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起訴休職の考え方と留意点

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
弁護士 竹花 元(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2011年01月:掲載

「起訴休職」の考え方と規程新設に際しての留意点

当社では現在、社員が刑事事件の被疑者、被告人となった場合の休職(いわゆる「起訴休職」)に関する規定の新設を検討しています。「起訴休職」という言葉はよく聞きますが、会社の判断で、該当者につき、一方的に起訴休職を適用することは可能でしょうか。規程作成上のポイントと併せて教えて下さい。

起訴により企業の社会的信用が失墜し、職場秩序に支障が生じるおそれがあるなど、休職命令に合理的な必要性が認められなければ、無効となる場合もある。規定には、①休職の定義、②休職の期間、③休職時の賃金支給の有無──等を盛り込んでおくべき

1 起訴休職とは
 起訴休職とは、労働者がなんらかの犯罪の嫌疑を受けて起訴された場合に、労働者を休職させる制度のことをいいます。当該労働者を就労させた場合に、職務内容や公訴事実の内容によっては、職場秩序が乱されたり、企業の社会的信用が害され、また、当該労働者の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に支障が生じたりすることを避けるためのものです。通常、刑事手続は、「逮捕→勾留→起訴」という流れになっており、起訴休職は、労働者が起訴された場合に問題となります。
2 起訴休職の有効性
[1]起訴休職の開始が有効とされるには
通説・裁判例は、起訴の事実だけでは、当然には起訴休職を認めていません。特に、下記の①と②の要件が満たされない場合には、仮に、就業規則に起訴休職の定めがあったとしても、会社による休職命令は無効となります。

 ①対外的信用および職場秩序の維持に必要か。
 また、労務の継続的な提供に支障を来すおそれがあるか

起訴により、就労が直ちに不可能となるわけではなく、さらに、刑事裁判上、有罪確定までは「無罪の推定」が働くことから、起訴休職が有効とされるためには、起訴の事実に加えて、①(イ)起訴により企業の社会的信用が失墜し、職場秩序に支障が生じるおそれがあるか、または、(ロ)労働者の勾留や公判期日への出廷のために、労務の継続的提供に支障が生じるおそれがある―ことを要すると考えられています。たとえば、全日本空輸事件(東京地判平11・2・15労判760号46頁)では、元同僚への傷害容疑で起訴された航空機機長に対する起訴休職の適用について、私生活上の男女関係から生じた事件であり、公判のための出頭も年休取得により可能である――として、無効と判断されています。一方、明治学園事件(福岡高判平14・12・13労判848号68頁)では、私立学校の教員が、入管法の不法就労あっせん罪で逮捕後、長期間勾留され、マスコミ等で広く報道されたケースですが、同人を復職させた場合は学園の業務に大きな混乱が生ずることが予想されるとされ、起訴休職は有効と判断されています。

 ②懲戒処分との均衡がとれているか
さらには、起訴休職は、なんらかの非行を対象とする処分である点で懲戒処分に近似する措置となります。そこで、②懲戒処分との間で著しい不均衡が生じないことも重要です。前掲全日本空輸事件では、この観点からも起訴休職の有効性が検討されています。すなわち、同社において、当該起訴休職に係る起訴事実が確定した場合に行われうる懲戒処分は、「降格」・「1週間が限度の出勤停止」・「労基法91条による制限を受ける減給」があります(裁判例は、解雇は無効である可能性が高いことも述べています)。しかし、これらの懲戒処分と、結果的に十数ヶ月にも及んだ無給の起訴休職という重大な措置とでは、釣り合いが取れない点も指摘し、起訴休職命令を無効であると結論付けています。

[2]起訴休職の継続が有効とされるには
以上の有効要件は、起訴休職の継続中も満たしている必要があります。起訴休職の当初は①(イ)と①(ロ)のいずれかの要件に合致して起訴休職が有効であったとしても、休職期間の途中で要件を満たさなくなった場合には、使用者は、休職事由が終了したものとして、使用者は復職措置をとらなくてはなりません。たとえば、労働者が保釈された場合には、身体的に解放されるので、①(ロ)労務の継続的提供が可能となります。また、第一審で無罪判決を受けた場合は、刑事裁判という慎重な手続による無罪判断となりますので、①(イ)対外的信用及び職場秩序への支障が生じるおそれが小さくなります。それにより、起訴休職開始時には存在した有効要件が消滅した場合、もはや起訴休職を継続することはできず、使用者には復職措置をとる必要が生じます。

[3]裁判所の判断の傾向
裁判例から、私企業における起訴休職処分をみると、多くのケースで、休職処分が要件を欠くものとして無効と判断されており、特に、保釈後の起訴休職処分については、裁判所は否定的です。ただし、公務員については、比較的、起訴休職処分を命じる側の裁量の幅が広くなっています(福岡中央郵便局事件・最一小判昭63・6・16労判519号6頁)。

3 起訴休職中の賃金
一般的な「休職」期間中の賃金については、通常、これが労働者側の事由に基づく休職の場合、労働者の帰責事由による労務の履行不能であることから、賃金請求権は発生しません。この点、使用者が一方的に休職命令を発する場合であっても同様です。したがって、前述の観点から有効な起訴休職が適用された場合、労働者に帰責事由があるといえるので、就業規則に賃金を支払う旨の定めがない限り、使用者は、起訴休職中の賃金を支払う必要はありません。なお、起訴休職が有効である場合、後に無罪判決が確定したとしても、起訴休職そのものが遡及的に違法となるわけではなく(たとえば、全国農業共同組合連合会事件・東京地判昭62・9・22労判503号16頁)、使用者は遡って賃金を支払う義務も生じないと考えられます。

対応策

起訴休職については、一般に、就業規則上、「従業員が刑事事件に関して起訴された場合、休職とする」のように規定されます。さらに、期間についても、「原則、判決確定までとする」など、期限を明示しておくことが望ましいでしょう。また、上述のとおり、使用者に給与の支払い義務はないのが通常ですが、その旨を明らかにするため、「第○条に定める休職期間中は原則として給与を支給しない。ただし、会社が特別な事情があると認めた場合は、この限りではない」といった定めを置くことが考えられます。

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