法律Q&A

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配偶者の口座への賃金振込

特定社会保険労務士 鳥井 玲子(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2011年01月:掲載

本人の希望により,給与を配偶者の口座に振り込むことは問題ないか

先日入社したある社員から,「給与を配偶者の銀行口座に振り込んでほしい」との申し出がありました。この点,労基法24条による「賃金の直接払いの原則」との関係が気になりますが,本人の希望であれば,こうした取り扱いは可能でしょうか。

本人の希望であっても、労働者本人ではなく、配偶者の口座に給与を振り込むことは労基法24条に違反しますので、できません。

 賃金の支払い方法については、労働の対償としての賃金が安全かつ確実に労働者本人の手に渡るように、労基法第24条で、①通貨払い、②直接払い、③全額払い、④毎月1回以上払い、⑤一定期日払い の5つの原則が定められています。
このうち、労働者本人以外の者に賃金を支払うことを禁止する定めを「直接払の原則」といい、労基法第24条第1項で、「賃金は・・・・直接労働者に・・・・支払わなければならない」と規定されています。
このため、賃金は、直接本人に支払わなければならず、労働者の親権者その他の法定代理人に支払うこと、労働者の委任を受けた任意代理人に支払うことはいずれも、本条違反となり、労働者が第三者に賃金受領権を与えようとする委任・代理等の法律行為はいずれも無効となります(昭和63・3・14基発150号、婦発第47号)。ただし、使者に対して支払うことは差し支えないとされています(前掲昭和63・3・14基発150号、婦発第47号)。
ここでいう使者とは、誰をさすのでしょうか。労働基準法コンメンタール(厚生労働省労働基準局編・増補版上331頁)によると、「・・・・使者に対して賃金を支払うことは差し支えないとされている(前掲通達)。代理人か使者かを区別することは実際上困難な場合が多いが、社会通念上、本人に支払うのと同一の効果を生ずるような者であるか否かによって決するべきであろう。例えば労働者が病気欠勤中に妻子が賃金の受領を求めるようなときは、本人の使者としてこれに対する支払うは直接払いの原則に反しないと解されるよう」と記載されています。具体的には、本人の意思に基づいて(賃金受領者として配偶者を差し向ける旨の本人の書面の持参や本人からの電話連絡等)、病気の夫の代わりに配偶者が会社に賃金を取りに来たような場合であれば、使者と認められるでしょう。
 しかし、今回のご質問のように配偶者の口座への振込みとなると、直接払いの原則とは別の問題が生じます。すなわち、前述の賃金支払いの5つの原則の中の、「通貨払いの原則」の問題です。前述の労基法24条1項で、「賃金は、通貨で、・・・・支払わなければならない」と規定されており、通貨による賃金支払が義務づけられています。例外が認められるのは、
(1)法令に別段の定めがある場合(現在該当する法令はありません)、(2)労働協約により現物給付をする場合、及び(3)命令で定める賃金について確実な支払い方法として命令で定める場合となります。
(2)には、有形の物に限らず、例えば通勤定期券等も含まれます(昭和25・1・18基収第130号、昭和33・2・13基発第90号)、労働協約とは、労働組合法14条の定めによる労働協約のみを指し、労働者の過半数代表者との協定は含みません。また、労働協約の定めにより通貨以外のもので支払うことができるのは、その労働協約の適用対象者のみとされています(ただし、労組法第17条の一般的拘束力により他の同種の労働者にも及ぶと解されています)。
(3)は、労働者の同意による①労働者が指定する銀行、郵便局等金融機関に対する当該労働者の預金若しくは貯金への振込み、又は労働者が指定する金融商品取引業者(第1種金融取引業を行う者に限る)に対する当該労働者の預り金(所定の要件を満たすものに限る)への払込み(労基法施行規則第7条の2第1項)、②(a)銀行等の金融機関から振り出された金融機関を支払人とする小切手の交付(b)金融機関が支払い保証した小切手若しくは郵便為替の交付等(同則7条の2第2項)がこれにあたります。給与については、①のみ可能で、退職手当の場合は、①、②とも可能です。なお、労働者の同意については、労働者の意思に基づくものである限りその形式は問わないものであり、指定とは、労働者が賃金の振込み対象として銀行その他の金融機関に対する当該労働者本人の預金口座を指定するとの意味であって、この指定が行われれば、同意が特段の事情がない限り、得られているものと解されます。また、振込みとは、振り込まれた賃金の全額が所定の賃金支払日(その日の午前10時頃)に払い出し得るように行われることを要するとされています(昭和63・1・1基発第1号)。
 今回のご質問は、労働者からの申し出による給与の銀行口座への振込みではありますが、労働者本人の口座ではなく、配偶者の口座への振込みですので、前述(3)①の例外には該当しません。したがって、労基法24条第1項に違反することになります。

対応策

「賃金支払5原則」の中で、今回の質問に関連する「通貨払いの原則」及び「直接払いの原則」のほか、実務上特に注意が必要なものとして、「全額払いの原則」があります。全額払い原則は、直接払いの原則と相まって労働の対価を残りなく労働者に帰属させることがその趣旨ですが、例外として、次の①、②の場合には、賃金の一部控除を認めています。
①法令に別段の定めがある場合
所得税・住民税の源泉徴収、社会保険料の控除、一定範囲内での減給制裁(労基法91条)等の賃金からの控除。
②労使協がある場合
購買代金、社宅等の賃貸料、労働組合費(いわゆるチェック・オフ協定)等事理明白なものについてのみ36協定と同様の労使協定による賃金からの控除(昭和27.9.20基発675号、平成11.3.31基発168号)。
 例えば、会社が従業員に対する貸付金を月例賃金から控除する場合、労使協定(賃金控除協定といいます)を締結する必要があります(原則、賞与や退職金についても同様です)。
 なお、遅刻、早退の場合に、5分の遅刻を30分の遅刻として賃金カットする処理は賃金の全額払の原則に反しますが、就業規則に定める減給制裁として、労基法第91条の制限内で行う場合には、全額払の原則には反しないとされています(昭和63.3.14 基発第150号、婦発第47号)。また、労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれがない場合であれば、過払された給与をその後に支払われる給与から控除しても全額払いの原則に違反しないとされています(福島県教組事件・最一小判昭44.12.18、同旨昭和23.9.14基発第1357号)。以上。

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