派遣労働者が派遣先の金員を持ち逃げしたような場合、派遣先企業から派遣元の責任が問われることがあるのでしょうか。それは、どんな場合でしょうか。
回答ポイント
- 派遣業務に関連した違法行為であり、労働者派遣契約でも派遣労働者の違法行為についての損害賠償責任が明記されているような場合には、派遣元は責任を免れません。しかし、派遣先の管理の仕方や、派遣業務の内容の制限等の派遣労働契約の内容等により、過失相殺がなされる場合があります。
解説
- 1 企業での派遣労働利用の普及
- 多くの企業では、スリム化等のため、基幹的業務以外の労働者をパート、派遣労働者などのいわゆる非正規雇用に置きかえる雇用戦略を依然として継続していますが、今後もこの流れは変わらないでしょう。そんな中で、質問のような事件も既に多く発生しています。派遣先が、派遣元の関連会社や、派遣元の重要顧客などの場合には、事実上の力関係で、問題が顕在化しないまま処理されることも多く、事実、これまではそのように処理されてきたと考えられます。しかし、企業のスリム化の進展で、派遣先が派遣元に対して損害賠償を求め、派遣元に民法 715条の使用者責任により、派遣労働者の派遣先企業内での横領について約300 万円の損害賠償責任を認めた裁判例も既に示されています(パソナ事件・東京地判平8・6・24判時1601-125)。
- 2 派遣先の使用者責任に関する諸問題
- 以下この事件で争点となった点を説明しておきます。
(1)業務の範囲
事案は、人材派遣会社の社員が派遣先の会社の金員を横領した事件ですが、先ず、当該派遣労働者の業務の範囲が争点となり、社会保険手続に付随しての現金取扱業務程度の現金業務は予測できること、契約締結に際しての派遣先の派遣業務についての説明、契約書に現金業務の除外規定がないこと等から、契約に基づき派遣社員が担当すべき仕事の範囲に現金業務が含まれているとされました。(2)派遣元の指揮命令・使用関係の存在
次に、派遣労働では、その建前から、派遣労働者は、派遣先の指揮命令の下に労務を提供する関係で(派遣法2条)、当該業務には、派遣元の使用者責任(民法715条)を導く前提としての派遣元の指揮命令関係がないのではないかとの問題があります。判決は、この点に関して、(1)で触れた通り、派遣社員の現金取扱業務が契約に基づく業務内容であること、右社員は、派遣会社に雇用され、同会社から給与の支払を受けていたこと、同会社の派遣担当が定期的に訪れ仕事ぶりを見て監督していたこと、実質的な派遣料は、派遣社員に対する指導監督の対価の意味もあること、労働者派遣基本契約第7条で損害補償を規定すること等からすると、派遣社員の横領は、契約に基づき派遣業務としての派遣会社の職務の執行につきなされたものと解されるとし、派遣元の使用者責任を認めました。(3)派遣元の監督注意義務履行による免責の否定
なお、この事件では、派遣元は、抗弁として、選任監督に当たっての注意義務の履行を主張しましたが(民法715条但書き)、この主張が容易に認められないことは判例・通説上明らかであり(大判大4・4・29民録21-606 等)、この事件でも、派遣会社において、派遣社員の選任及びその職務執行の監督について相当の注意を尽くしているとは到底いえないとされました。
- 3 派遣先の注意義務違反による過失相殺の可否
- 前述の通り、派遣労働では、その建前から、派遣労働者は、派遣先の指揮命令の下に労務を提供する関係で、派遣労働者の違法行為についても、派遣先による指揮命令上の監督・注意義務違反の有無・程度が派遣元の免責や少なくとも派遣元の損害賠償責任を減額させる過失相殺の根拠となり得ることが考えられます。
しかし、この事件では、横領が発覚されやすい状況にあり、過去において各種給付金の領得の事故はなかったこと等の事情において、故意に各種給付金を領得した派遣社員に対する損害賠償請求につき過失相殺を認めるのは相当でないところ、派遣会社は、派遣社員から住民票の提出も受けないで雇用し、派遣後は派遣社員を監督し派遣料を得ていたことに照らすと派遣先の会社が派遣会社に対してなした損害賠償請求についても、過失相殺を認めることは妥当でないとされました。
理論的には過失相殺乃至その類推適用の余地があったものとも考えられます。実際、その後のテンプロス事件・東京地判平15・10・22判時1850- 70では、派遣労働者の派遣先での業務上の文書偽造の不法行為につき、派遣元の責任を認めましたが、「派遣期間中は派遣先である被告の指揮監督下にあるため、その動向の確認等は容易ではないということができる。そして、派遣先である被告にも相当な不注意があったというべきである。」「これらの諸点に、甲野らの犯した行為は私文書偽造という、単なる服務規律違反に留まらない犯罪行為であったことなどをも勘案すると、被告の損害については五割の過失相殺をするのが相当である。」として派遣先にも5割の責任を認め、過失相殺しています。しかし、派遣元の杜撰な労務管理に対しては、裁判所がこのような厳しい態度を取ることもあることを認識しておくべきでしょう。
対応策
以上の次第で、「答え」の通り、派遣業務に関連した違法行為であり、労働者派遣契約でも派遣労働者の違法行為についての損害賠償責任が明記されているような場合には、派遣元は責任を免れません。しかし、派遣期間中は派遣先である被告の指揮監督下にあるため、その動向の確認等は容易ではないところから、派遣先の管理の仕方や、派遣業務の内容の制限等の派遣労働契約の内容等により、派遣先にも過失ありとされることがあり得ます。
予防策
紛争回避のためには、派遣元に請求できる条件・範囲などを前述の派遣労働契約書の中で明確にしておく必要があるでしょう。派遣先としては、派遣元に派遣労働者の不法行為についての、身元保証人的な包括的根保証特約を求めておくことが賢明でしょう。また、派遣契約で、派遣業務内容の制限等を徹底し、それに派遣先が違反した場合の損害の負担割合につき免責や相当な減額ができる旨の約定などが工夫されるべきでしょう。