法律Q&A

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ビル管理人が入居企業の終業時刻後も散発的に業務を行う場合の労働時間

弁護士 竹花 元(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2011年09月:掲載

住み込みのビル管理人が、テナント企業の終業時刻後も散発的に業務を行う場合の労働時間の取り扱い

当社のビルに、住み込みの管理人を置く予定です。当社の終業時刻(午後6時)後も、必要に応じて、在社社員や来客に対応してもらうほか、フロアの施錠・消灯などの業務を散発的に行ってもらいますが、こうした業務以外の時間は、居室でテレビを見るなど、くつろいでもよいし、長時間でなければ、散歩や買い物などの外出も認めることとします。こうしたケースでは、終業時刻後の労働時間をどう取り扱えばよいでしょうか。

終業時刻後にフロアの施錠・消灯や来客対応等を行うことがあれば、断続的に従事するものであっても、こうした業務に現実的に従事することがある時間帯につき、労働時間とされる可能性が高い

1.労基法上の労働時間とは
 労基法における労働時間とは、「『労働者が使用者の指揮命令下に置かれている』と客観的に判断できる時間」を言います。具体的な作業を行っていなくても、電話の応対や接客等、業務が発生したときに、直ちに作業を行えるように待機している時間(このような時間を「手待ち時間」と言います)は、使用者の具体的な指揮命令下にあるといえ、「労働時間」と評価できます。
2.ビル管理と手待ち時間
[1]大星ビル管理事件の登場とその影響
 裁判所は、ビル管理人の労働時間について、多くの判断を下しています。
 ビル管理会社の従業員が、管理・警備業務の途中に与えられる夜間の仮眠時間や断続的な作業時間について、仮眠場所が制約されることや、突発事態への対応を義務づけられていること等を理由に、「労働時間に当たる」とする判例が多くみられます。その中で有名なのが、ビル管理人の仮眠時間について、「実作業への従事が皆無に等しいなど、労働からの解放が保障されていない以上、労基法上の労働時間に当たる」と判断した大星ビル管理事件・最一小判平14・2・28民集56巻2号361頁です。
 この判例の影響は大きく、その他の業務態様にも影響を与えました。例えば、大林ファシリティーズ(オークビルサービス)事件・最二小決平19・10・19民集61巻7号2555頁と、その後の差戻し審(東京高判平20・9・9労判970号17頁)は、同判決を引用しつつ、マンションの住み込み夫婦の管理員が、所定労働時間外に従事していた断続的業務について、管理会社と管理組合との管理契約や、就業規則の定め、労働実態等を総合して、次のように判断しています。
・平日の午前7時から午後10時までの時間(正午から午後1時までの休憩時間を除く)について、管理員夫婦は、管理員室の隣の居室における不活動時間も含めて、会社の指揮命令下にあり、上記時間は、労基法上の労働時間に当たる
・管理員夫婦が、病院への通院や犬の運動に要した時間は、会社の指揮命令下にあったとは言えない

[2]実態に着目した判断の必要性
 一方で、上記の大星ビル管理事件最高裁判決は、「(不活動時間における)実作業への従事が、その必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど、実質的に『所定の待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をとることが義務づけられていない』と認められるような事情があれば、労働時間には当たらない場合がある」旨も、判示しています。したがって、実際には、個別具体的な事案に応じた判断が必要です。
 例えば、互光建物管理事件・大阪地判平17・3・11 労判898号は、次のような判断を示しています。
・住み込み管理制は、緊急事態へ対応する即応性をメリットとする管理方式であるが、本件では、所定の勤務時間以外の過ごし方に特段の制約が設けられていないことからすると、こうしたメリットは、管理員が管理物件内に居住していることに伴う事実上の効果として期待されているにすぎない
・所定労働時間外に、原告が管理員居室で過ごしていた不活動時間には、労働からの解放の保障があると言え、会社の指揮監督下にある労働時間とは認められない
 この裁判例は、先の大星ビル管理事件最高裁判例に安易に追随する裁判例が続出した中で、丹念に労働実態を解明して、所定労働時間外における不活動時間の労働時間性を否定したものといえます。同様の判断をした裁判例も、数多く続きました。
 要は、「労働からの解放が保障されていると評価できるか」を実態に即して判断すべきである、ということです。その際には、①管理人が現実的労務を提供する実際の回数や実活動時間の長さ、②その逆の関係となる不活動時間の長さ・割合、③不活動時間中に、管理人の行動に課せられる制約の内容・程度──等の要素を勘案する必要があります。

対応策

 お尋ねのケースにおいても、結局のところ、実作業に従事している回数・頻度等の実態に即して考える必要があります。居室でくつろいでいてよい、としていても、直ちに「労働時間に当たらない」とは言えません。フロアの施錠・消灯のほかに、来客があれば常に対応するよう求めているのであれば、終業時刻後、こうした業務に現実的に従事することになる時間帯につき、労働時間とされる可能性が高いと考えられます。
 ただし、来客対応の可能性があっても、現実にはその機会がほとんどない場合は、その実態に即して、「実作業への従事が皆無に等しい」(大星ビル管理事件)または「管理物件内に居住していることに伴う事実上の効果」にすぎない(互光建物管理事件)として、「労働時間には当たらない」と判断される可能性が高いと思われます。
 なお、大林ファシリティーズ(オークビルサービス)事件では、管理員が通院や犬の散歩をしていた時間については、「労働時間には当たらない」としています。お尋ねのケースでも、長時間でないとはいえ、散歩や買い物といった私的な行為のために外出した時間が、労働時間に当たると考える余地はないでしょう。

予防策

ビルの所有者にとって予期せぬ時間帯が労働時間であると認定されることを回避するためには、管理人の生活の実体が「労働からの解放が保障されていると評価できる」ようにする必要があります。
具体的には、①管理人が現実的労務を提供する実際の回数が多くならないように、かつ、実活動時間が長くなりすぎないようにし、②その逆の関係となる不活動時間の長さ・割合をできるだけ大きくし、③不活動時間中に管理人の行動に課せられる制約の内容・程度を謙抑的にする、等の考慮・調整をする必要があります。
あるいは、こうした業務は、労基法41条3号の定める監視断続労働の許可を得れば、労働時間規制の適用が除外される場合がありますので(平成5・2・24基発110号)、かかる手続をトライするのが本筋の解決です。ただし許可基準に満たない場合は、上記の実態に即した個別具体的判断と対応策・予防策が検討されることになります。

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