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従業員の電子メールのモニタリング

弁護士 岩野 高明(ロア・ユナイテッド法律事務所)
2011年07月:掲載

従業員の電子メールのモニタリング

当社の従業員が、他の従業員に対する中傷や業務情報の漏えい等、服務規律に違反する行為をしている疑いが浮上しました。会社が割り当てている電子メールアドレスを利用して、この従業員がこれらの違反行為をしている可能性もあります。当社としては、この従業員に察知されないように、同従業員の過去の電子メールの内容や送受信状況等を調査するとともに、今後の電子メールの送受信についても監視してゆきたいと考えていますが、このような調査・監視行為は法的に問題ないでしょうか。

規律違反行為の存在や、当該従業員が関与していることについて、疑いを抱く合理的な根拠があれば可能です。

1 従業員の電子メールの調査とプライバシー権
従業員が、他の従業員を中傷したり、業務情報を漏えいしたりする行為は、企業秩序に違反する行為として懲戒処分の対象となり得ます。そこで、従業員が会社のパソコン等を用いてこれらの非違行為を行った疑いが生じた場合には、会社としては、当該従業員の電子メールの送受信状況等を調査する必要が生じます。
しかし一方で、日頃従業員が会社のパソコンを用いて私的な電子メールの送受信をしているのを、ある程度は黙認している会社も多いと思われます。このような会社が、従業員の非違行為の有無を確認する目的で電子メールを調査する場合、私的な電子メールをも閲読することが不可避となります。そこで、調査の必要性と従業員のプライバシー権との間の調整の問題が生じます。
この点に関し、部下の受信メールを上司が本人に無断で監視した行為の適法性が争われたF社Z事業部事件(東京地判平13・12・3労判826号76頁)では、裁判所は、社内のネットワークシステムを会社が保守・管理していることなどをも考慮すれば、従業員のプライバシーの保護は、当該システムの具体的情況に応じた合理的な範囲内で期待し得るにとどまると判示し、上司による監視行為に違法性はないとしました。
2 類似事案についての裁判例
本件と類似する事案としては、他の従業員を誹謗中傷する内容の電子メールの送信者を解明するために、送信者と疑われる従業員の電子メールのファイルを会社が調査したことの適法性が争われた日経クイック情報事件(東京地判平14・2・26労判825号50頁)があります。同事件の判決は、社内での誹謗中傷メールの送信という企業秩序違反行為があり、しかも原告にはその送信者であると合理的に疑われる事情が存する以上、会社において当該従業員のメールファイルを点検する必要があったと認定し、当該従業員によるプライバシー権侵害の主張を退けました。
同事件では、誹謗中傷メールの送信者が当該従業員であると判断されるには至りませんでしたが、調査の結果、副次的に、当該従業員による多量の私用メールの送信行為が明らかとなり、この点についても調査がされました。裁判所は、かかる調査に関しても、多量の私用メールは職務専念義務等に違反する行為であるとして、会社による調査の必要性を肯定しました。
さらに、電子メールの調査の予定を事前に当該従業員に告知しなかったことについても、調査への影響を考慮すれば不当ではないとしました。
3 本件についての考察
本件は、当該従業員について、他の従業員に対する中傷行為や業務情報の漏えい行為という規律違反の疑いが生じたというものであり、しかも同従業員が電子メールを用いてこれらの行為をしている可能性もあるというのですから、前掲の日経クイック情報事件判決の判旨からすれば、会社が当該従業員のメールファイルを調査・監視することは認められそうです。
もっとも、実際に調査・監視をするに当たっては、上記規律違反行為が存在すること、及びこれに当該従業員が関与していることを疑うに足る合理的な根拠が求められます。前掲の日経クイック情報事件判決でも、必要性を欠いた調査は違法となり得る旨示されていますので、具体的・客観的な裏付けがないまま、漠然とした疑いのみに基づいて従業員の電子メールを調査・監視することは控えるべきでしょう。

対応策

調査や監視をする場合には、事前にその非違行為が重大なものであるか、当該従業員に対する疑いが合理的なものであるかをよく吟味すべきです。電子メールのモニタリングには、多かれ少なかれ従業員のプライバシーを侵害する側面がありますので、これを犠牲にしてもやむを得ないといえる程度の事情が求められるということです。
実際の作業に当たっては、調査の対象者に気付かれて証拠の隠滅をされないよう、周到に作業を進めなければなりません。場合によっては、業者に調査や分析を依頼する必要があるかもしれません。

予防策

前掲の各裁判例の事案は、就業規則その他の規程類において、社内の電子メールの使用につき特に定めがなかったというものですが、裁判所は、このような場合であっても、一般的な服務規律や懲戒に関する規定に基づき、当該従業員に制裁を加えたり、その前段階として当該従業員の電子メールをモニタリングしたりすることを許容しています。
もっとも、業務上の伝達手段として電子メールが極めて頻繁に利用される一方で、これが私的に濫用され、不正の用に供される危険さえ現実化していることを踏まえれば、企業としては、明文をもってその利用に規制をしておくべきでしょう。具体的には、私的利用や不正使用が服務規律違反や懲戒事由に該当する旨を明記するとともに、かかる事態が合理的に疑われる場合には、当該従業員は会社からの調査要請に応じなければならない旨の規定を置くことなどが考えられます。
モニタリング実施の事前告知(調査の一環として、モニタリングが行われることがある旨の定め)については、行政指針(H12.12.20労働省)で推奨されているものの、これを明記するかどうかは検討を要します。告知することによって、貸与された機器や電子メールアドレスを悪用することに対し一定の威嚇効果を見込める一方で、モニタリングを警戒する従業員が他の手段(例えば私物のパソコンや携帯電話、スマートフォン等、また、フリーメールアドレス等)を用いて不正行為に及び、かえって調査を困難にしてしまうおそれもあるからです。会社が貸与する機器・電子メールアドレスであろうと、私的な機器・アドレスであろうと、他の従業員に対する中傷や業務情報の漏えいは、当然ながら制裁の対象になり得ますが、私物の携帯電話等の提出を従業員に強制することは、たとえ就業規則に定めを置いたとしてもできないと解されます(八百長疑惑についての日本相撲協会の調査でも、私物の携帯電話については任意の提出要請にとどまりました。)。
前掲の各裁判例が、モニタリングの事前告知を会社に要求していないことに照らしても、就業規則等でモニタリングの予告規定を置くかどうかは、そのメリット、デメリットをよく吟味する必要がありそうです。
なお、電子メールやインターネットの利用に関する規程については、本章別項「企業のネットの私的利用への対応」もご参照ください。

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