法律Q&A

分類:

退職後の守秘義務

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年10月:掲載
社会保険労務士 前村 久美子補正(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2008年6月:掲載

従業員が退職後に営業秘密を漏らしていたら?

メカトロニクス関係のA社を最近退職して経営コンサルタントを始めた元研究開発部従業員のBが、A社の実験データなどの技術情報や、顧客名簿等のコピーを勝手にコピーしていて、これをA社のライバル会社のC社に漏らしていたことが分かりました。A社は就業規則に退職後の秘密遵守に関する特別な規定は置いていませんでした。A社はBやC社に対して何らかの対抗措置を取れるのでしょうか。

不正防止法上の営業秘密の要件に該当すれば差止や損害賠償の請求で対応できます。

 営業秘密として保護される情報を不正に持ち出し、それを利用した者と、その情報が不正に持ち出された事情を知りながらそれを手に入れて利用した第三者に対しては、不正競争防止法(以下、防止法)第2条1項4乃至9号、3条乃至7条によって、損害賠償請求の外、情報使用の差し止め(3条1項)、不正使用された情報が入ったフロッピー等の媒体物等の廃棄(3条2項)や謝罪広告等の信用回復措置(14条)を求めることができ、また、違法性の高い行為類型については刑事罰が適用され(21条)、法人も罰せられることがあります(22条)(なお、企業における情報の管理、守秘義務全般に関しては、拙稿「情報の管理-労働者の守秘義務、職務著作等の知的財産権問題を中心として-」<講座21世紀の労働法4巻>114頁以下、岩出誠『実務労働法講義』上巻431頁以下(民事法研究会、改訂増補版、2006)等参照)。
1.保護される営業秘密
先ず、防止法により営業秘密として保護されるための条件は、その情報が、【1】秘密として管理されていること、【2】技術上又は営業上の有用な情報であること、【3】公然と知られていないものであること、の三つです。

(1)「秘密として管理されていること」とは
単に会社が秘密だと思っているだけでは認められず、それが営業秘密であると客観的に認識できるような状態、一般的には就業規則等で、営業秘密に関する文書管理、営業秘密の収納・保管・破棄方法などに関する規定を置いたり、それらに関する各規定を作成したり、営業秘密の取扱者を限定するなどの方法により管理されていることが必要です。しかし、秘密としたい書類を金庫などの秘密文書用の特定の場所にしまっておくとか、その書類を読むことのできる従業員を限定するとか、その内容を知った従業員に、「この情報は第三者に漏らしてはいけない」と、明確に情報を特定した上で前もって言っておく等の措置をしておけば、秘密として管理されているものと考えられています。しかし、単にマル秘と指定するのみでは足りず、近時の判例においても、営業秘密に該当するための要件としての秘密管理性は厳格に判断される傾向にあります(わかば事件・東京地判例平17.2.25判時1897-98等)。そこで、事業者による秘密情報の管理の充実を図るべく、経済産業省は「営業秘密管理指針」を公表しています。(ダウンロードはこちら(pdfファイル)) しかし、この指針も厳格に過ぎるとして、現在緩和の作業が行われていますが、裁判所がこれをどう取り込むかは未知数です。

(2)「技術上、営業上の有用な情報であること」とは
生産活動、販売活動、研究開発等の事業活動に役立つ情報であることです。この役立つとは、単に会社が主観的に有用だと思っているだけでは認められず、客観的にも有用性が認られることが必要とされるのでしょう。なお、ある会社がインサイダー取引などの経済犯罪を犯していることや、有害物質の垂れ流し等の公害情報、人事の話やゴシップ、役員個人のスキャンダル情報などは会社としては秘密であっても、防止法により保護される営業秘密とはみなされていないのです。 しかし、人事情報やスキャンダル情報についても就業規則等で定められる守秘義務の対象にはなり得ますし(役員人事についての内部情報が一般的な守秘義務の対象とされた例として千代田生命保険事件・東京地判平成11.2.15労判755-15参照<控訴中に和解・日経新聞平成14.10.13付記事>)、スキャンダル情報については役員個人のプライバシーの侵害として対処することも可能です。

(3)「公然と知られていないこと」とは
少くとも不特定多数の者に知られる状態になっていないことです。会社が、いくら大切に秘密として管理している情報であっても、既に一般的に知られているものについては、法律上保護される価値がありません。例えば、あるプログラムや実験方法・製造法などが公的研究機関などでも偶然制作・発見されて雑誌等で報告されていた場合などは、営業秘密に該当しません。

2.不正利用とは
以上のような営業秘密を退職者が「不正に」持ち出して利用するということは、会社の中から盗み出したり、盗聴したりしたものばかりでなく、退職者が、退職後に会社との間の信頼関係を裏切って、無断で営業秘密を利用して会社のライバルとなる会社を設立したり、営業秘密を他の企業に売り飛ばしたりする場合などの不正の利益を図る目的や会社への加害の目的のため、その営業秘密を自分で使用したりすることも含まれます。就業規則などで退職後の守秘義務や競業避止義務を規定していなくても、労働契約上の信義則からこの行為者の「不正」さが認められることになります。そしてライバル会社が退職者により右のように不正に持ち出された営業秘密を、そのような事情を知っていながら、又は簡単に知ることができたにも拘らず取得する行為や、その後、自分で使用したりする行為も差し止めなどを受けることになります。 また、近時、防止法上の営業秘密に秘密管理性から当たらないとされながらも、当該秘密の有用性と行為の違法性から損害賠償を認めた点で実務的に注目される判例も出ています(文化自動車部品工業事件・大阪地判平17.8.25判時1931-92)。
3.一般的な職務経験の場合は
なお、従業員が職務の中で一般的に知ることができて習得した知識、技術、ノウハウ等は営業秘密には当たらない、とされています。この場合の従業員が会社で得た技術ノウハウの活用が営業秘密に当たるかどうかは会社での従業員の地位、職務内容、取得経過、管理状態等に照らして判断されることになります。 参考になるのが、最近のアートネーチャー事件・東京地判平17.2.23労判902-106(川田琢之「労働判例研究ジュリ1325号248頁」)です。ここでは、競業避止義務の範囲につき、従業員の競業行為を制約する合理性を基礎づける必要最小限の内容の確定に当たっては、従業員が就業中に実施していた業務の内容、使用者が保有している技術上および営業上の情報の性質、使用者の従業員に対する処遇や代償等の程度等、諸般の事情に総合して判断すべきであり、上記の観点に照らすならば、従業員が、使用者の保有している特有の技術または営業上の情報等を用いることによって実施される業務が競業避止義務の対象とされると解すべきであり、従業員が就業中にえた、ごく一般的な業務に関する知識等を用いる業務は、競業避止義務の対象とはならないというべきであるとされたものですが、不競法上の営業秘密に関しても同様の判断が下される可能性を示唆しています。

対応策

設問の場合、持ち出された企業情報が以上のようなA社の営業秘密に当たるかどうかの調査をし、そのような管理体制が取られているか、少なくともBに対して営業秘密であることが指摘されていたかを吟味する必要があります。それが証明できるとすれば、次にC社が使用しているとされる情報がBによってA社外に持ち出された情報によるものと証明できるかの検討が必要です(例えば、これらが認められなかった事件としてタビックスジャパン事件・東京地判平成6・12・12労判673-79)。独自に開発・入手したものなどの弁解が出るのが通常だからです。それらの証拠を固めた上で、A社は必要に応じて前に述べた損害賠償や差し止めの請求を警告書などで行ない、更に裁判や緊急性があれば差し止めの仮処分などを起こすことになります。最大の問題として注意すべきは、もし営業秘密性、C社へのBによる営業秘密の漏洩とその不正利用が証明できなかった場合のA社の被むるリスクを充分に吟味して対処すべきだということです。営業秘密性などを証明するために、未だ不十分な情報しかC社に渡っていなかったものが、公開の法廷で、秘密内容を教えてしまうヤブヘビの危険があるからです。

予防策

先ず、営業秘密としての要件を満たすための就業規則等における秘密管理体制・諸規程の整備とその適切確実な運用が必要です。具体的には、従業員採用時の規範意識等のチェック、情報管理体制の構築、情報取扱方法の整備、情報アクセス管理対策、保管方法対策、保管場所対策、従業員対策、来訪者対策、盗難防止対策等です。又営業秘密に触れる可能性のある従業員に対してはそのような地位に登用する際や、その従業員の退職時に個別の秘密保持契約を締結することです。 更に、万が一営業秘密が漏れた場合に備えて、それが持ち出された情報であることを容易に証明できる工夫・仕掛けをしておくことです。例えば、コンピューターソフトに有害でない範囲でバグや不必要なプログラムを入れておいたり、顧客名簿の中に意図的に架空の名義人を入れ込んだりして、コピーを見破る方法を工夫するなどです。

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