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欠勤中の社員に、通勤定期券の返納を求めることはできるか

特定社会保険労務士 村上 理恵子(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2011年06月:掲載

欠勤中の社員に、通勤定期券の返納を求めることはできるか

社員が休日に交通事故に遭い、しばらく入院することになりました。当社は、就業規則で3カ月間の欠勤期間を設けており、この間は会社が基準内賃金を100%保障しています。一方、通勤手当は、6カ月分の定期券を現物支給しており、この者には1カ月前に新しい定期券を手渡したばかりです。現状、こうしたケースに関する取り扱いについては、何ら規定はないのですが、当面通勤できないことを理由に、同人に定期券の返納を求めても問題ないでしょうか。

欠勤期間中に保証される100%の基準内賃金には通勤手当は含まれないとの理由で、定期券の欠勤期間の払い戻し相当額の返納を求めるとの主張が法的にはあり得、その限りでご質問への回答は可能と考えます。しかし、実際には現物給付で定期券を手渡している関係で、その払い戻し手続きの履行を強制することは困難です。結局、今後のトラブル防止のために就業規則等に欠勤中の通勤手当の払い戻し相当額の返還手続等について規定しておくことが必要です。

1 通勤手当とは 
 通勤手当とは、会社が社員の就業に際して、社員の自宅から勤務先までの通勤にかかる費用につき、通貨で、あるいは労働協約の締結があれば定期券による現物給付として、社員に支給するものです。
 通勤手当には、労働基準法でも民法でも特別な規定があるわけではなく、その支給については、各企業の就業規則等の定めや慣行により、支払義務の有無(支給基準、支給額、支払方法等)が決められることになります。そして、通達では、通勤手当や通勤定期券については、その支給条件が就業規則などに定められているときには賃金に当たると解され(昭25・1・18基収130号、昭33・2・13基発90号)、現物給付には労基法24条1項の労働協約の締結が必要となります。以下は、この条件を満たしていることを前提に解説します。

2 就業規則等に返納規定がない場合の取扱い
 まず、前記通達にもあるように、就業規則等で通勤手当や通勤定期券について、その支給条件が定められている場合には賃金に該当します。貴社の就業規則を確認頂く必要がありますが、一般的に基準内賃金・基準外賃金との基準で賃金を区分している場合には、通勤手当は基準外賃金に含まれる場合が多いと考えられます。
 したがって、3ヶ月の欠勤期間が設けられていて、その間は会社が基準内賃金を100%保障するとのことですが、この基準内賃金に通勤手当が含まれていない場合には、通勤定期券の欠勤期間の払い戻し相当額の返納を求めることは法的には可能であると考えます。
 あるいは、就業規則等で欠勤中の社員に通勤定期券の返納を求めるとの規定を定めていなくとも、通勤手当に関する条項で、通勤手当が電車・地下鉄・バス等の公共機関で通勤する社員に対し、実費を支給する旨が規定されていて、通勤手当が実費弁済を目的としたものであることが記されていれば、実際に会社に出勤せず、実費が発生しない欠勤期間中については、通勤手当を支払う必要はない、あるいは、欠勤期間中の定期券の利用利益は民法703条の不当利得としてその返還を求めるとすることも法的にはあり得るでしょう。
 また、実際の運用で「欠勤中は通勤手当を支給しておらず、通勤定期券については精算して返納してきた」労使慣行があり、長年、貴社において慣行として反復継続して行われてきたような場合には、労使間において右行為についての黙示の合意が成立していると言え、また、事実たる慣習(民法92条)として労働契約の内容となり得ます。
 以上のことから、既に現物支給済みの6カ月分の定期券について、欠勤期間中に保証される100%の基準内賃金には通勤手当は含まれないとの理由で、定期券の欠勤期間の払い戻し相当額の返納を求めることも法的には可能と考えます。しかし、実際には現物給付で定期券を手渡している関係で、その払い戻し手続きの履行を強制することは困難です。そこで、今後の対応として通勤手当の意味を明確に規定し、さらに欠勤等の場合には通勤手当を支給せず、既に通勤定期券として現物給付している場合には、定期券の欠勤期間の払い戻し相当額を清算の上返還するとの規定を追加して定めておくことが必要であると考えます。
その他関連事項として、過払いとなった通勤手当等交通費について、賃金から控除する形で清算する場合には、賃金の全額払いの原則(労基法第24条)に違反する場合がありますので、次のことにご留意下さい。
即ち、賃金は、法令に別段の定めがある場合(社会保険料・税金等)や労使協定(以下「控除協定」といいます。)がある場合を除き、全額支払うものとされています(労基法第24条)。法令の定めや控除協定がない場合でも例外的に賃金控除ができる場合として、通達で「前月分の過払い分の賃金を翌月に精算する程度は、賃金それ自体の計算に関するものであり、労働基準法第24条の違反とは認められない」(昭23・9・14基発第1357号)とされており、また、判例(福島県教組事件・最一小判昭44・12・18民集23-12-2495、群馬県教組事件・最二小判昭44・10・30民集24-11-1693)では「清算的ないし調整的相殺が、過払時点と合理的に接着した時期に行われること、あらかじめ労働者に予告されるとか、その額が多額にわたらない」など、「労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない」ことが必要であるとされています。つまり、予告をせず、また、あまりにも期間があいた後や多額にわたる場合の賃金控除による清算は問題となることがあり得ます。そのような場合には、別途本人に返還請求を行い、返還方法を協議して決めることも必要です。

対応策

欠勤期間中は「基準内賃金を100%保障してい」るとのことですが、貴社の給与規程等で、この基準内賃金に通勤手当が含まれるか否かをご確認頂く必要がありますが、欠勤期間中に保証される100%の基準内賃金に通勤手当が含まれていないとの理由で、定期券の欠勤期間の払い戻し相当額の返納を求めることは法的にはあり得ます。また、貴社のこれまでの運用として、欠勤期間中は、定期券の払い戻し相当額の返納を求めて精算することが慣行として反復継続して行われてきたという場合には、それに従うことも考えられます。

予防策

今後のトラブル防止のためには、給与規程等に通勤手当の支給基準を明確に定めておくことが必要です。即ち、通勤手当とは、電車・地下鉄・バス等の公共機関で通勤する場合の、実費弁済を目的としたものであることを規定しておき、社員が欠勤、休職、産前産後休暇または育児介護休業等で長期間出勤せず実費が発生しない場合、あるいは、具体的な数字を示して月にその日数以上出勤しない場合には、通勤手当を支払う必要はなく、支給済みの通勤手当については精算の上返還させる旨も併せて規定しておくことが望ましいと考えます。なお、通勤手当につき、現在の6カ月分ごとの支給を見直し、毎月払いとすることも検討の余地があります。

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