法律Q&A

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出向の辞令を拒否した従業員への対応

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007年1月補正:掲載

会社が他の企業グループの傘下に入り、グループ内の他企業への出向を命じましたが、拒否されました。どのように対応したらいいでしょうか?

A社は関連20数社を持つXグループ企業の中核会社ですが、この度Y企業グループの傘下に入りました。傘下に入ってからは、XグループA社の従業員Bの採用に当っては、A社のグループ企業C社およびもう一つの関連会社D社の三社共通の入社試験をして三社一括採用という方法で採用し、その際に将来はA社内部はもちろん、C、D各社更にはY企業グループのE社外各社へも社内転勤と同一手続による異動があることについて充分に説明し、Bもこれを承知していました。又、傘下に入ってからはA社の就業規則には従業員は「傍系会社」C、D、及びY企業グループのE社外各社への転勤を命じられることがあると規定され、C、D各社等への出向はA、C、Dの三社連名での辞令で行われていました。ところがBにY企業クループのE社への出向を命じたところ、Bは「出向は、使用者が変更するから、その都度の同意がなければできない筈だ」と拒否しました。A社としては、どんな対応ができるでしょうか。

出向義務や出向後の処遇等に関する就業規則などの定めなどが明確で、それに沿う職場労働者の同種出向の受容が定着していれば、解雇などで対応できます。

1.人事異動の中で重要な出向
 出向元と出向先との合意により、出向元との労働契約関係を維持したまま、出向先と出向労働者との間にも労働契約関係を成立させ、出向先において労務に従事させる出向については、厚生労働省の調査によりますと、a.人材援助型、b.人材調整型、 c.人材教育型があり、60~70万人が出向の対象者となっていると言われ、会社の人事異動の中でも大きな位置を占めています。厚生労働省の平成17年9月15日の労働契約法制研究会の「最終報告」(以下、最終報告ともいう)によれば、出向については、従業員1000 人以上規模の企業の88.4%、300 人以上999 人以下の企業の74.0%が出向者の送り出し又は受入れに関わっており、大企業を中心に広く行われています(独立行政法人労働政策研究・研修機構「労働条件の設定・変更と人事処遇に関する実態調査」平成16 年)。
2.出向の法的意味・出向命令の有効要件としての同意
 このような出向に対して裁判所は、出向が労働契約上労務提供を約束した相手以外の者に対して労務提供関係を発生させる点で、人事[実務編]Q3で触れた配転とは質的に異なる性格(労務提供の相手方の変更)を持っていることを意識して、当初、出向と配転とは根本的に異なるものとして取り扱い、企業において実際上の同種の出向が多数行われてきたとしても、労働協約または就業規則に使用者が出向を命じることができるとの明確な定めがない限り使用者の出向命令権は認められない、としてきました(東京地決昭41.3.31 日立電子事件 労民17巻2号36頁等)。そのような考え方から、就業規則中に会社外の業務に従事するときは休職にする旨を定める休職条項の間接的な規定があるだけでは、出向命令の根拠にならないとされ(最判昭48.10.19 日東タイヤ事件 労判189号53頁、東京高判昭48.11.29 小野田セメント事件 判時727号91頁)、出向の諸条件が就業規則に制度として明確に定められていることが必要であるとされ(高松高判昭56.8.3 森実運輸事件 労判375号付録33頁)、あるいは賃金規則中の出向労働者の就労義務と手当等に関する条項(福井地昭51.2.6 北陸コンクリート工業事件 労判 245号48頁)や労使間の出向覚書及びその細則(横浜地川崎支決昭50.10.26 日本通信工業事件 労判247号54頁)は、出向命令の根拠にはならない、とされています。
3.出向への受容の必要等
 裁判例(新日本ハイパック事件・長野地松本支決平元.2.3 労判538-69等参照)では、概ね、以下のような判断枠組みに沿って出向命令の有効要件が判断されています。第一に、2で前述した通り、諸規則や採用時の合意です。「出向を命じ得る」との規定だけでは不充分です。出向義務を明確にし、出向先での労働条件の基本事項が、就業規則等で明確にされたり、各会社での出向の実情、採用時での説明と同意、職場労働者の同種出向の受容(新日本ハイパック事件前掲等参照)などによって出向が労働契約の内容となっていることが必要です。第二に出向を命じる時も、出向命令が業務上の必要性に基づき、出向者の選定にも合理性があることが必要です。さらに出向者側の事情(出向先での賃金、労働時間、休暇などの待遇、出向期間、さらに、復帰の仕方や復帰後の待遇など)についての配慮が必要です(大阪地決平6.8.10 JR東海事件 労判658-56参照)。特に労働条件が大幅に下がる出向や復帰が予定されない場合は、整理解雇の回避など特別な事情が認められない限り、原則として個別的な同意があって初めて行うことができるとされることもあるため、このような特別の事情の存否が問題となります(福岡高判平12.2.16 新日本製鐵控訴事件 労判784-73等参照)。
 但し、最近の最高裁の判旨の措辞のみからは(最判平15.4.18新日鉄事件 労判847号14頁は、[1]本件各出向命令は、「いわゆる在籍出向を命ずるもの」で、[2]当該労働者の「入社時及び本件各出向命令発令時の‥就業規則には,『会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤務をさせることがある。』という規定があ」り、[3]同人らに「適用される労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり,労働協約である社外勤務協定において,社外勤務の定義,出向期間,出向中の社員の地位,賃金,退職金,各種の出向手当,昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられている」などの事情の下においては,企業は労働者に対し,その個別的同意なしに,「出向命令を発令することができる」と判示しています)、上記の法理は読み取れませんが、同事件は、いわゆる事例判決と解され、事案の上でも、新日鉄といういう企業の環境・事案(企業グループ内での頻繁な出向の存在が容易に推認される実態)を考えると、上記の多数の裁判例の法理は未だ妥当しているとも解されます。
4.密接なグル-プ企業間の出向
 しかし、以上の配転と出向とを明確に区別する考え方とは異なり、実際の会社では出向は(時には転籍も)、親子企業間や密接な関連企業間での業務提携、技術修得、人事交流などのために配転と同様に日常的に行われ、従業員も採用時からこれを当然のこととして受け入れているという場合があります。裁判所もこのような密接な企業間の日常的な出向の現実を踏まえ、出向を特別なものとみる考え方を修正し、就業規則などの明確な規定がない場合でも、採用時や入社後の勤務過程の従業員の包括的同意(それによる出向義務の発生)の可能性を認めるようになったと言われたこともあります(菅野和夫「労働法」第二版補正版323 頁。但し菅野和夫「労働法」第五版補正版417頁以下では、この点は言及されていません)。

 例えば、明確な出向義務に関する規定がなかった質問のような名古屋地判昭55.3.26 興和事件(労判342号61頁)で、裁判所はBに予め包括的な同意があったとして、同意によるBの出向義務を認め、この出向を拒否したBに対する解雇を有効としています。

 なお、近時のJR東海中津川運輸区(出向・本訴)事件(名古屋地判平成16.12.15労判888号76頁)でも、被告の主任運転手が事故を起こし、他社Aへ社内出向を命じられ、清掃業務に従事することになったことに対し、出向命令権の濫用判断において東亜ペイント事件(最2小判昭和61.7.14 判時 1198号149頁)の基準によって判断するのが相当としてこれを有効としています。これは、最近の裁判例においては、出向と配転がほとんど区別なく判断されてきたことを象徴的に示す好例です。

5. 出向命令の権利濫用としての無効
 なお、出向命令も権利濫用として無効とされることがあります。特に、出向の場合には、労務提供の相手が変更する点において著しい不利益が生じないか否かの判断が加わることになります。例えば、川崎製鉄事件(大阪高判平成12.7.27 労判792-70)は、結論は権利濫用なしとしましたが、出向先の労働条件が通勤事情等を考慮して出向元と比べて著しく劣悪となるか否か、出向対象者の人選が合理性を有し妥当なものであるか、出向の際の手続に関する労使間の協定が遵守されているか否か等の諸点を総合考慮すべし、との一般論を示しています(権利濫用が認められた事例としては、新日本ハイパック事件前掲等参照)。

対応策

質問の場合では、上記興和事件判決に従うと、出向命令は有効で、それを拒否したBは何らかの処分を免れません。但し、人事[実務編]Q3の配転のときと同様に、出向を命じる業務の必要性や出向により被るBの不利益について検討はすべきですが、それらの点でもグループ企業間の頻繁な人事異動によりBへの特別な支障や不利益がない場合は、解雇、若しくは懲戒解雇も可能でしょう。

予防策

 設問のA社とは異なりグループが密接な連携を取っていない会社や、新たに傘下に入った企業への出向などでは、従来からの裁判所の考え方に従って、前述のような就業規則等の諸規程の整備、採用時の同意の獲得、特に「職場労働者の同種出向の受容」が必要です(以上につき菅野和夫「労働法」第7版補正版 394頁以下、拙著「実務労働法講義」改訂増補版上巻330頁以下参照)。
 なお、最終報告の「使用者が労働者に出向を命ずるためには、少なくとも、個別の合意、就業規則又は労働協約に基づくことが必要であることを法律で明らかにすることが適当である。/これについては、出向は、労務提供の相手方が変更され、また、労働条件が低下する場合も多いことから、使用者の申入れが具体的なものである必要があるとともに、労働者の個別の同意を得る必要があるとの指摘が考えられる。しかしながら、出向は、雇用の維持や労働者のキャリアの形成・発展を目的として行われる場合もあり、出向中の労働条件に配慮がなされている場合も多いことから、一律に労働者の個別の同意が必要とすることは適当でなく、むしろ出向の可能性の有無があらかじめ労働者に対して明らかになることがより重要である。/.あわせて、出向の可能性がある場合にはその旨を労働基準法第15 条に基づき明示しなければならないこととすることが適当である。/その際、上記3と同じく、出向がある場合にはこれに関する事項を就業規則の必要記載事項とすることが適当である。/また、出向先企業の範囲、出向期間や賃金、退職金など出向期間中の労働条件に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられることは、労働者の権利義務の明確化を図る観点から望ましく、これを促進することが適当である。」との提言は、立法論ではありますが、採用時の対応や、就業規則等での出向につき定める際には、十分に参酌されるべきものと考えます。

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