幹部社員が部下を引き連れてライバル会社を設立しました。どうすべきでしょうか?
A社の営業課長BがA社在職中であるにも拘らず、A社とライバル関係に立つ新会社C社の設立に向け積極的に動き出しました。A社社長は、管理職にあるまじき行為としてBに対し、再三C社設立行為を止めるよう注意しましたが、Bはこれを無視するばかりか、A社従業員Dら10数名の引抜きを計画し、DらにC社に移ることを勧め、結局、A社の従業員の3割以上に当るDらがこれに応じ、A社を退職して新設されたC社に就職して行きました。大量の引抜きのためA社としては、業務に致命的とも言える大打撃を受けることになりました。A社はB、C社やDらに対して何か措置をとることができないでしょうか。
回答ポイント
- 就業規則に退職後の競業避止義務に関する規定があればそれにより、ない場合でも悪質な引抜きには損害賠償を求められます。
解説
- 1.退職後の競業避止義務を認めるには
- ライバル会社への転職やライバル会社の設立への規制に関しては、労働者の退職の自由、憲法上の職業選択の自由との関連で単純には扱えません。しかし、現在の裁判所の取扱いは、在職中の義務は当然として(東京貸物社(解雇・退職金)事件・東京地判平成15.5.6労判857号65頁でも、在職中の競合禁止義務違反を理由とする退職金の減額規定の適用が有功とされ、その制限がなされ、ジャムココ立川工場事件・東京地判八王子支判平成17.3.16労判 893号65頁でも、原告が被告会社から休職給を受けながら自営業を営むことは、職場秩序を乱すもので、本件オートバイ店の営業行為の服務規程違反の程度は、両者間の雇用契約における信頼関係を損なう程度であると認め、原告の二重就労に至る事情など原告にとって酌むべき事情を考慮しても、本件懲戒解雇は客観的に合理性を有しており、懲戒権の行使として社会通念上相当であり、不法行為に当たらないとされています。 但し、厚生労働省の平成17年9月15日の労働契約法制研究会の「最終報告」(以下、最終報告ともいう)によれば、在職中の義務にも合理性の要件からの制限に関する議論は収束していません)、退職後についても、このようなライバル行為を禁止する義務(これを競業避止義務という)を一定の要件があれば認めています。その条件の第一は、就業規則などで明確にそれが定められていることです(守秘義務については、明確な合意がなくても信義則上、あるいは特に営業秘密に関しては不正競争防止法上これが認められていることと比べると注意せねばなりません)。例えば、最高裁は、ライバル会社への転職者に対しては退職金の2分の1のみを支給するという規定について、このような転職を「ある程度の期間制限することをもって直ちに従業員の職業の自由等を不当に拘束するものとは認められない」としています(三晃社事件・最二小判昭52.8.9労経速958号25頁、中部日本広告社事件・名古屋高判平2.8.31労民41巻4号 656頁等参照)。このように規定をおくことと期間の限定以外の基準としては、地域や対象職種の限定や代償措置の有無(フォセコ・ジャパン・リミテッド事件・奈良地判昭45.10.23労経速745号4頁、東京貨物社事件・浦和地判平成9.1.27労経速1680号3頁)、あるいは問題の労働者が企業秘密などを知ることのできる高い地位に居たかどうか(原田商店事・広島高判昭32.8.28高民10巻6号366頁、東京リーガルマインド事件・東京地決平 7.10.6労判690号75頁等参照)などが指摘されています。なお、最近、退職後の競業避止義務に関して、当該労働者の地位、保有する企業秘密の程度・内容等に応じて個々具体的に判断する傾向を示す好例として、ヤマダ電機事件(東京地判平19.4.24労経速1977-3)が出ています。これによれば、店舗における販売方法や人事管理のあり方を熟知し、また会社的な営業方針、経営戦略等を知ることができたと認められる被告のような地位にあった従業員に対して、会社固有のノウハウ等の保護を目的として競業避止義務を課することは不合理ではないとしています(最近の禁止を認めた例として、教材開示等差止仮処分申立事件・東京地判平18.5.24判時1956-160 等参照)。 他方で、アートネーチャー事件・東京地判平17.2.23労判902号106頁(川田琢之「労働判例研究ジュリ1325号248頁」)で見られるように、競業避止義務の範囲につき、従業員の競業行為を制約する合理性を基礎づける必要最小限の内容の確定に当たっては、従業員が就業中に実施していた業務の内容、使用者が保有している技術上および営業上の情報の性質、使用者の従業員に対する処遇や代償等の程度等、諸般の事情に総合して判断すべきであり、上記の観点に照らすならば、従業員が、使用者の保有している特有の技術または営業上の情報等を用いることによって実施される業務が競業避止義務の対象とされると解すべきであり、従業員が就業中にえた、ごく一般的な業務に関する知識等を用いる業務は、競業避止義務の対象とはならないと、より厳格に解する立場も示され混沌とした様相を呈しています(最近の禁止否定例としてすずらん介護サービス(森田ケアーズ)事件・東京地判平18.9.4労判933号84頁等参照)。
- 2.第三者の引抜きへの制限は
- 次に、労働者の引抜き行為一般については、ライバル企業やヘッドハンターなどの行為は、商業道徳や道義的な問題は別として、直ちに違法行為とは言えません。但し、その引抜きの説得の中で、真実に反する事実(例えば在職中の会社が倒産しそうであるとか、労務管理の仕方が過酷であるなど)による誹謗中傷行為を行っていればそれ自体は不法行為となりこれらの行為への損害賠償や信用毀損行為への差止め請求も可能ですが、引き抜き行為自体への差止めは困難とされています。但し、第三者によると言っても元従業員の設立したライバル会社による大量一斉の引き抜きなどの社会的相当性を逸脱した引き抜きの場合は次の3の問題となります。
- 3.従業員による他社への引抜きへの制限は
- (1)特約がある場合
裁判所は、従業員が部下や同僚の引抜き行為をしている場合は、第三者による場合よりは、その違法性を認める範囲をもう少し広げているようです。先ず、就業規則に競業避止義務が定められる中で、学習塾の幹部職員が、年度途中に講師陣の大半を勧誘して退職させ、職務上入手した情報に基いて生徒を勧誘して新たに開設した進学塾に入学させたケースについてはこの幹部への損害賠償責任が認められています(東京学習協力会事件・東京地判平2.4.17労判581号 70頁)。(2)特約がない場合
更に、裁判所は、従前から、引抜き行為が大量に計画的に行われれば、引抜かれた会社に大きな被害を加えるような場合には就業規則における競業避止義務の定めがない場合でも、引抜き行為をした従業員やその引抜き先の会社の責任を認めています。
例えば、設問のようなケースでは、職場の秩序を乱し、その信用を失墜させたもので、ひいては会社の企業としての存立自体を危くするおそれがあり、会社に対して著しく背信的なものであるから、懲戒解雇事由に当るとして、引き抜きを行なった課長に対する懲戒解雇は適法かつ有効であるとされています(福岡県魚市場事件・福岡地久留米支判昭56.2.23 労判369号74頁)。
又、英会話教材販売会社の営業本部長が新人のセールスマン24 名を組織ごと不意打ち的に大量に引抜いてライバル会社に転職させたラクソン事件では、その部長と引抜いた会社に対し、1カ月分の粗利益減少分の損害賠償が認められています(東京地判平3.2.25判時1399号69頁)。この判決は、引抜き行為も、単なる転職の勧誘にとどまる限りは違法とは言えないが、右程度を越え、社会的相当性を逸脱し、極めて背信的方法で行われた場合には、右引抜き行為を実行した会社幹部は雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行ないし不法行為責任を免れず、右社会的相当性を逸脱した引抜き行為であるかどうかは、転職する従業員のその会社で占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の退職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断すべきであり、ある企業が競争企業の従業員に自社への転職を勧誘する場合、右のような相当性を逸脱した方法で従業員を引抜いた場合には、右企業は、雇用契約上の債権を侵害したもの(不法行為)として、右引抜き行為によって競争企業が受けた損害を賠償する責任があるとしたのです(フリ-ラン事件・東京地判平 6.11.25判時1524号62頁も同旨)。近時のアイビーエス石井スポーツ事件(大阪地判平17.11.4労経速1935号3頁)でも、労働者は、雇用契約に付随する信義則上の義務として、使用者の利益に配慮し、誠実に行動すべき注意義務を負うところ、本件においては多数の従業員が同業他社に転職することが組織的に計画されていた中、原告らは、退職願を提出する前に、一社員に対して転職を強く勧誘することによって計画を推し進めたこと、会社の従業員規模に比すれば相当多数の従業員が一時期に退職し、営業に大きな影響が生じた上、その予見が可能であったこと、この集団的な退職が、事前に会社に知らされることなく行なわれ、就業規則の定める引継ぎも行なわれていないという事情をも考慮すると、原告らの行為は社会的に相当な範囲にとどまるものということはできず、誠実義務に反する行為にあたり、原告らの永年の勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為に当たるとされています(最近の同旨の例として、日音退職金請求事件・東京地判平18.1.25判時1943号150頁、労経速1930号3頁、岩谷産業事件・東京地判平成18・12・12判時1861号53 頁、リアルゲート(エクスプラネット)事件・東京地判平19.4.27労判940号25頁等参照)。
なお、取締役が在任中に同様の行為を行った場合は、取締役の忠実義務違反としてその取締役に対して損害賠償を請求できることは勿論です(引き抜きに関する日本設備株式会社事件・東京高判平元10.26金融商事835号23頁、ゼンケントップ事件・東京地判平11.2.22判時1685号121頁、日本コンベンションサービス事件・大阪地判平成8.12.25労判711号30頁等参照)。最近、リアルゲート(エクスプラネット)事件・東京地判平19.4.27前掲においては、コンピュータ・プログラマー及びシステム操作要員の派遣を目的とする原告会社の元代表取締役が、会社を退職して競業会社を設立し、会社の従業員らに働きかけて新会社に移籍させるなどした行為は、忠実義務に反し、不法行為を構成するとされ、元代表取締役とともに新会社設立を検討し、原告の従業員に移籍を働きかけ、顧客に対して新会社との契約を打診するなどした元取締役及び元従業員らの行為は、元代表者の前期行為につき意思表示を通じていたものと認められるとして、共同不法行為を構成するとされています。(3)退職金の返還が認められることもある
更に、ある会社の退職者が設立したライバル会社が、大量の労働者を引抜くという異常な事態が進展している中で、その会社を退職しライバル会社に就職した場合は、就業規則上の退職金不支給事由である、「競争関係にある同業他社へ就職するため退職したとき、又は引抜きに応じ退職したとき」に該当するとして、既に支払った退職金を不当利得として返還を認めた裁判例もあります(福井新聞社事件・福井地判昭62.6.19労判503号83頁)。
アイビーエス石井スポーツ事件・前掲でも、前述のように、原告らの永年の勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為に当たるとしたうえで、懲戒解雇の理由とされた集団退社による営業妨害行為には、原告らの転職勧誘行為が含まれているとみられるのであって、懲戒解雇は就業規則の定める懲戒解雇事由たる「故意又は重過失により、災害又は営業上の事故を発生させ、会社に重大な損害を与えたとき」を根拠として有効であると認められ、懲戒解雇により、退職金を不支給とすることは許されるとしています(同旨、日音退職金請求事件・東京地判平 18.1.25前掲)。
- 4.制限が許されない場合は
- しかし、注意を要するのは、競業避止義務に関する規定のない場合には、会社の営業を担当する従業員が、在職中、会社と同目的の事業を行う別会社の発起人となったことだけでは懲戒解雇は無効であるとされ(タカラ通商事件・大阪地判昭55.9.26 労経速1072号3頁)、会社特有の製法に通暁している従業員が、同種営業を目的とする会社の下請業務に従事することを意図して退職を申出ても、退職後の競業避止ないし秘密保持の義務に関し、特別の合意事項がない限り、従業員が会社を退職して、自営たると雇用たるとを問わず、同種の製造業務に従事することは、これによって会社の製法上の秘密が漏れる虞れがあるからといって、妨げられるものではなく、右退職の申出をもって懲戒処分に付することはできない(久保田製作所事件・東地判昭47.11.1労判165号61頁)、とされていることです。
又、退職後の競業避止義務規定、引き抜き禁止規定やその違反への退職金減額規定があったとしても、在職中や退職時の退職金等の処遇が不十分であったり、取引先からの受注が退職者の強い個人的信頼関係に基づく場合などには、退職者の地位や退職時の他の従業員への退職の勧誘などの程度に応じて、それらの規定の適用が制限される場合もあるので(日本コンベンションサービス事件・前掲)、それらの規定のみに頼ることはできません。更に、上記の規定に加えて退職時に競業避止義務を約した確認書を取得した場合についても、ほぼ同様な理由でその制限に合理性がなく競業避止義務特約が無効とされる場合もあります(東京貨物社事件・浦和地判平成9.1.27 前掲等)。 また、前述の通り、アートネーチャー事件・東京地判平17.2.23前掲で見られるように、競業避止義務の範囲につき、従業員の競業行為を制約する合理性を基礎づける必要最小限の内容の確定に当たっては、従業員が就業中に実施していた業務の内容、使用者が保有している技術上および営業上の情報の性質、使用者の従業員に対する処遇や代償等の程度等、諸般の事情に総合して判断すべきであり、上記の観点に照らすならば、従業員が、使用者の保有している特有の技術または営業上の情報等を用いることによって実施される業務が競業避止義務の対象とされると解すべきであり、従業員が就業中にえた、ごく一般的な業務に関する知識等を用いる業務は、競業避止義務の対象とはならないと、より厳格に解する立場も示されています。
対応策
以上によれば、Bに対してはその行為の悪質性から考えて、特別な競業避止義務の規定がなくとも懲戒解雇が可能でしょう。しかし、Dらに対しては、彼らがBと共謀していてC社の取締役となるような場合は別として(この場合はBと同様)、受動的な退職であるため、競業避止義務に関する就業規則などの特別な合意があれば懲戒解雇による退職金の没収や支払済みの退職金の返還請求も可能でしょうが(福井新聞社事件・前掲)、それらの合意がない場合はこれらの対応は困難でしょう(吉野事件・東京地判平7.6.12労判676号15頁も同じような判断をしています)。C社に対しては、Bの行為が悪質な(社会的相当性を逸脱した)ことを踏まえて不法行為による損害賠償請求が可能でしょう(ラクソン事件・前掲。なお、日音退職金請求事件・前掲も、退職の仕方、非違行為の内容・レベルに応じて、懲戒解雇および退職金の請求を判断した例を追加している)。
予防策
判例・学説が競業避止義務を従業員に負担させるために明確な同意を要求している以上、就業規則により、退職後をも含めた競業避止義務を規定し、この違反に対しては退職金を支払わないことや、退職後の一定期間内にライバル会社への転職が判明した場合には退職金の返還義務のあることなどを定めておくべきです。
なお、厚生労働省の平成17年9月15日の労働契約法制研究会の「最終報告」(以下、最終報告ともいう)の立法論としての、「退職後の競業避止義務については、まず、労働者に退職後も競業避止義務を負わせる場合には、労使当事者間の書面による個別の合意、就業規則又は労働協約による根拠が必要であることを法律で明らかにすることが適当である。/契約に基づく退職後の競業避止義務を無制限に認めると、交渉力の弱い労働者が過度の義務を負わされることがあり得るが、逆に契約に基づく退職後の競業避止義務を一切認めないとすると、競業しない代償に使用者が金銭を支払うような契約もできず、労働者にとっても不利益となりかねない。そこで、契約による退職後の競業避止義務は認めつつ、『競業が使用者の正当な利益を侵害すること』及び『侵害される労働者の利益と競業避止義務を課す必要性との間の均衡が図られていること』を要件とすべきである。その判断の考慮要素としては、上記競業避止義務の必要性のほか、業種、職種、期間、地域、代償の有無及び程度がある。/さらに、退職後の競業避止義務については、競業避止義務の対象となる業種、職種、期間、地域が明確でなければならないとする要件を課すことが適当であり、また、これらを使用者が退職時に書面により明示することを指針等により促進することが適当である。」との提言は、解釈論としても参酌されるべきであります。少なくとも、就業規則等での制限規定を策定する際には斟酌すべきです。