法律Q&A

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復職可否の判断

石居茜(弁護士・ロア・ユナイテッド法律事務所)

従業員が病気で休職していましたが、このたび、従前の業務に従事することはまだできないが、事務などの軽作業であれば就業可能であるとして、主治医の診断書を添えて、復職を求めてきました。

この場合、従前の業務に復帰できないということで、休職を命じ、引き続き賃金を支給しないという措置をとってもよいでしょうか。

会社の規模からして、配置できる業務や部署がある場合には、他の業務への配置を検討しないと、会社の都合により労務提供できない場合とみなされ、従業員からの賃金請求権が認められる場合があります。

1 片山組事件の最高裁判決(最一小判平10・4・9)の概要
質問の参考になるのが(片山組事件(最一小判平10・4・9労判736号15頁)です。以下、この判例を中心に解説してみます。

(1)事案の概要
 建築工事現場で長年にわたり現場監督業務に従事してきた労働者が、バセドウ病にかかり、現場作業に従事できないと申し出た。会社は、主治医の診断書および労働者が自ら病状を記載した書面から、労働者が現場監督業務に従事することは不可能であると判断し、「自宅治療命令」を発した。労働者は、事務作業は可能とする主治医の診断書を提出したが、会社は、現場監督業務に従事できるとの診断でないことから自宅治療命令を持続し、その後、労働者が現場監督業務に復帰するまでの4ヶ月間、欠勤として賃金を支給せず、冬期一時金を減額したため、労働者が、その間の賃金等を請求した事案である。

(2)判決の要旨
 ① 原審(東京高判平7・3・16労判684号92頁)は、本件工事現場では、現場作業がほとんどであり、事務作業は補足的でわずかなものにすぎず、信義則上事務作業を労働者に集中して担当させる措置を採ることが相当であったとはいえないとし、労働者が主張した以前就業した工務監理部での事務作業も恒常的に存在するものではなく、その労働者の不就労期間に存在したとは認められないとして、会社には、信義則上、労務の一部のみの提供を受領するのが相当といえる事情がなく、労働者を事務作業に就かせず、自宅待機命令を継続したとしても、労働者の債務の履行が不能であるので、労働者の不就労期間中の賃金請求権は生じないとした。

 ② これに対して最高裁は、労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が従前にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情および難易等に照らして、当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当であると判断した。
 本件では、労働者は、雇用されて以来21年以上にわたり建築現場における現場監督業務に従事してきたが、労働契約上その職種や業務内容が現場監督業務に限定されていたとは認定されていないとし、事務作業は可能であって、それを申し出ていたのであるから、その労働者の能力、経験、地位、会社の規模、業種、労働者の配置・異動の実情および難易等に照らしてその労働者が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうか、また、労働者が、会社において現場監督業務に従事していた他の労働者が、病気、怪我などによりその業務従事できなくなったときに他の部署に配置転換された例があると主張しているが、それについて判断されていないので、これらの点にについて審理判断しないまま、労務の提供が債務の本旨に従ったものではないとした原審の判断は、労働契約の解釈を誤った違法があるとして原判決を破棄し、これらの点について審理を尽くすため原審に差し戻した。

2 復職問題への片山組事件の最高裁判決の意義
 労働者が、それまで長年従事していた現場監督業務には従事できなくても、事務作業はできると診断書を添えて申し出てきた場合に、会社が、本来業務ができないからとして自宅治療命令を出し、現実に本来業務に復職するまで賃金を支給しなかった事案で、債務の本旨に従った労務の提供がないとして労働者の賃金請求権が消滅するのか(民法536条1項)が問題となり、最高裁は、労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が従前にはできないとしても、事務作業はできると申し出ているのであるから、その配置の現実的可能性を検討しないまま、労務の提供が債務の本旨に従ったものではないと判断することは違法と判断したものである。
 この問題は、私傷病で休職していた労働者が、休職期間満了時に、完全に本来業務をできない状態で復職を申し出てきた場合に、会社が、復職できる状態にはないとして、就業規則の規定に基づき、退職や解雇とした場合に、紛争として生じることが多い。
 私傷病で休職していた労働者に対し、会社が休職期間6ヶ月経過後に復職できる状態にないとして就業規則に基づき退職とした事案で、休職期間満了時において、労働者は、月1.2回の通院が必要な状況であったが、日常生活には問題がなく、事務能力、計算能力も回復し、車の運転もできるようになり、通常の仕事は可能な状況に回復していたとし、直ちに100%の稼働ができなくても、職務に従事しながら2,3ヶ月程度の期間を見ることによって完全に復職することが可能であったと推認できるとして、休職期間満了として退職とした取扱を無効とした判例がある(北産機工事件・札幌地判平11・9・21労判769号20頁)。
 裁判所は、復職後直ちに従前の業務に復帰できない場合でも、比較的短期間で復帰可能であると認められる場合には、短期間の復帰準備時間の提供などが信義則上求められ、信義則上の措置をとらずに退職、解雇とする手続を無効とする傾向がある(全日本空輸事件・大阪高判平13・3・14労判809号61頁)。大型貨物自動車の運転手として職種を限定して雇用した労働者についても、短期間の復帰準備期間の提供等の措置をとることが信義則上求められていると判断した判例もある(カントラ事件・大阪地判平13・11・9労判824号70頁)。
 他方で、従業員の復職に当たって検討すべき「従前の職務」とは、当該従業員が休職前に担当していた職務を基準とするのではなく、会社の従業員が本来通常行うべき職務を基準とすべきとし、休職前に、従業員が病気のため機械的単純作業を割り振られており、その機械的単純作業をこなすことも困難であり、医師の「現時点で当面業務内容を考慮した上での通常勤務は可能である」との診断はあるが、これは、休職に入る前に割り当てられた機械的単純作業に復帰可能という状態にすぎないことや、その従業員の休職期間がすでに2年6ヶ月の長期に及んでいたことから、休職期間満了時において復職できる状態に達していたとはいえないと認定し、休職期間満了を理由とする解雇を有効と判断した例もある(独立行政法人N事件・東京地判平16・3・26労判876号56頁)。

対応策

片山組事件の最高裁判決は、職種や業務内容が労働契約で限定されている労働者でなく、会社の規模からして、配置できる業務や部署がある場合には、休職していた労働者がたとえ元の業務に戻ることができない場合でも、労働者が他の業務の労務の提供を申し出ているのであれば、他の業務への配置を検討することが求められていることを示唆したといえます。また、会社は、復職期間満了時に、直ちに従前の業務に復帰できない場合でも、主治医や産業医の診断に基づき、比較的短期間で復帰可能と認められる場合には、負担の少ない他の業務への配置の検討や、短期間の復帰準備時間の提供などが信義則上求められているといえるでしょう。

予防策

休職期間が満了して労働者が復職を求めてきた際に、労働者の主治医の診断のみでは、元の部署への完全な復職に疑念が生じる場合もあり、復職をめぐっては何かとトラブルが生じやすいものです。 そこで、就業規則の休職を定めた規定に、復職についての規定もきちんと設け、元の業務とは別の業務に就かせる場合もあること、会社の指定する医師の診断を受け、正当な理由なく、会社の指定する医師の受診を拒否する場合には、復職は認めないこと、休職期間が満了しても復帰できないときは退職となること等の規定を置いておくことが重要です(岩出誠著『実務労働法講義』[民事法研究会、第3版]上巻605頁以下参照)。

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