法律Q&A

分類:

労働協約の一般的拘束力

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007年1月補正:掲載

我が社には、従業員の4分の3以上で組織するA組合と4分の1未満で組織するB組合とがあります。A組合との間では、生産性向上協力条項と引き換えに勤勉手当の増額を約して協約を締結したのですが、B組合は同条項に反対したため結局協約は成立しませんでした。ところが、B組合は、一般的拘束力に基づき、勤勉手当増額分だけは支払えと要求してきています。

質問(1)会社としては支払わなければなりませんか?

質問(2)さらにB組合側は、会社が生産性向上協力条項に固執して協約締結に至らなかったのは不当労働行為であるとして地労委への申立てを考えているようです。不当労働行為になるのでしょうか?

回答ポイント

 原則として、勤勉手当増額分を支払う義務はありませんし、不当労働行為も成立しないでしょう。
解説
1.労働協約の一般的拘束力
 団体交渉についてアメリカのような排他的交渉代表制(一定の交渉単位で過半数の労働者の支持を得た労働組合のみが交渉単位の労働者のための排他的な交渉権を取得する手続)をとっていない複数組合代表制をとるわが国では、労働協約は本来、締結労働組合の組合員に対してのみ効力を生じ、それら組合員以外の労働者には、効力を生じません。しかし、労組法はこの原則に対して例外を設け、一定の場合、一定の条件のもとでは、労働協約を締結労働組合の組合員以外のもの(これをアウトサイダ―といいます)にも適用させるようにしています。このように労働協約を拡張して適用する効力を一般的拘束力といい、それには、a. 事業場単位の一般的拘束力(労組法17条)と、b.地域的一般的拘束力(労組法18条)の二つの種類があります。

 右の内、b.は実務的にはあまり用いられませんが、a.は実際上よく問題となります。即ち、これは、ある一つの事業場に常時雇われている同種の労働者のうち4分の3以上の数の労働者が一つの労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該事業場の4分の1以下の少数者にも、その協約が適用されることになるとするものです。この場合には、右にあげた要件が満たされれば、自動的に労働協約が拡張して適用されます。そして、本問は、a.に関連する問題です。

2.一般的拘束力の目的
 この事業場単位の一般的拘束力の立法趣旨については見解が分かれ、大別して、少数労働者の労働力の安売りを阻止することによって多数組合の労働条件規制権限を強化するための規定であるとする見解と、少数労働者の労働条件を多数組合の協約の線まで引き上げてやることによって少数労働者を保護するための規定であるとする見解とが対立してきました。事業場単位の一般的拘束力は、実際には多数組合の利益に役立つことがあまりなく、むしろ多数組合の協約への少数労働者の「只乗り」を許容し、かつ組合加入の利益を薄くするものとして、多数組合の利益に反する場合が多いところから、主として事業場の同種労働者の4分の3以上に適用される労働協約上の労働条件を当該事業場における公正労働基準とみなすことによって少数労働者を保護する規定である、と解されます。しかし、この制度には、4分の1以下の労働者の労働条件を多数組合の協約に統一することによって使用者による未組織少数労働者の優遇を阻止するという点で、消極的に、多数組合の利益に資する面と、当該事業場における労働条件を画一化する点で使用者の利益に資する面もあることは否めません(朝日火災海上保険会社事件・最判平8・3・26労判691-16は、一般的拘束力の適用が、一部、未組織労働者に不利益な場合にも、その適用が、不利益の程度・内容・協約締結経緯、当該労働者が組合員資格を認められているかどうか等に照らして著しく不合理と認められる場合を除いて、効力が及ぶとしました。)。
3.少数労働組合員への拡張適用
 質問(1)は、事業場単位の一般的拘束力が四分の一以下の少数者が自ら労働組合を結成している場合にも適用があるかという問題です。これについては学説も裁判例も、肯定・否定両説に分かれ対立しています。肯定説は、同規定には少数労働者が組合を結成している場合には適用を除外する旨の明文がないこと、また拡張適用を認めても少数組合がより有利な協約を求めて団体交渉・争議行為をすることは自由であるから、少数組合の自主性を奪うことにもならず、むしろ弱い少数組合の保護に資することなどを理由としています(福井放送事件・福井地判昭46・3・ 26労民22巻2-355、吉田鉄工所事件・大阪地判昭49・ 3・6判時745-97。なお、肯定説の中には、少数組合員の労働条件の方が有利な場合には拘束力が及ばないとするものもあります。例えば、黒川乳業事件・大阪高判昭59・5・30労判437-34)。

 否定説は、否定的に解することが少数組合の団体交渉権を多数組合のそれと同等に保障している現行法制上論理必然的なものであるとし、しかもそれは、少数組合が当該事項につきすでに協約を締結していると否とを問わないと考えています(佐野安船渠事件・大阪高判昭55・4・24労民3巻2-524、北港タクシー事件・大阪地判昭55・12・19判時1001-121、大輝交通事件・東京地判平7・10・4労判680-34等。少数組合が当該事項につきすでに協約を締結している場合にかぎり拡張適用がないとする裁判例として、桂川精螺製作所事件・東京地判昭44・7・19労民20-4-813)。その実際上の理由は、もし肯定説をとり、少数組合の組合員にも多数組合の労働協約が拡張適用されるとすれば、少数組合は多数組合の協約の成果を自動的に利用でき、それに不満であれば更に有利な労働協約を求めて団体交渉と争議行為ができることになり、組織人員が四分一以下の少数組合の方が四分の三以上の多数組合よりも団体交渉上有利な法的地位を保障されるという不合理な少数組合の優遇をもたらす実際上の不都合を理由としています。

 たしかに、使用者が多数組合とは賃上げ・一時金協定を締結しながら少数組合とは団体交渉を拒否しているというような状況においては、少数組合員が協定の拡張適用を求める実際上の必要性もあり得ますが(前掲福井放送事件参照)、そのような状況は、現行法体系上は不当労働行為の救済手続によって対処すべきものと考えられます。

 また、肯定説は他方では、多数組合の団体交渉権を少数組合の団体交渉権に優越させ、少数組合の団交上の独自の立場を侵害することにもなりかねません。つまり、使用者の労働条件変更の提案に多数組合が賛成し、少数組合が反対しているという場合に、多数組合の協約を少数組合へ及ぼすことは、この問題に関する少数組合の独自の団体交渉権をないがしろにすることとなります。

 そうすると、質問1については、A組合との労働協約をB組合に拡張適用することは認められず、勤勉手当の増額に応ずる義務はないこととなります。

4.併存組合との団体交渉と不当労働行為
 次に質問(2)について検討してみましょう。後述の通り(労働組合の結成と活動[実務編]Q4参照)、使用者は、一般的に事業場に併存する複数組合をそれぞれ独自の交渉相手として承認尊重し、団体交渉やその他の労使関係の局面において各組合に対し中立的な態度をとるべきであり、各組合をその性格や運動方針の違いにより合理的理由なく差別したり、一方の組合の弱体化をはかってはならない(日産自動車事件・最3小判昭60・4・23民集39-3-730)、と解されています。したがって、例えば、使用者が一方の組合に与えた労働条件や便宜供与を合理的な理由なしに他方の組合に与えないことは、他方の組合を弱体化させる行為として支配介入と判定されることがあります(併存組合の一方に対する組合事務所等の便宜供与の打切りをこの観点から支配介入と判断した判例として日産自動車村山工場事件・最2小判昭62・5・8判時1247-131)。

 他方、併存組合の組織人員に圧倒的な違いがある場合には、使用者が、事業場の統一的労働条件の形成のために、併存組合との労使関係を多数組合との団体交渉および合意を中心にして運営することは、自然の成り行きです。したがって、使用者が併存組合に対しほぼ同一時期に同一の労働条件を提示してそれぞれ交渉した結果、多数組合とは合意に達し、少数組合とは主張の対立が大きいという場合には、使用者が多数組合との合意内容で少数組合と妥結すべくこれに固執することは、交渉において十分な説明と協議を行なう限り非難されるべき態度ではありません。また、使用者のそのような態度に対し、少数組合のほうも自らの主張に固執した結果、合意が達成されず、少数組合(その組合員)に不利益が生じたとしても、そのことだけで使用者を非難することはできません(日産自動車事件・前掲最3小判昭60・4・23)。

5.併存組合との団体交渉の操作
 しかし、右のような少数組合との合意不成立とそれによる少数組合(その組合員)への不利益招来という事態が、使用者が当該組合の弱体化をはかるため併存組合との団体交渉を操作してこれを招来したと認められる特別の場合には、少数組合に対する支配介入やその組合員に対する不利益取扱いの不当労働行為が成立します。

 このような不当労働行為の代表的タイプは、使用者が併存組合のそれぞれと賃上げや一時金の交渉にあたって、多数組合は抵抗なく受け入れるが、少数組合はその運動路線上強く反対するような前提条件を意図的に掲げ、この条件を受け入れた多数組合には賃上げないし一時金支給を行ないながら、前提条件に反対し続ける少数組合に対しては同条件に固執して交渉を妥結せず、賃上げないし一時金支給を行なわないという行為です。ただし、使用者が併存組合のそれぞれとどのような内容の労働条件を形成するかは当該労使の自由な団体交渉に委ねられており、交渉が妥結しないのは前提条件を呑まない少数組合の自主的選択ともいえること、しかも使用者は併存組合の双方に対して同一内容の前提条件を掲示しており、両組合の差別的取扱いは表面上は認められないことからすれば、この種のケ ―スでは使用者が両組合の運動方針の違いを利用してそのような結果の招来をはかったなど、使用者に少数組合弱体化の意図が認められる場合にのみ、不当労働行為の成立を肯定できるものです。そこで、このような不当労働行為意思の探究のために、労使関係全体の流れのなかで使用者の交渉上の態度の合理性いかんが検討されることとなります。

 質問(2)に類似した問題に関する裁判例として、使用者が併存組合との年末一時金の団体交渉において、「生産性向上へ協力する」との一項を前提条件として掲げたところ、多数組合はこれを容れて妥結したが、少数組合は同条件にあくまで反対し、使用者も同条件に固執して妥結しなかった事案につき、最高裁(日本メール・オーダー事件・最判昭59・5・29民集38-7-802)は、「生産性向上へ協力する」との前提条件が当時の社会的状況のなかで組合にとって問題のあるものであったにもかかわらず、使用者がその意味内容の具体的説明を十分にしていないことなどから、少数組合が受諾拒否の態度をとったことには理由があり、使用者の前提条件への固執は合理性がないと判断し、これらの点から、使用者が前提条件の提示とそれへの固執につき少数組合弱体化の意図を持っていたと評価されてもやむをえない、と判示しました。

 このタイプに属する他の典型例としては、賃上げ交渉における「妥結月実施」の前提条件への固執とそれによる賃上げ不実施が、当該組合に対する弱体化意思に基づく不当労働行為とされた事例があります(このタイプに属する他の典型例としては、賃上げ交渉における「妥結月実施」の前提条件への固執とそれによる賃上げ不実施が、当該組合に対する弱体化意思に基づく不当労働行為とされた事例があります(前掲日本メール・オーダー事件)。済生会中央病院事件・東京高判昭和61・3・27労民37-4= 5-307。否定の裁判例としては、名古屋放送事件・名古屋高判昭和55・5・28労判343-32 。その外、少数派組合員に対するチェックオフに関する取り扱いが支配介入とされたネスレ日本東京事件・最一小判平成7・2・23労判686-15 、他組合と妥結した年末一時金に同意する旨の念書の提出拒否を理由とした一時金不支給を不当労働行為とした原審を維持した東洋シート事件等・最二小判平成8・12・6労判 714-12)。

 併存組合との団体交渉を操作しての支配介入として判例上認められたもう一つのタイプには、残業割当て問題に関する少数組合との交渉を誠実に行なわないことによってその組合員に残業が割当てられないようにした不当労働行為などがあります(前掲・日産自動車事件・最三小判昭和60・4・23)。したがって、例えば、使用者が一方の組合に与えた労働条件や便宜供与を合理的な理由なしに他方の組合に与えないことは、他方の組合を弱体化させる行為として支配介入と判定されることがあります(併存組合の一方に対する組合事務所等の便宜供与の打切りをこの観点から支配介入と判断した判例として日産自動車事件・最一小判昭和62・5・8判時1247-131)。

 従って、質問(2)についても、以上の裁判例の基準に照らして、生産性向上協力条項の客観的な合理性・必要性の有無・程度と、また、それらの合理性等につき会社が組合と十分な具体的説明をした上で交渉を行なったか否かによって判断されることとなり、会社が右のような点で十分に誠実な交渉を行なっていれば申立につきおそれることはありませんが、逆の場合は、不当労働行為とされることもありえます。

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