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遅刻の多い社員に罰としてトイレ掃除を命じることはできるか

弁護士 難波 知子

遅刻の多い社員に、罰としてトイレ掃除を命じることはできるか

何度注意しても遅刻を繰り返す社員がいます。そこで、他の社員への“見せしめ” の意味でも、月に一定回数以上遅刻したら、社内のトイレ掃除をさせることを検討しています。当社の懲戒規定には、「譴責」「減給」「降格」などはあっても、「トイレ掃除」という処分は定められていませんが、業務命令として指示できると考えています。後になって、その社員から訴えられるようなことはないでしょうか。

懲戒処分として命じることはできませんが業務として指示することは、業務命令権の濫用と評価されない限り、可能でしょう。

1懲戒処分について
 まず、懲戒処分を命じるには、就業規則等にその定めがなければなりません。したがって、本件では会社の懲戒規定に、トイレ掃除という処分が無い以上、懲戒処分としてトイレ掃除を命じることはできません。
2業務命令について
(1)業務命令の根拠・範囲
 次に、業務命令として、トイレ掃除を命じることができるかを検討することとします。
 業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令をいいます。そして、その根拠は労働契約にあるといえます。すなわち、労働者は、使用者に対して一定範囲での労働の自由な処分を許諾して労働契約を締結しており、従って労働者は、その一定の範囲での労働の自由な処分に関する指示命令としての業務命令に従う義務があるといえます。そして使用者は「労働者が当該労働契約によってその処分を許諾した範囲内」で、業務命令により指示命令できることになります(日本電信電話公社帯広局事件・最判昭61・3・13労判470号6頁参照)。
 この労働契約上発生する労働義務の範囲は、労働契約の内容の解釈によって判断されることになります。そして、解釈の仕方により、労働義務の範囲が広くも狭くもなり得ます。「労働者が労務を提供する際に、使用者がその提供する内容について指示、命令することがある」との約束、合意があったと評価できる場合には、使用者は当該業務命令を行うことが可能となりますが、それは、就業規則や労働協約の内容に加え、労働契約締結の際の状況、現実の就業実態、労使慣行等の諸事情を総合的に考慮して判断されることになるでしょう。
 裁判例には、組合員バッジの取り外し命令に従わなかった旧国鉄職員(管理者に準ずる地位にある補助運行管理者として、点呼執行業務を行うべき者でした)に、火山灰の除去作業を命じた業務命令が違法なものとはいえないとしたものがあります(旧国鉄鹿児島自動車営業事件・最判平5・6・11労判632号10頁)。この裁判例では、日ごろの就業形態として、職員らが本来的業務のほかに降灰作業に従事することがあったことを前提に、労務の円滑化効率化の必要性、社会通念上の相当性からも降灰除去作業は労働義務の範囲内に含まれていると判断されました。また、同裁判の一審(鹿児島地判昭63・6・27労民39巻2・3号216頁)二審(福岡高宮崎支判平1・9・18労民40巻4・5号505頁)でも、労働者の労務の提供を円滑かつ効率的に行うための付随的作業も含まれるので降灰除去作業も業務命令権の範囲に含まれるとされました。
 本件においては、契約締結時にトイレ掃除は外注である等のトイレ掃除はしない旨の特段の合意がなく、会社において労働者が日常的に社内の掃除等を行っているような状況であるならば、労働者らにとってトイレ掃除自体、全く予想外の業務とはいえませんし、社会通念上相当な程度の業務であるといえますので業務命令として命ずることは可能であると思われます。

(2)業務命令権の濫用
 使用者が、業務命令として、当該行為を命じられるときであっても、裁量権の濫用となるときには(労働契約法3条5項参照)、違法となります。そして裁量権の濫用となるか否かは、業務命令を命じた目的、業務の内容、その程度、労働者の不利益を総合的に考慮して決せられることになります。
 前掲旧国鉄鹿児島自動車営業事件判決では、バッジの取り外し命令に従わなかった労働者が、夏の暑い時期に10日間にわたって1人で営業所内に降り積もった火山灰の除去作業に従事させられ、監視下の作業で他の労働者が当該労働者に清涼飲料水を渡そうとしたのにそれを制止されたような事情のもとでも、「降灰除去作業は、職場環境を整備して労務の円滑化、効率化を図るためにも、必要な作業であり、また、その作業内容、作業方法等からしても、社会通念上相当な程度を超える過酷な業務に当たるものとはいえない」「職場管理上やむを得ない措置ということができ」殊更に当該労働者に「不利益を課すという違法、不当な目的でされたものとは認められ」ないと、その職場管理上の必要性を強調し、目的の違法性、不当性を否定し業務命令は違法とはいえないとされました。
 しかし、最近のパナソニック・プラズマディスプレイ上告事件(最二小判平21・12・18労判993号5頁)では、「上告人は平成14年3月以降は行っていなかったリペア作業をあえて被上告人のみに行わせたものであり,このことからすれば,大阪労働局への申告に対する報復等の動機によって被上告人にこれを命じたものと推認するのが相当であるとした原審の判断は正当として是認することができる。これに加えて,前記事実関係等に照らすと,被上告人の雇止めに至る上告人の行為も,上記申告以降の事態の推移を全体としてみれば上記申告に起因する不利益な取扱いと評価せざるを得ないから,上記行為が被上告人に対する不法行為に当たるとした原審の判断も,結論において是認することができる。」として、当該業務命令を違法としています。
 本件について検討してみますと、確かに、業務命令を命じた目的が、懲罰的なものであるという点は、濫用を肯定する要素となり得ます。ただ、会社業務を行うにあたって、トイレ掃除の必要性はあり、また、遅刻を繰り返す社員がいる場合職場の規律維持の必要性も高いと思われます。加えて、社内掃除が会社の業務として一般的になっているような事情がある場合、トイレの広さ、汚さ、掃除の回数等にもよりますが、社会通念上、トイレ掃除は肉体的、精神的な苦痛もそれ程大きくなく、過酷なものとまでは評価し難いと思われますので、業務命令権の濫用とするのは難しいかと思われます。前記事情の下での火山灰の除去作業と比較しても、苦痛の度合いは小さいものと思われます。したがって、裁判例の傾向を考慮すると従業員が訴えを起こし、さらに違法と判断される可能性は高くはないと思われます。
 もっとも、本件では、「罰として」「見せしめの意味で」トイレ掃除を命じるとのことですので、その点に全く問題がないとはいえません。前掲旧国鉄鹿児島自動車営業事件判決の一審、二審は、労働者の違法行為に対する制裁は懲戒の手段によるべきであって、かなりの肉体的、精神的苦痛を伴う作業を懲罰的に行わせるのは業務命令権の濫用であると判断しています。また、同最高裁判決に対しても懲戒処分で対処すべきだったとの見解もあります。
 したがって、当該労働者が、トイレ掃除という肉体的精神的苦痛を伴うと評価され得る作業を懲罰的に行わせる業務命令は、業務命令権行使の濫用であって違法であり、不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料を請求し、事情によっては、それが認められる可能性も皆無とはいえません。また、業務命令は本来業務遂行のために行うもので、懲罰的に業務命令を行うのは、望ましいとはいえませんので、遅刻した従業員に「罰」を与えるのであれば、就業規則上の懲戒処分である「譴責」「減給」「降格」で対応することが、望ましいといえるでしょう(なお、最近のいわゆるパワハラに関する裁判例も斟酌すべきでしょう。社会人として当然受忍すべき事項は違法とはなりませんが、意図、目的、態様当諸般の事情を総合考慮し、イ厳しい指導を越えた社会通念上不相当なものについては違法と判断されることになるでしょうこの点については、岩出誠著『実務労働法講義』[民事法研究会、第3版]上巻706頁以下参照)。

対応策

本件においては、契約締結時にトイレ掃除は外注である等のトイレ掃除はしない旨の特段の合意がなく、会社において労働者が日常的に社内の掃除等を行っているような状況であるならば、労働者らにとってトイレ掃除自体、全く予想外の業務とはいえませんし、社会通念上相当な程度の業務であるといえますので業務命令として命ずることは可能であるといえるでしょう。

予防策

 「罰として」「見せしめの意味で」業務命令としてトイレ掃除を命じることには問題もあります。本来、労働者に制裁を与える場合には、就業規則上懲戒処分、懲戒の事由、手段を定め、労働契約の内容とし、それに沿って行わなければならないからです。
 したがって、本件も、遅刻した従業員に「罰」を与えるのであれば、まずは、注意、勧告を行い、それでも改善しないようであれば、就業規則上の懲戒処分である「譴責」「減給」「降格」で対応することが、望ましいといえるでしょう。

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