法律Q&A

分類:

週40時間労働制への対応としての1年単位の変形労働時間制

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2000年10月:掲載
社会保険労務士 前村 久美子補正
2008年6月:掲載

1年単位の変形労働時間制で割増賃金の支払を抑制するにはどうすれば良いのか?

1年単位の変形労働時間制を使うと、割増賃金の負担の増加を軽くする方法があると聞きましたがどんな方法でしょうか?

労働時間減に対応した給与規定の改正による賃金の減額と、1年単位の変形労働時間制の利用が決め手です。

(1)適切な法的対応で負担の軽減は可能
 割増賃金による人件費のアップについて、就業規則改正の手続など怠りなく適切な法的な対応を取れば、さほど恐れることはありません。具体的に見てみましょう。例えば、国民の祝日の外に年末年始(1月2日~4日、12月29日~31日)、お盆(8月14日~15日)の休みを取り、暑い7、8月は完全週休2日でそれ以外は月2回の週休2日(年間休日103日、年間労働日262日)、1日の所定労働時間は、平日は上限の8時間、土曜は7.5時間と仮定します。中小企業でも良く行われているパターンでしょう。もし、このままですと、何も手当てしなければ、7、8月以外の土曜出勤分は週40時間を超えるものとして、労基法36条の三六協定なしには残業もさせられず、残業させれば、割増賃金を「土曜出勤時間×1.25×時間当り賃金」としてまるごと支払わなければならないことになりかねません。
(2)労働時間減少に比例した賃金の減額は可
 しかし、この場合に、給与規程の改正などで、時間当たり賃金を下げることなく、所定労働時間が減る月の賃金を短縮分に即して改訂(減額)することは許されています(平成9・3・31基発213、昭和56・2・26基発114)。つまり、この改訂をしておけば、従業員は、それらの月に関しては、土曜出勤しなければ従前並みの賃金を確保できず、企業は土曜出勤させても従前との比較では「土曜出勤時間×0.25×時間当り賃金」の割増部分のみの負担増で済むと言うことです。
(3)1年単位の変形労働時間制が最適
 更に、1年単位の変形労働時間制を利用すれば、この割増部分の支払すら免れることも可能です。この制度では、1年間を平均して週40時間の範囲内、つまり、通常は、40時間×365日/7日=2085.7時間内に年間労働時間が収まっていれば、特定の週の労働時間が週40時間を超えても割増賃金の支払義務なしとしているからです(但し1日10時間、週52時間の上限あり)。例えば、5人以上の規模の企業における、2006年の残業を含んだ平均年間総労働時間が1,811時間と伝えられるところからすると(平成18年分「毎月勤労統計調査」)、中小企業にとっても十分に利用できるものでしょう。上の例では、年間所定労働時間2085.5時間(262日×8時間-0.5×21土曜出勤日)でこれをクリアしているので、年間カレンダーに従った変形制を採用すれば、割増なしが可能です。但し、この制度の利用には、就業規則の改正に加えて従業員の過半数代表者との労使協定が必要なため企業風土によっては利用困難な場合もあるでしょう。なお、この例で、1年単位の変形労働時間制の利用の場合には、従前の労働時間が維持されているので賃金減額はできないので念の為ここに記しておきます。
(4)就業規則などの改正をお忘れなく
 又、いずれの方法を取るにしても、就業規則又は給与規程の改正が必要です。そうすると、就業規則の不利益変更の法理の観点からの検討が必要になります。この点、就業規則の不利益変更が許されるか否かについては、これまで明文上定めたものはありませんでしたが、平成20年3月1日から施行されている労働契約法においては、先ず、原則として、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできないと定められました(法9条)。しかし、従前より、不利益変更の効力は、「就業規則の改正に合理性があるかどうか」でその効力の有無が決まり(秋北バス事件・最大判昭43.12.25民集22-13-3459)、さらに、合理性の有無の判断は、これまでに集積された判例を整理したとされる労働契約法10条により、[1]労働者の受ける不利益の程度、[2]労働条件の変更の必要性、[3]変更後の就業規則の内容の相当性、[4]労働組合等との交渉の状況、[5]その他の就業規則の変更に係る事情として圧縮されていますので、このような点を考慮して「合理性」の有無を判断することとなります。なお、同条においては、概ね、第四銀行事件・最判平成9.2.28民集51.2.705等において挙げられた合理性判断の考慮要素が整理して列挙されており、実質的には第四銀行事件判決等が例示した全要素がカバーされているもので、従前の判例法理を動かしたものではないと厚労省労政審議会労働条件分科会や国会での政府答弁でも理解されています(岩出誠「労働契約法・改正労基法の個別論点整理と企業の実務対応」62頁以下参照)。以上の観点から本件については、これらの改正は、企業の負担を増大させず、従業員にとっても特段の大きな不利益を与えるものでないところから合理的なものとして、仮に従業員が反対しても拘束力をもつものとされるでしょう。但し、賃金減額の場合、例えば、家族手当などのように割増賃金の基礎にも参入されないような、必ずしも労働時間に対応していない手当などまで減額が可能かと言う点には議論があり得ます。しかし、従前の賃金が全体として、従前の労働時間に対応していたことは否めず、通勤手当てなどは別として、時間短縮に比例した減額である限り合理性を持つと言う他ないでしょう。

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