法律Q&A

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研修費用の返還義務

弁護士 岩出 誠(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2001年2月:掲載
社会保険労務士 前村 久美子補正
2008年6月:掲載

海外留学や国内研修に派遣していた社員が、帰国・終了後ただちに退職したいと申し出ました。留学や研修の費用を請求できるでしょうか。

特別に目をかけて、公的資格を取得させるため、国内外の研修機関に留学、遊学させていた従業員が、卒業後5年間退職しないと約束していたにも拘わらず卒業後すぐに退職してしまいました。この従業員のために支出した、渡航費・通学費・授業料などを返還させる方法はないでしょうか。又、このように特別の便宜を与えて通学させた従業員を安易に退職できなくさせる方法はないでしょうか。

回答ポイント

 自主的で自由な意思による研修への参加であり、授業料等の返還に関する合理的で明確な規定があれば、返還を求められます。
解説
1.違約金などは決められません
 厚生労働省の平成17年9月15日の労働契約法制研究会の「最終報告」(以下、最終報告ともいう)によれば、海外留学制度を設けている企業のうち、早期退職者から費用の返還を求めている企業は40.9%であり、そのうち 88.9%が留学後5 年以内に退職した労働者を対象に返還を求めています(平成17 年厚生労働省労働基準局監督課調べ)。質問のような場合に、約束違反の退職であるとして違約金を取ることは労基法16条に違反し、労働契約の期間を5年と定めることは、同法14条1項各号の一定の専門職に該当しない限り、同条1項本文に違反することになります。
2.合理的な範囲の実費の返還請求は可能
 しかし、いまだ最高裁判例が出てはおらず、判例全体も必ずしも整合性・統一された判断を示しているとは言えませんが、多数の判例・学説は、概ね、以下の通り、一定の条件・範囲・方法の下での研修費用の返還を認めています(詳細は、拙著「実務労働法講義」改訂増補版上巻409頁以下参照)。卒業後の一定期間内の退職の際に、一般の社員が受けていない特別な便宜としての給料以外の授業料など客観的・合理的に算定された範囲での実費の返還を、合理的な方法で求めたり、一定期間後はその返還を免除する制度は、そのことが就業規則等に明記されているならば右のような違法の問題を生じないと解されています。

 例えば、藤野金属工業事件(大阪地判昭43.2.28高刑21巻1 号85頁)では、溶接技師資格検定試験の受験を希望する労働者に対して技能訓練援助を施すに際し、「1年間は退職しない。退職する場合は、受験のための練習費用等として3万円を支払う」という誓約書をとったことが「費用の計算が合理的な実費であって、使用者側の立替金と解され、かつ、短期間の就労であって、全体としてみて労働者に対し雇用関係の継続を不当に強要するおそれがないと認められ」、「労基法第16条の定める違約金又は損害賠償額の予定とはいえない」とされました。同様の判断は、傍論の中ではありますが、日本軽金属事件(東京地判昭和47.11.17労判706号99頁)でも判示されていました。即ち、同判決では、留学費用の返還義務を定める留学規則規定があったが、そこでは労働者が留学費用を返還していたため、その規定自体の適法性は問われなかったものの、「留学社員に対し留学終了後一定期間の勤続義務を課すのであれば、海外留学規則中にその旨明確な規定を設けるかないし明示の合意をすべき」としており、明確な返還合意があれば、返還を認める趣旨が示唆されていました。更に、河合楽器製作所事件(静岡地判昭和52.12.23労判295号 60頁)では、退職者に対する技術者養成所の授業料貸与金の返還請求が認容されています。ここでは、雇用前に会社付属ピアノ調律技術者養成所に1年間入所するに際して、その月謝(1万円、計12万円)を会社から借り受け、なお「貸与金は退所時に全額返済する。退所後会社に就職する場合には退職時まで据置貸与を受ける」旨を約束した労働者が、退職後に会社から貸与金の支払いを請求された、というものでした。同判決は、労働基準法16条違反を否定するに当たり、本貸与金契約と雇用契約は別個の契約であって、労働者は退所後会社に就職しないことも、就職後退職することも自由であった上、月謝の額も特に不合理な金額ではない、などの事実に照らして、退職の自由を不当に制限したものとは認め難いとしています。近時でも、長谷工コーポレーション事件(東京地判平 9.5.26労判717号14頁)は、これらの返還合意は労働契約とは別個の免除特約付消費貸借契約として有効とし、明治生命保険(留学費用返還請求第2)事件(東京地判平成15.12.24労判881号88頁)、明治生命保険(留学費用返還請求)事件(東京地判平成16.1.26労判872号46頁)も、海外留学が業務性を有する場合に、一定期間に労働者が退職した場合にこれを労働者に負担させる旨の合意は、それが消費賃借の合意であったとしても、実質的に違約金または損害賠償額の予定と認められるから、労基法16条に反して無効となるが、本件海外留学に業務性を認めることはできないとして返還を認めています。なお、留学費用返還に関する合意が労基法16条に違反するかどうかは,単に契約条項の定め方だけではなく,同条の趣旨を踏まえて当該海外留学の実態等を考慮し,当該海外留学が業務性を有しその費用を会社が負担すべきものか、当該合意が労働者の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものかどうかを判断すべきであるとされています(野村證券事件・東京地判平14.4.16労判827号40頁)。

 また、最高裁は、ライバル会社への転職者に対しては退職金の2分の1のみを支給するという規定が労基法16条違反とならないかが問題となった事案で、1審の当該規定がライバル会社への転職禁止規定についての損害賠償の予定として同条違反となるとの判断を覆し、このような転職を、ある程度の期間制限することをもって直ちに従業員の職業の自由等を不当に拘束するものとはいえず、違法な賠償予定とはならないとしています(三晃社事件・最二小判昭 52.8.9労経速958号25頁)。
3.一般的な研修費用の返還は求められない
 これに対し、研修・指導の実態が、一般の新入社員教育とさしたる差がなく、使用者として当然なすべき性質のものである場合には、それに支出された研修費用の返還を求めることには、合理性がないとされます。例えば、サロン・ド・リリー事件(浦和地判昭61.5.30  判時1238号150頁)では、美容室を経営する会社に職種を美容等とする準社員として就職した従業員が右会社との間で締結した、「会社の美容指導を受けたにもかかわらず会社の意向に反して退職したときは入社時にさかのぼって1ヵ月につき金4万円の講習手数料を支払う」という契約が、その自由意思を拘束して退職の自由を奪う性格を有することが明らかであるとして、労基法16条に違反し無効とされています(他に、同種の無効例として、アール企画事件・東京地判平15.3.28労判850号48頁)。

 なお、第二国道病院事件(横浜地裁川崎支判平成4.731労判622号25頁)も、基本的には、この範疇に入れて考えられるものです。ここでは、マスコミや医療労連等からその改善の必要性が叫ばれている看護婦見習の准看護婦学校通学関連費用に関するいわゆるお礼奉公と返還義務の関係・範囲と超過労働賃金義務の存否につき争われ、具体的には、准看護婦学校卒業と同時に退職したY看護婦見習に対して、X病院が奨学金手当、入学金、授業料等として支払った金員は立替金に当たるとして、その返還を請求した病院側の請求が、労働の対価である賃金の一部とされたり、返還義務のない立て替え金として、科目別に返還義務の存否が判断され、返還請求のごく一部のみが認められました(この事件は、控訴審で和解にて解決)。その後、和幸会事件(大阪地判平成14.11.1労判 840号32頁)では、看護学校への入学金、授業料、施設設備費などを貸付ける「看護婦等修学資金貸与契約」等が、労働者の就労を強制する足止め策の一種とされ、労働基準法14条・16条に違反するとして、看護学校退学者らに対する貸金返還請求が棄却されています(研修終了後健康生協に勤務しない場合、研修期間中健康生協より補給された一切の金品を、3ヶ月以内に本人の責任で一括返済しなければならないとの定めは、研修受講者が研修終了後被控訴人において勤務するとの義務を定める範囲では有効だが、勤務しない場合の損害賠償額を予定している部分(一切の金品の返還)では、労基法16条に該当し、無効であるとされた徳島健康生活協同組合事件(高松高判平15.3.14労判849号90頁)も研修内容が、勤務医が、他の病院で医師としての勤務を経ながら研修していく形態等からも、通常の業務の延長に近く、同様に範疇に入る事案です。また、アジアンリフレクソロジー学院事件(札幌地判平成17.7.14労判 899 号94頁)も同様に、使用者が労働者に対し、業務研修について、授業料の名目で金員を支払わせることは、賃金を不当に減額するもので、公序良俗に反するから、そのような内容を目的とする本件契約にかかる意思表示は、無効であるとしています)。

 近時では、一歩進んで、使用者が自己の企業における技能者養成の一環として業務命令で海外分社に出向させ、業務研修させた富士重工事件(東京地判平 10.3.17労判734号15頁)やビジネススクールでの研修を命じた新日本証券事件(東京地判平10.9.25 労判746号7頁)などでは、諸費用の返還合意が一定期間の業務拘束を目的とした違約金の実質を持つものとして違法とされています。しかし、富士重工事件・前掲は、第二国道病院事件・前掲と同様に、出向先の業務に就いている点で、従業員の受けた金員は給与に外ならず、返還の対象とならないのは当然と考えられますが、新日本証券事件・前掲は、業務に従事したものではなく、ビジネススクールでの研修であり、前述の長谷工コーポレーション事件・前掲や野村證券事件・前掲との整合性を欠くものとして疑問が残ります。

対応策

 従って、質問の場合、諸費用の合意が、研修参加につき自主性と自由な意思が確保され、返還に関する自発的かつ合理的で明確な規定があれば、国内外の教育機関の授業料のような実費の返還については返還が認められます。しかし、5年間に亘って退職自体を禁止することはできません。せいぜい1年乃至5年間の就労を条件とする返還義務の免除と退職の場合の返還義務に関する規定によって事実上の引き止め効果を期待するしかないのです。又、返還の範囲も渡航・学費を超えて研修期間中の賃金相当の生活費の返還までに及ぶような場合には疑問があります(長谷工コーポレーション事件・前掲も渡航・学費の返還に留めています)。
 ただし、退職の場合の返還方法についても、返還金額が高額に及ぶ場合には、現実的可能性のある返済期間内の返済方法(退職時の給料の4分の1程度の月賦払い等)によらないと事実上退職の自由が制限されるとして労基法16条等の違反の疑問が出る可能性があるので注意しなければなりません(もっとも、野村證券事件・前掲では、一時金で、約1000万円の返還を認めていますが、業界の特殊性や当該留学で得たスキル等の市場価値を考慮したものと解されます)。

予防策

 トラブル防止のためには、研修後の早期退職の場合における研修費用等の返還範囲・返還方法に関する明確かつ合理的な規定を整備した上で、研修に参加させる際にこれらの規定に基づく自由な意思による自発的な申込であることを申込書などで確認させておくことが不可欠です。
 なお、最終報告の「労働基準法第16 条の趣旨に留意しつつ、企業が留学・研修制度を設ける意欲を阻害しないよう、業務とは明確に区別された留学・研修費用に係る金銭消費貸借契約は、労働基準法第16 条の禁止する違約金の定めに当たらないことを明らかにすることが適当である。」「業務遂行に必要で本来的に使用者が負担すべき費用を使用者が支払ったことで金銭消費貸借が成立することはあり得ず、退職する労働者にその費用の返還を請求するとすることは、金銭消費貸借に名を借りた労働契約の不履行を理由とする違約金の定めであって、労働基準法第16 条に違反する。このため、『業務とは明確に区別された』との要件は必要である。その判断に当たっては、留学・研修への参加が労働者の自発的な意思に基づくものであること、留学・研修期間中は基本的に業務上の指揮命令を受けないこと、留学・研修の内容が今後継続して勤務するに当たって不可欠なものでないこと等を基準とし、これを労働基準法第16 条の解釈で示すことが適当である。」「留学・研修後の勤続によって労働者の留学・研修の成果は使用者に一部還元されることや、返還免除の条件となる期間中は労働者が退職しにくく感じることも事実であることから、あまりに長い期間を返還免除の条件とすることは適当ではない。もっとも、本来労働者が負担すべきであった費用を返還すれば退職できる期間と、労働基準法第14 条の定める契約期間とは趣旨が異なる。むしろ、企業の実態を見る必要があるが、実際にも返還を免除する条件とする期間を5 年としている企業が多い。これらを踏まえ、留学・研修後一定期間以上の勤務を費用の返還を免除する条件とする場合には、当該期間は5 年以内に限ることとし、5 年を超える期間が定められた場合には5 年とみなすこととすることが適当である。」「留学・研修後の勤続年数に応じて返還額を逓減させることは、労働者の立場からは望ましい。しかし、実態として 5 年間継続勤務するまでは全額の返還を求めている企業が多いこと、そもそも業務とは明確に区別された留学・研修についての費用であって、成果は企業に一部還元されてはいるものの勤務に不可欠ではないこと、また、労働者自身が留学・研修の利益を受けていること等から、5 年間が経過するまでは費用全額の返還を認めて差し支えなく、これによって労働者が大きな不利益を被るとは考えられない。」との提言は、立法論ではあり、私見よりはややルーズな感は否めませんが(拙著・前掲書415頁以下参照)、研修者募集時の対応や、就業規則等で研修費用返還規定等を定める際には、十分に参酌されるべきものと考えます。

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