休職通算規定の導入は不利益変更として実現はできないのか
メンタルヘルス上の問題を抱えた従業員の中には、精神疾患上の問題を理由に、欠勤、休職しながら、休職期間満了による退職の効果が発生するギリギリの期間までには、主治医の復職可能との診断書を提出して復職し、再び、欠勤と休職を繰り返す者が多発して困っています。会社としては、これらの従業員に、過重な時間外労働をさせたことも、パワハラヤセクハラ的は言動もしておらず、もっぱら、精神疾患は本人の素因によるものと思われます。このような休職制度の濫用に対応する方法はないのでしょうか。
疾病の如何を問わず、少なくとも同種の疾病による、休職期間の通算を認めるなどの休職規定の改正によって、一定の濫用防止と不適格者の排除が可能となるでしょう。
- (1)野村総合研究所事件・東京地判平20・12・19
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参考に、設問のような事案が問題とされた野村総合研究所事件(東京地判平20・12・19労経速2032号3頁。以下、本判決といいます)を紹介しておきます。
①事案の概要
Y社の就業規則の休職に関する規定である48条は、「職員が次の各号の一に該当するときは、休職を命ずる。」と定め、その1号において「傷病または事故により、次表の欠勤日数をこえて引続き欠勤するとき。」と定めていました。そして、同号にはただし書があり、平成18年4月1日以前は、「欠勤後一旦出勤して3ヶ月以内に再び欠勤するとき…は、前後通算する。」となっていましたが、同日以降「欠勤後一旦出勤して6ヶ月以内または、同一ないし類似の事由により再び欠勤するとき…は、欠勤期間は中断せずに、その期間を前後通算する。」と変更されていました。これに対して、Y社の労働者Xは、従前は、欠勤後復帰してから3か月経過した後再び休職した場合は欠勤期間はゼロから計算し直されていたのが、平成18年4月の改定により、6か月経過しないと欠勤日数がゼロに戻らないことになり、また、復帰後「同一ないし類似の事由」により欠勤することになった場合には、前回の欠勤から何年経過していようと、欠勤日数はゼロには戻らず通算されてしまう極めて不合理な結果となるから、この改定は、就業規則の不利益変更であり、無効であると主張して、Xが、Yに対し、平成15年4月1日施行のYの就業規則48条に定められた「休職の扱い」の規定の適用を受ける地位にあることの確認を求めました。②判決の要旨
本判決では、いわゆる確認の利益という民事訴訟法上の議論でもその利益が否定されましたが、休職規定の効力についてが主たる争点となり、これについて、「確かに、旧規定は、欠勤後復帰してから3か月経過した後再び休職した場合は欠勤期間はゼロから計算し直されていたのが、平成1年4月の改定により、6か月経過しないと欠勤日数がゼロに戻らないことになり、また、復帰後『同一ないし類似の事由』により欠勤することになった場合には、前回の欠勤から何年経過しても、欠勤日数はゼロには戻らず通算されることになるから、労働者にとって不利益な変更であることは否定できない。そこで、その必要性及び合理性について検討するに、近時いわゆるメンタルヘルス等により欠勤する者が急増し、これらは通常の怪我や疾病と異なり、一旦症状が回復しても再発することが多いことは被告の主張するとおりであり、現実にもこれらにより傷病欠勤を繰り返す者が出ていることも認められるから、このような事態に対応する規定を設ける必要があったことは否定できない。そして、…Yにおける過半数組合である野村総合研究所従業員組合の意見を聴取し、異議がないという意見を得ていることも認められる。」「そうすると、この改定は、必要性及び合理性を有するものであり、就業規則の変更として有効である。」と判断されました。
- (2)野村総合研究所事件から学ぶべき点
- まさに、本判決も指摘するように、近時いわゆるメンタルヘルス等により欠勤する者が急増し、これらは通常の怪我や疾病と異なり、一旦症状が回復しても再発することが多く、現実にもこれらにより傷病欠勤を繰り返す者が出ており、このような事態に対応する規定を設ける必要な事態が多発しています(詳細については、拙著「実務労働法講義〔第3版〕」上巻[民事法研究会・平22]609頁以下参照)。既に、従前の裁判例においても、疾病の如何を問わずその休職期間の通算を認めた裁判例(日本郵政公社事件・大阪地判平15・7・30労判854号86頁)が示されており、筆者自身、これを踏まえた休職規定の作成・改正の必要性とその際の労働契約法10条の合理性確保への配慮を指摘しきたところです(岩出誠編著「労働関係法改正にともなう就業規則変更の実務」〔清文社・平21〕39頁参照)。その中で、正に、休職期間通算規定導入が労働条件の不利益変更に当たるかが問われ、それに当たるとしつつも、労働契約法10条の合理性を認めて、同改正規定の有効性が認められた先例として、本判決は極めて重要な意義がある。なお、本判決では、合理性の認定につき、過半数労働組合の改正への同意に言及している。しかし、これをもって、休職期間の通算規定の導入には過半数労働組合の同意が不可欠であるということにはならないことは、労働契約法10条の中でもそれは一要素に過ぎないことや本判決自体でも。それが補強的要素となっていることから明らかである。
対応策
以上のように、疾病の如何を問わず、少なくとも同種の疾病による、休職期間の通算を認めるなどの休職規定の改正によって、一定の濫用防止と不適格者の排除が可能となるでしょう。
予防策
1 不利益変更の合理性の整備
なお、上記の就業規則の改正においては、本判決でも問題とされた、メンタルヘルス等により欠勤する者が急増し、これらは通常の怪我や疾病と異なり、一旦症状が回復しても再発することが多く、現実にもこれらにより傷病欠勤を繰り返す者が出ており、このような事態に対応する規定を設ける必要性の証明は、周知のところといえるが、仮に、従前、その種の濫用事例があれば、その点も整理しておくべき要素となります。 なお、前述の通り、本判決では、過半数労働組合の同意が補強的要素となっていることからも、前述の通り、これが不可欠ではないとしても、そのような要素の獲得に努めるべきです。
2 休職中・前後の処遇等への対応の必要性
さらに、この種の問題に関しては、これは、使用者が健康に問題の発見された従業員に対して、前述の私傷病休職と異なり、就労を全面的に拒否・免除することなく、増悪防止のための軽減業務への配転等の異動等の措置を採用した場合に、賃金との関係はどうなるかという問題でもあります。その類型別処遇対応とその可否・要件と効果も検討し、諸規程を整備しておく必要があります(拙著・前掲書講義・下巻1088頁以下、具体的な規定につき、拙著・前掲「就業規則変更の実務」38頁以下参照)。