私が所属する派遣会社は、私を営業職の契約社員として採用し、派遣先との間で派遣契約を結んで派遣先で働かせていましたが、1年経過後に、私に個人事業主として、派遣先と業務委託契約や請負契約を結んで仕事を続けるように言って来ました。こんな指示に従がう必要があるのでしょうか?又、こんな形の労働は許されているのですか?
Bが所属する派遣会社A社は、Bを営業職の契約社員として採用し、派遣先C社との間で派遣契約を結んで派遣先で働かせていました。ところが、1年経過後に、BがC社と直接雇用関係を結べるものと期待していたところ、A社はBに個人事業主として、派遣先C社と業務委託契約や請負契約を結んで仕事を続けるように言って来ました。しかも、A社はBとC社の仕事の紹介料をBに支払えと要求しています。こんな指示に従う必要があるのでしょうか?又、こんな形の労働は派遣法や職業安定法などの法律上許されているのですか?
回答ポイント
- 労働法上の労働者該当性の判断は、単に契約関係が雇用か委託・請負かなどの契約形式によることなく、前述(10-2-4)の派遣基準のように、実態としてC社がBを自己の指揮命令下で仕事をさせているか否かという実態によります。そして、Bの実際のサービス(役務)の提供状況において、実質的に、Bが、 C社の指揮命令下になく、独立自営で、自己の計算と責任において事業を営む個人事業主として、派遣先C社と業務委託契約や請負契約を結んで仕事を続けるのであれば、Bは労働者でないことになり、Bが労働者であることを前提とした職業安定法、派遣法をはじめとする労働関係法規、社会保険法の適用はされないことになります。従って、逆に実態的にBが労働者ということになれば、A、C社は、それらの関係法令の規制を免れないことになり、例えば、BのC社への就労についてA社はBとの雇用関係・指揮命令関係の実態に即し、職業安定法、派遣法等の規制を受け、Bに紹介料を請求することはできません。
解説
- 1.改正派遣法による3年継続使用後の直接雇用義務等による問題の拡大
- 質問のような労働法上の労働者の範囲(いわゆる労働者概念)の問題は、以前から裁判例や労働委員会命令で論じられてきました(例えば、柳屋孝安「非労働者と労働者概念」講座21世紀の労働法 1巻128頁以下、菅野和夫「労働法」第8版89頁以下、岩出誠「委託集金人と労基法上の労働者」ジュリ576号139頁、岩出誠「実務労働法講義」改訂増補版上巻16頁以下等参照)。
しかし、派遣労働の世界でこの問題が最近特に注目されているのは、前述(第10篇第2章「派遣社員3年使用後の雇用義務」)の通り、平成11年や平成15年の派遣法の改正で、3年の受け入れ期間の制限のある業務について、3年の期間制限を超えて継続して労働者派遣が行なわれた場合には、派遣先が直接雇用するよう雇入れ勧告等があることになった関係から(40条の4等参照)、この直接雇用義務回避の手段として、質問のような形で、派遣労働者を個人事業主として、派遣先C社と業務委託契約や請負契約を結んで仕事を続けさせる方法が取られることがあることが報じられています。
その他にも、派遣の場合に限らず、企業にとって、雇用の場の法規制は均等法、育児介護休業法等においては強化され、かつ経済的にも労働保険、社会保険の負担も大きく、企業はこれらの規制・負担を回避したい衝動にかられています。そして働く側においても、とりわけ起業家(entrepreneur)志向の中で、とりわけIT(情報技術)関連で、一定、指揮命令等の拘束を受けず、正に個人事業主としてサービスを提供したいとのニーズも生まれています(柳屋・前掲128頁以下参照)。
- 2.労基法・派遣法・職安法・労働契約法上の労働者
- (1)具体的な判断の困難
その労働者の範囲については、一般的な労働法上の労働者概念として論じる立場もありますが、最近では、労基法等の個々の法律に即した労働者概念が論じられています。なお、ここで主に問題とする労働保険、派遣法・職安法上の労働者概念の基礎となる労基法上の労働者概念を紹介しておきます。なお、この労基法上の労働者と労働契約法2条1項の労働者とは実質的には同様と解されています(岩出誠他『労働契約法って何』(労務行政、2008)28頁以下、厚生労働省の通達「労働契約法の施行について」平成20年1月23日基発第0123004号も同旨)。
さて、労基法9条は、その適用対象である「労働者」を「使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と規定していますが、具体的な事案についてこの「労働者」に該当するかどうかの判断は必ずしも容易ではありません(この点に関しては、昭和60年の労働基準法研究会報告「労働基準法の"労働者"の判断基準について」、平成8年の労働省労働基準法研究会労働契約法制部会「労働者性検討専門部会報告」が詳細に検討しています)。
例えば、判例等の挙げる下記図表のような各基準を数値化して、その判断を行うなどを試みている企業もありますが、実際の作業は困難です。しかし、判断を下す参考にはなるでしょう。各項目の事情が多いほど労働者とされる可能性は高まります。判断基準 具体的判断事情 時間的拘束性 毎日一定の時間業務を行うという定めがある。 明確な定めはないが、実質的には、ほぼ毎日一定の時間業務を行う必要がある。 業務の開始・終了時間の定めがある。 週に数回、営業会議等のため一定時間に出社する必要がある。 遅刻・早退による報酬減額制度がある。 タイムカード等で時間管理している 場所的拘束性 会社にその人のための席・机があり、業務は基本的にその場所で行なうこととなっている。 業務遂行場所の定めがある。 明確な定めはないが、発注主の事業所に常駐している。 日報等のため、1日一定時間、発注主の事業所にて業務を行う必要がある。 受託の自由等 専属契約をしている・他の業務を行うことを禁止している。 実質的に、他の業務を行うことはできない。 仕事量が安定している。 指揮命令 典型雇用従業員と同様にマネジメントしている。 業務遂行の過程において、細かな指揮命令を受ける。 費用負担 業務に必要な用具・交通費等はすべて会社が最終的に負担。 業務に必要な用具・交通費等は大半を会社が最終的に負担。 報酬・その他 月額支給。 時間外加算がある。 大半が固定給。 典型雇用従業員の賞与に準じた報奨金制度がある。 契約終了時に典型雇用従業員の退職金に準じた一定の慰労金を支払う。 注文書、注文請書、請求書、領収書等は存在しない。 社会保険及び雇用保険の保険料の控除がある。 給与所得扱い。 契約金額は、同様の業務の典型雇用従業員に準じているか低い。 (2)裁判例に見る具体的判断
具体的には(以下につき、菅野・前掲91頁以下参照)、外務員や在宅ワーカー等の特殊契約関係にある就業者について、労基法上、「使用され」ると言える典型例は、仕事依頼に対して断ることができず、業務の内容や遂行の仕方・方法について指揮命令を受け、就業場所や就業時間が拘束され、業務遂行を他の人に交替させることができないなどといった事情がそろう場合です。報酬面でも、その計算方法、支払形態において従業員の賃金と同質か、事業所得としての申告の有無、個人事業主への契約代金と言えるかなどを、所得税の源泉徴収の有無又は、労働保険、社会保険徴収の有無などから総合的に見て、当該報酬が賃金に当たるか否かが判断されます(労働者性が認めれた事例として、パン類の販売委託従事者についての名古屋地判平6.6.3中部ロワイヤル事件労判680号92頁、証券会社の営業嘱託従事者についての大阪地決平11.7.19泉証券事件労判791号15 頁、映画撮影技師についての新宿労働基監督署長(映画撮影技師)事件(東京高判平成14.7.11判時1799号166頁)、ホステスについてのクラブ「イシカワ」(入店契約)事件(大阪地判平17.8.26労判903-83)、安全配慮義務上の重要な例として高橋塗装工業所事件(東京高判平 18.5.17労判935-59)、運送委託契約により一般貨物自動車運転に従事していた運転者としてのアサヒ急配(運送委託契約解除)事件・大阪地判平 18.10.12労判928-24、労働者性が否定された例として、証券会社の外務員についての太平洋証券事件・大阪地決平7.6.19労判682号72 頁、運送会社のタンンクローリー運転手についての協和運輸事件・大阪地判平11.12.17労判781号65頁-ここでは当事者間の雇用契約でない旨の文書確認が重視されているのが注目されますが、理論的には疑問が残ります-、加部建材・三井道路事件・東京地判平成15.6.9 労判859号32頁、 NHK盛岡放送局(受信料集金等受託者)事件・仙台高判平16.9.29労判881号15頁、新国立劇場運営財団事件・東京地判平18.3.30労判 918-55、NHK千葉放送局事件・東京高判平18.6.27労判926-64、フランチャイズ店の店長につき委託契約によるものとしたブレックス・ブレッディ事件・大阪地判平18.8.31労判925-66、先物取引取扱会社の登録外務員についてのアサヒトラスト事件・東京地判平18.10.27労判 928-90、新聞社において翻訳や記事執筆等をしていたフリーランサーらの朝日新聞社事件・東京地判平19.3.19労経速1974-3、朝日新聞社(国際編集部記者)控訴事件・東京高判平19.11.29労判951-31、一人親方に関する藤沢労署長事件・最一小判平成19.6.28労判940-11等)。
特に、個人事業主に限って見ると、基本的には以上と同様の判断基準が適用されますが、例え専属的下請関係にあっても、前述の派遣基準を満たすような事業者で、自己の計算と責任において事業を営む個人事業主として、機械・器具やノウハウを保有し、経費の負担、剰余金の取得、危険の負担・責任の引受、他人の雇用、相当な報酬額の相応な決定、事業所得としての申告の有無などから総合的に判断されます。(3)最近の最高裁判例における労働者性の判断
例えば、自己所有のトラックを持ち込み会社の指示に従って製品等の輸送に従事していた運転手(傭車運転手)が災害を被ったことにつき、労災保険法上の労働者性が争われ労働者性が否定された判例(横浜南労働基準監督署長事件 最一小判平11.28 労判714号14頁)では、以下のように、判断されています(最近の藤沢労署長事件・最一小判平成19.6.28前掲も基本的判断枠組は同様です)。 当該運転手(上告人)は、「自己の所有するトラックを旭紙業株式会社の横浜工場に持ち込み、同社の運送係の指示に従い、同社の製品の運送業務に従事していた者であるが、(1)同社の上告人に対する業務の遂行に関する指示は、原則として、運送物品、運送先及び納入時刻に限られ、運転経路、出発時刻、運転方法等には及ばず、また、一回の運送業務を終えて次の運送業務の指示があるまでは、運送以外の別の仕事が指示されるということはなかった、(2)勤務時間については、同社の一般の従業員のように始業時刻及び終業時刻が定められていたわけではなく、当日の運送業務を終えた後は、翌日の最初の運送業務の指示を受け、その荷積みを終えたならば帰宅することができ、翌日は、出社することなく、直接最初の運送先に対する運送業務を行うこととされていた、(3)報酬は、トラックの積載可能量と運送距離によって定まる運賃表により出来高が支払われていた、(4)上告人の所有するトラックの購入代金はもとより、ガソリン代、修理費、運送の際の高速道路料金等も、すべて上告人が負担していた、(5)上告人に対する報酬の支払に当たっては、所得税の源泉徴収並びに社会保険及び雇用保険の保険料の控除はされておらず、上告人は、右報酬を事業所得として確定申告をしたというのである。 右事実関係の下においては、上告人は、業務用機材であるトラックを所有し、自己の危険と計算の下に運送業務に従事していたものである上、旭紙業は、運送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及び納入時刻の指示をしていた以外には、上告人の業務の遂行に関し、特段の指揮監督を行っていたとはいえず、時間的、場所的な拘束の程度も、一般の従業員と比較してはるかに緩やかであり、上告人が旭紙業の指揮監督の下で労務を提供していたと評価するには足りないものといわざるを得ない。そして、報酬の支払方法、公租公課の負担等についてみても、上告人が労働基準法上の労働者に該当すると解するのを相当とする事情はない。そうであれば、上告人は、専属的に旭紙業の製品の運送業務に携わっており、同社の運送係の指示を拒否する自由はなかったこと、毎日の始業時刻及び終業時刻は、右運送係の指示内容のいかんによって事実上決定されることになること、右運賃表に定められた運賃は、トラック協会が定める運賃表による運送料よりも一割五分低い額とされていたことなど原審が適法に確定したその余の事実関係を考慮しても、上告人は、労働基準法上の労働者ということはできず、労働者災害補償保険法上の労働者にも該当しないものというべきである。 」、と。この判断が質問への検討の際にも 大きく影響するでしょう。
対応策
以上の検討によれば、「回答」の通りとなります。しかし、以上検討してきた通り、労働者該当性の判断は、単に契約関係が雇用か委託・請負かなどの契約形式によることなく、前述の区分基準のように、実態によるもので、実際の具体的判断においては、労働者か否か微妙な場合も多くなるでしょう。特に、質問のような場合、勿論実態によることは当然として、一般的には、Bが個人事業主となった経緯を踏まえると、従前の就業状況や報酬などにおいて、従前の環境との相当な変化がなければ労働者性を否定するのは困難な感を否めません。 なお、労働契約から請負契約の切替え拒否を理由とする契約終了の効果が否定された裁判例も示されています(三精運送事件・京都地福山支判平 13.5.14労判805号34頁)。