”事業に主として従事する”労働者であるか否かについて労働者と会社側の考えが異なる時はどうすればいいのでしょうか?
A社は会社分割により、そのA1事業部門を新設するB社に承継させようと考えています。その際、法律によって、A1の”事業に主として従事する”労働者であるか否かによって処遇について差があると聞きましたがそれはどのような差で、どのようにその区別を付け、その判断について労働者と会社側の考えが異なる時はどうすればいいのでしょうか?
回答ポイント
- 「事業に主として従事する」労働者であるか否かによって承継会社への当然承継や承継への異議申立権の有無などの重大な処遇上の差があるため、承継規則及び承継指針がその判断基準を詳細に定めています。そして、承継指針は、労使間にその判断をめぐり争いが生じた際の解決基準についても言及していますので、これらを踏まえた対応が必要となります。
解説
- 1 承継事業主要従事労働者と指定承継労働者の区分
- 会社分割労働契約承継法(以下、承継法という)は、分割の個人宛事前通知の対象たる労働者の間に、[1]分割会社が雇用する労働者で、設立会社等に承継される事業(以下、承継事業といいます)に主として従事するものとして労働省令で定めるもの(以下、「承継事業主要従事労働者」といいます)と(承継法2条1項1号)、[2]分割会社が雇用する労働者(前号に掲げる労働者を除く、「承継事業を従たる職務とする労働者」等)で、分割計画書等にその者が分割会社との間で締結している労働契約を設立会社等が承継する旨の記載があるもの(以下、指定承継労働者という)と(同法2条1項1号)の区別をしています。
- 2 承継事業.主要従事労働者と指定承継労働者の区分の効果
- この2種類の労働者の区別の差異は、承継事業主要従事労働者には、分割計画書等の記載のみにより、同意を要することなく転籍の効果を発生させ(承継法3条)、同計画書等に記載ない場合には期限日までの異議申立による設立会社等への承継効果を認めるのに対して(同法4条)、指定承継労働者の場合には、逆に、期限日までの異議申立により設立会社等への転籍効果の発生を認めず、個別の同意がなければ分割会社への残留効果を認められることになるなどにあります(同法5条)。
- 3 承継される事業に主として従事する者の範囲
- (1)承継規則上の区分区準
そこで承継法が労健省令で定めるとされていた(2条1項1号)、承継「事業に主として従事するもの」(承継事業主要従事労働者)の範囲について、省令(平成12年12月27日労働省令48号・会社分割に伴う労働契約の承継に関する法律施行規則。以下、承継規則という)2条では、次のとおり定められました。[1]分割計画書等を作成する時点において、承継される事業に主として従事する労働者(分割会社が当該労働者に対し当該承継される事業に一時的に主として従事するように命じた場合その他の分割計画書等を作成する時点において当該時点後に当該承継される事業に主として従事しないこととなることが明らかである場合を除く。)
[2]前[1]の労働者以外の労働者であって、分割計画書等を作成する時点以前において分割会社が承継される事業以外の事業(当該分割会社以外の者のなす事業を含む。)に一時的に主として従事するよう命じたもの又は休業を開始したもの(当該労働者が当該承継される事業に主として従事した後、当該承継される事業以外の事業に従事し又は当該休業を開始した場合に限る。)その他の分割計画書等を作成する時点において承継される事業に主として従事しないもののうち、当該時点後に当該承継される事業に主として従事することとなることが明らかであるもの。(2)承継指針による補足
しかし、上記のように、規則上の承継事業主要従事労働者該当性の判断基準は一読しても簡単には分かり難いものとなっているため、承継法8条に基づく「分割会社及び設立会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」労働省告示平成12年127号(以下、承継指針といいます)は以下のように、この判断に当たっての注意点を指摘しています。[1]分割計画書等作成時点における判断
(イ)専属的承継事業従事者
先ず、「分割計画書等を作成する時点において、承継される事業に専ら従事する労働者」は、承継法2条1項1号の労働者(承継事業主要従事労働者)に該当することを確認しています。
これは、従前、承継法の解釈として、例えば、A(バス)、B(タクシー)、C(ホテル)等の複数の事業を経営している会社がA部門を分割する場合において、A事業のバス運転手等がこれに該当することについては疑義はないとされていたケースに対応します。(ロ)兼務的承継事業従事者
次に、「労働者が承継される事業以外の事業にも従事している場合は、それぞれの事業に従事する時間、それぞれの事業における当該労働者の果たしている役割等を総合的に判断して当該労働者が当該承継される事業に主として従事しているか否かを決定するものであること」としています。
これは、従前の解釈として、前記ABいずれの事業についてもメンテナンス業務に従事したりするような複数の部門にまたがって仕事をしていた人については、分割部門と他の部門との仕事の質・量等の総合的判断から相対的に、主従・軽重が決定されることになるとされていたことに対応します。(ハ)間接部門従事者
更に、a「総務、人事、経理、銀行業における資産運用等のいわゆる間接部門に従事する労働者であって、承継される事業のために専ら従事している労働者」は、承継事業主要従事労働者に該当するものであること。b「労働者が、承継される事業以外の事業のためにも従事している場合は、上記(ロ)の例によって判断することができるときには、これによること」。c「労働者が、いずれの事業のために従事するのかの区別なくしていわゆる間接部門に従事している場合で、上記(ロ)の例によっては判断することができないときは、特段の事情のない限り、当該判断することができない労働者を除いた分割会社の雇用する労働者の過半数の労働者に係る労働契約が設立会社等に承継される場合に限り、当該労働者は」、承継事業主要従事労働者に該当すると指摘しています。
これらの内、bの点は、従前から、aのように、人事・労務・総務等のように全部門に関係してその主従・軽重が決められない業務に従事している労働者は承継事業主要従事労働者には原則として該当しないなどと解されていた点をより緻密に分析したもので、承継事業においてこれらの間接部門がある限り妥当な判断でしょう。しかし、cの点は、新しく示された見解です。要するに、上のABC部門を持つ企業の例で言えば、ABCの内A社に経営資源の集中投下を図るような場合が想定できます。例えば、分社されたA部門に、BC部門の労働者の内、区分不明の労働者を除く過半数の労働者も転籍するような場合で、しかも、その場合には、明かに承継事業主要従事労働者以外の者、指定承継労働者等を含めて承継する訳ですから、彼らは後述の分割会社への残留のための異議申立権を持っている訳で、そのようなハードルを全てクリアした上での判断となると極めて稀なケースとなるでしょう。従って、一般には、そのような間接部門の労働者は、指定承継労働者となるということになりそうです。[2]分割計画書等作成時点で判断することが適当でない場合
承継指針は、更に、会社分割前後の異動等の関係で、分割計画書等作成時点でのみ承継事業主要従事労働者か否かを判断することが適当でない場合があること、即ち、時間的要素などの存在を想定し次のような判断基準を示しています。
(イ)臨時的従事者等
先ず、a「分割計画書等作成時点において承継される事業に主として従事する労働者であっても、分割会社が、研修命令、応援命令、一定の期間で終了する企画業務への従事命令等一時的に当該承継される事業に当該労働者を従事させた場合であって、当該命令による業務が終了した場合には当該承継される事業に主として従事しないこととなることが明らかであるもの」は、承継事業主要従事者に該当しないとしています。
また、b「育児等のために承継される事業からの配置転換を希望する労働者等であって分割計画書等作成時点以前の分割会社との間の合意により分割計画書等作成時点後に当該承継される事業に主として従事しないこととなることが明らかであるもの」も承継事業主要従事労働者に該当しないとされています。
aでは、承継事業への従事の臨時性が重視され、bでは、労働者の希望に基づく労使の合意による承継事業からの離脱を重視しています。但し、bの場合、当該労働者の希望が将来の会社分割を認識していればあり得ない事情がある場合などには錯誤の問題などが起こり得ますがそれらの点は後述します。(ロ)出向者・採用内定者等
次に、a「分割計画書等作成時点前において承継される事業に主として従事していた労働者であって、分割会社による研修命令、応援命令、一定の期間で終了する企画業務への従事命令(出向命令を含む。)等によって分割計画書等作成時点では一時的に当該承継される事業以外の事業に主として従事することとなったもののうち、当該命令による業務が終了した場合には当該承継される事業に主として従事することとなることが明らかであるもの」は承継事業主要従事労働者に該当するとしています。
又、b「分割計画書等作成時点前において承継される事業に主として従事していた労働者であって、その後休業することとなり分割計画書等作成時点では当該承継される事業に主として従事しないこととなったもののうち、当該休業から復帰する場合は再度当該承継される事業に主として従事することとなることが明らかであるもの」は承継事業主要従事労働者に該当するとしています。
更に、c「労働契約が成立している採用内定者、育児等のための配置転換希望者等分割計画書等作成時点では承継される事業に主として従事していなかった労働者であっても、当該時点後に当該承継される事業に主として従事することとなることが明らかであるもの」も承継事業主要従事労働者に該当するとしています。
a、bも臨時性の観点から理解可能ですが、cの内、配転希望者には前述の問題があり得、内定者の場合、内定時に配点場所が決まっていない場合の処理が問題となり、指針からは指定承継労働者となるのかそれ以外の労働者となるか不明ですが、この点も後述します。(ハ)恣意的な異動等への対応
なお、「過去の勤務の実態から判断してその労働契約が設立会社等に承継されるべき又は承継されないべきことが明らかな労働者に関し、分割会社が、合理的理由なく会社の分割後に当該労働者を設立会社等又は分割会社から排除することを目的として、当該分割前に配置転換等を意図的に行った場合における当該労働者」が承継事業主要従事労働者に該当するか否かの判断については、「当該過去の勤務の実態に基づくべきものである」とされています。
つまり、企業の恣意的な配転等の異動により承継事業主要従事労働者か否かを左右することはできないということです。[3]分割会社と労働者との間で見解の相違がある場合
なお、承継指針は、承継事業主要従事労働者に該当するか否かの判断に関し、労働者と分割会社との間で見解の相違があるときに備え、当該分割会社は、会社分割法附則第5条の労働者との事前協議義務と承継法4条の労働者の理解・協力取得努力義務に基づく、「当該労働者との間の協議等によって見解の相違の解消に努める」よう指導しています。そして、この協議の場合に留意すべき点を指摘しています。しかし、ここでの「協議等によっても見解の相違が解消しない場合においては、裁判によって解決を図ることができる」ことは同指針をまつまでもなく当然です。
なお、この問題は、承継事業主要従事労働者等への事前通知義務違反等の問題と関連して後述することにします(9-6-8)。
対応策
以上によれば、「回答」の通り、「事業に主として従事する」労働者であるか否かによって承継会社への当然承継や承継への異議申立権の有無などの重大な処遇上の差があるため、承継規則2条及び承継指針がその判断基準を詳細に定めています。そして、承継指針は、労使間にその判断をめぐり争いが生じた際の解決基準についても言及していますので、これらを踏まえた対応が必要となります。