴う賃金の減額措置、人事考課内容の合理性が否定された重要判例です。通常は、規定改正の合理性を問題にしますが、改正の合理性が認められた場合には、使用者に人事考課の裁量を与える傾向にあります。本判例はその限界を示す事例ともいえます

 (岩出・前掲現代労働法708頁以下)。

       

対応策

 以上の通り、裁判例は賃下げにつき、それが労働条件中最も重要な賃金の低下という労働条件の改悪を意味するところから、その賃下げ方法の如何を問わず、とくに大幅かつ中高年労働者等の特定階層への狙い打ち的な急激な賃下げに対しては、黙示の合意を否定したり、賃下げを招く降格・降級、就業規則の変更や労働協約の締結などを無効とするなど慎重な判断を示しています。従って、賃下げ実施する際には、「回答」の通り、そもそも、賃下げがいかなる措置としてなされるのが最も適当かを吟味した上で、その根拠規定の整備の有無を点検し、未整備の場合は適正な整備の上、当該賃下げにおいて、その賃下げ規定の適用要件の証明は十分かなどの慎重な準備の上にこれを実施することが必要です。
 そして、実施の際には、まずは、従業員に賃下げの必要性について充分説明し(労働契約法10条の合理性判断要素の「労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情」がそれを求め、さらに、労働契約法4条1頁はこの義務を高めたものとも解されています。例えば、土田道夫「労働契約法」〔有斐閣・平20〕226頁参照)、合意を得ることが重要です。

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