法律Q&A

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正社員の契約社員へ降格

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007年2月補正:掲載

正社員を契約社員に格下げすることは可能ですか?

A社では、従業員Bに、業務用器物の私的利用等の懲戒事由が目立ち困っています。しかし、ある程度経験を持つBを正社員としてではなく、期間雇用の契約社員としてなら雇い続けても良いと考えています。そこで、懲戒処分の降格規定を使ってBを契約社員に降格できないでしょうか?あるいは他の方法はないでしょうか。

回答ポイント

 原則として、当該本人の同意がなければ契約社員への降格・格下げはできません。但し、極めて例外的ですが、いわゆる整理解雇の条件(退職・解雇・退職金[実務編]Q4参照)等を満たすような場合には、いわゆる変更解約告知により、契約社員への格下げに応じない従業員を解雇することにより、事実上、変更を認めさせることができる可能性はあります。
解説
1.降格の意義・態様
 別に、賃金・賞与[基礎編]Q4で詳述している通り、降格については、職位を引き下げるもの(昇進の反対措置)と、資格を低下させるもの(昇格の反対措置)とがあります。又、降格には、懲戒処分としてなされるもの(降格、降職等と呼称されます)と、人事異動(配転)としてなされる場合があります(菅野和夫「労働法」第7版補正版385頁参照)。裁判例は、以下のように、降格につき、それが一般的には権限や賃金の低下等の労働条件の改悪となることが多いことから、慎重な判断を示しています。
2.懲戒処分としての契約社員への降格
 懲戒処分としての降格については、相当性の原則等の一般的な懲戒処分の有効要件が問われることになります(ダイハツ工業事件・最二小判昭58・9・16判時1093-135は、使用者の懲戒権の行使が客観的に合理的な理由を欠き、又は社会通念上相当として是認し得ない場合には懲戒権の濫用として無効とされる、としています。菅野・前掲379頁以下参照)。例えば、質問の事案に似た、倉田学園事件・高松地判平元・5・25 労判555-81は、懲戒処分としての降職につき、労働契約の枠内での処分の可否という限界を示す事例となっています。ここでは、満60歳に達するまでの終身雇用が予定されている私立高等学校・中学校の教諭らに対して、懲戒権の行使として、雇用期間を1年の常勤又は非常勤講師への降格処分が、その処分前後の雇用形態の差異に照らし、労働契約内容の変更に留まるものとみることは困難として、許されないとされました。判旨は、就業規則に定められた事項のうち労働契約を規律する事項は、労働契約によって定めうる事項、すなわち労働契約の内容となりうる事項に限られるというべきところ、使用者は、懲戒権を行使する等一定の場合に、雇用の同一性を失わない範囲内で労働者の職務内容を一方的に変更しうることを就業規則に規定することは可能であるが、それをこえて当該労働契約を社会通念上全く別個のものに変更しうるということを就業規則に定めたとしても、そのような事項は、新たな契約の締結とみるほかなく、当該労働契約の内容となりえないものであるから労働契約を規律するものとはなりえないというべきである、としています。
3.人事権による役職・職位の降格
 これに対して配転としての降格については、裁判例は、一般論としては、人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められない限り、違法とは言えないとし(医療法人財団東京厚生会事件・東京地判平9・11・18労判728-36、その裁量判断を逸脱しているか否かを判断するに当たっては、使用者側における業務上の必要性の有無及びその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無及びその程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度、当該企業における昇進・降格の運用状況等の事情を総合考慮する、としています(同判決)。
 例えば、これにより、降格が有効とされた例として、エクイタブル生命保険事件・東京地決平2・4・27労判565-79では、営業所長を営業所の成績不振を理由に営業社員への降格と懲戒解雇が有効とされ、星電社事件・神戸地判平3・3・14労判584-61では、降格処分は、使用者の人事権の裁量的行為であり、就業規則等に根拠を有する懲戒処分には当らないとした上で、勤務成績不良(飲酒運転による免許停止、商品事故の報告怠慢、酒気を帯びて就労したこと等)を理由として部長の一般職への降格が有効とされました。
 しかし、裁判例は、その具体的判断においては、以下のように、降格が労働条件の改悪となることが多いことから、慎重な判断を示すものも少なくありません。例えば、バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件・東京地判平7・12・4労判685-17では、課長職から降格した事例で、課長職から課長補佐職相当職への降格は、使用者の人事権の濫用とは言えないが、この降格後の総務課(受付業務担当)への配転は違法とされ(この降格は、勤続33年に及び課長まで経験した者に相応しい職務であるとは到底いえず、元管理職をこのような職務に就かせ、働きがいを失わせるとともに、行内外の人々の衆目にさらし、違和感を抱かせ、職場で孤立させ、勤労意欲を失わせ、やがて退職に追いやる意図をもってなされたもので、不法行為に当たるとして、慰謝料100万円が認められました)、デイエフアイ西友事件・東京地判平9・1・24労判724-30では、バイヤーからアシスタントバイヤーへの降格に関する事例で、職種が一定のレベルのものに限定された労働者を不適格性を理由により低いレベルのものに引き下げる降格はできないとされ、医療法人財団東京厚生会事件・東京地判平9・ 11・18労判728-36では、婦長から平看護婦への二段階の降格につき、業務上の必要性があるとは言えず、降格がその裁量の範囲を逸脱した違法・無効なものとされ(なお、この判決は、使用者が違法な降格をしたことによって労務の受領を拒絶した場合でも、労働者は少なくとも労務の提供の準備をすることを要するとしています)、その他事件でも降格を定めた就業規則の規程を改正が違法として降格が無効とされたりしています(アーク証券事件・東京地判平12・ 1・31労判785-45)。
4.職能資格の措置としての降格
 なお、アーク証券事件・東京地決平8・12・11労判711-57では、職務内容につき変更がないにもかかわらず実施された職能資格・等級の見直しに伴う給与の号俸等の格下げ措置につき、右措置の実施のためには就業規則等に基づく明確な根拠を必要とされ、また、減給を定めた新就業規則上の規定の拘束力については不利益変更の高度の必要性が要求されるが、被告会社によるその点に関する主張・疎明がないとして、降格・減給措置は効力がないとされています。
 この点につき、最近のノイズ研究所事件・東京高判平成18・6・22 労経速 1942-39は、従業員の賃金制度が、いわゆる職能資格制度に基づき職能給を支給する年功序列型の従前の賃金制度から,職務の等級の格付けを行ってこれに基づき職務給を支給することとし,人事評価次第で昇格も降格もあり得ることとする成果主義に立つ新たな賃金制度に変更した就業規則の効力につき、合理性があると判断し、会社が従業員らに対して行った人事評価について裁量権の逸脱や濫用したことを認めることはできないとしました。成果主義型の賃金制度への変更も、十分な合理性を備え、従業員に対しても入念な配慮を行っているような場合には就業規則による年功型から成果主義的賃金制度の変更も全く認められないわけではないということです。
5.変更解約告知による契約社員への降格
 なお、理論的には、企業の経営上必要な労働条件変更(切下げ)による新たな雇用契約の締結に応じない従業員の解雇を認める「変更解約告知」(以下、告知という)の法理が認められれば、この告知により、契約社員への変更に応じない者を解雇することにより、事実上強制的に契約社員への変更をすることができますが、この理論は未だ裁判例も1件に留まり、仮に採用された場合も、その要件が裁判例上も学説上も極めて厳しく(菅野・前掲435頁以下参照)、実際の適用には困難を伴うでしょう。
 例えば唯一告知を認めた裁判例とされるスカンジナビア航空事件・東京地決平7・4・13(判時1526-35。以下、ス決定といいます)においても、変更解約告知を認める条件として、 a.労働条件変更が企業の運営上必要不可欠であり、b.その必要性が変更による従業員の不利益を上回り、変更後の新契約に応じない従業員の解雇を正当化する程度のやむを得ないものであることを求めた上、学説以上に条件を厳しくして、c.解雇回避努力義務の実行を求めています。しかも、決定では、この告知ではなく単なる整理解雇をされた従業員7名に対する解雇も有効と認められているため、いわゆる整理解雇基準(拙稿「判例に見る業績悪化による整理」ビジネスガイド537-30参照)との実際上の相違については今後の判例の集積を待つとしか言えません。しかも、その後ス決定に対しては、一審で申請を却下され解雇が有効とされた16人の内7人が東京高裁に即時抗告したところ、平成7年2月8日東京高裁でこの7人と会社との間で和解が成立しました。
 したがって、「変更解約告知」の法理が一般的に高裁レベルでどう判断され、定着されるかについては、正確には今後の他の事件での判例の集積を待つ外ありません。しかし、その後の研究者の間でのこの法理の適用範囲や適用要件についての検討の精緻化からしても(菅野・前掲435頁以下参照)、少なくとも「変更解約告知」の法理が今後全く顧みられなくなると見るのは早計かもしれません(なお、「変更解約告知の法理」を否定する旨を明言する例として、大阪労働衛生センター病院事件・大阪地判平10・8・31労判751-38があります)。

対応策

前掲・倉田学園事件の指摘する通り、正社員を契約社員に変更するような労働契約を社会通念上、全く別個のものに変更しうるということを就業規則に定めたとしても、そのような事項は、新たな契約の締結とみるほかなく、当該労働契約の内容となりえない、と解されます。このことは、単に懲戒処分としての降格に留まらず、人事異動としての降格についても当然あてはまります。従って、「答え」のように、原則として、当該本人の同意がなければ契約社員への降格・格下げはできません。但し、将来、正社員と契約社員との処遇の格差が是正され(パート・派遣・契約社員[実務編]Q1参照)、両者の地位が流動化・相対化したような暁には、この理論も出向・転籍理論と同様変更を迫られる可能性はありますし(人事[実務編]Q4参照)、変更解約告知理論もありますが、現状の判例・学説を踏まえた実務的対応としては上記の通りです。

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