法律Q&A

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就業規則の改正による週休二日制の導入に伴なう時間延長と変形労働時間制

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年10月:掲載
社会保険労務士 前村 久美子補正
2008年6月:掲載

完全週休二日制の導入に伴って延長された労働時間に対して残業手当を請求されたら?

A銀行は完全週休2日制を導入する時に休日増のコストアップを軽減するため、代わりに就業規則を変更して平日につき1日10分、特定日(毎週初めの営業日、毎月25日~月末)を60分間延長しました。すると行員Bらが「この改正は労働条件の不利益変更なので無効である」と主張して、改正前の就業規則の定めに従い残業した時間について残業手当の支払いを請求してきました。A銀行はBらの要求に応じる必要があるのでしょうか。

年間総労働時間の縮小などの代償措置が十分であれば、残業手当を支払う必要はありません。

1.
(1)就業規則の不利益変更の効力
 就業規則の不利益変更が許されるか否かについては、これまで明文上定めたものはありませんでしたが、平成20年3月1日から施行されている労働契約法においては、先ず、原則として、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできないと定められました(労契法9条)。
 しかし、最高裁は、従前から、就業規則の不利益変更の効力について、判例は、就業規則の改正に合理性があるかどうかでその効力の有無が決まるとしていました(秋北バス事件・最大判昭和43.12.25民集22.13.3459等)。そして、その合理性とは、就業規則の改正の「必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性」とされていました(大曲農協事件・最三小判昭和63.2.16労経速1314.3等)。そして、その合理性の有無の判断は、これまでに集積された判例から、「使用者側の変更の必要性」と「労働者の受ける不利益性」との総合判断であるとされ、その要素としては、[1]就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、[2]使用者側の変更の必要性の内容・程度、[3]変更後の就業規則の内容自体の相当性、[4]代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、[5]労働組合との交渉の経緯、[6]他の労働組合または他の従業員の対応、[7]同種事項に関するわが国社会における一般的状況、があげられ(第四銀行事件・最二小判平成9.2.28民集 51.2.705)、これを整理したとされる労働契約法10条では[1]労働者の受ける不利益の程度、[2]労働条件の変更の必要性、[3]変更後の就業規則の内容の相当性、[4]労働組合等との交渉の状況、[5]その他の就業規則の変更に係る事情としいて圧縮されていますので、このような点を考慮して「合理性」の有無を判断することとなります。なお、同条においては、概ね、前掲第四銀行事件等において挙げられた合理性判断の考慮要素が整理して列挙されており、実質的には第四銀行事件判決等が例示した全要素がカバーされているもので、従前の判例法理を動かしたものではないと厚労省労政審議会労働条件分科会や国会での政府答弁でも理解されています(岩出 誠「労働契約法・改正労基法の個別論点整理と企業の実務対応」62頁以下参照)。
しかし、実際の裁判例を分析すると、相互に矛盾するのではないかと思われるものもあり、これを整合的に理解する解釈として、有力学説においては、概ね、就業規則の不利益変更に当たり、当該企業の内実を熟知している従業員の過半数代表との十分な協議の上での賛成乃至異議なき場合には、不利益変更の合理性の存在を推定し、そのような要件が満たされない場合には、合理性の存否が慎重に吟味されることになる旨解されていました(菅野和夫「労働法」第5版補正版 117頁以下参照)。そのような観点から、過半数代表が賛成している、定年延長に伴う55歳以上の給与と賞与の大幅な削減を有効とする判例(前掲第四銀行事件等)を是認していました(しかし、菅野・同書第8版においては、従前の同教授の学説は立法的に採用されなかったことを認めつつも、提言または解釈として、労使による真剣で公正な交渉が行われたといえる場合には、変更による不利益の程度、変更内容の相当性、変更の必要性、等の法定要素の全体にわたった判断はもちろん必要であるが、代表的組合との交渉による集団的利益調整を十分考慮に入れて合理性の総合判断を行うべきとしています)。

(2)過半数労働者の賛成ある場合での不利益変更の否定例
しかし、最高裁は、みちのく銀行事件(最一小判平成12.9.7労判787-6)において、従業員の四分の三以上を組織する組合の賛成の下に実施された高年層の行員に対する賃金面の不利益変更を全面的に無効とする判断を示しました。判旨は、中高年労働者の「賃金の減額幅は、五五歳に到達した年度、従来の役職、賃金の内容等によって異なるが、経過措置が適用されなくなる平成四年度以降は、得べかりし標準賃金額に比べておおむね四十数パーセント程度から五十数パーセント程度に達することとなる」ことを認定し、「本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も前示のように大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がないものというほかはない。本件の経過措置は、前示の内容、程度に照らし、本件就業規則等変更の当時既に五五歳に近づいていた行員にとっては、救済ないし緩和措置としての効果が十分ではなく、上告人らは、右経過措置の適用にもかかわらず依然前記のような大幅な賃金の減額をされているものである。したがって、このような経過措置の下においては、上告人らとの関係で賃金面における本件就業規則等変更の内容の相当性を肯定することはできないものといわざるを得ない。」とし、更に前述の組合の賛成についても、中高年労働者の「被る前示の不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないというべきである。」とされ、結論的に、「本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響の面からみれば、上告人らのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない上告人らに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。したがって、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、上告人らにその効力を及ぼすことができないというべきである。」とされました。

(3)その後の週休2日制導入に関する最高裁の判断
 しかし、その後、最高裁は、概ね設問のような事案で、次のように判示し、従業員の過半数以上を組織する組合の賛成の下に、少数組合の反対を押し切って実施された、週休二日制導入に伴う平日の労働時間の延長に関する就業規則の改正に合理性があるとして、労働者らの旧規則に従った割増賃金の請求を認めた高裁判断を相次いで覆し、その請求を斥けています(羽後銀行事件・最三小判平成12.9.12労判788-23、函館信用金庫事件・最二小判平成 12.9.22労判788-17)。即ち、「本件就業規則変更により被上告人らに生ずる不利益は、これを全体的、実質的にみた場合に必ずしも大きいものということはできず、他方、...銀行としては、完全週休二日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する必要性があり、変更後の内容も相当性があるということができるので、従組がこれに強く反対していることや...銀行における従組の立場等を勘案しても、本件就業規則変更は、右不利益を被上告人らに法的に受忍させることもやむを得ない程度の必要性のある合理的内容のものであると認めるのが相当である。」、としています。

(4)労働条件の急激な低下には過半数労働者の賛成だけでは足りない
 結局、最高裁は、労働条件の急激な低下については、単純に過半数労働者の賛成だけでは足りるとは考えず、「当該企業の存続自体が危ぶまれたり、経営危機による雇用調整が予想されるなどといった状況」というまでの厳格な要件を求めており、そのような要件の立証に努めるべきであり、そのような条件がない場合には、みちのく銀行事件判決も指摘する通り、一般的な合理性判断枠組みに沿った代償措置、経過措置等に配慮した上での実施に努めるべきであります。  このような裁判所の態度は、理論的には労組法16条の規範的効力との関係等で問題がありますが、労働協約による労働条件の急激な低下措置(53歳以上の従業員の月額給与の20%減額)の場合にも示されており(中根製作所事件・東京地判平成11.8.20労判769.29、同控訴事件・東京高判平成 12.7.26労判789-6)、この場合も同様の配慮が必要となります。なお、前述の通り施行されている労働契約法においては、みちのく銀行事件のような一部の労働者のみに大きな不利益を与える変更内容であり、その一部の労働者とは十分な話合いが行われていないというケースの場合や、少数者との話合いの状況により、一部の労働者にしわ寄せがいくような変更については、「変更後の就業規則の内容の相当性」によって考慮されると考えられます(岩出・前掲書 65頁以下)。

対応策

設問の場合も上記羽後銀行事件や函館信用金庫事件と同様な要素に注意して、就業規則改正の経緯や、Bら従業員の被る不利益の程度などを検討した上での結論となりますが、基本的には、労働契約法10条においても、改正就業規則の合理性があるとされ、Bの要求に応じる必要はないでしょう。もしもBが残業手当の請求にとどまらず、残業拒否の方法をとった場合には、残業命令を出す条件が揃っていれば、残業拒否の問題となり、それに応じた懲戒処分などが検討されることになるでしょう。

予防策

労働組合がある場合には、できれば週休二日制導入への反対給付として、平日の労働時間の延長を労働協約で承認させ、組合員をこれに従わせることが得策です(労組法16条)。組合がない場合にも、少くとも最低限週休二日制の導入により年間総労働時間が減少していることが必要でしょう。そうでなければ正しく一方的な労働時間の改悪となりかねません。但し、羽後銀行事件と同じように過渡的には、あるいは従業員の希望が休日の増加に力点がおかれているような場合は、年間総労働時間をそれほど減らさないで休日を増やすことを目的として改正することもあるでしょう。このような場合に注意が要るのは、羽後銀行の特定日のように、一時8時間を超える日が出てくることがあり得ることです。このような場合には、労基法32条2項の法定労働時間の定めに抵触してくるため、就業規則を改正して、同法32条の2以下の変形労働時間制を用いることです。そうすれば、忙しいことが予想される特定の日に1日8時間を超えて、例えば10時間などが所定労働時間とされても割増賃金の支払義務も三六協定の締結も必要がありません。

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