法律Q&A

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年俸制と時間外労働割増賃金

弁護士 石居  茜
2010年8月掲載

年俸制と時間外労働割増賃金

当社では、時間外労働が一定程度発生しますが、時間外労働割増賃金を個別に計算するのが煩雑なので、年俸制を採用し、年俸に時間外労働割増賃金が含まれていると社員に説明しています。このような制度で問題ないでしょうか。

社員に支払う年俸のうち、時間外割増賃金部分と本来の基本給部分とが、明確に区別できるように定められている場合でなければ、労基法上の割増賃金を支払っていることにはなりません。

1 年俸制と時間外労働割増賃金に関する判例
 設問の会社のように、年俸制を採用し、12等分して月額給与を支給し、時間外労働割増賃金は年俸の中に含まれているので、別途支払わないと社員に説明しているという例をしばしば見かけます。
 しかしながら、次のような判例があります。測量、土木工事の設計・監理等を業務とする会社で、測量業務の性格上必然的に時間外労働が発生するが、個別に時間外割増賃金を計算するのは煩雑であるので、年俸制を採用し、年俸を12等分した月額給与には時間外労働割増賃金を含んでいると説明していたという事案で、裁判所は、年俸制を採用することによって直ちに時間外労働割増賃金等を支払わなくてもよいということにはならないとし、その会社の賃金の定め方では、賃金のどの部分が時間外労働割増賃金部分や諸手当部分であり、どの部分が基本給部分か明確に定まってはいないとして、労基法37条1項に違反して無効となるとして、時間外割増賃金の請求を認めた判例があります(創栄コンサルタント事件・大阪地判平14・5・17労判828号14頁、同様のことを述べた判例としてシステムワークス事件・大阪地判平14・10・25労判844号79頁)。
 また、最高裁判所も、仮に月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても、基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意され、労基法によって計算した割増賃金額がその額を上回るときはその差額を支払うことが合意されている場合のみ、月額給与に含まれた割増賃金の支払が有効であるという考えを示しています(小里機材事件・最一小判昭62・7・14労判523号6頁、高知県観光事件・最二小判平6・6・13労判653号12頁)。

対応策

 裁判例で示されているように、単に年俸制を採用し、年俸の中に時間外労働や休日労働割増賃金が含まれていると説明するだけ、あるいは、年俸には時間外労働割増賃金・休日労働割増賃金が含まれていると賃金規定や労働契約に記載するだけでは、労基法上の割増賃金を支払っていることにはなりません。
 このままですと、原則として年俸額を12等分した月額給与を賃金単価とした労基法所定の割増賃金を別途支払う必要が出てきますので、下記の予防策を取る必要があります。

予防策

 年俸として支払う給与に、一定時間分の時間外労働割増賃金や休日労働割増賃金の支払を含めたいのであれば、給与のどの部分が基本給部分で、どの部分が時間外労働割増賃金部分か社員にわかるように明確に分けて設定し、就業規則、労働契約、毎月の給与明細などで書き分けるとともに、労基法によって計算した割増賃金額が給与に含めて支給した割増賃金額を上回るときはその差額を支払うことを就業規則で明確に定めておくことが必要となります。
 なお、年俸のうち一部を賞与として支給しているケースも見られますが、労基法上の時間外労働割増賃金の計算においては、このような賞与は支給時期・支給金額が予め確定しているため、割増賃金の算定基礎となる賃金から除外される「臨時給与」とはいえないとし、賞与も含めた年俸の12等分の金額が算定基礎単価となるとした裁判例があります(前掲・システムワークス事件)。よって、年俸額の一部を賞与として支払っている場合で、支給時期・支給金額が予め確定している場合には、割増賃金の計算において、予め時間外労働割増賃金として明確に分けた部分を除き、賞与支給月は、賞与も賃金単価に含まれますので、その計算には注意が必要です。

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