法律Q&A

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年休の前借り

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年10月:掲載

年休を使い切った従業員が来年度の年休の前借をさせて欲しいと言ってきたら?

A社の新人社員Bが、「夏休みに同僚と旅行するから年次有給休暇の前借をしたい。その分は来年の分から差し引いてくれ」と言ってきました。そんなことができるのでしょうか。又、前借していたのに年内にBが辞めてしまったらどうなるのでしょうか?それに、Bが辞めなかった場合でも、A社は、来年のBの年休の取扱についてどうすれば良いのでしょうか。

義務ではありませんが、与えることはできます。ただし、いろいろな問題があり、断るべきです。

1.年休前借付与は義務ではない
 年休の前借について昭和29年労働省令12号による改正前の労基則二五条但書は、「使用者は、期間満了前においても、年次有給休暇を与えることができる」と規定していました。それが当然のことを定めたまでのことという理由で削除され、その際出された通達にも「改正後においても、従来通り、使用者が継続一年間の期間満了前に、労働者に対し年次有給休暇を与えることは、何ら差支えないこと」とされています(昭和22・12・15基発501)。
2.前借分を翌年の日数から引く際に注意
 しかし、現実に前貸して休暇をとらせること自体は問題ないとしても、前貸した有給休暇を翌年発生する法定の年休日数から差し引くことは、当該年度中に労働者からの請求ある限り最低限労基法所定の年休日数を与えるべきであるとする労基法39条1項、2項に違反すると考えられています。
 つまり、法定年休については、前年の前借分を理由として当年の年休の請求を拒むことはできないということです。但し、前借分が、労基法の定める最低基準を超えて、使用者の負担において労基法上の年休を上積みして、余分に法定外の有給休暇を与えている法定外年休についてであれば、前借を認め、その分を翌年の法定外年休から控除して、翌年の法定外年休を減らしても、それは契約自由の範囲内のことであり労基法に牴触することはないこととなります。
3.年休前借従業員が本年中に退職したら
 さて、年休の前借をしたBが、翌年まで働かず辞めてしまったような場合については、前借の年休を与える時に、年度内に辞めた場合には、前借分を欠勤として精算する旨の約束を明確にしておかなければ、賃金の減額もできないことになることに注意が要ります。
 なお、この精算については労基法24条1項の全額払の原則との関係が問題となります。前借の年休取得日と退職による精算日が二、三カ月以内で近い場合には、判例における調整的相殺の問題として(福島県教組事件・最一小判昭和44・12・18民集23-12-2495)、処理することが可能でしょう。
 しかし、精算の時期が相当離れている場合は、右の調整的相殺の理論は使えず、前借時点における合意があればその合意による相殺として処理することとなるでしょう(最近、判例も一定の要件を課してですが合意相殺を認めたのでこれを利用することになります。日新製鋼事件・最二小判平成2・11・26民集44-8-1085)。理想的には、このような場合に備えて、賃金の精算控除に関する労基法24条1項の労使協定を定めておき、それによる控除として行うべきでしょう。

対応策

結局、設問の場合、法定年休しか与えていない会社では、前借は認めるべきではありません。仮に、A社に法定年休を上回る法定外年休がある場合には、それについて次年度の前借分の年休を認め、次年度の法定外年休日数を減らすことは可能でしょう。 しかし、そのような前借をする事情を良く調べるべきでしょう。年休の前借りを求めるような従業員は次年度まで持たないで辞めて行くことが多く、設問のような夏休みの旅行のような事情については、労務管理上は認めるべきではないでしょう。少なくとも、前に述べたような退職に備えて本年度内退職の場合の前借分の欠勤精算に関する書面による同意を取り付けておいた上で前借分の年休を与えるべきです。

予防策

年休の前借などは、本来認めるべきではないのですが、そのような要求が出るということは、A社の年休日数が同業他社の世間相場に比較して不足しているのかもしれません。リクルートメントの観点からも法定外年休日数の増加などの福利厚生面の改善の余地が先ず検討されるべきでしょう。又、従業員の止むに止まれぬ事情による休暇に備えた特別休暇制度を作るなどの対処もあり得ます。 前借を認める可能性がある場合は、前に述べた通り、認める際に年度内退職の場合の欠勤精算に関する同意書を取り付け、できればこの場合の賃金控除に関する労使協定を締結しておけば万全でしょう。又、前借などのルーズな年休の扱いがきちんと次年度の年休処理に結び付けるようなシステムの整備も忘れてはなりません。意外にこれを忘れて前借分を引かずに次年度にフルに年休を与えたりしてしまうものです。

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