法律Q&A

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労使交渉における情報開示

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2007年1月掲載:補正

団交において企業は労働組合に対して、どの程度の情報開示が必要なのでしょうか?

団交において企業は労働組合に対して、経営情報について、どの程度の情報開示が必要なのでしょうか?特に、いわゆるインサイダー取引規制の強化の中で、開示時期や範囲についてできる限りその開示を抑制したいのですが、どのような法的問題があるのでしょうか?

回答ポイント

 団交において、一切の経営情報の開示を拒否すれば、それは使用者の誠実団交応諾義務違反による団体交渉拒否として労組法の定める不当労働行為に当たるとされる場合があります。いわゆるインサイダー取引規制との関係でも、労使協議や団交において開示前の経営情報を提供して直ちにインサイダー規制に抵触する訳ではなく、むしろ、それは、守秘義務等の問題として処理されるべき問題でしょう。
解説
1.団交における経営情報開示と団交誠実応諾義務の関係
 企業と労働組合(組合)との団体交渉(団交)において、組合から、経営指標や企業の再建計画、再編・統合計画等に関する様々ないわゆる経営資料の開示が求められることがあります。その際に、いわゆる団交における誠実団交応諾義務の履行の有無を判断する際に(12基礎編Q3参照)、企業がどの程度の情報開示を伴った交渉をしているかが問われることがあります。その意味で、企業は労働組合に対して、誠実団交応諾義務の具体的内容として、団交に必要な範囲での一定の情報開示義務を負担することになると解されます(拙稿「労働市場における情報開示」日労研495号40頁、拙著「実務労働法講義」改訂増補版下巻 720頁以下参照)。
2.団交における企業情報の開示に関する裁判例の動向
 例えば、使用者が具体的な回答を提示せずに同一内容を繰り返す場合(横浜地判昭和61.4.24 亮正会高津中央病院事件 労判480-57)や、回答はしても組合を納得させるに足る説明をせずその論拠となる具体的資料(例えば経営状態を示す財務諸表等の経理資料や人事考課表等。但し、後述3の限界はある)を何ら示さない場合(青森地判平成元.12.19 東北測量事件 労判557-60、東京地判昭和63.7.27 倉田学園事件 労判524-23、中労委命令平成13.4.18 第一小型ハイヤー事件 労判806- 92等)、ベアゼロの回答をするのみで、その回答の具体的根拠や資料を明らかにしなかったこと(東京地判平成11.3.18 京都府医師会事件 前掲)などが誠実団交応諾義務違反とされています。最近でも、東京地判平18.1.30労経速 1933-3 宮崎紙業事件では、団交事項は、組合員の賃上げ額に関するものであり、義務的団交事項にあたることはもちろん、労働者にとって最も重要な労働条件に関するものであることに加え、定昇制度がない会社においてはこれがある会社と比べて賃上げ交渉がより重要性を持っているといえるところ、会社は、賃上げ回答において、一時金および退職金の基礎金額とならない生活関連手当についてのみ300円賃上げという前年度賃上げ額に比較して三分の一以下であり、大阪府内の他企業と比較しても著しく低額な回答を行ったことからすれば、このような低額かつ異例な賃上げ回答をせざるをえなかった理由について、使用者である会社は、従業員で組織された組合に対し、客観的具体的根拠を示し、組合の同意を得る努力をすべき義務があり、団交において、組合に対し、会社の売上額、人件費等本件賃上げ回答の根拠となる客観的具体的数値を示すことにより、組合の理解を得るよう最大限の努力をすべきであるうえ、会社が本件団交において組合に対し経営資料を開示することにより弊害が生ずるとは認められないとして、会社の誠実団交義務違反を認められています。
3.団交における企業情報の開示の限界
 しかし、団交における企業情報の開示が無制限に求められる訳ではなく、そこにはおのずから一定の限界があります。

(1)プライバシーからの制限

 先ず、プライバシーからの制限が問題となります(職場におけるプライバシー全般に関しては、拙稿・前掲日労研495号38頁以下参照)。例えば、プライバシー・個人の名誉の観点から不適当として、人事考課表の開示が否定された例として倉田学園事件(東京地判昭和63.7.27 労判524-23)があります。逆に、当該本人が公表を承諾している査定内容の開示を拒否するのは誠実団交応諾義務に違反するとされた例として圓井製作所事件(大阪地労委命令昭和 46.12.1 命令集45-418等参照)などがあります。

 ただし、訴訟での文書提出命令に関する事例ですが、全日本検数協会事件(文書提出命令)(神戸地判平成16.1.14 労判868号5頁)では、就業規則の一方的変更によって、賃金の減額や自宅待機、一時帰休の強制という雇用契約上の不利益を受けたとして、本件賃金カットに合理性がないことを証明するために、「所得の計算に関する明細書」「退職給与引当金の換算算入に関する明細書」と「役員報酬手当て及び人件費の内訳書」の提出を申し立てた例で、記載事項、性質等かんがみても民事訴訟法220条4号のいずれにも該当しないことからも、その保管者である相手方は、文書提出義務を負うとさ、相手方の経営状態が本件訴訟において赤字経営であることを積極的に主張していること、また公益法人であることからも、秘匿すべき事項であるとは認められず、本件各文書の公開につき双方の不利益を比較衡量しても、開示によって所持者に見過ごし難い不利益が生ずるとは認められず、従って、本件各文書はいずれも民訴220条4号二の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当らず、本件就業規則の変更の合理性が争点となっている本件訴訟において、相手方全体の収益状況、財務状態等が記載されていると考えられる本件各文書を取り調べる必要性が認められるとされています。今後、団交においても同様の判断が示される危険が増えた、少なくとも訴訟まで進んだ場合には、かかる情報の開示義務がある場合もあることを念頭に置いた対応が労使双方は留意すべきでしょう。

(2)いわゆるインサイダー取引規制との関係

・インサイダー規制との関係の多発化

 最近の実務で、団交における企業情報の開示の限界として問題となっているのが、いわゆるインサイダー取引規制との関係です(詳細に関しては、草野忠義「インサイダー規制が労使関係や労働組合活動に与えた影響」日労研495号53頁以下参照)。

 例えば、ある調査によれば(平成11年4月8日付)社会経済生産性本部労使関係常任委員会「労使協議制の現状と課題」)、労使協議制に関する調査報告労使協議制は94.4%の企業で採用されいるのですが、「大企業において組合役員への情報開示の実施率が大きく低下(10,000人以上▲21.7ポイント、 5,000~9,999人▲9.5ポイント、いずれも1985年比)している。この背景として近年のインサイダー取引の回避への対応強化の影響等が考えられるが、労働組合に対する情報提供の後退により労使協議制が機能不全に陥ることが危惧される」と指摘されています。

・インサイダー取引規制とは
 ところで、そもそも、それらの影響を与えた、いわゆるインサイダー取引規制(金融商品取引法第166条)とは、証券取引所の上場会社及び店頭上場会社[以下「上場会社等」(当該上場会社等の親会社を含む)といいます。]の役職員や上場会社等の会社関係者については、企業情報の内、重要事実につき、それが公表される前には、有価証券の発行者の会社関係者等が当該有価証券を売買やその他の有償の譲渡、譲受け、または有価証券指数等先物取引、有価証券オプション取引、外国市場証券先物取引、有価証券店頭デリバティブ取引することが禁止されていることです。そしてこの重要事実とは、当該有価証券の発行者の業務等に関する会社情報をさし、金融商品取引法(166条、167条)及び証券取引法施行令(28 条乃至 29条の2)に具体的に列挙されています。

 即ち、それらの公開企業等の株式等の有価証券の発行会社の役職員等は、公表されれば投資家の投資判断に影響を及ぼすような会社の重要情報を入手し易い立場にあります。このような人たちが、重要情報を知りそれが公表される前に行う取引がインサイダー取引です。こういった取引を未然に防止し、投資者が安心して投資できる、より健全で公正な証券市場を確立することを目的として金融商品取引法等で、インサイダー取引の規制が罰則付きで行われているのです。とくに、平成18年の証券取引法の改正で同法は金融商品取引法と改称され、違反してインサイダー取引が行われた場合の罰則も強化され、、5年以下の懲役、または500万円以下等の罰金または両方が併科されます(同法第197条の2第13号、 200条20号。さらに、法人への両罰規程では、最大5億円以下の罰金刑も用意されています。同法207条2号、5号参照)。

・インサイダー取引規制が団交における経営情報開示拒否の正当事由となるか

 確かに、団交において組合が企業に求める経営情報には、形式的には、上記インサイダー取引規制における重要事実と重なる場合が少なくなく、前述の調査報告にありますように、企業は、これを開示拒否の理由とすることがあります。しかし、先ず、金融商品取引法上のインサイダー取引規制自身における除外事項は当然開示対象と成り得ることは勿論(同法166 条2項本文括弧書き事項、同6項等参照)、仮に、重要事実に該当する場合も、同法の立法段階の解釈としては、「労使協議における情報提供のみならインサイダー取引の対象にならない」、「インサイダー取引を理由とした団体交渉拒否は不適切である」とされ、取締役会での検討事項を組合に開示し、労使協議することから開示義務が発生する訳でもないものと解されています(草野・前掲日労研495号54頁参照)。

 むしろ、この問題は、企業が開示した重要事実に関する、労使協議・団交等における企業秘密としての取り扱いの問題で処理されるべきものと解されます(拙稿・前掲日労研495号40頁等参照)。

(3)団交の交渉の程度(交渉行き詰まり等)による限界

 なお、労使双方が当該議題についてそれぞれ自己の主張・提案・説明を出し尽くしこれ以上交渉を重ねても進展する見込みがない段階に至った場合(最二小判平成4.2.14 池田電器事件 労判614-6)や会社側が誠意をもって資料も開示して説明しているのにもかかわらず、組合側が自己の要求に固執しその合理的根拠を具体的に開示しない場合(東京高判昭和 43.10.30 順天堂大学事件 判時546-20)は、使用者は交渉を打ち切ることが許されます。つまり、結果として、そのような状況では、企業側にそれ以上の経営情報の開示義務は免除されることとなります。

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